1 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 16:17:16.09 ID:
 編まれた毛糸たちの隙間を潜り抜け、年末の寒さがわたしの首を撫でてくる。

 それをなんとか拒もうと顎先をマフラーに押し付けながら、
わたしは『バーボンハウス』のドアを押し開けた。
カランカラン、とステレオタイプな音が鳴り、
店長のショボンさんがにっこりと微笑みかけてくる。

(´・ω・`)「いらっしゃい。とりあえずコーヒー?」

 ショボンさんはわたしの答えを待つことなしに
コーヒー豆を取り出し、手動ミルで挽きだした。

川 ゚ -゚)「ブラックで」

 わたしはショボンさんにそう伝え、店内隅のテーブル席に腰掛ける。

 鞄からノートパソコンを取り出し電源を入れた。
オペレーションシステムの立ち上がる音が奏でられると、
ショボンさんがコーヒーを運んできたところだった。

 わたしの金曜日の夕食は、
『バーボンハウス』でとられると相場が決まっている。
no title


4 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 16:19:15.97 ID:
 『バーボンハウス』は喫茶店なのかバーなのか
よくわからない品揃えをした飲食店で、
客質や時間帯によってその性格が大きく変わる。

 時には居酒屋のような雑音に満たされることもあり、
時にはマティーニとピアノが似合うジャズバーのような雰囲気にもなったりもする。
ショボンさんはこの店を枠にはめることが好きではないようで、

(´・ω・`)「バーボンハウスは一期一会。
     その日その日のお客さんが楽しんでくれるなら、
     僕はどんな店になったとしても構わないよ」

 以前わたしがそのことについて訊いた際には
そのような答えが返ってきた。

川 ゚ -゚)「だから客が増えないんですよ」

 ターゲット層は絞らないと、と、そのときわたしはそう言った。
短所だと自覚しているが、わたしは思ったことがそのまま口に出てしまう。

 ショボンさんは困ったように小さく微笑んだ。

(´・ω・`)「でも、クーさんという常連客はゲットしてるよ」

 そして首もとの蝶ネクタイを触りながらそう言った。
わたしはそれに小さく笑い、
それは客が少ないからですよ、と言った。

 ショボンさんは、やはり困ったように小さく微笑んだ。

5 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 16:22:06.93 ID:
 しばらくわたしはレポートの作成に没頭し、
合間にコーヒーを飲みながら黙々と作業をこなした。
それはわたしにとって毎週恒例のことであり、
『バーボンハウス』にとって毎週恒例のことである。

 そしてショボンさんにとっても毎週恒例のことであるのだが、
彼は長時間居座るわたしに文句も言わずに
時折コーヒーのおかわりを入れてくれる。

 気をつかってくれているのか、声をかけることなくカウンターの裏に引き返す
ショボンさんの後姿を見る度、わたしは感謝の気持ちでいっぱいになる。
安直な方法で良ければ涙のひとつでも見せてあげたいところだ。

 わたしは大きくひとつ息を吐き、
背伸びをしながら背もたれに体重をあずけ、
椅子の後ろ足2本でバランスをとる横着な座り方をした。

川 ゚ -゚)「おかわりください。ミルクを入れて」

 カウンターに向かって声をかけると、ショボンさんがいつもの笑顔で頷いた。

(´・ω・`)「出来上がり?」

 わたしのテーブルにコーヒーを運び、
カップにミルクと一緒に入れてくれる。
レポート作成の完了後、1杯だけミルクを入れてコーヒーを飲むのが
わたしたちにとって毎週恒例のことなのだった。

6 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 16:25:08.27 ID:
 今日はいつもに増して客がおらず、店内にはわたし一人となっていた。
わたしが入店した時には客の一人がカウンターに座っていたのだが、
レポートを作成している間にいなくなっている。

川 ゚ -゚)「これ、経営は成り立っているのですか」

 わたしはミルクのたっぷり入ったコーヒーをすすりながらそう言った。

(´・ω・`)「なんとかね。
     金曜日に来る常連さんが、ご飯も食べていってくれるから」

川 ゚ -゚)「へえ。それは誰だろう。
     わたしは今晩自炊だし」

(;´・ω・`)「え。そうなの!?」

 ショボンさんは、わたしの予想よりはるかに大きく驚いた。
その手の中で丁寧に磨かれているグラスが落ちて割れるといけないので、
冗談ですよ、とわたしは笑った。

川 ゚ -゚)「そんなに驚かなくても」

(´・ω・`)「いやー、クーさんあまり冗談言わないじゃん」

 本気にするって、とショボンさんは大きくひとつ息を吐き、
曇りひとつなく磨き込まれたグラスを棚に並べた。
ピカピカの、様々な種類のグラスが整列する食器棚は、
とても様になっていた。

7 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 16:27:35.64 ID:EuO+IY1WO
支援

8 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 16:28:01.53 ID:
 念のため、フラッシュメモリにレポートファイルをコピーしたわたしは
パソコンの電源を落とし、丁寧に鞄にしまいこんだ。

川 ゚ -゚)「今夜は何を食べようか」

 お腹が空いているのも当然で、
窓から見える外の世界はすっかり闇に包まれている。
揺れる木の葉を観察するに、わたしと一枚の壁を隔てた向こうでは、
耳を痛めつけるような強風が吹きつづけているようだ。

 『バーボンハウス』の心地良い空調に身を任せ、
わたしはしばらくそのまま極寒の大地を見守った。
すると、見慣れないノボリが風にはためいているのに気がついた。

川 ゚ -゚)「ショボンさん、あんなの前からありましたっけ」

 わたしはカウンターに声をかけた。
ショボンさんがこちらに振り向き、覗き込むようにして窓の外に目をやる。

(´・ω・`)「あんなのって、あれ?」

川 ゚ -゚)「あれ。この店は、中華まんまで出すのですか」

 わたしは呆れてそう言った。
昔ながらのナポリタンにピッツァ・マルガリータ、
コロッケ定食と生姜焼き定食とブラッディマリーが同居していることは
知っているが、中華料理にも手を出しているとは思わなかった。

9 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 16:31:02.21 ID:
(´・ω・`)「あるよ。肉まん、あんまん、カレーまん。
     魚肉饅頭にピザまんと、なんでもござれだ」

 ショボンさんは胸を張り、誇らしげにそう言った。

川 ゚ -゚)「メニューを統一する気がないのは知っていますが、
     わざわざこんな店で中華料理を食べる人はいるのですか」

(´・ω・`)「あれ。中華まんって、中華料理なのかい」

川 ゚ -゚)「それはそうでしょう」

(´・ω・`)「本当に?」

 改めてそう訊かれると、わたしには確信がもてなかった。
とんこつラーメンは中国では食べられないことだろうし、
ケチャップとチーズで味付けたカタカナ饅頭が中華料理とは思えない。

川 ゚ -゚)「でもほら、名前に中華ってついてますから」

 わたしがノボリを指さしそう言うと、ショボンさんは小首をかしげた。

(´・ω・`)「でもクーさん。メロンパンはメロンじゃないし、
      ご飯ですよはご飯じゃないよ」

 それはそうだな、とわたしは頷いた。

11 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 16:32:59.65 ID:
 このまま言い返せないのも癪なので、反撃の言葉を探していると、
カランカラン、とステレオタイプな音が鳴り、
『バーボンハウス』の扉が開かれた。

