110 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:00:59.37 ID:
前スレ
たまには感動するコピペを貼らないか?

ちょっと泣けた夜だったんで書いてみます。

今日は結婚記念日でカミさんと外食した。
レストランはそこそこに混んでいてガヤガヤうるさかった。
特に隣の家族がうるさくって、カミさんとちょっと顔を見合わせて苦笑いをしたぐらいだった。

父親が子供にいろいろ質問しては笑い、っていうのがえんえん続いてこっちもうんざりしてた。
しかも、その父親がやたらと大きく咳き込むので実際鬱陶しかった。

しばらくすると、ウチのカミさんがその家族の父親を見て、「ちょっとあのお父さん見て」と言うので、見つめるのも失礼なので向いの鏡 越しに彼の後姿をみてみた。

咳き込むたびにハンカチを口に当てていて、それをポケットにしまうのが見えた。
ハンカチは血だらけだった。咳き込んだあとは赤ワインを口に含んで子供たちにばれないよう大声で笑いごまかしていた。

向いに座っていた彼の奥さんは笑っていたが、今にも泣きそうな顔をしていた。
奥さんはどうやら事情を知っているみたいだった。その父親が何らかの重い病気なのは明らかだった。
うちのカミさんはちょっともらい涙していた。

帰りに俺は無神経にも「今日はなんか暗い結婚記念日になっちゃったな。台無しだよな」とカミさんにいった。

カミさんはちょっと沈黙を置いて、
「かっこよかったじゃんあのお父さん。ああいうお父さんになってね」
って涙声で俺に言った。俺もちょっと泣いた。
no title


111 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:02:22.73 ID:
俺の親父は中卒だった。
当時の親父の家庭環境は金銭面で相当な苦労をしていたらしく、親父は家計を助ける為に卒業と同時に工場に就職したのだそうだ。
勤勉な態度の成果もあってか、親父はその工場の責任者にまで昇格し、俺が高校に入学する頃には同業者からも厚い信頼を得る存在にまでになっていた。
しかし、どれだけ努力しても所詮は中卒出の負け組だ。
俺の家系は年に2回、たくさんの親戚が集まるイベントを行うのだが、親父はいつもそこで物笑いの種にされていた。
周りは一流の企業や大学の出身者ばかり、当時の親父の家庭の事情を知らないそいつらは、
酒の勢いもあってか親父を小バカにすることで自分達の地位を確信しているように見えた。
親父はもともと口下手な人間だ。周りから嘲笑されてもじっと堪え、彼等の機嫌を損ねないよういつも頭を低くしていた。
俺はその光景が我慢ならなかった。別に親父の経歴を恥じているわけではない。
親父は近所でも評判になる程の人格者だし、野球に少し心得があったから休みの日にもなれば、
小さい野球少年達がフォームを教えてくれとせがみに来られるのだ。
誇れる存在だった。偉大な人間だった。自慢の父親だった。でも世間はそれを知らなかった。
本来ならば奥方がやるべき酒や肴の使い走りをさせられている親父の姿を見て、俺は心の中で東大を目指すことを固く誓った。
俺の親戚が入学した大学の中でもっとも高いランクだったのは早稲田大学だった。
東大は日本で1番凄い大学だ。もし、入学できれば親戚中に衝撃が走るに違いない。そうなれば、もう誰も親父のことをバカにできない筈だと俺は考えたのだ。
部活を辞め、バイトを辞め、俺は持てる力を駆使して全力で2年間勉強した。
24時間のうち筆を持たない時間は殆どないようにも思えた。

運命の日。
俺は涙を流しながら親父に土下座した。
不合格だった。
僅か6点の差で赤門を潜ることを俺は許されなかった。
泣きじゃくる俺を親父は力強く抱きしめ「お前は良く頑張った。父さんの誇りだ」と言ってくれた。
あれから30年。今でも年に2度行われる親戚の集まりは開かれている。
俺自身はもう随分長いことその集まりに出ていないが、親父は今でも弱った身体を引きずりながらそこへ出席しているらしい。
だが、親父を馬鹿にする奴らはもうそこには一人もいないだろう。
所在無さ気な親戚のエリートどもの前で、親父は盆に乗せた酒を運びながら誇らしくこう言っているはずだ。

「ええ。息子がついに社長になったんですよ」

112 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:03:30.81 ID:
昨日、恋人が死んじゃったんです。病気で。
そしたらなんか通夜が終わって病院に置いて来た荷物とか改めて取りに行ったら
その荷物の中に俺宛に手紙が入ってたんです。
で、よく見たらなんか「わたしの人生は普通の人よりも短かった、だけど〇〇君と一緒に
過ごせたことで普通の人よりもずっと幸せな日々を送れた」、とか書いてあるんです。 もうね、アホかと。馬鹿かと。
お前な、そんなこといまさら言ってんじゃねーよ、ボケが。死んだ後だよ、もうお前いねぇんだよ。
なんか最後の方はろくに起き上がれもしなかったくせに。弱々しい字で必死で書いてたのか。おめでてーな。
よーし〇〇君のことずっと見守ってるぞー、とか書いてるの。もう見てらんない。
お前な、俺だってまだ言いたいこと沢山あったんだから生き返ってこいと。
愛の言葉ってのはな、もっと生きてるうちに伝えるべきなんだよ。
初めて出会った頃みたいにドギマギして恥ずかしさの余りいつ心臓が破裂してもおかしくない、
言おうか言わざるべきか、そんな雰囲気がいいんじゃねーか。今になってこんな事言い出すやつは、すっこんでろ。
で、やっと涙堪えながら読み終わったと思ったら、最後の方に、「わたしの事は忘れて他の人と幸せになって欲しい」、
とか書いてあるんです。 そこでまたぶち切れですよ。
あのな、俺はお前がホントに死んだなんて信じらんねーんだよ。ボケが。 得意げな顔して何が、見守ってる、だ。
お前は本当にこの世にいないのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。
お前、これは全部タチの悪い夢でホントはどっかで生きてるんちゃうんかと。
独り残された俺から言わせてもらえば今、お前に対してできる供養はやっぱり、 お前の事を忘れないこと、これだね。
たとえジジイになってボケたとしても。これが俺の生き方。
お前との思い出ってのは俺には辛すぎる。そん代わり忘れない。これ。 で、それにお前の事をずっと想い続ける。これ最強。
しかしこれを貫くと次から恋人が2度と出来ないかもしれないという危険も伴う、諸刃の剣。 軟弱者にはお薦め出来ない。
まあお前みたいな寂しがりやは、俺がいつかそっちに行くまで待ってなさいってこった。

114 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:04:03.11 ID:U4EZoPQ90
スポーツ系なら自分は日本初のオリンピック出場マラソン選手の金栗四三の話を推す。

国内で世界記録を20分以上も塗り替えるような記録を出しながらも本大会では日射病で倒れ、行方不明扱いにされてしまった。
日本の期待を一心に背負いながら、それでも走りきれなかったことで、深い自責の念に駆られた。
それでも日本のマラソンの発展のために50年間尽くしてきた。

1967年、ストックホルムオリンピック委員会から「オリンピック55年祭」が開催されるので来てもらえないかという連絡が届いた。
式典後、当時のコースを懐かしげに辿る金栗。そして55年前にたどり着けなかったスタジアムに足を踏み入れた。
何故かそこには観衆と役員、そしてゴールテープ。思い出のスタジアムで念願のゴールテープを切った金栗。

『日本の金栗がただ今ゴール。
          タイムは55年…。
                 これで第5回ストックホルム大会の全日程は終了しました』

116 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:04:24.98 ID:
J( 'ー`)し

自分が多少つらくても、腰痛くても頭痛くても、子供が元気にしてくれてるのがすごく嬉しいの。
元気そうな子供の姿見たり声聞いてるとね、本当に嬉しいの。
別に感謝してくれたり、無理に気にかけてくれたりしなくていいの。
苦労して育てた自分の子供が、自分の足で立って人生歩んでくれることが、何より嬉しい。

悩んでる、行き詰ってる子供を見るのは本当につらい。
何とかしてあげたい、どうにかしてあげたいんだけど、私じゃ何もしてあげられない。
余計な口出ししちゃって、後悔する事もある。
アナタにはアナタの考えがちゃんとあるのにね。
でも、見守るだけしかできないのはつらい。苦しんでる姿見ると、心が張り裂けそうになる。
親なのに、何でこんなにも、何もしてあげられないんだろうって、情けなくなるよ。

今楽しいアナタへ。アナタが楽しく生きているという事実が、お母さんの生きがいです。

今苦しいアナタへ。何もしてあげられなくてご免なさい。頼りなくて本当にごめんなさい。
でも、つらくても生き抜いてください。
お願いだから、自暴自棄になったり、自分を卑下したりしないでください。
生きる場所は必ずあります。生きる道は必ずあります。
アナタが、もがいて、もがいて。そこに辿り着くことを毎日祈っています。
私にできることが何かあるなら、どうか言ってください。
誇大表現でも何でもありません。アナタが強く生きてくれることが、お母さんは自分の命よりも大事です。

117 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:05:17.08 ID:
227 :Mr.名無しさん :04/09/08 23:49
カーチャン、なかなか親孝行できなくてコ゛メンな。
本当は家事を手伝ったり、
「カーチャンの作る飯が一番ンマイよ!」と言ったり
孫の顔を見せたりしたいんだが・・・

金銭的な孝行だけで(しかもそれも少ない)スマソ。
大学生の弟が居るんだが、もうじき学費の振込だ。
なけなしの貯金20マソだが、足しにしてくれ・・・

本当はマッサーシ゛チェアを買ってやりたかった。40マソはする奴な…ムリホ゜orz


228 :Mr.名無しさん :04/09/09 01:01
>>227
40万が無いなら、お前の両手があるだろ。
その手は飾りか?

