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    タグ:感動短編

    275:02/04/30 06:31 ID:
    まだ1年ほど前の事なのですが・・・。
    彼女がこの世を去りました。病死です。

    その彼女と出会ったのは7年程前でした。
    相手はその頃大学1年生でした。
    持病があり、あと5年生きられるかどうか?と寂しく笑っていました。
    それを承知で私たちはつきあい始めました。

    つきあい始めたのは良いのですが、私の仕事の関係で遠距離(関西-東
    北)になってしまいました。それでも、彼女は笑いながら逢えるついで
    に旅行も出来ると言い、月に1度のペースで会いに来てくれました。
    相手は実家に住んでいて、私は貧乏サラリーマン。それを察して、相手
    が私の所に会いに来てくれていたのです。

     最初の3年は、その様な感じで普段は寂しいながらも、お互い幸せに
    過ごすことが出来ました。
     そして相手は卒業。しかしこの就職難の折り、東北から関西に就職す
    るのは無理でした。そこで彼女は地元で就職し、お金を貯めて関西に来
    ると言いました。私も彼女を迎えるため、必死で貯金を始めました。

     相手が就職して1年が過ぎたころ、相手の遊びに来る頻度が、それま
    で毎月だったのが、だんだん2ヶ月3ヶ月と間延びし始めました。
     毎晩電話で話をしていましたが、丁度1年半ごろ前から、たまに彼女
    が電話に出ないことがありました。そのころから、ふと私に嫌な予感が
    わき起こっていました。

     私は両親がいません。物心ついた時には、父親は蒸発。そして私が高
    校の時に母親が病死しました。そのため、彼女の両親には嫌われていま
    した。彼女はそれなりに良いところのお嬢様だったので、どこの馬の骨
    とも分からない私は、最初から相手にされていませんでした。

     ある日、そんな彼女の父親から私の元に電話がありました。
     彼女の持病が重くなり、来週から入院することになる。だからもう電
    話はかけてくるな、もうほっておいてくれとだけ言われ、一方的に電話
    を切られました。

    「彼女がこの世を去りました。病死です。」 →続きを読む

    1:2013/12/26(木) 20:25:19.48 ID:
    うちは貧乏な母子家庭で、俺が生まれた時はカメラなんて無かった
    だから写真の変わりに母さんが色鉛筆で俺の絵を描いて、アルバムにしてた
    絵は上手じゃない
    ただ、どうにかして形に残したかったらしい
    ほぼ毎日、赤ん坊の俺を一生懸命描いてた
    絵の隣に『キゲンが悪いのかな??』とか『すやすや眠ってます?』ってコメント付きで
    小学四年生の時、家に遊びに来た友達数人に、そのアルバムを発見された
    めちゃくちゃ笑われて、貧乏を馬鹿にされた
    友達が帰って直ぐ、俺はアルバム三冊をバラバラに破いてゴミ箱に捨てた
    パートから帰って来た母さんがそれを見つけて、泣きだした
    破いた理由を言っても、変わらず泣き続けた
    翌朝起きると、居間で母さんがゴミ箱から絵の破片を集めてセロハンテープでとめてた
    「恥ずかしい思いさせてごめんね。でもね、これ、母さんの宝物なんよ」
    申し訳なさそうに優しくそう言われると、涙が溢れ、俺はごめんなさいと謝った

    こころえぐる泣けるコピペ貼ってく →続きを読む

    518:2006/02/15(水) 04:24:57 ID:
    小さい頃、よく親父に連れられて街中を走ったものだった。
    生まれた町は田舎だったので、交通量が少なく、
    そして自然が多く、晴れた日にはとても気持ちのいい空気が漂っていた。

    親父は若い頃に箱根駅伝に出たらしい。
    だから走る事が大好きで、息子にもその走る楽しさを教えてあげたかったのだろう。
    もともと無口だった親父も、走ってる時だけはずっと俺に声をかけつづけていた。
    普段の無口な親父がなんとなく怖かった俺は、その時だけは親父が好きだった。
    そしてお袋が作ったタスキを使って、駅伝ごっこをしてりしてた。
    今思えば、親父はまだ青春時代に生きていたのだろう。

    中学に入った俺は、当然陸上部に入部した。
    レースでは結構いい成績で、部活内でもトップレベルだった。
    毎回応援に来てくれる親父は、俺がいい記録を出した日には必ず酒を飲んでいた。
    そして真っ赤な顔して上機嫌で、俺に毎回同じ事を言うんだ。
    「お前と一緒に、箱根走りたかったなぁ」って。

    高校にいっても陸上は続けた。
    でも思うように記録は良くならず、さらに勉強についていけないのもあってか
    俺はいつもイライラするようになった。
    勉強の事には口を出さないくせに、陸上のことばかり気にしてくる親父の事を、
    鬱陶しく感じてしまうようになるのに時間はかからなかった。
    親父が期待してるのは知ってたから、余計に顔を見たくない気持ちだったのだろう。
    反抗期、というものだったのかもしれない。