(´・ω・`)「お客さんだ。じゃあ、夕飯決めたら教えてね」

 ショボンさんはそう言うと、入ってきた男の子に応対する。
いらっしゃい、と優しく声をかけ、カウンターに座らせた。

(´・ω・`)「『バーボンハウス』にようこそ。
      寒かっただろ?
      このホットミルクはサービスだから、
      とりあえず飲んで体を温めると良い」

( ^ω^)「いただきますお。
      あの、僕、ピザまんが欲しいんですお」

 男の子はミルクの入ったマグカップを受け取りそう言った。
その様子をチラ見しながら、
注文する者がいるのか、とわたしは小さく驚いた。

(´・ω・`)「ピザまんね。お目が高いお客さんだ」

 ひとつで良いのかい、とショボンさんが指を1本立てて訊くと、
ふたつお願いしますお、と男の子は指を2本立てた。

12 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 16:35:04.90 ID:
(´・ω・`)「ピザまんふたつね。他は良い?」

 男の子から他の注文が告げられないのを確認すると、
ちょっと待っててね、とショボンさんは言い、
店の奥からセイロのようなものを持ってきた。

(´・ω・`)「味には自信があるんだけどね。
     注文する人が少なくて」

 ショボンさんはそう言うと、ふたつの饅頭をセイロに入れた。

 ひょっとしたらはじめての注文なのではないか、と
わたしは疑ってかかったが、少し興味をそそられたのも事実である。
しばらく蒸された後取り出されたふたつの饅頭は
ホカホカと湯気に包まれていて、
匂いがここまで届いてきているわけではないのにわたしの胃袋を刺激する。

川 ゚ -゚)「夕食が中華まんというのはどうなのだろう」

 中華まんは夕食にふさわしくないのではないか、と頭の一部で考えながら、
たまにだから良いのではないだろうか、
いや、そもそも中華まんは栄養のバランスもおそらくとれていて、
夕食にこそふさわしい筈だ、とわたしは自分に対する理論武装を着々と進める。

 男の子は満足そうに笑みを浮かべ、中華まんにかぶりついた。

14 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 16:38:01.69 ID:
( *^ω^)「旨いお!」

 男の子は、一口食べるなりそう言った。
わたしの中華まんに対する興味はそれだけいっそう高まった。

 しかし、咀嚼し嚥下した後も、続いて饅頭にかぶりつこうとはしなかった。

(´・ω・`)「どうかした?」

 ショボンさんが男の子の顔を覗き込むようにして、
少し心配そうにそう訊いた。
男の子は首を振り、しかし小首をかしげて何やら思案しているようである。

( ^ω^)「あのー、これ」

 やがて男の子は、遠慮がちに饅頭を割って見せた。
わたしの席からその中身は見えないが、
割られたことによってその匂いが空調に乗ってわたしの鼻に運ばれる。

 ケチャップとチーズの匂いではなかった。

(;´・ω・`)「……どう見ても肉まんです」

 本当にありがとうございました、とショボンさんはなぜかその場に頭を下げた。

17 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 16:40:10.02 ID:
 ショボンさんに促され、男の子はもうひとつの饅頭も割った。

( ;^ω^)「こっちも、ですお」

(;´・ω・`)「うわーごめんよ。どうしよう。
      っていうか、作り直すけどさ。それで良いかな」

( ^ω^)「もちろん、僕としてはピザまんが食べられれば構いませんお」

(;´・ω・`)「本当にごめんね。すぐ作るから」

 ショボンさんはそう言い、男の子から皿を回収した。
それを見ていたわたしは、自分に対する完璧な言い訳を思いつく。

川 ゚ -゚)「それなら、わたしがこれからピザまんをふたつ注文しましょう」

 人助けという名目の下では、大概のことが容認されるのだ。
わたしは男の子を手招いた。

川 ゚ -゚)「ただし、わたしの伝票には肉まんふたつと書くように。
     少年、君はわたしと饅頭トレードを行おう。
     見たところ肉まんも美味しそうだし、それでどうかな?」

 しばらく店内に沈黙が漂い、10秒ほどが経過した後、
ようやく合点がいった様子で男の子の表情がパッと華やいだ。

( ^ω^)「それなら僕も構いませんお」

 1個なら、と彼は何度も頷いた。

18 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 16:42:51.44 ID:Fw+hmWJnO
文章うまいなー読みやすい

19 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 16:43:06.06 ID:
(´・ω・`)「助かるよ、ありがとう。
     じゃあピザまんできたらそっちの机に持っていくから」

 ショボンさんはそう言って、ピザまんを蒸す作業に取り掛かる。
男の子が肉まんのふたつ乗った皿を持ち、わたしの席に寄ってきた。

川 ゚ -゚)「ウーロン茶をホットでふたつください」

 わたしはショボンさんに向かってそう言った。
男の子には迷惑をかけるわけだから、このくらいのことはするべきだろう。
彼を促し、対面する形で座らせた。

( ^ω^)「お邪魔しますお」

川 ゚ -゚)「よろしく。わたしはクーだ」

( ^ω^)「僕は内藤ホライゾン。
      ブーンと呼ばれることが多いですお」

 男の子はフルネームにあだ名を添えて教えてくれた。
そんなことはわたしにとってはじめてで、
わたしは少し、この少年に興味を持った。

川 ゚ -゚)「それならわたしもブーンと呼ぼう。呼び捨てで良いかな」

 もちろんですお、とブーンはやはり何度も頷いた。

20 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 16:46:04.64 ID:
 ピザまんが蒸し終わらないうちに、まずウーロン茶が運ばれた。
わたしたちはウーロン茶を一口すすり、肉まんを食べる作業に取り掛かる。

川 ゚ -゚)「これは旨い」

 口に含むや、わたしは心の中でそう呟いた。
コンビニで売られるものとは明らかに違った味わいで、
ひょっとしたら、わたしがこれまで食べていたのは
肉まんと呼ぶにふさわしいものではなかったのかもしれない。

川 ゚ -゚)「正解だったな」

 ほとんど噛んでいないのではないかと思われる勢いで
肉まんを食らうブーンを眺めながら、わたしは小さく呟いた。
窓から外を眺めると、夜の世界にノボリが揺られている。

川 ゚ -゚)「もっと早く教えろよ」

 肉まんの最後の一口を頬張ると、ふたつのピザまんが運ばれてきた。
ショボンさんと目が合ったので、
なかなか旨い、とわたしは彼に頷いて見せた。

22 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 16:48:11.66 ID:
 あまりの旨さに食べるのに夢中になってしまった肉まんのターンは
終わりを告げ、空腹もだいぶ落ち着いたわたしたちの前には
ピザまんがひとつずつ置かれている。

川 ゚ -゚)「興味本位で訊きたいんだけど、良いかな」

 ピザまんを手にとりながら、わたしはブーンにそう言った。
わたしの抽象的な質問にどう答えれば良いのかわからないようで、
ブーンは曖昧な笑みを浮かべて頷いた。

川 ゚ -゚)「なんでこんな店でピザまんを食べようと思ったんだ?」

 わたしの手の中でふたつに割られたピザまんからは、
トマトとチーズの匂いが溢れ出していた。

 ケチャップではないな、と考え一口かぶりついてみると、
『バーボンハウス』で出されるピッツァ・マルガリータの味が
わたしの舌を包み込み、
トマトとバジルの風味が食道からダイレクトにわたしの鼻腔を刺激した。

 その素晴らしさにため息をついていると、
ノボリが立っていたからですお、とブーンの返事が耳に聞こえた。

( ^ω^)「コンビニで買おうと思ってたら、売り切れだったから」

 ピザまんは縁起が良いんですお、と彼は言った。

23 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 16:50:44.10 ID:Cn3ViXI9O
腹が減った訳だが

