1 : 名無しさん@おーぷん : 2014/05/05(月)03:34:03 ID:
チラ裏スレだけどあんまり自分のこと他人に話せないから、俺は普通の範囲なのかちょっとおかしいのか、是非感想が欲しい。

身バレしないようにちょっとフェイクいれます。

書きためしてて気づいたけど、どうしても辛い記憶ばかり印象に残ってるので、そればっか書いてしまいますが、もちろん良いこともありました。
少なくとも、もっと酷い経験をされてる方はたくさんいること、自分は幸福な部類の家庭で育ったということ、
家族は全員、根は良い人であるということを前置きしておきます。
no title


2 : 名無しさん@おーぷん : 2014/05/05(月)03:34:35 ID:
昭和の終わり頃、割と裕福な家庭の次男として生まれる。
父は弁護士(都心で個人事務所営業)、母は専業主婦、5つ上の兄が一人
家は、戦後に不動産業で荒稼ぎした祖父の持家のひとつに、4人で住んでいた。


その頃のことは殆ど覚えていないが、家族はみんな優しくて平和だった。
お金に余裕があるからといって度をすぎた贅沢をすることはなく、基本的には一般家庭のエンゲル係数で育っていたように思う。


俺が2歳のころ、父方の祖父母の家に同居することになる。
介護が必要になったとかではなく、古い考えの祖父に合わせ、長男である父を呼び寄せたというだけだ。

ちなみに父は男四人兄弟であり、また、祖父の家は500坪くらいの日本庭園があるお屋敷@政令指定都市
一階が祖父母の生活空間、二階はうちの家族の生活空間、台所や風呂は一階で共有だった。

当時の俺はまだかなり幼かったが、わりと順応性は強いタイプなので特に違和感は感じず暮らしていた。


しかしこの頃から、両親は狂い始めていった。

3 : 名無しさん@おーぷん : 2014/05/05(月)03:35:01 ID:
俺が幼稚園に入った頃から、父はちょくちょく家に帰ってこなくなった。

お仕事が忙しい、というようにきいていたと思うが、両親が喧嘩しているのを見ることが多くなった。
喧嘩すると二人ともヒステリックになるタイプで、怒鳴り声が響き、物が飛び交い、母が泣き叫び、父は酔って暴れる。
祖父母が介入してくることは、余程酷いとき以外は無かった(これは後述する、父の生い立ちや性格のゆえだと思う)


そういえば、この頃から躾の仕方もちょっと異常なときがあったと思う。
例えば俺はよく、ちょっとだけパンツの中でおしっこを漏らしてしまったようなんだが、
それがバレると「次やったら股間をハサミで切るぞ」と両親に脅された

しかし幼稚園に入ったか入らないかの年頃の俺は、そう簡単に言いつけを守ることはできず、ちょっぴり漏らしてしまった。
切られると思って震えあがった俺は必死にそれを隠そうとしたが、当然すぐにバレた。たしか兄貴がチクった。
それでどうなったかというと、下半身裸にされて母に羽交い絞めにされ、
酔っぱらった父はでっかい裁縫ハサミで今まさに切らんとするように、股間前でチョキチョキ


俺は「ごめんなさいごめんなさいやめてくださいお願いしますお願いします(ry」と泣き叫んだが、
両親ともうっすら笑みを浮かべて、しつこく演技してきたような記憶がある。
まぁ本気でやる気はなかったんだろうけど、3、4才の俺としては本当に怖かったわけで、今でもなんでそういうこと平気でやれるかなと疑問に思う。

ちょっとおかしいとこをピックアップしてしまったが、両親とも、スイッチが入らなければ普通の人である。
彼らは他人を思いやる気持ちを持った、優しい人なんだってことは揺るぎない。今の俺はそう思えるようになった。