カアチャン喜ぶぞ。

148 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:44:44.21 ID:JCVL7uJPP
>>117
一瞬両手を切り取って売るビジョンが浮かんだ

205 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 20:10:11.06 ID:LQTTZ0f9O
普段こういう話で泣けないんだが>>117まで見て画面が滲んできた

119 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:08:19.54 ID:
我家は母子家庭。
もちろん裕福ではないけど、つつましく暮らせば
生活に困るような事もないような家庭のつもりだったのですが。

ある日、元々指輪など装飾品にそれほど興味のなかった私が珍しく
超々安物の指輪を気に入って購入した夜。
私「ねえ、これかわいいでしょ~?」(本当に気に入ってたから)
小4の息子「買ったの?」
私「うん、どう?」
息子「高かった?」
私「まっさかーー、500円だったかな」

その後、何故か息子は下を向いて黙ってしまい
どうしたのかと思ってたら
「俺が大きくなったら、すっごい高い指輪買ってあげるから」
って涙ふきふき言われてしまいました。

買えないから買わないのももちろんあるけど、我慢するほど
そういうのが欲しい私ではなかったのに
息子は、きっと勘違いしちゃったんだろうなって。
でもそんな気持ちが嬉しくて、私も泣き笑いしちゃった。

これから先、何があってもこの子がいてくれたら
乗り越えていける、って改めて思わせてくれた夜でした。

121 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:10:34.15 ID:U4EZoPQ90
実は以前、捨てられた子犬を拾った、大雨の日。
マックロな子犬@ヨロヨロ
獣医に連れて行って治療、そしてカンビョウ
で、死んだ。庭に埋めた。生まれ変わったならウチにおいでと思いながら。
ある日、手のひらに乗る様な捨て猫を見つけた。
段ボール猫。
なんか、自分を見てる。
試しにマックロな子犬@ヨロヨロに付けるはずだった名前を呼んだ。
そしたら、ニャアーだと。お帰り。

122 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:16:02.17 ID:rAJVWvp30
>>121
いいわぁ・・・

123 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:16:41.65 ID:
くそったれホームセンターにいた時の出来事
クリスマスイブのある朝
サービスカウンターの時計売り場でボロボロの時計の電池交換を依頼された。
持ってきたの老夫婦だった。
丁寧な口調で「この時計が動かなくなってしまって、
電池交換して動けばいいんですが・・お願いします。」

このくそ忙しい時にこんな時計の電池交換かよ!
買った方がはえーよ!!と思っていた。
電池を機会で測定すると十分電池はある・・ってかこれぶっ壊れてんな・・
老夫婦を店内放送で呼ぶと事情を説明した。
するとおじいさんが
「おまえじゃあ買ってやるよ。時計ないとお前病院の帰りのバス・・」というと
おばぁさんが「じゃあお花買えないねぇ・・」
おじいさんが「花は今度にしよう・・またお花安い日やるよねお兄さん?これください」
おばぁさん「そんな高いのじゃなくても!・・」
3780円の時計だった・・・
俺「ここでしていかれますか・・」
おじいさん「していったらいいよ」うなずくおばぁさん

わざと時計を落として、俺「すみません!こんな傷ついた時計は正規の値段では売れません500円でいいです。」
おじいさん「だいじょぶだよ、ぜんぜんきずなんてついてない」
といいはって5000円札を出してくる。
傷がついてねーのは視力1・5の俺が一番知ってる!いうとうりにしろ!

476 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/30(月) 08:08:46.76 ID:2sivFceN0
>>123
お前そこはクリスマスプレゼントかサービス割だろと伝えてあげたい;;

126 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:19:19.71 ID:U4EZoPQ90
小学生の時ジャングルジムから落ち、腕を折ってしまい家から離れた病院に入院した。
当時の俺は「病院」と「医院」がごっちゃになってて、病院の広さに圧倒された。
入院中、ただじっとしてる事が我慢出来なかったから、病院内を探検しようと思った。
中庭とか屋上とか、自分の知らない風景を見るのがたまらなく楽しかった。

2,3日後、散々遊んで病室に帰ると隣のベッドの子が「またお外に行ってたの?」と聞いてきた。
突然話しかけられてビックリしつつも「…うん。」と素っ気無い返事を返した。
それから「お外はどんな感じ?」とか「お池の鯉さんは元気?」とか色々聞かれた。
俺は戸惑いながらも今日見たものや外の様子などを話して聞かせた。

どうやら隣の子は足が不自由らしく、自分で歩くことが出来ないようだった。
子供心に「何かしてあげたい」と思った俺は、その子の話し相手になった。
今思えばその子のことが好きになっていたんだと思う。
毎日毎日、病院内を探検してはその子に話して聞かせた。
遅くまで話をして看護士さんに怒られたりもした。

入院してから3週間くらい経ち、あとは自宅療養で大丈夫だろうと診断された。
俺は必死に腕が痛いフリをして入院を長引かせようとした。
当然そんな嘘はすぐにバレて結局、次の日に退院する事になった。
俺は泣きながら「ごめんね。僕、退院するから…話、出来なくなっちゃうよ。」と言うと、
その子は「…うん。仕方ないよ。気にしないでいいよ。」と言い、二人で大泣きした。

次の日、親が迎えに来る前に中庭に行き、花を摘んできた。
その子はとても喜び、「取替えっこ。」と言ってぬいぐるみをくれた。
変な話だが、その時はじめてお互い自己紹介した。

あれから15年。
腕の傷を見るたびにその子の事を思い出し、少しだけ胸が苦しくなります。
元気でやってるといいなぁ。長文すみませんでした。

127 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:19:28.84 ID:LyDgMmJS0
さっきからスレに釘付け

128 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:19:50.42 ID:
今日、近所の交差点で車に乗って信号待ちをしていると、前方の右折車線でジリジリ前進している車がいた。
明らかに信号が青になった瞬間に曲がっちまおう、っていうのが見え見え。
この道路は主要幹線(って言っても所詮田舎のだが)で交通量も多い。
確かにこのチャンスを逃したら、右折信号が出るまでの数分は足止めを食らうだろう。

俺は「ほんの数分も待てねーのかよ。やらせっかよ、このDQNが」と毒づきながら、
信号が変わる瞬間を待っていた。
当然譲る気は無い。昼飯前の空腹感と暑さが俺を少々苛立たせていた。

すると、いきなり、俺の左の車線の車から中年の男性が降りてきた。
自分の車を放っておいて。その車には誰も乗っていない。
もうすぐ信号が変わる大通りで信じられない出来事。
そのおっさんは、俺の車の前に背を向けて立ち、
『止まっとけ』のサインを出しつつ、右折しようとした車に『早く行け』と手を振った。

右折車が結構なスピードで右折していく。しかし、俺の目にははっきりと見えた。
苦しそうな顔の女性が。助手席の窓にまで達した大きな腹。明らかに妊婦。

俺は、咄嗟に助手席の窓を全開にし、小走りで車に戻ろうとしていたおっさんに叫んだ。
「ありがとう! 全然気づかなかったよ!」
おっさんは、ちょっとびっくりしたような顔をすると、
「仕事が交通整理なんでな!」
と、笑いながら言い返してきた。その顔の誇らしげなこと。とても眩しく見えた。
後続車の猛クラクションの中、俺たちは慌てて発進した。ハザードを2回焚く。多分、隣の車も。
結果的に俺は何も出来なかった訳だが、あそこで「ありがとう」と言えた自分に感謝したい。
素直な感謝の気持ちをそのまま言葉にする。
自分が本当に思っていることを口にして言うだけなのに、それが恥ずかしくて出来なかった、愚かな俺。
いままで、本当に言いたいことも言えず、へらへら生きてきただけの自分を後悔する毎日だったから。
それがちゃんと出来ることを教えてくれたおっさん、本当にありがとう。
そして、あのときの妊婦さんが、元気な子供を生んでくれることを、心からお祈りします。

129 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:22:09.98 ID:U4EZoPQ90
去年3月に定年を迎えた父に兄と私で携帯電話をプレゼント。
退職前は携帯などいらんと言っていたがうれしそうだった。
使い方に悪戦苦闘の父に一通り教えてまずメールを送ったが返事はこなかった。
その6月に脳出血で孫の顔も見ずに突然の死。
40年働き続けてホッとしたのはたったの2ヶ月。
葬式後父の携帯に未送信のこのメールを発見した。
最初で最期の私宛のメール。私は泣きながら送信ボタンを押した。
私の一生の保護メールです。

「お前からのメールがやっと見られた。
返事に何日もかかっている。
お父さんは4月からは毎日が日曜日だ。
孫が生まれたら毎日子守してやる。」

132 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:28:59.74 ID:U4EZoPQ90
まったく関係ない話だが。
昔、父親に誕生日プレゼント買ってやると言われ、おもちゃ屋に行ったときのこと。
本当はゴジラの電動ラジコンみたいなのが欲しかったんだが、
貧乏な家だったので漏れは父親の財布を心配して
ラジコンより50円安かったゴジラのプラモを選んだ。
父親は「ラジコンでもええねんぞ」と言ってくれたが、50円といえば5円チョコを10個も買える。
大金だと思った。だからプラモを選んだ。