24 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 16:51:03.60 ID:
 ピザまんは縁起が良いとは初耳だった。

川 ゚ -゚)「それは、朝の占いコーナー的な意味での話かな」

 わたしがブーンにそう訊くと、彼は首を横に振った。

( ^ω^)「違いますお。
      前に得点を決めた日の前日に、ピザまんを食べてたから。
      ゲン担ぎみたいなものですお」

川 ゚ -゚)「得点?」

 何のだ、とわたしはピザまんを楽しみながらブーンに訊いた。
『ほっぺが落ちる』が比喩表現であることに今日ほど感謝したことはない。

( ^ω^)「サッカーですお」

 自分のピザまんをすっかり平らげ、ブーンは私にそう言った。
足元のスポーツバッグを見せてくる。

 そこには『United Vippers』と、ここVIP市をホームタウンとする
サッカークラブの名前が印刷されていた。

26 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 16:54:02.54 ID:
 わたしはピザまんの最後の一口を飲み込むと、
ウーロン茶をすすってブーンを簡単に観察した。

 ブーンは平均よりはやや高い程度の身長をしている。
サッカー選手としては低い方だろう。
少なくとも、身長を武器とはできないタイプである。

 覗き込むようにしてブーンの足に目をやると、
長ズボンの上からでもしっかりとした太ももをしていることがわかった。
座っている様を見るに、ボディバランスも悪くなさそうだ。

川 ゚ -゚)「君はUVの選手なのか?」

 ただのサッカー好きではなさそうで、わたしは彼にそう訊いた。

( ^ω^)「ユースから、Bチームに上がるかどうかってとこですお」

 ウーロン茶を飲み干したブーンはそう答える。
ほう、と小さな声がわたしの口から漏れ出した。

川 ゚ -゚)「すごいじゃないか」

 わたしはこの少年に、また少し興味をもった。

28 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 16:56:08.19 ID:
 簡単に説明すると、ブーンの所属するユナイテッドヴィッパーズは
3つのカテゴリーに分けられる。
Aチーム、Bチーム、そしてユースチームだ。

 Aチームは『上』と呼ばれる、
公式リーグやカップ戦に臨む者たちのカテゴリーである。

 それに対してBチームは、通称『下』と呼ばれるカテゴリーだ。
Aチームの予備人員、あるいは故障明けのリハビリや
フォームを崩している者たちの調整に使われるもので、
有望な若手の育成にも用いられる。

 サッカー選手を志す者にとって、このBチームが大きな壁となる。

 なぜならこのカテゴリーからがフルタイム契約となるからであり、
パートタイム契約であるユースチームに属する選手たちは、
上限である20歳までにBチームを目指さなければならないからだ。

 サッカー選手は狭き門であり、ユースチームにも入れない者がほとんどである。
仮にユースチームに入れたとしても、
さらにBチームに召集される者となると数がぐんと減る。

 つまり、フルタイム契約をしている者は、皆一様に化け物なのだ。

 わたしの前には、その化け物候補がひとり座っている。

30 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 16:58:28.41 ID:
川 ゚ -゚)「ポジションは?」

( ^ω^)「フォワードですお」

 フォワードなら、得点を欲しがるのも頷ける。

川 ゚ -゚)「なるほど。試合前には必ずピザまんを食べるわけだ」

 納得してそう言うと、ブーンはそれを否定した。

( ^ω^)「いや、そういうわけではありませんお」

川 ゚ -゚)「なぜ」

( ^ω^)「別に理由はありませんお」

川 ゚ -゚)「じゃあ、どうして今日はピザまんを食べたんだ?」

 それは、とブーンは言葉を詰まらせた。
訊いてはいけないことだったのかもしれない。

 ブーンは大きくひとつ息を吐き、
最近点が取れないんですお、と窓の外を眺めながら呟いた。

 外の世界では風がやんでいるようで、ノボリは無気力にうなだれていた。

32 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 17:00:07.88 ID:
 そうか、と相槌をうったきり、わたしたちの間に沈黙が漂った。
音がしたので顔を上げると、
ショボンさんがわたしたちのカップにウーロン茶を注ぎ足していた。

(´・ω・`)「それなら、クーさんに見てもらうのも良いかもしれないね」

 どうだろう、とショボンさんは小さく微笑んだ。

(´・ω・`)「これも、何かの縁だし」

川 ゚ -゚)「わたしはコーチではありませんよ」

 わたしは首を振ってそう言った。
ウーロン茶を一口すすると、ブーンに見つめられているのに気がついた。

( ^ω^)「クーさんは、サッカーに詳しいんですかお?」

川 ゚ -゚)「まあ、どちらかというと」

(´・ω・`)「どちらかというと、専門家だよね」

川 ゚ -゚)「そんな大層なものではありませんよ」

 わたしは笑ってそう言った。

川 ゚ -゚)「わたしはサッカー雑誌の記者なんだ」

 駆け出しだけど、とわたしはその後に付け足した。

33 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 17:02:22.43 ID:Cn3ViXI9O
俺の中ではブーン=ピザというイメージがあるから困る
そのピザがピザまんを食ってるとか、スーパーピザタイム発動しちゃいそう

34 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 17:02:35.80 ID:
 明くる土曜日、わたしはブーンとデートをすることにした。
行き先はVIP市立公園で、緑豊かなこの公園には、
去年から有料の予約式で利用できるスポーツ区間が設置されている。

 わたしはフットサルコートを一面予約し、
そこでブーンと会うことにした。
わたしの意見を聞いたからといって彼の助けになるとは思えないけれど、
わたしは彼に興味があったし、彼のプレーにも興味があった。

 つまり、わたしの興味を満たすために彼の休日を奪ったのだ。
申し訳ないことに、あまりわたしは罪悪感にさいなまれてはいない。

 長袖長ズボンのジャージに身を包んだわたしとは違って、
ブーンは半袖半ズボンの気合の入った格好をしていた。
ハーフパンツから突き出た両足が、しっかりとした筋肉を伴っている。

 わたしたちは柔軟体操を十分に行い、
お互いの足元にパスを送る運動を開始した。

 腰の高さの受けにくい位置にボールをコントロールしたわたしは、
すぐにブーンの有能さに気がついた。
彼はこともなげにそれを受け、
ワントラップで一番蹴りやすい位置にボールを置く。

川 ゚ -゚)「左利きか」

 わたしがそう呟くと、わたしの右足に吸い付くようなボールが送られてきた。

35 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 17:05:03.60 ID:
 ブーンは体の届く位置に送られる、あらゆるボールに対応した。
時に太ももや胸を使い、わたしの送るパスたちを、
すべて左足手前の一番蹴りやすいところにコントロールする。

 ブーンから送られるパスたちは、そのすべてが
右利きのわたしにとって一番トラップしやすい場所に集められた。

川 ゚ -゚)「わたしにアピールしてるのか」

 わたしは小さく微笑んだ。
トラップの方向を変え、ゴールのひとつに向かってゆっくり歩く。

 わたしのの意図を汲んだブーンは、そのゴールに向かって駆けだした。

川 ゚ -゚)「瞬発力も悪くない」

 頭も悪くはなさそうだ。
わたしは彼の走る速さを頭に入れ、良い按配の場所にボールを蹴った。

 ブーンは走り込んでパスを受け、ワンタッチでゴールに蹴り込んだ。

37 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 17:07:01.19 ID:M4e59XQ+O
おもしろい