4 : 名無しさん@おーぷん : 2014/05/05(月)03:35:24 ID:
さて、俺が5才の頃、我が家にとっての最初の事件が起こる。

少し前置きをすると、うちの家族は学校の長期休暇の度、一度は家族旅行に行っていたのだが
今回は両親の喧嘩が原因でそれが中止になった。

当然残念な気持ちになったけれど、お出かけの用事が喧嘩で中止になるのはいつものことだった。


そして旅行予定日当日、
急に母が怖い顔をして、兄と俺に「今から旅行に行くから支度するわよ」と言ってきた。
わけがわからなかったが、旅行に行けることは嬉しかったので、もちろん喜んでついていった。しかしなぜか父は抜きで、三人旅行だった。




新幹線やタクシーで移動し、とある一軒の高級旅館に到着する。

あまりよく覚えていないが、母はすごい勢いで中にずかずかと入っていったように思う。
ここまでの移動中、母は暗い顔で泣いていたので、また機嫌が悪いのだろうと思いあまり気にしていないフリをしていたが、何やら不穏な空気だった。


しばらくすると、両親の怒鳴り声がきこえ、旅館従業員がおろおろし出した。
俺たち兄弟は「またか」と思っただけだったが、とにかく激しい連中なので喧嘩すると目立つ。
しかし、一緒に来ていないはずの父が何故ここにいるのかがわからなかった。が、父も来てくれたことを知り、ちょっと嬉しくなった。


俺たち兄弟は、両親がいる部屋とふすまを挟んだ座敷へと、女中さんに案内された。
そこで出された和菓子がとても綺麗でおいしくて、兄と一緒に大喜びだった。


前置きが長かったが、簡単にいえば母と俺たち三人は、父の浮気現場に乗り込んだのである。

5 : 名無しさん@おーぷん : 2014/05/05(月)03:36:13 ID:
その後、どんなやり取りがあったのかは知らない
泣きわめく母を、「奥さん、落ち着いてください」と女中さんが宥めていたが、
そのときの兄と俺は何があったのか全くわからなかったので、修羅場の真っただ中に居ても「また喧嘩だ」としか思わなかった
(ちなみに俺の記憶では、家族旅行中に両親が喧嘩しなかったことは一度もない)

わけがわからないまま、俺たちは母に連れ出されて父と別れ、そのまま三人で二泊三日の旅を決行した。
ときどき母は泣いていたが、楽しい旅行にしてくれた。
このときの母の気持ちを想うといたたまれない。

6 : 名無しさん@おーぷん : 2014/05/05(月)03:36:38 ID:
そんなこんなで、両親の喧嘩は普段からますます激化した

もちろん母は離婚も考えたらしいが、父は弁護士で母は専業主婦であり、
経済的な面でも世間体を考えても、幼い子供を連れて家を出るなんてことはできなかったらしい。

また、母は育ちの良いお嬢さんなので、出戻りなど簡単にはできなかったんだろう。
ちなみに両親は見合い婚だ。


喧嘩が激しいというのは、要は両親がキレたときの異常性が増していった。
怒鳴り散らし暴れまわる父に対し、母も負けじと包丁を振り回す。
そして喧嘩が終わると、父は外に出ていき、母は父の高級な背広等を根こそぎハサミで切りつくす。


また、母は「今から死ぬから!」と言って首吊りのわっかを作り、今まさに死なんとする脅しも使うようになった。
しかし残念ながら、父と兄には全く本気にされず、相手にされていなかった。

そこで母は、まずは幼くマザコン気味の俺に対し死ぬ宣言をして、俺を泣き叫ばせてから自殺ショーをするようになった。
俺は母が死ぬのが怖くて仕方なかったので、一生懸命土下座して父と兄に止めるよう懇願したが、二人とも「相手にするな」と言いながらニヤニヤして見てるだけだった。

母が輪っかに首をかけて苦しそうな顔をして、俺は必死に足を支えようとするんだが泣きじゃくってしまい上手くいかない
まぁ母も辛かったんだろうけど、幼稚園か小学校入りたてくらいの子供の前でそういうことするのは不味かったんじゃないだろうか。
この頃から、兄には「マザコン」と言われて馬鹿にされたが、ときどきは俺の味方をしてくれて、両親に怒ってくれることもあった。