家に帰ってさっそくプラモを作った。
ちんぷんかんぷんだったが、父親とワイワイ言いながら結局1週間ぐらいかかったかなぁ。
一緒に笑いあったあの時間は、今思い返すと50円以上の価値があったと思う。
ゴジラは去年、父親の遺骨と一緒に墓に納めました。
覚えてくれてるかな。一緒に作った楽しかった時間。

134 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:29:33.45 ID:2ToodNCwO
(´;ω;`)

133 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:29:03.63 ID:
阪神大震災後のはなし
当時オレはあるファミレスの店員をしていて、
震災後、ボランティアでバイキングのみのメニューを無料で提供する事になった
開店と同時に満席になって席待ちの列、繁忙期以上の忙しさだった
お客さんの中には着の身着のままで来る人がいて、
他のお客さんが「自分は家が残っているし、帰れば着る物がある」と言って
上着を差し出す光景を時折目にして、目頭が熱くなったのを覚えている

昼を過ぎた頃、待ち列の中にやたら身奇麗でアクセをジャラジャラ付けた若い男女二組がいた
彼等は使い捨てカメラで撮影してはギャーギャー騒いでいた
さらに彼等は皆が我慢して並んでいる中、「はやく席に案内してよ」と文句を言うばかりか、
「席に着いたら、即ビール4つね」「わたしパフェたべたーいw」とワガママ放題
見るに見かねてケンカ覚悟で退店願おうとしたその時、
一人の御老人が「あんたら、観光に来たのなら、頼むから帰ってくれないか!」
と涙ながらに訴えた
すると彼等は「カンケーないよw」「ナニか言ってるーw」とケラケラ笑って茶化すだけ
さすがに頭に来たオレが「申し訳ないですが、出て行ってもらえますか?」
と啖呵をきった瞬間、オレの肩をポンと叩いて前に割って入る男性がいた
男性は腕まくりをして見事な刺青を見せ付け、傍若無人な若者たちの前に立つと
「オイ、にいちゃんら はよおうちに帰って、テレビでも見とかんかい!」と一喝
彼等は黙ってスゴスゴと、埃一つ付いてない国産高級車で帰っていった

その後、ヤのつくヒトであろう男性は帰り際、
「店員さんはケンカしちゃいかんよ、そういうのはワシらの仕事やからw」
「食事ありがとう、おいしかったよ」と言って店を後にした
その時の男性の埃まみれのパンチパーマにヒビの入ったサングラス、
少し足を引きずって歩いて帰っていく姿が印象的だった

135 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:33:14.15 ID:uVFfUfgMO
やめてくれよ…やめてくれよ…

137 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:35:36.04 ID:RPL4rfJs0
涙止まんねえよどうしてくれんの・・・・

138 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:36:12.09 ID:
271 名前: おさかなくわえた名無しさん [sage] 投稿日: 04/05/16 00:30 ID:2P3FmGbS
一人暮らしと同時に飼い始めたうさぎが8歳でお星様に。
翌日、三人しかいない小さな事務所で無愛想かつ厳しいとっつきにくい上司と
おばさんパートに囲まれて仕事をしていたが不意に涙が出てきて何度もトイレに。
昼休みにお弁当を食べながらパートさんにウサギの話をして慰めてもらったけど
上司は「だったらぬいぐるみでも買え」と一言。
しかもその日は上司に急がなくてもいい書類に残業を命じられ一人事務所でPCに向かってた。
上司もさっさと帰ってしまい遠慮なく涙をこぼしながら仕事をしていたら一通のメールが。
サブジェクトは「いままでありがとう」。
本文は「○○(私)ちゃん/○○ちゃんと会えて/とっても、とっても幸せだったよ。
一緒にいれてほんとうに幸せだった。/ありがとう。/ぜったいにまたいつか会えるよね。
いつも近くにいるよ。/だから元気だしてね。だいすきだよ。」(/は改行)
そして最後にペイントで描いたらしき下手くそなうさぎの絵が。
送り主は上司のノートパソコンのアドレスでした。

次の日からも上司は何も変わらず無愛想で厳しかったけど
そのメールは綺麗な紙にプリントアウトして自宅に飾ってあります。
でも本当、絵が下手ですね、××(上司)さん(笑)

139 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:36:50.90 ID:U4EZoPQ90
ツレが事故に巻き込まれて一時的に意識不明の重体になったんだけどさ。
意識が戻って第一声が「やっぱり泣いてる」って何だよ。
「生きてるよ。笑え」って無茶言うな。
こっちは嬉しすぎて号泣してる最中なんだよ。
痛いくせに俺の食生活の心配してんじゃないよ。
リハビリのつらさには比べられないだろうが。
左腕に麻痺が残ろうが知ったこっちゃないよ。
おまえが生きてればそれでいいよ。
だからこれからもずっとそばにいてください。

今日やっとツレの退院の日が決まった。
嬉しくて書きながら鼻ズルズル。

140 : 3/1 : 2009/11/29(日) 18:37:29.79 ID:
「○○おにいさん、こんにちは。
僕のお母さんが、今度○○おにいさんのお父さんと結婚するので、
僕と○○おにいさんはきょうだいになることになりました。
僕はお父さんができることと同じくらい、自分におにいさんができるのが
とてもうれしいです。」

俺のおふくろは、俺が18のときに親父が迎えた後妻だが、
メス犬だった前のおふくろではなく、本当のお袋だと思ってる。
結婚が決まってから、初めて俺はおふくろと新しい弟に会った。
半ズボンにブレザー、緊張した9歳の坊主から俺はこの手紙をもらった。

俺も一人っ子で、本当は嬉しかったのに照れくさかったから、
かなり無愛想にその手紙を受け取った。
だけど新しい弟に会ったのはそれが最初で最後になった。
弟はそれからすぐ事故で死んだ。

141 : 3/2 : 2009/11/29(日) 18:38:10.01 ID:
俺は何でもしてやるつもりだった。
中学に入って生意気になってきたらエロ本をくれてやるつもりだった。
学校でいじめられたら、仲間連れてお礼参りしてやるつもりだった。
タバコをおぼえ始めたらぶん殴って兄貴風吹かして叱り付けるつもりだった。
単車だって、俺のお古をくれてやって兄弟で走りに行くつもりだった。
「おにいちゃん」から「兄貴」に変わる年頃になったら、
そして彼女ができたら、からかってやるつもりだった。
弟の部屋にのこのこ現れて、バカやって二人の邪魔をする。
「ふざけんなよ兄貴ぃ!」なんて言われたらとっくみ合いの喧嘩をして、
おふくろが止めに入って、二人してどやされる、そんな光景を夢に見てた。

葬式では、おふくろよりも俺の方が激しく泣いた。
友達が心配するくらいに狼狽して、一人で立っていられないくらいに。
タイムマシンがあったら、ほんの一週間前の自分にあって
胸ぐら掴んでやりたいくらいに後悔した。
もっと優しくしてやればよかった。どんな想いで手紙を書いて、
どんなに緊張して俺に手紙を渡したんだろうに。

142 : 3/3 : 2009/11/29(日) 18:38:51.89 ID:
俺は弟の代わりにおふくろを大事にしている。
この人こそが俺のおふくろだと思ってる。
「俺のおふくろを粗末にすんじゃねえぞ兄貴」
「わかってらぁ!るっせえよヴォケ!!」
弟とのそんなやりとりを、今でも空想しながらおふくろに接してる。
生きていたら、俺の弟は今年の春、大学に入学していたはずだ。
たった一回しか会わなかったが俺には弟がいた。


分割数のやつ間違えたorz

143 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:39:13.29 ID:EHu7Sj++O
これが人の心の光か……

144 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:39:45.76 ID:
360 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2008/03/12(水) 10:30:53
土曜日、一人娘の結婚式だったんさ。

当時俺25歳、嫁33歳、娘13歳。
まぁ、要するに嫁の連れ子だったんだけど。
娘も大きかったから、多少ギクシャクしながらも数年過ぎた。
子供はあえてつくらなかった。
収入の問題もあったけど、娘の気持ちを考えたら、
子供は娘1人いればいいって事になった。

突然嫁が交通事故で逝った。
娘17の時。
突然2人きりになった&現実味がなくて二人して呆然。
これからどうしようと思った。
生活の面では収入も安定してたし、娘も家事の一通りは出来た。
何の問題もないはずだったけど、嫁側親戚が騒ぎ立てた。
そらそーか。
血の繋がらない29の男と17の女。
ある意味カップルでもおかしくない歳の差だもんな。
「あなたはまだ若いんだから」とか、
「再婚するにも子供がいちゃ・・・しかも自分の子供じゃないのに・・・」
とか、散々言われた。
でも、俺は間違いなく娘は俺の娘だと思ってた。
何よりも、嫁のたった一人の忘れ形見だ。
俺が育てて行く以外の選択肢は全く頭になかった。
そんな親戚の騒ぎは右から左に流した。
娘も「今更こんな足の臭いオッサンとどーにかなるかw」と笑ってた。
当たり前の様に言う娘の気持ちが嬉しかった。

145 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:41:32.92 ID:
「乳母捨て山」の話聞いたことありますか?