38 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 17:07:13.58 ID:
 フットサルコートのふたつのゴールを往復し、
わたしは様々なアシストパスをブーンに送った。
速いグラウンダーや難しいバウンドにもブーンは合わせられ、
ボールを受ける前の動きにも大きな欠点は見当たらない。

 サイドから放り込まれる高いクロスに頭で合わせてゴールしたのをきっかけに、
わたしたちは短い休憩をとることにした。

( ^ω^)「どうですかお?」

 水を頭からかぶりながら、ブーンはわたしにそう訊いた。
流れた汗が水と混ざり、湯気となって彼の体を包んでいる。

 上半身に着ているジャージを脱ぎさると、
Tシャツ姿になったわたしは裾をズボンから引っ張り出した。
突き刺すような寒さの中を火照った体でいることは、
たまらない快感だ。

川 ゚ -゚)「悪くない。というか、年齢やカテゴリーを考えると、
     とても良い方だと思う」

 わたしは思ったままを口にした。
実際ブーンの技術は確かなもので、
Bチームの実戦で鍛えられていないのが不思議なほどである。

 1対1に難があるのかもしれないな、と思ったわたしは休憩を終え、
ボールをもったブーンと対峙した。

40 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 17:09:13.91 ID:
 ハーフライン付近からつっかかってくるブーンを迎え、
わたしは彼の周囲に注意を払った。

 股を抜かれないよう足は大きく開かず、
左右の動きに対応できるよう極端な半身にもならない。
わたしの防御姿勢を見たブーンは感心したようにステップを変え、
肩を揺すってわたしを幻惑しようとした。

川 ゚ -゚)「そんなフェイントはわたしには効かないよ」

 わたしはスピードに乗って迫り来るブーンと適切な距離を取るように、
やや後ずさりながら彼の行動を見守った。

 ブーンがボールを素早く跨ぐ。わたしはそれにつられない。
わたしは彼の足捌きに集中し、またボールの動向にも集中しながらも、
彼の体全体を眺めるように注意を払う。

 プロになっていてもおかしくないほどの能力をもつブーンに対して
積極的にボールを取りに行けるような技術はわたしにはないので、
わたしは抜かれないことを第一に心がけた。

 再びブーンがボールを跨ぐ。わたしはそれにつられない。

 そう思った次の瞬間、ブーンは爆発したように加速した。
わたしの足の届かない位置をボールが走り、彼はそれについていく。

 それでも伸ばしたわたしの足をものともせず、
ブーンはわたしを完全に抜いた形でボールをコントロールし、
腹が立つほど丁寧に、ボールをゴールに蹴り込んだ。

42 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 17:11:13.59 ID:
 何度試してもわたしは抜かれた。

 ブーンはスピードを利用したフィジカルな抜き方でゴールし、
細かなフェイントを駆使したテクニカルな抜き方でゴールした。

川 ゚ -゚)「まいった。降参だ」

 やがてわたしは完全に息が上がってしまい、
流れる汗を袖で拭いながら両手を挙げた。

 ブーンは1対1にも弱くない。
わたしの技術はプロレベルには遠く及ばないが、
ひとつの物差しとして利用することはできる。
少なくとも、それを理由に受け入れられないことはない筈だ。

川 ゚ -゚)「なんでユースチームなんだ?」

 水を飲みながらそう訊くと、
点が入らないんですお、とブーンは答えた。

( ^ω^)「フォワードは、点を取れなければ評価されませんお。
      僕は最近めっきり点が取れなくて、
      何が原因なのかわからないんですお」

 ピザまんに頼りたくなるほどですお、とブーンは苦笑混じりに呟いた。

43 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 17:14:01.37 ID:
 ピザまんは好きか、とわたしは訊いた。

( ^ω^)「好きですお」

 でもどうして、とブーンは訊いた。
わたしはそれに答えず、質問を続ける。

川 ゚ -゚)「点を取るのは好きか?」

( ^ω^)「好きですお」

川 ゚ -゚)「それが、どのような得点であっても?」

( ^ω^)「もちろんですお。
      泥臭い得点もPKでの得点も、1点は1点ですお」

 その答えを聞いたわたしは大きくひとつ息を吐いた。
ブーンは純粋な目でわたしの言葉を待っている。

川 ゚ -゚)「シャワーを浴びようか」

 このままでは風邪をひいてしまう、とわたしは言った。
拍子抜けした様子のブーンは不満げながらもわたしの言葉に従って、
わたしたちはシャワー室で身をすすぎ、普通の服に着替えなおした。

川 ゚ -゚)「君に魔法をひとつ与えよう」

 これも何かの縁だから、と、わたしはブーンにそう言った。

45 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 17:16:08.24 ID:
 フォワードにとって、点の取れない時期は避けられないものである。
まずもってわたしは、ブーンにそのような前置きを話した。

川 ゚ -゚)「君のように能力は十分にある場合でも、
     なぜだか点が入らない、ということは珍しくない。
     1点入れば呪いは解かれ、次々にゴールが生まれるものだ」

( ^ω^)「わかってますお。
      でも、今の僕には、その1点が遠いんですお」

川 ゚ -゚)「これからわたしが授ける魔法は、その1点を生み出すものだ。
     それ以上でも以下でもないし、
     ゴールが続かない場合、君の評価はむしろ落ちるかもしれない」

 それでも良いか、とわたしは訊いた。
ブーンは少し迷いながらもはっきりと頷いた。

川 ゚ -゚)「それでは教えよう。
     なに、反則ではないよ。反則だと点が入らないからな。
     それでも君のような若い選手は小手先ではない技術を伸ばすべきで、
     わたしはこのような方法を取るべきではないと思っている」

 使うかどうかは君の意思だ、とわたしは言った。

川 ゚ -゚)「ご利用は計画的に」

 わたしはブーンに、何をすれば良いのか説明をした。

46 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 17:17:35.12 ID:EuO+IY1WO
支援

47 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 17:18:20.31 ID:
 説明を聞いたブーンは感心のため息をつきながら、
大きく何度も頷いた。

( ^ω^)「なるほどー。こんな方法があるんですかお」

川 ゚ -゚)「あまり上品なやり方とは言えないな。
     こういう点の取り方をどう思う?」

( ^ω^)「あまり好きではありませんお」

川 ゚ -゚)「だろうな。おそらく君は、性格が良いのだろう。
     わたしはこういうのも好きなんだ。だから知っている」

 きっとわたしは性格が悪いのだろうな、とわたしは言った。

川 ゚ -゚)「試合は明日か?」

( ^ω^)「観に来てくれるんですかお?」

川 ゚ -゚)「行くよ」

( ^ω^)「じゃあ、賭けをしましょうお」

川 ゚ -゚)「賭け?」

 わたしがブーンにそう訊くと、彼は大きく頷いた。

( ^ω^)「僕が魔法を使わず得点したら、ピザまんをおごってくださいお」

48 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 17:21:16.68 ID:
 ピザまんか、とわたしは呟いた。

川 ゚ -゚)「そんなにピザまんが好きなのか?」

( ^ω^)「そういうわけじゃありませんお。
      あの店のピザまんはすごく美味しかったけど」

 ピザまんは縁起が良いんですお、とブーンは言った。

( ^ω^)「クーさんとの思い出になったら、いっそう縁起が良くなりますお」

川 ゚ -゚)「そんなことでがんばれるのか?」

 わたしが少し笑ってそう言うと、ブーンは力強く頷いた。

( ^ω^)「がんばれますお」

 そうか、とわたしは小さく呟いた。
ブーンに近寄り、右手で作った拳で彼の胸部を軽く突く。

川 ゚ -゚)「それならがんばれ」

 見ててやる、とわたしは言った。

 ブーンは、やはり大きく頷いた。

49 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 17:24:16.59 ID:
 日曜日は晴れだった。