    「タスキ」 →続きを読む

    967:03/02/13 11:18 ID:
    私が生まれてすぐ両親は離婚し、母の実家で祖父母、
    母と暮らしていた。母は私を育てるため、毎日毎日
    遅くまで残業していて、朝しか顔を合わせない日もたくさん
    あった。休日は母は疲れて遅くまで寝ていて、どこかへ
    連れて行ってもらった記憶もほとんどなかった。

    父兄同伴の遠足や運動会も、友達みんながお母さんと
    嬉しそうに手をつないでいるのを見てやりきれない気持ちに
    なった。

    私は手のかからない子供だったと思う。自分の感情を抑えて
    「会社休んで参観日に来て。」
    なんて無茶を言ったことなんかなかった。一人遊びも上手
    だった。すべてに遠慮して幼い頃から敬語を使う子供だった。

    「触覚」 →続きを読む

    1:2012/07/22(日) 18:32:37.42 ID:
    幼い頃に父が亡くなり、母は再婚もせずに俺を育ててくれた。学もなく、技術もなかった
    母は、個人商店の手伝いみたいな仕事で生計を立てていた。それでも当時住んでいた
    土地は、まだ人情が残っていたので、何とか母子二人で質素に暮らしていけた。

    娯楽をする余裕なんてなく、日曜日は母の手作りの弁当を持って、近所の河原とかに
    遊びに行っていた。給料をもらった次の日曜日には、クリームパンとコーラを買ってくれた。

    ある日、母が勤め先からプロ野球のチケットを2枚もらってきた。俺は生まれて初めての
    プロ野球観戦に興奮し、母はいつもより少しだけ豪華な弁当を作ってくれた。

    野球場に着き、チケットを見せて入ろうとすると、係員に止められた。母がもらったのは
    招待券ではなく優待券だった。チケット売り場で一人1000円ずつ払ってチケットを買わ
    なければいけないと言われ、帰りの電車賃くらいしか持っていなかった俺たちは、外の
    ベンチで弁当を食べて帰った。電車の中で無言の母に「楽しかったよ」と言ったら、
    母は「母ちゃん、バカでごめんね」と言って涙を少しこぼした。

    俺は母につらい思いをさせた貧乏と無学がとことん嫌になって、一生懸命に勉強した。
    新聞奨学生として大学まで進み、いっぱしの社会人になった。結婚もして、母に孫を見せて
    やることもできた。
    そんな母が去年の暮れに亡くなった。死ぬ前に一度だけ目を覚まし、思い出したように
    「野球、ごめんね」と言った。俺は「楽しかったよ」と言おうとしたが、最後まで声にならなかった。

    泣けるコピペとかあんのかよwwwwwwwwwwwww →続きを読む

    674:2006/07/09(日) 09:26:23 ID:
    憂鬱な日々。生きているという感覚さえ、疎ましくなるような日々。
    私は一体何をやっているのだろう。そんなふうに思う事が最近多くなった。

    わがままを言って一年浪人し、実家に一番近い場所にある四年制大学へ進学した私。
    何とか就職先は見つかったが、自分のやりたいこととは全然違う仕事、普通のOLになってもう二年が経つ。

    会社へ続く道を歩いていると、突然音楽が流れた。青い山脈という、古い歌だ。
    お爺ちゃんがよく歌っていて、私も好きになってしまった歌だ。
    私はカバンの中から音の発生源である携帯電話を取り出し、ボタンを一回押した。
    その画面に、メールを受信した事が記されていた。
    けれど、一体誰からのものなのか、それが分からなかった。

    何か嫌な感じがしたけれど、あえて私はメールを見ることにした。
    画面にアニメーションが映し出された。
    それは、リボンのようなものが輪っかになっている部分からライオンが顔を出して吼えるという、
    洋物映画の始まる前に出てくるものだった。
    珍しいアニメーションに少し嬉しさを覚えたが、送られてきた文章を見て私は眉根を寄せた。

    「   ハシゴ           」

    梯子がなんだというのか。嫌な悪戯だ。私はすぐさまそのメールを削除した。
    けれど、その数分後にまたもメールが届いた。とりあえず見てみると……文字が増えていた。