年老いた親を、子どもが背負って山に捨てるというやつです。
大昔、貧しさから本当にその風習があったそうです。
そしてこんなことがありました。

背負われている間、親は山の木の枝を折って落としましました。

やせこけた腕を一生懸命のばして、一本一本、折り続けました。

山奥に着き、自分を捨てて去っていく我が子に、親は言いました。


「目印に木の枝を折ったから迷わずに下るんだよ」


親ってこういうものです。

146 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:43:21.06 ID:U4EZoPQ90
おふくろとの最後の思い出。
チラシの裏だけどPAに感謝を込めて。
親父の暴力に耐えかねてボロボロの隙間風吹く軽に乗って逃げ出した。
突然家を出たおふくろには五千円位しか無くて実家に帰るにはカツカツだった。
真夜中のPAでなけなしの金で食べさせてくれたカレー味のカップヌードルの暖かさが嬉しかった。
その後おふくろは温泉街で仲居の職にありつき実家を出て行き、
三年働いた後あっけなく亡くなった。
亡くなってしばらく経って読ませて貰った、
ばあちゃんへのおふくろからの手紙で
あの時心中するつもりだったけどSAでカップヌードルを旨そうに頬張ってる姿を見て生きようと思ったと書いてあった。

社会人になって初めて貰ったボーナスで買ったバイクであのPAに行ってみた。
カレー味のカップヌードルはあの時と同じように旨かった。

147 : 1/2 : 2009/11/29(日) 18:44:37.72 ID:
私の婦人科系の出費がかさんでいて、我が家はあまり裕福じゃない。
だから息子には申し訳ないんだけれど、おもちゃなんかはお誕生日とクリスマスの年二回しか買ってあげてないんだ。
息子が6歳の誕生日に「欲しいものは?何でも買ってあげるよ。」って夫婦できいたとき、息子が言ったのは「妹か弟が欲しい」だった。

「ボクはこの先一生おもちゃ買って貰えんでええけん、弟妹が欲しい。」

ごめんね。
あなたに弟妹をあげられないお母さんでごめんね。
子宮が無くてごめんなさい。ごめんなさい、許してね。
頭が真っ白になってしまって、親の癖に取り乱して息子に縋り付いて泣いて謝ってしまったんだよね、私。

息子はビックリして「お母さんを泣かせてごめんなさい。」って泣きだした。
親としてなってないよね、私。息子を傷つけたよね。本当にバカだった。
この前の、子供の日。夫の親・兄弟・親戚、一同が集まった席でいつものように始まった大合唱。

「一人っ子はかわいそう」「ロクな大人にならん」
「今からでも第二子は遅くない」「今の医療なら、なんとかなるやろ?」

困った顔をして薄笑いを浮かべてテキトーに生返事をしてやり過ごすしか私達夫婦には方法がありませんでした。
うっかり事情が知れたら、もっと傷つけられる。ああ、仕方無いが、我慢しよう、嵐が過ぎるまで・・・そう思ってた。

149 : 2/2 : 2009/11/29(日) 18:45:18.51 ID:
その時、今年小5の息子が、鋭い口調で言い出した。

「ロクな大人の ロク って何さ?」「嫌そうに聞いてある人間に嫌な言葉を言い続けるのが ロク なんか?」
「ここにいるみんな、おれ以外はみんなキョウダイがいるロクな大人やろうもん」
「ロクな大人の ロク がこういうことなら、おれはロクな大人にならんでよか!」
「ああ、よかったったい。おれはロクな大人になれん一人っ子で」
「ちぃーともかわいそうなこと、なかやっか。一人っ子ばんざい!」

一同が静まり返ってきまり悪そうに視線をアチコチに泳がせ始めた時

「母さん、おれを産んでくれてありがとう。一人だけでも俺を産んでくれてありがとうな。」

照れくさそうに言って、ちまきを2~3個引っ掴んで、

「△△のうちに遊びに行ってくるったい。いってきまーす!」飛び出していったよ。

次の週

「今日と明日は、おれが家事やるけん。母さんはゆっくりしときー。母の日やけん。お金かからんいい孝行やろもん。おれってあったまいー。」

今、息子は昼ごはんにとホットケーキを焼いているようです。
でもね、母の日のプレゼントは先週にもう貰ったと、私は思っているんだ。
えへへ、親馬鹿だけど、いい息子に育ってくれてうれしくて。
誰かに聞いてもらいたかったんだ。

150 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:46:48.07 ID:
私が中学生くらいの頃、ちょうど反抗期真っ最中だった。

私は母と些細な事で喧嘩になり、母から「そんな子に育てた覚えはない!」と言われました。
売り言葉に買い言葉で「産んでくれなんて頼んだ覚えは無いよ!」とつい言ってしまいました。
お前なんて産まなきゃよかったくらいの言葉が返ってくるかと思ったのに、
母は私のその言葉を聞いてから黙ってしまい、返事をする事はありませんでした。

それから月日は経ち、私が大学入学する時に戸籍抄本を大学に提出しなくてはいけなかったので、役所に取りに行きました。

その戸籍には「養女」の文字が・・・

私は父と母の本当の娘ではなかったのです。
そんなこととは全く知らずに、あの日言ってしまったあの言葉。
悔やんでも悔やみきれませんでした。
養女だと知ったとき、私は全くショックは受けませんでした。
むしろお父さん、お母さんの子として育った私って、なんて幸せなんだろうと胸がいっぱいになったのを良く覚えています。

おかあさん、あの日はごめんなさい。
私を本当の子以上に大切に育ててくれた事、感謝しています。
私も自分の子供たちに、母が私に注いでくれたような愛情で育てたいと思います。

152 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:49:41.21 ID:U4EZoPQ90
もう何年も前になる。
中学生の弟が鏡の前で一人で笑ってるのを見掛け、吹き出しかけた。
服や髪に気を遣いだし、彼女が出来たと喜んでた時期だった。
だから、今度は笑顔を作る練習でも始めたのか?と考えた。
9つ離れてるから弟が生まれる前から知っていて、あの赤ん坊が
大きくなったもんだと、兄貴面して見なかったことにしてやった。
その後もそういう姿を幾度か見掛けた。

どれだけ経ってか、弟と喋るうちにやっと理由が分かった。
前に法事で親戚が集まったときに、みんな口を揃えて
「○○(弟)は笑ったらお父さんにそっくり!」って言ってたんだよ。
俺から見ても、確かによく似てる。父が死んだのは弟がまだ幼い
ときで、弟は父の顔を憶えていない。父は写真を撮られるのが
苦手だったから、笑顔の写真が一枚もない。

弟は普段、誰かが父の話をしても、大して興味なさげにしてるだけだった。
だから、記憶に残ってなきゃこんなもんかと寂しく感じたこともあった。
でも、そんなわけないんだよな。弟は、ああやって父に会ってたのか
と思うと、なぜか弟に申し訳なく切なくなる。
あの時、からかわなくて良かった。

155 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:55:24.04 ID:U4EZoPQ90
数年前100円ショップでアルバイトをしていた。
2~3年勤めたので、常連さんとはけっこう仲が良かった。
その常連さんの中に、あるおばあちゃんがいた。
白髪で小っちゃくて腰が曲がっていて、カート?を押しながらゆっくり歩いてくる。そしてお気に入りの黒飴を2~3袋買って行く。
少し耳は遠いけど、いつもにこにこして可愛らしくて、来店頂く度に私もやたら買い物のお手伝いをしてしまったりしてたw

しばらく楽しく働いてたんだけど、私は就職が決まってバイトを辞めることになった。

出勤日数も残り少なくなった頃におばあちゃんが来店されたので、少しの会話の後に辞める事を伝え、お礼を言い挨拶をした。
おばあちゃんは「おめでとうね、頑張ってね」ってしわしわの手で私の手を握ってくれた。
レジでお気に入りの黒飴を精算し、いつものように財布やらが入ってる小さいリュックを背負うお手伝いをした後のこと。
ごめんねぇ、と言いながらおばあちゃんが泣き出した。
昔、娘さんとお孫さんを同時に亡くして私にお孫さんの面影を重ねていたこと、
私との他愛ない会話が嬉しいといつもおじいちゃん(旦那様)に話していた、と言って涙をぽろぽろ流していた。
丸めたくしゃくしゃのティッシュで目頭を押さえているおばあちゃんを見て、私も店内に関わらずで泣いてしまった。

157 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:56:51.47 ID:
537 :おさかなくわえた名無しさん :2006/10/13(金) 13:53:07 ID:g8rxMoBW

両親は、仲が悪いのだと思っていた。
冷たく見えるぐらい素っ気なかったから。

両親の兄弟姉妹などから、幼なじみで大恋愛だったとか、周りの反対を押しきって結婚したんだとか聞かされても、到底信じられなかった。


母が子宮癌で手術を受けた。
手術の終わる時刻を見計らって病院へ行くと、父が母のベッドの傍に座り、好きな歴史小説を読んでいた。
麻酔から覚醒したのか、母が痛い痛いと呻きだした。
父は即座に小説を閉じ、母の右手を両手で包み込んだ。
『ユミ、大丈夫だよユミ…』
まだ意識が戻りきっていないながらも、父の声に母が反応して答えた。
「タカちゃん…痛いよ…タカちゃん…」

父と母が名前で呼び合うのを聞いたのは、それが初めてで、最後だった。




母の通夜の後、棺の中の母の頬を何度も何度も父は撫でていた。
黙って撫でていた。

158 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:57:24.62 ID:U4EZoPQ90
父が棺おけに入った夜。
家族だけの最後の夜。
棺おけの上にみぃは乗り、一生懸命父の顔の見える扉を開けようとしていた。
砂を掘るように一生懸命あけようとしていた。
母と私はそれをとめなかった。本当に一晩中みぃは必死だったのだ。
私達は泣いた。猫にも最後のと分かるのだ。まだ私達は信じられなかった。