川 ゚ -゚)「試合日和だ」

 わたしは欠伸交じりにそう呟き、ブーンに教えられた場所に足を運んだ。
それは小さな、スタジアムと呼ぶのは気が引けるような試合場だった。

川 ゚ -゚)「それでも、試合場なのか」

 まがりなりにも芝の敷かれたフィールドは、見ていてうらやましくなるほどだった。

 どうやら無料で見られるらしい。
わたしは観客席に登ると、一番高い位置にある席に向かった。
選手を間近には見られないかわりにフィールド全体を見渡せるので、
わたしが最前列で観戦することはほとんどない。

 無料とはいえ、若い、相対的に見てテクニックの劣る選手たちの試合を
観戦する者はほとんどおらず、狭い観客席にも人はまばらだった。
いるのはわたしのような物好きか、あるいは選手たちの身内くらいだ。

 試合がはじまる時間になると、選手たちが入場してきた。
ブーンの姿が現れるや、観客席から黄色い声援が飛ぶ。

ξ゚?゚)ξ「ブーン! 点取るのよー!」

 ブーンの家族か友人か、あるいは恋人なのかもしれない。

川 ゚ -゚)「やれやれだ。わたしというものがありながら」

 わたしが勝手なことを呟いていると、試合開始のホイッスルが鳴った。

51 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 17:26:29.71 ID:
 ブーンは2人いるフォワードの、右側にポジションをとっていた。
相方を組むのは長身の選手で、
やや小柄なブーンとは相性の良い組み合わせなのかもしれない。

 相手のボールになると勤勉にプレスをかけ、
味方のボールになると一度中盤付近まで降りていってパス回しを楽にする。
相方フォワードがどっしりとペナルティエリア付近に収まるのとは対照的に、
ブーンはフィールド内を所狭しと駆け回っていた。

川 ゚ -゚)「どうやら思った通りだな」

 わたしが頬杖をついてそう呟くと、
何がった通りなんだい、と声をかけられた。

 声のした方に目を向けると、ショボンさんが立っていた。

川 ゚ -゚)「何してるんですか」

(´・ω・`)「まだ何も。これから試合を見るつもりだけど」

川 ゚ -゚)「そうじゃなくて。店はどうしたのですか」

(´・ω・`)「バイトに任せたよ。
     僕だって、なにもオルウェイズ店にいるわけじゃない」

川 ゚ -゚)「そうなのですか」

 バイトがいるとは知らなかった。

53 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 17:29:07.65 ID:
(´・ω・`)「実は僕、サッカー見るのはじめてなんだ」

 わたしの横に腰を下ろし、ショボンさんはそう言った。

川 ゚ -゚)「じゃあなんで来たのですか?」

(´・ω・`)「いやー、クーさんの指導の成果が見たくって」

 手ごたえとしてはどうですか、と
ショボンさんはインタビュアーっぽい口調を作って訊いてきた。

川 ゚ -゚)「わたしは何もしていませんよ」

(´・ω・`)「あ。そうなんだ?」

川 ゚ -゚)「そうですよ。
     というか、一日で劇的に変わるのだとしたら、
     逆に憂慮すべき事態ですよ」

(´・ω・`)「あ。そうなんだ」

 つまんないの、とショボンさんが呟く。

 ピッチ上では、UVのカウンターの形になっていた。

54 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 17:32:20.83 ID:
 中盤右サイド付近でブーンにボールが繋がった。

 精度の高いパスではなかったが、ブーンのトラップ技術は見事なもので、
彼は正確にボールをコントロールした。
すかさずチェックをかけてくる相手選手をヒラリとかわし、
ブーンはドリブルを開始する。

 2ステップの間にトップスピードまで加速した。
ブーンは右サイドを駆け上がる。
左サイドにフリーの味方が一人走り込んでいて、
チラリとそちらを目で追うと、
相手プレイヤーの何人かがそれに向かってケアをする。

 その隙を逃さず、ブーンはなおもドリブルで、敵陣深くまで切れ込んだ。

 中盤の選手が左側からスライディングをかけてきた。
一瞬早く察知していたブーンはそれと平行になるように
真横にボールを切り返していて、
矢のようなスライディングが横切った後ろにボールを蹴って突破した。

 その動きで中央に踊り出たブーンには、無数の道が開かれている。

 その中から彼はパスを選び、
敵ディフェンダーを背負う形を取っている相方フォワードにボールを任せた。
すかさずブーンは走り込み、
壁から跳ね返ってくるボールを、右サイドに流れながらトラップした。

55 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 17:35:39.39 ID:
 ワントラップで縦に走ったブーンの前には、敵サイドバックが待っていた。

 ブーンは細かくステップのリズムを変え、
変則的な動きでその相手を幻惑する。
餌のようにブーンの少し前に出されたボールに飛び込むや、
その寸前で軌道を変えられ、敵サイドバックは軽やかに抜き去られた。

 ゴールライン付近まで深く切り裂いたブーンは
相方フォワードの走り込みを確認し、
マイナスの角度に高いクロスを放り込む。

 それに向かって長身のフォワードが勢いよく飛び込んだ。
ディフェンダーに貼りつかれながらのジャンプとなったため完全にはヒットせず、
ヘディングのシュートはバーを叩いて跳ね返える。

 その跳ね返りのボールを、UVの中盤選手がボレーで蹴った。
十分な抑えを効かせられなかったシュートはゴールのはるか上空を過ぎていく。

ξ゚?゚)ξ「こらー! 決めんか!」

 先ほどブーンに声援を送っていた金髪の少女が、
最前列で野次を飛ばす。

(´・ω・`)「へー。なかなか面白いね」

 ショボンさんの様子を伺うと、それなりに楽しんでいるようだった。

59 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 17:38:38.49 ID:
 このカウンターが前半戦最大の見せ場となった。
ブーンの鋭い切れ込みを見せつけられた相手チームは
危険を冒して攻めることができなくなり、
UVにしてもこれといった手を取ることができずに時間ばかりが経過する。

(´・ω・`)「なんだか、つまらないね」

 ショボンさんは自分の感想を素直に言った。
そうですね、とわたしは頷く。

川 ゚ -゚)「でも、なかなか面白いところもありますよ」

(´・ω・`)「どこが」

川 ゚ -゚)「ブーンのプレッシャーのかけ方は、
     おそらく指示されているのでしょうが、面白い動きをしています」

 良い按配に敵のボールとなったため、わたしはショボンさんに解説をはじめた。

川 ゚ -゚)「見たところ、敵チームのディフェンダーは
     左サイドを除いてパスが下手ですね。
     だからブーンは、
     敵の右サイドにボールがいくよう、囲い込むように動きます」

 わたしが指さしながら説明すると、ショボンさんは曖昧に頷いた。

 十分に理解はしていない様子だったので説明を重ねようとしていると、
前半終了の笛が鳴った。どうやら30分ハーフのようである。

60 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 17:41:16.12 ID:
(´・ω・`)「これからハーフタイムってやつなのかな」