俺には自分が悲しかったという想い出としてしか残っていないが、兄にとってもつらかったはずだ。
物心ついた頃から家庭が荒れていた俺と違い、兄にとっては家庭環境がどんどん変わっていくのを目の当たりにしていたのだから。

7 : 名無しさん@おーぷん : 2014/05/05(月)03:36:56 ID:6JxAgvHq1
見てるで

>>7
見てくれてありがとう

9 : 名無しさん@おーぷん : 2014/05/05(月)03:40:14 ID:
やはりおかしい部分ばかり書いてしまっているが、幼少期の記憶は克明に覚えているわけではないため
どうしてもこういう部分ばかりが鮮明に残っている。
だがこの頃はまだ平和な方だったし、家族で出かけることもよくあった(だいたい喧嘩するんだが、両親なりに普通の家庭っぽく育ててあげようという気遣いだった)



兄の中学受験勉強が近づくと、父は昆虫好きの俺をよく虫捕り連れて行ってくれるなど、ときどき二人で出かけていた。

しかし、母にとってはそんな様子も面白くなかったようである。
出先から父と帰宅すると、決まって母は「父親面しやがって!」とふっかけて喧嘩になった。


また、家庭状況が悪いからこそ兄には成功してほしかったらしく、受験勉強のさせ方もわりと激しかった。
兄は頭は良いが要領が悪く、勉強のことで何かあるたびに母から暴力を振るわれていた。
といっても最近ニュースになるような虐待レベルのものではない。
具体的には髪の毛を掴んで廊下を引きずり回されたり、机の引き出しで引き出しが壊れるほど殴られたり、
ガラスの置き物を投げつけられ、破片で流血したり…と、書いてみるとわりと危ないが、とりあえず大きな怪我をするほどでは無かった。


俺もちょいちょい巻き添えは食らっていたんだが、そこは次男坊の要領の良さを発揮してできる限り回避していた。
まぁ殴られるのや髪の毛掴んで引きずり回しの刑は、痛かったけど慣れていたといえば慣れていた。
怖かったのは、大切にしてるものを壊される方だった。

小学生にとって宝物である、カードやプラモや漫画を、全て目の前で破壊されるのである。
反抗すればもちろん、勉強をさぼったり習い事の練習をさぼるとそうなるんだが、ひとつ子供心に理不尽だと思ったことがある。

10 : 名無しさん@おーぷん : 2014/05/05(月)03:40:36 ID:
時系列が少しとぶが、小学校中学年頃の夏休み、父は俺との虫捕り旅行を企画した。
俺は大喜びだった。虫が好きなのもあるし、いつのまにか月に1度しか帰ってこないようになった父と旅行できるのが嬉しかった。
ファザコンではないが、学校から帰ると毎日母が泣いていて機嫌を伺ってばかりの生活の中、父との外出は唯一安全安心だったからだ。

ちなみに、この頃から父は子供に対して基本的に放任主義となっていて、酒が入らない限り怒られたり暴力を振るわれることもなかった。
また、俺はでかい家の金持ちの息子、おぼっちゃんで運動神経も悪いってことで、学校では少々イジメられ気味だった。
うちはゲーム禁止でポケモンの話題についてけなかったのもある。ちゃんと友達はいたけどね。


そういうわけで、父との旅行が無性に楽しみだった。
だが、母の「こういうときだけ父親ヅラしやがって!」というヒステリーを受け、あえなく旅行は中止になってしまった。
けっこう悲しかったが、行きたいと言えば反抗したことになるし、泣いても多分怒られるので、
母に「これでいいね?あいつは最低な男だから!」と言われても「うん」と言って後でこっそり泣くしかなかった。


でも俺は相当行きたかったようで、
後日、母と二人でいるときにポロッと「お父さんと〇〇行きたかったな」と言ってしまった。
案の定、母は鬼の形相になった。

泣いて謝ってももう遅い。
いつものように「やっぱりあの男の味方をするのか!私はこんなにあんたたちのために一生懸命やってるのに!!」と泣き叫ばれ、
殴られ、髪の毛持って引きずり回され、漫画もカードも全部破られてしまった。
これはちょっと理不尽じゃないのかと思った。