父がお骨になった日。
もう一生父の顔を見れなくなったあの日。
みぃはいなくなった。一緒に行ったのだろう。
母も私のみぃを探さなかった。
父も寂しいのだろう。みぃはついていったのだろう。

「いつも俺の後をついてくるんだぞ。俺の護衛なんだ。」
そういっていた父の言葉を思いだした。
本当にそうだった。
本当は私達もついていきたいくらいだった。
その変わりみぃがついていってくれた。

父の49日、猫が迷い込んできた。
みぃは女の子だったけど、男の子の猫だった。
ずっとうちの前で泣いていた。その猫をどうしてもほっておけなかった。
今もうちにいる。

そういう繋がり。大切にしていきたい。
いつまでも、その姿なくとも、何か別の形でそばにいてくれると信じている。

159 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:58:28.47 ID:
小4の時の1月15日連休最初の日だっけかな?
いつものメンバー5人で俺の住んでたマンションで遊んでいた。
あん時はミニ四駆を廊下で走らせてて騒いでは管理人さんによく怒られたもんだ。
俺は改造が下手でいつも遅かった。そん中の香具師が肉抜きしてやるから貸してや
といわれて俺はどうしても1番になりたかったから貸して改造をお願いした。
休み終わったら学校に持っていくわと言われてかなり楽しみにしてた。
その休み明けそれが1月17日震災の日だった。
俺は電球の傘にぶつかって額を切ったがなんとか無事だった。
避難した公園にいつもの奴らが集まってくる4人揃ったが後1人こない。
心配になって4人とうちの親父とでそいつの家の前に行ってみた。
光景は悲惨なものだった。1階部分が見る影もなく2階しかなかった。
そいつの姉貴が2階で寝てたらしくて無事に出てきたがワンワン泣いていた。
「お母さん、お父さん、〇〇、何してんのよ早くねてらんと早く出てきてや。」
俺たちもその前で立ち尽くすばかりで何もできずそれぞれ親戚の家や知り合いの
家に避難することになってしまった。
そして2月に入っての新聞。死亡者名の欄にあいつと、あいつの両親の名前が載っていた。
俺はそれを聞いて地元にいったん戻った。2月20日の合同慰霊祭。あいつと対面したのはその日だった。
スプレー塗装が剥げてるボロボロのミニ四とメモをやつ姉貴が渡してくれた。
メモには「ちょっとオマケでスプレーもしといたで。これでお前もいっちょまえになれるな
次走るとき楽しみにしてるで」



「いつ走るねんや。アホが」涙で言葉はそれしかでなかった。

あれから9年、色あせてもう動くことはないだろうミニ四駆
今も部屋の机の上に置いている。

160 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 18:59:32.54 ID:rAJVWvp30
マジ良スレ
支援支援

161 : 1/2 : 2009/11/29(日) 19:02:35.72 ID:
ばあちゃん(゚Д゚)ゴルァ!

四年ぶりに田舎帰ってその帰り際に押し問答で押しきられた封筒の厚さがおかしいと思ったら
5 0 万 もはいってましたよ(゚Д゚)ゴルァ!
渡されるとき変だな変だな~って思ってましたよ(゚Д゚)ゴルァ!
1万円でも漏れには大金なのに 5 0 万 て何事ですか(゚Д゚)ゴルァ!
漏れはちょっと前に事故で死にかけて、今すげー金欠ですよ
でもな、ばあちゃん
何やってんですか(゚Д゚)ゴルァ!
50万てばあちゃんその金稼ぐのにどれだけ苦労しましたか?
ばあちゃんが作ってうってる野菜ひとふくろ100円ですよ(゚Д゚)ゴルァ!
ひとふくろたった5本の胡瓜だけれどそれをつくるのにばあちゃんどれだけ苦労しましたか(゚Д゚)ゴルァ!
曲がった腰更に曲げて草取り水遣り肥料遣りに支え作り袋詰だって楽じゃないですよ(゚Д゚)ゴルァ!
ばあちゃん、体きついって、頭痛い腰痛い足痛いって言ってるじゃないですか(゚Д゚)ゴルァ!
ばあちゃんの胡瓜はばあちゃんの命すり減らして作ってますよ(゚Д゚)ゴルァ!
金額も金額だけど、金の価値はそれだけじゃないですよ(゚Д゚)ゴルァ!
漏れはばあちゃんの命を喰ってるようで涙が止まりませんよ(゚Д゚)ゴルァ!
田舎にも帰らず28P300円でフォモ本作って売りさばいてたりしてごめんなさい(゚Д゚)ゴルァ!
漏れの本とばあちゃんの野菜は価値が違うよ
四年ぶりに会ったばあちゃん、ちっちゃくなって
声もちいさくなって前はきりきり働き者だったのに頭痛いってずっと寝てましたよ(゚Д゚)ゴルァ!

医者いってください
整体いってください
頼むから!
頼むから、ばあちゃん!
「被爆者手帳で医療費ただだから気にせんで」って
医療費ただでも交通費はただじゃないじゃないですか(゚Д゚)ゴルァ!

162 : 2/3 : 2009/11/29(日) 19:03:50.41 ID:
「あんたが生きててくれて嬉しいん。
このお金で車買い、今使わなくても結婚資金にすればいいから」って(゚Д゚)ゴルァ!
ばあちゃん(゚Д゚)ゴルァ!

自分どうすればいいですか(゚Д゚)ゴルァ!
結婚資金どころか相手もいないですよ(゚Д゚)ゴルァ!
ばあちゃんを安心させて喜ばせてあげたいのにそれすらできませんよ(゚Д゚)ゴルァ!

使えません、使えませんよ(゚Д゚)ゴルァ!
受け取っちゃったんで返せませんよ(゚Д゚)ゴルァ!
かえしたらばあちゃんきっと悲しむ
でも返したいですよ(゚Д゚)ゴルァ!
漏れはどうしたらいいですか(゚Д゚)ゴルァ!

漏れは悪い孫ですよ
ばあちゃんにそんなことしてもらえる価値なんてないですよ

四年も田舎に帰らなかった自分(゚Д゚)ゴルァ!

帰らなかった間にばあちゃんすげーちっちゃくなってるじゃないか(゚Д゚)ゴルァ!
手の骨とかポキンて折れそうですよ(゚Д゚)ゴルァ!
漏れにはなんてことのない四年だったけど
ばあちゃんが年をとるには十分すぎる年月なんだな(゚Д゚)ゴルァ!

163 : 3/3 : 2009/11/29(日) 19:04:31.12 ID:
ばあちゃん、ばあちゃん、しんじゃ嫌だ
しんじゃいやだよう
ずっと生きてて漏れに孝行させてください(゚Д゚)ゴルァ!
漏れに背中もませてください
手つないで坂道歩かせてください(゚Д゚)ゴルァ!
ひいばあちゃんひいじいちゃん、事故のとき漏れを助けてくれてありがとう!
まだばあちゃんまだ連れてかないでください(゚Д゚)ゴルァ!

次の休みは年末だ(゚Д゚)ゴルァ!
祭りにはいかねえ
田舎に帰るよ
ばあちゃん待っててな(゚Д゚)ゴルァ!
いっしょに温泉行こうな
漏れ少ない給料がんがってためるよ(゚Д゚)ゴルァ!(゚Д゚)ゴルァ!(゚Д゚)ゴルァ!

165 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 19:05:50.31 ID:C6e9mx0M0
ここまで読んだ支援

168 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 19:07:45.93 ID:
中学校1年のときのこと
授業中に隣の席の女の子がおしっこ漏らしていました
女の子の席は一番後ろのはじだったので他には誰も気がついてない様子
僕はおもむろに席を立って無言で廊下へ
先生が後から追いかけてきたけど無視して手洗い場でバケツに水を汲むと教室に戻り
その女の子にぶっかけました
教室中大騒ぎになり、学校に両方の親まで呼ばれました
うちの親は相手の親に平謝り
なぜそんなことをしたのか問い詰められましたが
僕は結局最後まで口を割りませんでした
家に帰る途中で女の子が事実を親に話したらしく
お礼を言いにうちまで来ていました
時は過ぎて今その女の子は僕の奥さんです

179 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 19:30:04.81 ID:m4itm+PD0
>>168
ちょっと違うけど似たようなのが道徳の本に載ってたな

169 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 19:11:20.79 ID:E5rCqR1x0
何度涙腺緩ませれば気が済むんだチキショウ…
支援するぜ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

170 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 19:11:52.53 ID:
小さな食堂(夫婦と息子さんで経営。バイトは私だけの合計4人)でバイトをしています。
基本的に調理は旦那さんと息子さんがやっているのですが、付け合せの人参のグラッセなど簡単なものは私が作っています。

昨日最後に来たお客さん(親子3人)が「この人参のグラッセを作ってる人はどなた?」と聞いてきました。
私は不味いと苦情を言われるんだと思い、震えながら「私です」とお客さんがいるテーブルに行きました。
お客さんは私をじろじろと見て「そう、あなたが作ってるの…」と呟きました。
私はもう怖くて怖くて、手をぎゅっと握ってその視線に耐えていました。
そうしたら奥さんの方が「うちの子、人参が大嫌いでどんな料理にしても絶対に食べないの」と言いました。
「それなのに、このお店のグラッセだけは美味しいっていつも嬉しそうに食べるのよ。
良かったらレシピを教えてくれないでしょうか」とメモ帳とペンを私に差し出してきました。
そういうことは店長に確認を取らないといけないので、冷静を装ってと厨房に行きましたが、実際は嬉しくてぼろぼろ泣いてた。
厨房に行くと店長は「話は聞いてた。レシピは教えてやっていいぞ」とレシピのコピーをしてくれていました。
そして「これも持っていけ」とグラッセとうちの一番の自慢のコロッケを渡してくれました。
お客さんにレシピと「これは気持ちです」と料理をテーブルに載せると、子供は満面の笑みで「ありがとう!」と、
夫婦も「このコロッケ凄く美味しくて大好きなんです」って美味しそうに食べてくれました。