川 ゚ -゚)「そうですね。何分間かはわかりませんけど」

(´・ω・`)「じゃあこれを食べよう」

 ショボンさんはそう言うと、鞄からアルミホイルに包まれたものを取り出した。

 手にとって開けてみると、サンドイッチだった。
ライ麦のパンにハム、トマト、チーズにレタスなどが挟まれている。

川 ゚ -゚)「わあ。ありがとうございます」

 わたしがショボンさんに礼を言うと、ショボンさんは首を横に数回振った。

(´・ω・`)「お金は取るよ。500円だ」

川 ゚ -゚)「取るんですか」

(´・ω・`)「僕は一応プロだからね」

 そのかわりコーヒーもつくよ、とショボンさんは水筒を取り出した。
わたしは素直に金を払った。

62 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 17:44:59.37 ID:eyLv+RhBO
ショボン可愛いよ支援

63 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 17:46:00.09 ID:
 サンドイッチは旨かった。これが500円なら2日に1個は買っても良い。
その旨をショボンさんに伝えると、彼は微笑みながらも肩をすくめる。

(´・ω・`)「定期的にやったら採算あわないよ。
     これを500円で出すなら、質を落とさなきゃできない。
     僕はそんなことはしたくない」

 ショボンさんは笑ってそう言った。
わたしもつられて少し笑った。

 後半開始の笛が吹かれ、ブーンは前半と同じく右フォワードの位置に入った。

 相手のボールで試合が再開し、相手ディフェンダーたちがボールを回す。
ブーンはその左サイドバックにプレッシャーをかけた。

川 ゚ -゚)「ブーンのプレスにより、左サイドは、ボールをもつと
     すぐセンターバックに戻したくなります」

 わたしはブーンを指さしそう言った。

川 ゚ -゚)「そしてセンターにボールがいくと、
     ブーンはそのまま左サイドにボールがわたらないようマークします。
     相方フォワードは俊敏な動きはできませんが、
     それでもプレスの真似事はします」

 すると、パスの下手なディフェンダーはボールを持ちたくなくなる。
ボランチへのパスは出せず、中距離パスを出す技術はない。

 必然的に彼らはフォワードへロングボールを蹴ることになり、
それはUVディフェンダーによって跳ね返された。

64 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 17:49:00.97 ID:
 しかし、UVはディフェンダーの跳ね返したボールを
有効利用することはできなかった。

 おそらく彼らにとって最大の武器は
ブーンのスピードを活かしたカウンターなのだろうが、
そのブーンは左サイドバックをマークするためその近くにおり、
そのままケアされるとなかなかフリーで抜け出せない。

 そこで、一見フリーであるように見える相方フォワードにボールが集まる。
しかし彼はその体躯とプレースタイルにもかかわらず
ポストプレイがあまり上手くなく、攻撃の基点になりきれない。

 たまにブーンにボールがわたるが、
前半のカウンターで警戒されているのかスピードに乗る前に潰されてしまう。

 もどかしさに抵抗するようにブーンがピッチを駆け回るが、
時間ばかりが経っていた。

(´・ω・`)「残り15分か。引き分けかもね」

 ショボンさんはさほど残念そうな素振りもなくそう言った。
最前列の金髪少女はブーンが潰される度に声をあげ、
UVのシュートが外れる度に憤る。

川 ゚ -゚)「忙しい女の子だな」

 わたしはそう思いながら、しかしあのくらいの方が
男性受けするのかな、とも考えた。

65 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 17:49:52.56 ID:s7THTzwG0
このタイトル、どっかで聞いたような?

66 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 17:51:16.12 ID:
 残り時間が10分となったが、
依然として両チームとも得点を決められていなかった。

川 ゚ -゚)「アピールはできていると思うがな」

 この時間帯にして、ブーンの運動量は衰えない。
彼は自分の仕事を勤勉にこなしている。

 しかし、とわたしは考える。
ブーンはこの程度のアピールなら、
これまでのプレーにおいても見せてきている筈だ。

川 ゚ -゚)「それでフルタイム契約を勝ち取れていないということは、
     それだけ目に見える数字で表すことが大事なのだろう」

 契約には金銭的な問題が発生する。
クラブ側がシビアに数字を求めるとしても、責めることはわたしにはできない。

川 ゚ -゚)「ブーンは魔法を使うのだろうか」

 わたしの魔法を使うには、いくつかの条件が必要となる。
これまでその条件を満たし得る状況になったことは何回もあったが、
ブーンがそのため行動することはなかった。

(´・ω・`)「ロスタイムは5分か」

 ライン際に掲げられた板にそう表示されている。
あわせて残り10分となったところで、UVがコーナーキックを獲得した。

68 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 17:53:50.11 ID:
 キッカーが、コーナーフラグのそばにボールを置いた。
わたしはブーンの姿を目で追いその行動に注目する。

 ブーンより長身の選手が何人もいることもあり、
彼はそれまでコーナーキックの競り合いに参加してはいなかった。
ペナルティエリアを少し出たところでこぼれ球を拾う役割に徹していたのだ。

 しかし、今回ばかりはそうではなかった。
ブーンはそろそろとペナルティエリア内に侵入し、
しかし特別なマークをつけられてはいなかった。

川 ゚ -゚)「点が入りますよ」

 その様子を見たわたしはショボンさんにそう言った。
え、とショボンさんがこちらを向く。

川 ゚ -゚)「ブーンが入れます。見ててください」

(´・ω・`)「こういうのって、でっかい方が有利でしょ。
     彼が得点するのは難しいんじゃないのかな」

川 ゚ -゚)「それが、そうでもないんですよ」

 魔法をかけましたから、とわたしは笑った。

川 ゚ -゚)「これから点が入ります」

70 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 17:54:53.11 ID:sG6jJeKC0
wktk

71 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 17:56:17.75 ID:
 コーナーキッカーが助走のための距離をとり、
右手を大きく挙げてこれから蹴るぞとアピールした。

 相手ゴールキーパーはゴールマウスをわずかに離れ、
キッカーがへたくそなボールを蹴ってきたらキャッチしてやろうと構えている。

 ブーンはそんなキーパーの後ろにぴったりとくっついていた。
そんなところに立っていても、キーパー越しにボールに触れることはできないため、
ブーンに対するマークをしようとする者はどこにもいない。

 集中し、身を少しかがませて臨戦体勢をとるキーパーの腰に、
ブーンの腕が押すわけではなく乗っている。

 キッカーが助走をはじめた。
それに伴い、攻守共に、ペナルティエリア内をあわただしく駆け回る。
その混沌の中で動かないのは
蹴られたボールに反応してポジショニングを変えるキーパーと、
その後ろに貼りつくブーンのふたりのみである。

 キッカーがボールを蹴った。
蹴った瞬間それとわかるミスキックだった。

 キッカーの蹴ったボールは、まっすぐキーパーに向かって進んでいく。

 ブーンは微動だにせず、ただそのまま立っていた。

72 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 17:58:23.16 ID:
 次の瞬間、わたしとブーン以外の誰もがその目を疑った。

 タイミングを計ったキーパーは飛びつくことなくバランスを崩し、
よろよろと数歩あるいただけだった。
そのバランスの崩し方はとても自然で、
何らかの外力が働いたようには誰にも見えない。

 キーパーのバランス感覚はすぐにそれを修正し、再びボールに飛びつくが、
既にタイミングを外したその手はボールにかすることもできなかった。

 キーパーに向かってまっすぐ進んでいたボールは、
そのままの軌道でまっすぐブーンに向かって飛んでいく。

川 ゚ -゚)「1回だけしか使えない魔法だ」

 外すなよ、と念じたわたしに応えるように、
ブーンの頭は丁寧にボールをヒットした。

 ゴール前1メートルから放たれたヘディングシュートは
当然ゴールに突き刺さり、誰もがあっけにとられる中、
ブーンはペナルティエリアから駆け出した。

75 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 18:00:23.52 ID:
 えええ、とショボンさんが声をあげた。