11 : 名無しさん@おーぷん : 2014/05/05(月)03:41:04 ID:
話を兄の受験に戻す。
兄は地元のトップ校を志望していたが、直前期になって寮制の県外の学校も志望したいと言い出した。
母は反対していたが、レベルがかなり高い学校なので、受験自体は承諾。
結果は見事に合格し、その後母の反対を押し切り父の力を借りて、そこへ入学・入寮した。

つまり兄はこんな家から逃げたかったんだろう。
その後なんやかんやあってちょくちょく帰ってきたりもしたが、基本的に兄は外で暮らすようになった。
そして先にちらっと書いたように、父はこの頃、月一程度しか家には帰ってこなかった。

つまり母との二人暮らしに近い状況になったのである。
後になって思うと、このあたりが俺にとっての地獄の始まりだった。



母が受験に力を入れていた理由は他にもある。
うちは資産家である祖父の頭が古く、親族間の交流行事が多かった。
父の四人兄弟のうち、残りの三人は皆医者で、それぞれ二人ずつ同年代の子供がいる。

このような状況で何が起こるかというと、親戚同士の受験戦争である。
嫁たちは普段、世間体よく交流するが、陰ではいがみ合い、競い合い、
さらに将来の遺産分配のことを考えて、弁護士である我が家への警戒心からか水面下での対立を激化させていった。


母はそれもあり、父の浮気についても強がっているフリをし続けた。
比較的美人で気位の高い人であり、外に対してはあくまで強い自分を貫き通した。

祖母はそんな母のことが気に入らないらしく、嫁姑争いも孫の見ていないところで行われた。
これまで母の異常行動を散々書いたが、母はこんな状況で逃げ場もなく、心のよりどころが子供しかいない状況だったのだ。
多少精神が壊れても仕方ないと思う。

俺もある程度そういうことはわかっていたので(母に散々愚痴られてたから)、
「もうあなただけが頼りなんだから」という言葉に、素直に応じるほかなかった。

12 : 名無しさん@おーぷん : 2014/05/05(月)03:41:46 ID:
なんやかんやと暗い日々が続き、俺は5年生になり受験に向けて塾に通い始める。
俺は普段、母の機嫌をとってばかりでマザコン馬鹿っぽく振る舞っていたため、親は俺のことを兄ほど期待していなかったようだった。
しかし予想に反して俺は、入塾早々超好成績を収め、一気に塾内の選抜トップクラスに放り込まれる。
その後の学力テストでも成績が下がることはなく、これ以上上がることもなく、母の期待は一気に上昇した。


だが、俺は別に勉強が好きなわけではなかった。
母は塾の課題以外にも、あれをやれこれをやれと、要求はどんどんエスカレート。あなただけが希望なんだの決め台詞。
そろそろ自我が発達してきた俺としては、反抗することもときどき出てきた。

しかし反抗すれば暴力が待っているし、まだ力では敵わなかったので
要領よく誤魔化しつつ、それなりに一生懸命勉強して県内トップの私立中学に入学した。



そしてそれを機に、我が家は学校の近くに引っ越すことを決めた。
母はもちろん、ときどき帰ってくる父親も、祖父母との同居はもううんざりだったのである。

13 : 名無しさん@おーぷん : 2014/05/05(月)03:43:02 ID:
書きためここまでなんだけど、先を見たいと思う?
とりあえず感想きかせてもらえたら嬉しい

14 : 名無しさん@おーぷん : 2014/05/05(月)03:44:35 ID:L88AlpC0Q
だめだ気になってねれない

15 : 名無しさん@おーぷん : 2014/05/05(月)03:46:44 ID:6JxAgvHq1
俺んとこもお袋にマンガを勝手に捨てられるのはよくあって
最終的にケジメをつけることができたのは俺が25歳のときだったわ

17 : 名無しさん@おーぷん : 2014/05/05(月)03:48:44 ID:
>>15
そのケジメというのが気になる…
俺は中高くらいでケジメをつけることになったけど

18 : 名無しさん@おーぷん : 2014/05/05(月)03:50:54 ID:6JxAgvHq1
>>17
ケジメと言ってももう二度としないと約束させただけだよ