このことが本当に嬉しくて嬉しくて、お客さんが帰った後、思わずおお泣きしてしまった。
店長が「料理屋は客に美味いと言われるのが最高の幸せだ。だから今のお前は最高に幸せなんだぞ」と
言って、私が泣き止むまでずっとお店にいてくれました。
お店もここにくるお客さんもみんな大好きだ。

212 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 20:16:18.93 ID:h9bTT2AD0
>>170みたいなのが良いなぁ
誰かが死ぬのは悲しいからヤダ

171 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 19:13:21.06 ID:
あるベトナムの村に宣教師たちの運営する孤児院がありましたが、爆撃を受けてしまいました。
宣教師達と2人の子供達が即死し、その他の者も重傷を負いました。
重傷になったものたちの中でも8才の女の子は最も危ない状態でした。
無線で助けを求めると、しばらくしてアメリカ海軍の医者と看護婦が到着しました。
大量に出血したことにより危ない状態にあり、早く手当をしないと少女は命を落とすことになります。
輸血が必要でした。しかしどうやってそれを行うことができるというのでしょうか。
言葉が通じないため、ジェスチャーを使って子供達を集め、何がおきていたのかを説明し、
誰かが血液を提供することが必要であることを伝えようとしました。
沈黙の時間がしばらく続いた後、一本の細い腕が恐る恐るあがりました。
ヘングという名の少年でした。
急いで少年の準備をすると、苦しむ少女の隣に寝かせ、輸血ようの管をとりつけました。
少年は黙ったまま天井をじっと見つめていました。
しばらくすると、少年は自由になっている手で顔を覆うと、しゃくりあげるように泣いているのでした。
医師がどこか痛いのかと尋ねるとそうではないようでした。
しかし、しばらくするとまた、しゃくりあげ、今度は大粒の涙をこぼしていました。
医師は気になり、再び尋ねましたが、またもや彼は否定しました。
ときどきしゃくりあげていたのが、やがて静かに泣き出しました。
明らかに何かが間違っているようでした。
すると別の村からベトナム人の看護婦が現れました。
医師はその看護婦にヘングに何が起きたのか尋ねてくれるように頼みました。
すると少年の苦しそうな表情はゆるみ、しばらくすると彼の顔は再び平静を取り戻しました。
すると看護婦はアメリカ人の医師達に説明しました。
「彼はもう自分が死ぬのかと思っていたんです。あなた達が説明したことを理解しておらず、少女を助けるため、全ての
血液を提供しなければいけないと思ったようです。」
すると医師はベトナム人看護婦の助けを借り、少年にきいてみました。
「そうであればどうしてあなたは血液を提供しようと決心したんですか。」
すると少年は単純に応えました。

「あの子はぼくの友達なんです。」

198 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 20:02:58.10 ID:nx+2DkPZ0
>>171
純粋さに泣いた。・゚・(ノД`)・゚・。

172 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 19:13:53.63 ID:rAJVWvp30
あーくそー涙腺がwwwwwwwwwwww

174 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 19:17:23.09 ID:
祖母がボケ始めた頃、海外在住だった私は一時帰国して、和歌山まで 遊びに行きました。
二年程会っていなかったのですが、以前はしゃきっと
していて厳しかった祖母が、仏さんみたいな顔で笑いかけてくれて、電子
ジャーに残っていたご飯でおにぎりをつくってくれました。
「食え、食え」と言って。
祖母と同居していて、一緒にいた従弟が「おばあちゃん、そのご飯、もう
古いんちゃうかー」と明るく言って、私の方をちら、と見て「食わんでええ」
と小声で言いました。でも私はどうしても食べたかった。だから、海苔も
塩味も何もついていない、ご飯を丸めただけのおにぎりを、口にほおばり ました。
電子ジャーの中に何日残っていたのか知りませんが、ご飯はぽろ
ぽろで変色しており、確かにおいしくなかったんですが・・・。
でも祖母が嬉しそうに私のことを見ていてくれたので、こぼさないように
頑張って噛みました。
それが祖母とのこの世での別れになりました。だから今でも、電子ジャーに
残ってしまって、ちょっと古くなったご飯を見るたびに涙がでそうに
なります。ぽろぽろのご飯の舌触りも、絶対に忘れないと思います。

175 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 19:18:08.73 ID:
幼稚園のころ、ころんでひっかき傷つくって泣いてたら同じクラスの女の子に絆創膏をもらったんだ。
金属の箱に入ったヤツ。5枚ぐらいあった。「全部あげる。無駄使いしちゃだめよ」って。
家に帰っておふくろに「絆創膏?ケガしたの?」って言われたんで剥がしてみせた。
ケガなんてどこにもなくなってる。不思議だったけど絆創膏のパワーだと信じた。

何日かして朝御飯のとき自分のお気に入りの茶碗にヒビが入ってるのを発見。
ガキの浅知恵だよね。ヒビに絆創膏はってみたんだ。
・・・・・・夕飯のときにはがしたら直ってた。
手押し車にアヒルがついてるおもちゃ。アヒルの首が取れちゃったんだけど
絆創膏はっておいたらやっぱり直った。

大切に使わなきゃ、とさすがに事の重大さに気づいた矢先、うちの猫のヤーヤが車にひかれた。
残ってた絆創膏全部はって、毛布をかけて幼稚園休んで看病した。
泣き疲れて寝ちゃったんだよね。ヤーヤに顔をなめられて目を覚ました。
治ってたんだ。傷なんか痕すら残ってない。明日幼稚園いったらミヤちゃんにお礼言わなきゃ。
「絆創膏くれてありがとう」って。

幼稚園行って気づいた。ミヤちゃんなんて女の子はいない。
絆創膏をもらった時以外に彼女をみたことなんてなかった。
なのに僕は彼女をみたときミヤちゃんだとなぜだか思った。

そういえばヤーヤを産んですぐに死んでしまった母猫もミヤだった。

176 : 1/2 : 2009/11/29(日) 19:20:40.08 ID:
この前飼い猫が病気になったんですよ、末期のね。
で、生まれて初めてペットロスを経験したわけですわ。正直最初はペットロスって軽いもんだと思ってたのよ。動物飼いならみんな普通に経験してるからさ。
あのね、俺が間違ってた。あれは人が経験するもんじゃない。冷血人間だね、冷血人間だけが耐えられるものだよ。
最初に「安楽死承諾書」出された時さ、めちゃめちゃびびってペンそろ~って持ってそろ~っと名前書いたのよ。10秒くらいかけてさ。でなんか怖くなって消すどころか承諾書破り捨てちゃったのさ。
そしたら飼い猫がさ「苦しいよ」とか目で訴えてくるの。
同じ過ちは2度繰り返さないのが俺よ。
だから名前書いたのさ。えぇ、そりゃもう書きましたとも。全てを忘れて書いたよ。家に迷い込んできた時のヤツの心もとないほどガリガリだった体とか、
初めて膝で寝てくれたときにホントに嬉しかった事とか、エサをねだる時の愛らしい顔とか色々思い浮かんでくるのを頭から振り払ってね。
だってヤツが苦しいって訴えてたからね。
そしてらエライ事になった。
もうすごい即死。そして俺のすごい涙。幅3cmくらい。昔の漫画だけど星飛雄馬やはだしのゲンにも負けない。
それで横見たら飼い猫がすごい安らかな顔を俺の方に向けてんの。ホントごめんなさい。
正直「飼い主なら苦しみから救ってやるのが義務だぜ!」なんて見栄張らないで素直に最後まで悪あがきしてやればよかった、せめて自然に任せて死なせてやればよかったと思ったよ。
心の底から承諾書にサインした事を後悔したね。
でも埋葬が終わって友達に「猫はさっさと死んじまうな!これだから猫は。今度は長生きするカメでも飼うか」とか言っちゃてんの。
ホント俺ってダメ人間。
誰か助けて下さい。・゚・(ノД`)・゚・。