(;´・ω・`)「なに今の! 押したの!?」

川 ゚ -゚)「押してませんよ」

 見てたでしょ、とわたしは言った。
ショボンさんは必要以上に激しく頷いた。

(;´・ω・`)「見てた。ブーンは押してない。
      というか、何もしていない。なんでキーパー転んだのさ」

川 ゚ -゚)「転んでませんよ。ちょっとよろめいてましたけど」

(;´・ω・`)「一緒だよ!」

川 ゚ -゚)「そうですね。一緒です。
     点が入るって言ったでしょ」

(;´・ω・`)「だから、あれ、どうやって入ったんだよ」

川 ゚ -゚)「ヘディングですよ。上手かったですね」

(;´・ω・`)「そうじゃなくて!」

 たまらずわたしは吹き出した。

川 ゚ -゚)「だから、魔法ですよ。これから説明いたしましょう」

77 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 18:03:13.93 ID:
 ブーンはキーパーを押していません、とわたしは言った。

川 ゚ -゚)「ただ、触っていました。
     腕をキーパーの腰に置いていたのです」

(´・ω・`)「腰に?」

川 ゚ -゚)「そう、腰に。
     少し前かがみになり、傾いている、キーパーの腰に」

(´・ω・`)「それで?」

川 ゚ -゚)「それだけです」

(´・ω・`)「それだけな筈ないだろ」

 それだけですよ、とわたしは笑った。

川 ゚ -゚)「あとは少し踏ん張っただけです。
     そのままの体勢を維持し、動かないように」

 魔法を使うためにブーンがすべきことのすべては唯一、
あの形のまま微動だにせず、ただキーパーがよろめくのを待つことだけだった。

79 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 18:05:12.92 ID:
 わたしは得点の数秒前を思い出す。
ブーンの手が、キーパーの腰に乗っていた。

 キーパーはやや前かがみになり、上半身が傾いていた。
その傾きにそってブーンの腕は固定され、
彼はそのまま待っていた。

 やがてボールが蹴りこまれる。
キーパーはタイミングを計り、ボールに飛びつく。
ブーンはそれを押してはいないため、キーパーにその腕の効果は察せられない。

 キーパーはジャンプの最高到達点でキャッチするようしつけられている。
そのため彼らは、鉛直上向きにジャンプする。
彼らの脚力に蓄えられたエネルギーは、
すべて真上に向かった運動をするのに使われる。

 しかし、そこにはブーンの腕がある。
斜めに固定されたブーンの腕は、鉛直上向きの力積をわずかにそらす。

 わずかにそれた運動は、キーパーのバランスを容易に崩すのだ。

 期せず前方向への運動を強制されたキーパーは混乱する。
彼はよろめき、ジャンプすることあたわない。
彼にできることは、何も考えられないまま数歩よろめくことのみであり、
それだけで彼らはボールに触れられなくなる。

川 ゚ -゚)「1センチ届かなかろうと5メートル届かなかろうと、
     同様にゴールを阻止できないというのは残酷ですね」

 わたしは説明の締めくくりにそう言った。

80 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 18:07:56.58 ID:DHr2QclXO
支援

81 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 18:08:27.16 ID:
 これでブーンは数字を残せたわけだ。

 数字に残らないプレーは、これまでにアピールできている。
彼はおそらくBチームに昇格できることだろう。

 しかし、とわたしは考える。

川 ゚ -゚)「この程度のステージで小手先に頼る者は、
     クラックにはなれないだろうな」

 クラック。『叩き割る』。
凍りついた局面を叩き割るような名選手のことを、
サッカーにおいてわたしたちはそう呼ぶ。

 クラックはその溢れる能力によってあらゆる局面を打開する。
わたしたちは、自分の理論や予想が彼らの超人的な能力でもって
粉々に打ち砕かれるとき、言葉ではあらわせない快感を得るのだ。

川 ゚ -゚)「そんな怪物がちょくちょく現れるわけがないのだけれど」

 わたしは大きくひとつ息を吐いた。
ブーンに魔法を与えたのはわたしであり、
その目論見が成果となったにもかかわらず、わたしの胸はこれ以上は躍らない。

(´・ω・`)「あ。ボールを取ったよ」

 わたしがよそ見をしていると、ショボンさんがそう言った。

83 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 18:10:38.97 ID:
 再びピッチに目をやると、ブーンがボールを受けるところだった。

 前半のカウンターと同じような局面だ。
彼はハーフライン上でトラップし、ボールを前方に蹴りだした。
前半のカウンターと違うのは、
既にそれを見せているので実感をもって警戒されていることである。

 これまでのブーンはトップスピードになる前に潰されていた。
それはファウルになることもあり、
ブーンへのチャージでこれまで2人にイエローカードが出されている。

 今回もそうであろうと思われた。
ブーンが2タッチ目を触れる前に、彼は誰かに引き倒される。
実際相手チームの左サイドハーフの選手がブーンに並走していて、
彼の手はブーンのシャツに伸びようとしている。

 ブーンはシャツを掴まれた。

 そう思った次の瞬間、ブーンはひとりで飛び出していた。
ブーンの急激な加速についていけず、手を伸ばした選手はその場に転倒した。
当然笛は吹かれない。

 ブーンは、2ステップの距離でトップスピードに乗った。

85 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 18:12:51.18 ID:
 じきにロスタイムに突入する時間帯であるにもかかわらず、
ブーンのスピードは少しも衰える様子を見せなかった。

 周りの動きは衰えている。
つまり、相対的にブーンのスピードが上がっている状態だった。

 ブーンは単純なスピードで寄ってきた一人を抜き去ると、
その次の選手を体で抑え、足腰の強さとボディバランスで弾き飛ばした。
ブーンは手を出していないため、
彼らがいくら転倒しようと笛が吹かれることはない。

 ブーンはなおもドリブルを続けた。
相手ボランチが彼の前に立ちふさがると、
トップスピードに乗ったままボールを跨いでフェイントをかけ、
ボールをその選手の左から、自身はその選手の右から抜け出した。

 スピードに乗ったブーンに対して
反転した後追いかけなければならないボランチの選手は、
いくらボールまでの距離がその段階で近かろうとも
ブーンに追いすがることさえできはしない。

 そのことを頭より先に体が理解して、
混乱した彼の下半身は、彼に尻餅をつかせてしまった。

88 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 18:14:45.97 ID:
 左サイドバックの選手がブーンの死角から追っている。

 そのまま進めば彼がブーンに追いつくことはないけれど、
彼の姿を認めた瞬間ブーンの頭がパニックを起こし、
ボールコントロールを誤ることは十分に考えられる。

 彼はそれを狙いとし、ブーンのことを追っている。

 しかし、それがブーンに影響を及ぼすことはなかった。

 ブーンは再びボールを支配下に収めると、
ドリブルを進めながら首を素早く振る。
左サイドバックの姿が目視された。

( ^ω^)「お前の姿は見えているお」

 その行動は、彼にそんなメッセージを伝えるためのものである。
自分の狙いが奏功しないことを知った彼は、
そこで走るのを諦めてしまう。

 ブーンはなおもドリブルで進んだ。

89 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 18:15:47.52 ID:DHr2QclXO
支援

90 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 18:16:40.50 ID:
 ブーンがひとり抜くたびわたしの隣でショボンさんが声をあげ、
最前列にいる金髪の少女が腕を振って興奮する。
わたしは手に汗握っているのに気がついた。