    「   ハシゴ        カエレ」

    私は気味が悪くなって、そのメールもすぐに削除した。
    それからしばらくメールはなかった。


    「青い山脈」 →続きを読む

    135:2011/12/07(水) 21:59:24.14 ID:
    つまらない内容かも知れないけれど、投下します。

    元嫁と結婚したのは26年前。
    それはそれはラブラブな毎日で、幸せ一杯・・・だった。
    2年後に娘が生まれ、更に幸せな家庭構築。

    2歳の誕生日前に、ちょっとした病気の疑いで血液検査。
    結果、病気は問題は無かったんだけど、血液型に問題あり。
    俺も元嫁もA型で娘はB型。 

    俺親は電車-飛行機-電車を乗り継ぐ距離なので、近くに住む元嫁両親と共に元嫁を追求。
    証拠があるのであっさりと不倫と托卵を認め、取り敢えず離婚届に署名捺印を。
    そんな話し合いをしていたある日、元嫁失踪。

    結局間男はわからないままに、ジ・エンド。

    元嫁両親は連絡は取れないまま元嫁とは絶縁宣言。
    子供を引き取りたいとの申し出はあったが、意地でも俺が育てる事に。
    可愛かったし懐いていたからね。 
    この選択については、後々後悔をした事もあるけれど、今の俺があるのはこの子のお陰。
    そのときから元嫁は死んだ事になった。

    でも会社勤めの俺、昼間は元嫁両親に依存。歩いて行ける距離。
    小学1年の時に、俺の転勤で元嫁両親の手を離れ、父娘だけの生活に。
    その頃になると、娘は心のよりどころ。

    元嫁の裏切りで、女性不信になり再婚なんて考えもしなかった。
    もう血が繋がっていようといなかろうと関係なく娘だけを愛したし、愛されていたと思う。

    学校が終わると学童の世話になり、俺の帰宅は7時から8時頃。
    買い物も頼める物は買っておいてもらい、二人で一緒に食事を作ったり。
    高学年になると多少は一人でも作れるようになり、俺が帰宅すると食卓に料理が並んでいたりして、嬉しかったな。

    「お父さんは何型?」 →続きを読む

    557:2008/11/18(火) 20:11:44 ID:
    ふーこの前の話なんだけど、ようやく独身の頃から憧れていた
    バルセロナ・チェアーを少ないこずかい削ってたばこやめて
    20万貯めてレプリカだけどいいやって思って買おうっとして
    妻と二人で、家具屋に行ったんだ

    正直夫婦共同の貯金は、あるけど将来のために使えないし妻もいろいろ
    我慢してる感じだ
    独身時代の貯金は、引越しやら、結婚式やらでほとんど残ってなかった
    家具屋についたら、妻がずっと化粧台見てるんだなんて言うか寂しそうな
    雰囲気で、なんかうしろめたさからその日は、買うのを、やめて食事して
    帰った

    妻には、なんで買わないの?って聞かれたけど
    なんとなく次でいいやって答えた

    んーやっぱ中学生の頃から、ほしかった家具だったので仕事の帰りに家具屋さん
    に一人で行ったんだ
    どうしても妻の顔が浮かぶ
    寂しい表情の顔がうかぶ

    「賢者の贈り物」 →続きを読む

    212:2011/06/11(土) 18:57:34.44 ID:
    十数年前姉が病死、姪っ子は私達の母親の養子になった。
    そんな姪っ子は当時幼稚園児。

    両親は自営業だった為、事実上私が母親代わりになり、
    仕事を辞め姪っ子のケアに専念。

    そんなある日、姪っ子の誕生日プレゼントを買いに出掛けた。
    しかしふと足を止め、お茶が欲しいと言い出した。
    夏でとても暑い日だったので、喉乾いたのかな?と思い、
    自販機でお茶を買い姪っ子に渡すと走り出してしまった。

    慌てて追いかけると、姪っ子はある人の前に行き、
    『どうぞ』とお茶を差し出してた。
    最近この辺に居るようになった、40代と思われるホームレス。
    元々ホームレス自体少ない地域だったので、姪っ子は気になってたようで
    いつも座ってるホームレスが喉乾いてると思ったらしい。

    ホームレスは戸惑い『貰っていいのかい?』と私の方に問い掛けてきた。
    姪っ子はホームレスにあげたいからお茶を欲しがったので、
    『良ければ貰ってください』と答えるとホームレスは泣いてしまった。


    『こんなゴミに優しくしてくれるなんて…』


    泣きながらお茶を受け取ってくれた。

    「姪っ子とホームレス」 →続きを読む

    131:04/12/16 14:13:49 ID:
    その昔、大学の同級生の女の子にがりがりに痩せた子がいた。
    細身の娘が好みだったのでお声掛け。程なく恋仲に。
    あるとき、

    「心臓に大穴が空いていて、苦しい。子供も無理。諦めるなら今のうち。」

    と告白された。本人は死ぬ気だったらしい。迷うことなく、恋人のまま。
    出来る手術があるのなら、と方々の心臓外科を探しまくってなんとか手術に
    こぎ着けた。

         どきどき。

    「どきどき。」 →続きを読む

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