184 : 2/2 : 2009/11/29(日) 19:35:41.04 ID:
>>176の猫バージョン

この前病気になったんですよ、末期のね。
で、生まれて初めて飼い主との別れを経験したわけですわ。正直最初は別れって簡単なもんだと思ってたのよ。野良猫時代は普通のことだったからさ。
あのね、俺が間違ってた。あれは猫が経験するもんじゃない。冷血動物だね、は虫類だけが耐えられるものだよ。
最初に動物病院に入った時さ、めちゃめちゃ痛くて脚そろ~って動かしてそろ~っと尻尾ひきずったのよ。10秒くらいかけてさ。でなんか体が動かなくなって診療台の上でへたりこんじゃったのさ。
そしたら飼い主がさ「苦しいのか」とか目で訴えてくるの。
同じ過ちは2度繰り返さないのが俺よ。
だからニャーンて鳴いたのさ。えぇ、そりゃもう鳴きましたとも。全てを忘れて鳴いたよ。家に迷い込んだ時のヤツの暖かいまなざしとか、
初めて膝で寝たときにホントに気持ちよかった事とか、エサをくれる時の呼び声とか色々思い浮かんでくるのを頭から振り払ってね。
だって長引くと飼い主がつらいだろうって思ったからね。
そしてらエライ事になった。
もうすごい即死。そして飼い主のすごい涙。幅3cmくらい。昔の漫画だけど星飛雄馬やはだしのゲンにも負けない。
それで横見たら飼い主がすごい悲しそうな顔を俺の方に向けてんの。ホントごめんなさい。
正直「飼い主を苦しみから救ってやるのが義務だぜ!」なんて見栄張らないで素直に最後まで悪あがきしてやればよかった、せめて自然に任せて死ねばよかったと思ったよ。
心の底から承諾書にサインさせた事を後悔したね。
でも埋葬が終わって天国で「飼い主って寿命ありすぎるよな!これだから人間は。今度は長生きするカメにでも生まれるか」とか言っちゃてんの。
ホント俺ってダメ猫。
…もう泣かないで下さい。

478 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/30(月) 08:34:51.44 ID:PSsnSufI0
>>176>>184
ずっと泣くの我慢してたけど、やっぱりこれが出ると泣いちまう

180 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 19:30:29.15 ID:iw65b0cX0
no title

181 : 1/2 : 2009/11/29(日) 19:31:07.01 ID:LyDgMmJS0
851 :番組の途中ですが名無しです :2006/05/22(月) 22:17:50
 幼稚園の時弁当の時間に仲良かったTちゃんがとなりに座ってて、
「おかずとっかえっこしよ」といってきた。 「うん、いいよ」と私。
そしたらTちゃんの反対側に座ってたAってコが聞こえよがしに耳打ちしたんだわ。
「Nちゃんのお弁当、ごはんばっかだから損だよ。 やめなよ」

たしかに私の弁当箱はご飯を入れるスペースが広かったんだけどね。
母の実家は米どころ宮城でさ。 いつもササニシキのとれたてを送ってもらってて。
しかも釜炊きだったから、私にとってはうちの白飯はご馳走だったわけ。
おむすび弁当だって大好きだった。
別にTちゃんには普通にその日のおかずのコロッケとかそういうのあげるつもり
だったんだけど、Aのこの一言でカーっと頭に血が上ってね。

次の瞬間号泣しながらAに掴みかかってった。 楽しいはずの弁当タイムに
突然女の子同士のつかみ合い勃発に大慌てで引き剥がす担任。
押さえつけられながら
「おかあちゃんのおべんとう美味しいもん!Aちゃんなんか大嫌いだ!」
とか延々さけんでた。 …弁当ひっくりかえしちゃったんだけどさ…

その後私とAは別々に呼ばれて事の発端を説明させられた。
その日のお迎えのときに担任が母と少しの間話してた。
(Aの親も同様になんかいわれてた)

帰り道、いつ怒られるのかとびくびくしてる私に母はなにも言わなかったよ。
いつもと全く変わらんの。 ただ、その日の晩御飯はいつもより時間が早く、
メニューは私の大好きなハンバーグだった。もちろん炊きたてご飯たっぷり。

182 : 2/2 : 2009/11/29(日) 19:31:48.77 ID:LyDgMmJS0
852 :番組の途中ですが名無しです :2006/05/22(月) 22:20:17
で、次の日持たされた弁当がいつもと様子が違うわけ。
なんか包みがごつい。
「お弁当の時間まであけちゃだめだからね」と念を押された。

午前のお時間がすぎて弁当タイム。
中から子供の自分の顔なんぞすっぽり隠すくらいでっかいおむすびが1個出てきた。
おかずは卵焼き、唐揚げ、いぶりがっこ…だったかな。
もう周り中から羨ましがられたよ。
「いいなあー!さるかに合戦みたい!」
「僕もママに同じのつくってもらう!!」
照れ笑いしながら一生懸命食った。 たらこだの梅だのねりおかかだの
色々入っててさながらビックリ箱おむすび。
途中で腹くちくなったけど最後まで休み休み平らげた。 

帰宅してからっぽになった包み手渡したら、顔中くしゃくしゃにして喜んでくれましたね。
おかあさん有難う。改めてうちのご飯は世界一だと思ったよ。
ガキのクセに生意気な感想だけど。

家を出た今も、米は釜で炊いてるよ。
でーっかい具たくさんおむすびは私が落ち込んだときに作る
必殺入魂メニューです。

185 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 19:38:03.34 ID:
学生時代、書類の手続きで1年半ぶりに実家に帰った時のこと。
本当は泊まる予定だったんだが、次の日に遊ぶ予定が入ってしまったので
結局日帰りにしてしまった。

母にサインやら捺印やらをしてもらい、帰ろうとして玄関で靴紐を結んで
いると、父が会社から帰ってきた。
口数が少なく、何かにつけて小言や私や母の愚痴を言う父親のことが苦手で、
一緒に居ると息苦しさを感じていたの私は、父が帰宅する前に帰って
しまいたいというのも、日帰り、ひいては通えない距離の学校を選んだの
理由の一つだった。
父が、「お前、泊まるんじゃなかったのか」と訊いたので、
「ちょっと忙しいから」とぶっきらぼうに答えると、手に持っていた
ドーナツの箱を私に差し出し、
「これやるから、電車の中で食え。道中長いだろうから」と言った。

駅に着くと、電車は行ったばかりのようで人気がなく、30分は
待たされるようだった。
小腹が減ったので、父からもらったドーナツの箱を開けた。
3個ずつ3種類入っていた。
家族3人でお茶するつもりだったんだなぁ。
でも、私が9個貰っても食べきれないよ。
箱の中を覗き込みながら苦笑した。
その直後。
あぁ、あの人は凄く不器用なだけなんだろうな―。
ふとそう思うと、涙がぼろぼろ出てきた。
様々な感情や思い出が泡のように浮かんでは消えるけど、どれもこれも
切なかったり苦かったりばっかりで。
手持ちのポケットティッシュが無くなっても、ハンカチが洗濯して干す前
みたいに濡れても涙は止まらなくて、
結局、一本あとの電車が来るまで駅のベンチでずっと泣き続けていた。

187 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 19:43:14.75 ID:
今までで強烈に感動したCMドラマ。
アメリカで見たし、何のCMかも忘れたし、一度きりだし、台詞もうろ覚え。でも覚えてる。

舞台はアメリカの老人ホーム。寂しい老人達が、届いた花束を持った看護婦さんに、
期待して集まってくる。カードが読まれて、花束が誰宛か判明して、その人だけが喜ぶ。
後はがっかりして部屋に戻る。

ある時、大きな花束が届いて、また老人達が集まってくる。今度は誰宛だろう? と
看護婦さんが、早くカードを読むようにせかされる。彼女がそれを読む。カードには、
「大切なあなたにこの花束を贈ります」とか書いてある。期待する老人達の輝く顔。
そして最後の宛名を見て……、看護婦さんは涙目に。
それは、ここの老人達全員からの、看護婦さんへの花束だった……。老人達大喝采!

自分の中で、これを抜くドラマCM未だなし。

188 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 19:44:02.76 ID:
今日思い立って面接用のスーツ買ってきた。
お母さんに1万円借りた。
もっといいの買いなさいって言われたけど、
年末、お金が無いのは知っていたし。
「ごめん。絶対に返すから、1万円貸して」って。
近所のホームセンターで7,999円のスーツと
500円のシャツ、ネクタイを買ってきた。

すそ挙げにお金が掛かるから、そのまま買ってきた。
お母さんにすそ挙げをお願いした。
そしたらお母さん、ニコニコしながら泣いていた。
俺も泣いた。

190 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 19:46:37.05 ID:
親父、覚えているか。
俺が小さい頃、この店の前で駄々をこねてお子様ランチを食べたいと言った事を。
親父は「我侭を言うな」と一喝し、俺の頭を殴ったな。
俺は泣きじゃくっていたが、それを背に親父は歩いていったな。
母さんに支えられながら歩いた俺は、親父のその背中を見て、畏怖したもんさ。
家に帰っても親父とは話ができず、家の中には気まずい空気が流れていたな。
その日から、何日経っただろうか。
母さんが「こっそりあの店に行きましょう」と言ってくれた。
俺は歓喜に震えながらも、後で親父にバレて怒られる事を危惧した。
だが、幼い俺はお子様ランチの誘惑には勝てず、母さんと二人、店に向かった。
その店に向かう道中からその店でお子様ランチが出るまで、俺はワクワクしっ放しだったさ。
そして、念願のお子様ランチが出てきた時には、もう俺の喜びは最高潮に達した。
そこからは、俺もあまり覚えてないな。
本当にもう、ただお子様ランチに心を奪われていたんだな。
気付いたら、既に皿の上には何も乗っていなかったさ。
そこで再び、俺の中には親父への畏怖が湧き上がってきた。
そこで俺は、恐る恐る母さんに対して口を開いた。「この事、父さんには内緒だよね……?」と。
しかし母さんは言う。「う~ん、それは無理かもね」
俺は愕然とした。
どうして?どうして?どうして? ――
何も信じられなくなろうとした刹那、母さんはこう続けた。
「父さんが『この金で連れて行ってやれ』って言った事だから」

親父、覚えているか。
俺は、今でもあの時の親父の背中を覚えてるよ。
けど、本当は ―― 本当は、親父と一緒に食いたかったんだぜ?
―― 今更言ってもしようがないし、親父は不器用だったから仕方ないかもしれないけど ――
だから、約束してくれ。
俺がそっちに行ったら、一緒に ――