22 : 名無しさん@おーぷん : 2014/05/05(月)03:56:14 ID:ANivHrP8Q
ゆっくりでいいから続き頼む
読みやすい文章だな

23 : 名無しさん@おーぷん : 2014/05/05(月)03:57:07 ID:
新しい家にうつり、父はちゃんと家に帰ってくる宣言をした。
が、俺は信じなかった。父はもう上っ面だけしか家のことを知らないのだから、とても壊れかけている母と一緒に暮らすことなど耐えられるはずはない。

案の定、父は女のところへ逃げ、実質母との二人暮らしが始まった。


自我が完全なものになっていき、反抗期の息子
息子に依存して、精神が壊れかけている母親

結果、毎日喧嘩ばかりになった。
俺はよく暴れるようになった。具体的には壁を壊したり、物を壊したりした。

外面の良さは親譲りだったが、内心はいつも暗かったり周りを馬鹿にしていたりで、学校では周りと上手くなじんでるようで壁があるような
孤独を感じる日々だった。


何年もそういった生活を続けるうち(その間もいろいろあったが)
母はうつ病に、俺もうつ病になった。

それでも外では何も問題がないと、強く見せ続けていた。
軽くいじめも受けるようになり、正直もう限界だった。

25 : 名無しさん@おーぷん : 2014/05/05(月)04:02:49 ID:
それで女に振られたことをきっかけに
なんかどうでも良くなって男のくせに睡眠薬自殺図ったのをきっかけに

こそこそオーバードーズとかリストカットとかする女々しい奴になって
でもなぜか大学受験は上手くいっていいとこに入って

それをきっかけに自傷行為はやめた。
その後プロのバンドマンを目指し活動するも、夢半ばに諦めて大学院受験して
なんやかんや要領よくこなして司法試験に合格して弁護士になって、いまに父の後を継ぐ

両親の喧嘩は絶えないし俺もちょっと自殺願望みたいなのまだあるけど、
上手いこと家族をとりもてるようになったし、なんだかんだ感謝してる

でも親も実は家庭環境が悪く、そういうのって遺伝するから
俺はイケメンとか言われて結構モテる方だけど絶対家庭は持たないし彼女も作らん
一人で生きるとそう誓いました

以上です。

26 : 忍法帖【Lv=78,マーマンダイン】 : 2014/05/05(月)04:04:33 ID:n6caYPiwF
物心ついた頃からそれは辛いな…
年が年だから打開策打てなかっただろうし、イッチの要領がいい辺りとか、複雑な環境で育ったやつは良くも悪くも人間性に影響するから。
ただ、文面見てる限りイッチが思いやりがあるいいやつだって事は分かった。出来れば続けて欲しい

27 : 名無しさん@おーぷん : 2014/05/05(月)04:07:52 ID:
>>26
ありがとう

申し訳ないけど、やっぱよくあることなのかなってのと、疲れてきたので一気に終わらせてしまいました…
すみません…

30 : 忍法帖【Lv=78,マーマンダイン】 : 2014/05/05(月)04:27:21 ID:n6caYPiwF
>>27
おつ!
当事者は本当に辛かっただろうから、よくある、ない話とか比較するんじゃなくてイッチの経験として受け止めて、あまり悲観的にならないでほしい。いっちが今幸せであります様に

28 : 名無しさん@おーぷん : 2014/05/05(月)04:10:14 ID:NUKxhJMMq
まあ普通。

似たような家庭環境の奴なんぞ結構居る

29 : 名無しさん@おーぷん : 2014/05/05(月)04:23:23 ID:nqaXAHbvu
言うほど異常じゃなかった

31 : 名無しさん@おーぷん : 2014/05/05(月)04:27:27 ID:7rkhrgn8B
フツーだから結婚していいよ

32 : 名無しさん@おーぷん : 2014/05/05(月)05:52:19 ID:SOZmejJld
そんな環境で優秀やな~
おまえは偉いよ。尊敬できる。

せめて今後はあったかい家庭を築ける
お嬢さんと幸せになって欲しい気もする。