 ブーンはついに、ペナルティエリアの角に差し掛かろうとしている。

 センターバックのひとりがブーンに対峙した。
ブーンはそれを視界に入れると進路を調節し、
彼に向かって真っ直ぐつっかけていく。

 その動きは彼にとって想定外のことだったのだろう。
あわてた様子でブーンと適切な距離を取ろうとする。

 ブーンはそれを許さなかった。
十分な守備体勢を取られる前に素早く距離を詰め、
ぽっかりと空いた彼の股下のスペースにボールを転がす。

 自身はその脇を通ってペナルティエリアに侵入した。
股を抜かれるなど久しぶりのことなのだろう。
完全に虚をつかれた様子のセンターバックは
ブーンがペナルティエリアに侵入する前に手を伸ばすことさえしなかった。

 ブーンの体がペナルティエリアに達した瞬間、
わたしは席から立ち上がった。

95 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 18:19:17.06 ID:
 1対2の局面だった。

 ブーンはディフェンダーのひとりをキーパーとの間に残している。

 ブーンのキックフェイントにディフェンダーが飛びかかることはなかったが、
その直後の鋭い切り返しについていくことはできなかった。
ブーンはディフェンダーを置き去りにし、
キーパーとの1対1に持ち込んだ。

 そのとき既に、ブーンの勝利は確定していた。
1プレイ前に行ったキックフェイントにゴールキーパーは引っかかっており、
ブーンがディフェンダーを抜き去ったとき、
その前に待っているのは大きく口を開いたゴールだけだったのだ。

 ブーンは、これまでの試合でゴールを挙げられなかった鬱憤を晴らすように、
渾身の力を込めて至近距離からボールをゴールに蹴り込んだ。

 キックの勢いのままブーンの体が宙を舞い、
その左足から放たれたシュートは破らんばかりにネットに突き刺さる。
空中でその光景を目にするブーンは
ゴールした者のみが得られる圧倒的な快感の海に潜り込んでいることだろう。

 着陸したブーンはその場で激しく吠え、両手を大きく広げて走りだした。

97 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 18:21:45.76 ID:
 思わず拳を握って腰を叩いたわたしの隣では、
ショボンさんがすっかり興奮した様子で飛び跳ねていた。

(*´・ω・`)「すごいねー! あのコ、すごいねー!」

 ショボンさんは、手を広げたままピッチを走りまわるブーンを指さした。
わたしの口元には笑みが貼りついて離れず、
顔の筋肉が他の表情の作り方を忘れてしまったのかとさえ疑われる。

 最前列に目をやると、
金髪の少女が安全柵から身を乗り出すようにして腕を振っていた。

 わたしは手のひらの汗を拭って時計に目をやった。
どうやら既にロスタイムに突入していて、残された時間は2分ほどのようだった。

 リードが2点に広げられた状況においても再び試合は続けられる。

 キックオフからディフェンダーに送られたボールが左サイドに渡ろうとする。
飛び出たブーンがそれをカットした。

 ブーンの左足アウトサイドが
完璧なタッチでボールをコントロールするのを見た瞬間、
まさか、とわたしの口から言葉が小さく漏れ出した。

100 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 18:23:58.78 ID:
 センターバックのひとりが泡を食ってブーンにつっかかってくる。
冷静なプレーからは程遠い動きだった。

 その様子とは対照的に、ブーンは冷静にボールを切り返す。
完全なフリーの状態になったブーンは、
ペナルティエリアをやや出たところ、右45度の位置にいた。

 ブーンの周りの時間が止まっているかのようだった。
彼はワンステップ分の距離を正確にボールからとっており、
その一連の動作に干渉できる者はその場に居合わせていなかった。

 一目でキーパーの位置を把握したブーンは
そのワンステップを踏み込み、
左足インサイドではするようにボールを蹴り上げた。

 クロスを入れたのか、と一瞬思った。
そうではなかった。
ブーンの蹴ったボールは芸術的な弧を描き、
キーパーに飛びつく気など起こさせない軌道でゴール左隅に吸い込まれた。

 回転のかかったボールがサイドネットを滑り落ちる音が、
わたしの耳には確かに聞こえた。

 そんな馬鹿な、とわたしは拳を握りしめ、自分の予想を
はるか超越したところにあるプレーを見せつけられる快感に身をよじる。

 ピッチ上では、10分間でハットトリックを成し遂げたフォワードが、
いつまでも飽きることなく羽ばたいていた。

104 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 18:26:00.04 ID:
 編まれた毛糸たちの隙間を潜り抜け、1月末の寒さがわたしの首を撫でてくる。

 それをなんとか拒もうと顎先をマフラーに押し付けながら、
わたしは『バーボンハウス』のドアを押し開けた。
カランカラン、とステレオタイプな音が鳴り、
店長のショボンさんがにっこりと微笑みかけてくる。

(´・ω・`)「いらっしゃい。とりあえずコーヒー?」

 ブラックで、とわたしは頷き、カウンター席に腰掛けた。

(´・ω・`)「あれ。今日はお仕事じゃないの?」

川 ゚ -゚)「じゃ、ないんですよ」

 わたしはそう言い、ピッツァ・マルガリータを注文する。

 わたしは鞄から一冊の雑誌を取り出した。
わたしが関わっている雑誌のユナイテッドヴィッパーズ特集号で、
来シーズンを睨んだチーム考察や移籍情報、
そして、今シーズン中にプロ契約を結んだ新人たちの情報が載っている。

 わたしはドッグイアーのついているページを大きく開き、
ショボンさんに掲げて見せた。
そこにはブーンの名前が載せられている。

 好物欄とラッキーアイテム欄に、ピザまんの4文字が踊っていた。


                                            おしまい

106 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 18:27:23.17 ID:DHr2QclXO
乙!

107 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 18:27:30.95 ID:Nb1bwW6E0
面白かった

108 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 18:27:34.13 ID:BxXKNwEI0
ちょうど今追いついた乙
これはまとめに載るのか?面白かったぜGJ

109 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 18:28:09.10 ID:H5r6OI5HO
面白かった!>>1乙!

110 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 18:28:42.60 ID:QNhySMQf0
オツカレチャ━━━━( ´∀`)━━━━ン!!!!
面白かったー!

113 : ◆U9DzAk.Ppg : 2008/01/26(土) 18:29:33.34 ID:
投下は以上です。ありがとうございました。

書き終わってから気づいたのですが、
このタイトル、大富豪さんの大喜利投下のものだったのですね。
読んでいた筈なのに思い出せなく、このような形になってしまいました。
この場を借りて失礼をお詫びいたします。

質問とかある人はどうぞ。

115 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 18:30:57.14 ID:sG6jJeKC0

よみごたえあった!

117 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 18:32:39.31 ID:BxXKNwEI0
実際>>1は記者とかやってるの?

118 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 18:40:37.94 ID:
怒られるかも! と思ったので一応書いておくと、
コーナーキックのときキーパーの背中に手を置いてバランスを崩させるのは
スペインのラウルという選手が何年か前にやってたプレーです。

>>117
いや、ただのサカオタです。
たぶんちゃんとした人が見ると色々ツッコミどころあると思います

124 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 18:58:50.48 ID:rJgcikBvO
読みやすくてよかった。おもしろかった

123 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 18:58:27.84 ID:v7UlMjM+O
久しぶりに面白いスポーツ系を読んだよ
乙!

127 : 名無しにかわりましてVIPがお送りします。 : 2008/01/26(土) 19:23:34.06 ID:cOykWdTRO