191 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 19:48:59.09 ID:
今日よ
俺の養父におとんって言ってやったんだよwwwwww
そしたら養父がいきなり泣き出しやがったのwwwwww
そしたらどうよ?
俺もなんか突然泣き出しやがんのwwwwwwwwwww
真冬の縁側で男二人が会話もなく鼻水だらだら流しながら泣いてんのwwwwwwww

192 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 19:49:13.13 ID:U4EZoPQ90
一週間前、ずっと一緒だった猫が死んだ。
俺が小学生の頃、下校中に道に捨てられていたのを見つけた。
手のひらに乗るほど小さくて、今にも死にそうな声で鳴いていた。
家に連れ帰ってミルクを飲ませた。一生懸命ミルクを飲む姿が愛らしかった。
親と相談して家で飼う事になって、すごくうれしかった。
名前を付けるのに一週間くらい掛かった。付けた名前は「さんご」。三月五日に会ったから。
さんごはオッドアイだった。左目が金、右目が青だった。きれいな目だった。
さんごは人懐こかった。いつも俺の部屋か、居間にいた。
さんごは賢かった。自分でドアを開け、部屋に入ることが出来た。
さんごは甘い物が好きだった。買っておいたケーキを食べられた事もあった。
さんごは暖かかった。寝る時は俺の上か、腕まくらで寝ていた。
俺の青春はさんごと一緒だった。
俺の傍にはいつもさんごがいた。
つらい時も、楽しい時も、悲しい時も、うれしい時も、
いつも近くに寄ってきて、そのきれいな目を見せてくれたんだ。
さんごが居ない生活なんて考えられないほど、さんごの存在は大きかった。
だから、電話でさんごが動かなくなったって聞いた時、たちの悪い冗談だと思った。
あわてて会社を早退して動物病院に走った。
俺が到着した時、さんごは既に逝っていた。
自然死、老衰だと獣医は言った。
さんごは眠っているようだった。
あの目はもう見れないのか、と思った時、俺は泣いた。
さんごは幸せだったろうか。
さんごを埋葬し、使っていた食器をぴかぴかに磨いて墓標に添えた。
どうしようもなく悲しくなり、また泣いた。
しばらくして、初めてお別れを言った。
どこかで猫の鳴く声が聞こえた気がした。

193 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 19:50:28.36 ID:
98仏W杯のクロアチア戦だったと思うが、日本の予選敗退が決まった時、勝利に喜ぶクロアチアのサポーターに対して、日本のサポーターから
「決勝リーグ進出おめでとう。同じリーグを戦った戦友として、日本は、クロアチアの今後の健闘を祈ります」
というような英語の横断幕が張られた。
そして、日本側から「クロアチア・ちゃちゃちゃ クロアチア・ちゃちゃちゃ (拍手)」というエールが送られた。
期せずして、クロアチア側からも「ニッポン・ちゃちゃちゃ ニッポン・ちゃちゃちゃ(会場全体が大拍手)」という状況になった。
自分は当時も今もヨーロッパ在住の身で、ユーロスポーツTV(英語版)で観戦していたんだが、司会者とコメンテーターが、
「何と感動的なシーンなのでしょうか。長年W杯を観戦していますが、試合後に これほど胸がいっぱいになったのは初めてです!」
「本当にその通りです。試合後に両チームの健闘を称えあう、これこそが、W杯が目指しているもののハズです。なんて素晴らしい・・・(嗚咽)」
自分もその言葉に泣きました。イタリアやドイツにはクロアチアからの移民が結構すんでいるんだけども、今だにこのことを覚えてくれている人もいる。

194 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 19:56:08.82 ID:iw65b0cX0
6 名前:名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/03/28(土) 03:20:05.63 ID:1dlKnumnO
九条信者の皆様、ミサイル日和ですがご機嫌いかが?


2chで泣いたレスってある? より

では実体験から
広島の平和集会にゲストとして呼ばれた自衛隊員に浴びせられた言葉

市民「自衛隊は無くすべきだと思いますが、自衛隊員の○○さんはどう思いますか?」
市民「自衛隊が有るから軍事的緊張が発生する、
憲法違反だから自衛隊は無くすべきだと思います、
自衛隊員の○○さんはどう思いますか?」

そこで自衛隊員の返事、俺はこの言葉をこれからもずっと忘れないと思う

自衛隊員「そう言う人達も守るのが、自衛隊です」

197 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 19:58:29.89 ID:
厨房の頃、橋本は最強で友達もみんなファン、試合が始まる前、グッズ購入者にサインしてくれるんだけどオレは一番安い500円の色紙さえも買えなかった。500円だよ!500円!
友達はタオルとかTシャツとか買ってんのに、オレは母親がくれたジュース代200円しか持ってなかった
友達がワイワイ騒ぐ中で、一人蚊帳の外・・・楽しい日なのに、悔しくて涙が溢れそうになった
それを見かねた友達が、オレを橋本の横に連れて行き
「すいません!橋本選手!コイツに握手してあげてもらえませんか?」
オレはびっくり、橋本は笑いながら握手をしてくれた
「サインもしてやるよ」橋本はペンを握って笑った
「何も買ってないし、いいです!握手だけでいいです!」
「いいから、いいから」
「本当にいいんです!買った人に不公平ですから!」
今思えば、つまらないことに異常に意地を張った自分が笑えるけど
あの時は、金の無い恥ずかしさと憐れみの優しさと思うと嫌だった
というか、オレ自身が荒んでたんだと思う
「そっかぁ…じゃあ、背中出してみろ」
無理矢理押さえ込まれ、シャツをまくり上げられた
  『パチン!!』
背中が火傷したような痛さに思わず声が出た
「今日の記念だ!忘れるなよ!」
そこにはさっきまでの笑顔ではなく、真剣な目の橋本が居た
「はい・・・ありがとうございます」
オレも友達も、オレが生意気だから怒ったんだと思った。家に帰って鏡を見ると、手の跡が真っ赤に残ってた
次の日に学校に行ったらヒーローだったけど、3日は痛くて風呂にはいるのもキツかったなぁ・・・

でも、今ならこう思えるんです
橋本さんはオレの背中を叩いたんじゃなくて
押してくれたんじゃないかって
貧乏で卑屈な俺の心を壊してくれたんじゃないのかなと
勝手な解釈ですみませんが、そう思っています

さようなら、そしてありがとう…心優しい破壊王

200 : 1/2 : 2009/11/29(日) 20:05:48.09 ID:
1995年1月16日に戻りたい。
当時21の私と倫子はその日ちょっとしたことで喧嘩をしてしまった。
明らかに私が悪い理由で。
普段なら隣同士で寝るのにこの日はひとつの部屋で少し離れて寝た。


17日の朝、大きな揺れがあった。あまりに大きな揺れにあわてている間にすごい音と共に屋根などが崩れてきた。
運良く私も倫子も無事だった。しかしお互いを確認するのは声だけだった。
二人の間には大きな瓦礫の壁があった。
私は窓の近い側だったので、隣近所の方が瓦礫を少しどけてくれて、自力で出ることができた。
私は倫子を助けるために近所の方と合わせて4人で瓦礫をどけようと必死だった。
倫子は、「真っ暗で怖いけど、私は大丈夫だから」と叫んでいた。


1時間か2時間か、時計もなく分からなかったが、ある程度作業が進んだ。
これなら助かると思った。
しかしそのとき周りの人が「隣の家から火の手が上がっている」と言った。
隣の家はこちらに傾いていた。
危険だと周りは言った。
皆、ピッチを上げて作業をした。しかしそのとき、隣の家が崩れてきた。
私も周りも、その場から反射的に離れた。そう、見捨ててしまった。
どのくらいその場にいたのか分からない。ずっとその場にへたり込んで座っていた。
「消防はどうして来てくれなかったんだ」「神はどうしてこのようなことをするのか」「瓦礫をどけはじめたときにもっとうまくやっていれば、助かったんじゃないのか」
「見捨ててしまった・・・・・・・・・」「どうして自分も死ななかったのか」

こんな言葉が頭をずっとめぐっていた。
周りは「しょうがなかったんだ」と言った。気に病むな・・・と、、、。
そんなこと、できるはずがないことは周りも分かっていただろう。
私はその言葉を聞いてから、ずっと泣いていた。
後日、瓦礫の山からともこの骨だけが見つかった。

201 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 20:06:52.47 ID:
たった1.5メートルの距離の差だった。
たった1.5メートルの距離の差が「1番大切な人」を失う距離だった。
16日に喧嘩したことが、素直でなかった私が、最も失ってはならない「大切な人」を失う結果にしたのだ。


喧嘩をしていなければ、二人とも助かったかもしれない。
そうでなかったとしても、倫子をひとりにすることはなかった。
そして、見捨てることも・・・・。



私は1995年1月16日に戻りたい。そして君と一緒にいたい。



阪神大震災
経験をしていないとっては分からないことだと思う。
しかしそれはしょうがないことだとも思う。
ただ、これから1月17日に阪神大震災の話題が出たときに
いまさら・・・、とは言ってほしくない。
そういったことがあったことを知っておいてほしい。


そして今恋愛をしている人に。
あなたは大切な人を手放さないで下さい。
今すぐにでも謝れることなら、すぐに謝ってください。
後から後悔しても、すべて戻ってこないのですから。

202 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします : 2009/11/29(日) 20:09:15.39 ID:+1ggmkE00