1:2011/04/02(土) 22:01:32.28 ID:
精神病院に4回入退院を繰り返したんだけど、ヒマな人がいたら見てください。
特に中高生、こんな人間になったらイカン!という、反面教師的な感じで見てもらえたらと思います。
会話の部分は極力思い出すように努力していますが、一部脚色しています。

2:2011/04/02(土) 22:02:32.71 ID:
脚色(笑)
4:2011/04/02(土) 22:04:51.11 ID:
まず入院の話の前に、生い立ちから。
幼少期は人見知りとか言われつつ、よく喋る方だった。自分でもよく分からない。
ただ、気に入らないことがあるとすぐに癇癪を起こしていたらしい。

小学校低学年の頃は活発で、子供の中ではどちらかというとリーダー格的な存在だった。
小学校高学年の頃から少し内気になって、不登校が目立つようになってきた。
複雑化してきた人間関係についていけなくなったのかもしれない。
勉強はしなくてもほとんど100点だった。

中学校に入ってからは運動部に入部するも、人間関係を苦に3ヶ月で退部。
その後別の運動部に加入するが、中学2年生で退部し、そのまま不登校になる。
勉強は小学校と同様全くやっていなかったが、平均点は40~60点とめちゃくちゃだった。
高校は地域でも最底辺レベルの場所へ進学。
そこで何を思い立ったのか、急に勉強を頑張りだし、大学進学を目指しだした。
7:2011/04/02(土) 22:06:52.16 ID:
途中、ケンカや失恋など色々あったが、高校3年生の時、
「クラスの私語がうるさくていらいらする。」というのが理由で近くのSクリニックに通いだした。
中学1年生の時にもクラブの悩みが原因で心療内科に一度っきりの通院をしたことはあったが、
本格的に通院したのはこれが初めてだった。

そこで「箱庭テスト※1」や「バウムテスト※2」を受けた。
薬は毎食後に1錠飲むものを2週間分もらって、2週間に1回通院することになった。
この頃、幻聴も聞こえるようになっていて、周りの生徒や先生が私の悪口を言っているような気がしていた。
授業中の私語のせいでイライラしたかと思えば、幻聴にビクビク怯えたりして、
受験を控えた高3の秋頃に精神の疲弊がピークに達した。
そしてとうとう、再び不登校になってしまった。


※1 
木箱の中に砂が沢山敷き詰めてあって、それを自由にいじって形を作る。 
その後、周りにおいてあるおもちゃを配置するテスト。 
私は世界地図を作って、各大陸に関係するおもちゃを配置した。 
(インドは仏教発祥の地なので坊さんのおもちゃなど。) 
ちなみに私の結果は「お子さんは想像力が非常に豊かですね^^」であった。 
だから何だというのか。 
今悩んでいることには直接関係無く、また解決の糸口にもなりそうにないような結果だったので、無駄骨だったのではないかという気がした。 

※2 
白紙に鉛筆で木の絵を自由に書かせるテスト。非常に有名なテストで、 
ほとんどの病院でこのテストを受けさせられた。 
何の木でもいいし、葉、枝、木の実、根、それぞれあろうとなかろうと自由である。 
結果は聞かせてもらえなかった。 
19:2011/04/02(土) 22:17:10.43 ID:
木の絵は俺もやったな 
結果は言わずもがな
17:2011/04/02(土) 22:16:11.91 ID:
バウムテストってフランス外人部隊の入隊試験であるって聞いたな
8:2011/04/02(土) 22:08:04.20 ID:
ちなみに私は14歳の頃から飲酒の習慣があったのだが、この頃から飲酒の量が爆発的に増えていた。
酒の種類もウォッカ、ブランデー、ウィスキーのような度数の高いものを愛飲するようになっていた。
入手ルートは専ら通販だったと思う。

学校に行かなくなってからは、酒を飲みながら受験勉強をするという無茶苦茶な生活を送っていた。
また、学校に行っていないにもかかわらず、学校の人間が自分の悪口を言っているような気がして、やはりイライラしたり怯えたりしていた。
それを誤魔化すためにまた飲酒を繰り返すという始末だった。

そして1月の末のある日、イライラが最高潮に達して、(自分の部屋の窓ガラスを殴り割ったりして一通り暴れた後)、Sクリニックに行って気分を落ち着ける点滴をうってもらうことにした。
点滴を打ってもらった後、主治医の先生が「そんなにしんどいなら一度入院したらどう?」と私に持ちかけてきた。
私はクリニックに来る前に、大量の精神安定剤を服用してきて、頭がボーッとしていたので、
「どうせ今の状態じゃ受験もできないし、楽になるなら入院もいいか」と思って、二つ返事で承諾した。

そのまま紹介状を書いてもらってタクシーでO病院に向かったのだが、これが地獄の始まりだった。
13:2011/04/02(土) 22:12:55.72 ID:
周りに悪口いわれてるような気がするし、すれ違う人にみられてるような気がするんだけどこれってなんかの症状?
20:2011/04/02(土) 22:17:47.02 ID:
>>13
私は医者でも無いのであまり参考にしないでください。
大げさに言えば病気だし、簡単に言えば自意識過剰。
周りに悪口を言われている、すれ違う人に見られているような気がする、
っていうのは気が小さい人にはよくある事ですよ。

結局問題なのは、本人が困っているかどうかではないでしょうか。
それで日常生活に支障をきたすような事があるのであれば専門家の助けを借りるってのもアリかと思います。

あと、トウシツかどうかは素人が判断できる事ではないと思います。
まして、この程度の情報では・・・。
22:2011/04/02(土) 22:24:26.04 ID:
>>20
そうですか、でも小さい頃はこんな事なかったし、中学生の頃にいじめられてからこういう症状でたからもしかしたら統合失調病?かもしれません
25:2011/04/02(土) 22:29:53.35 ID:
>>22
その後の相談はここではなく、専門の医療機関でしたいいでしょうね。
統合失調症でしたら全国どこでも治療が受けられますから。
18:2011/04/02(土) 22:16:27.93 ID:
統合失調症乙

自分もPICUまで行ったぜー
26:2011/04/02(土) 22:36:38.55 ID:
O病院につくと、しばらく受付で待たされた後、いくつかあるうちの一つの診察室に案内された。
(O病院は入院施設があるだけあって、かなり規模の大きい病院です。)

そこで主治医の北条医師(仮名。今後登場する人物も全て仮名です。)が偉そうに椅子に腰掛けていた。北条医師の腰掛けている椅子と、私と同伴した母が座っている椅子との距離は2メートルくらいあって、 かなり異様な距離感に感じた。この後3つの病院に入院するのだが、これだけ離れているのはこの病院だけだった。もはやここまで離れられるとギャグの領域だ。


話した内容は、まだ頭がボーッとしていたので覚えていないが、北条医師の偉そうな印象だけははっきりと頭に残っている。話を終えると、病棟へ案内された。
エレベーターに乗って、2階に到着し、エレベーターのドアが開くと、異様な光景が目に入ってきて、ボーッとした頭が一瞬で元に戻ってしまった。
目の前に病室がある。あるのはあるのだが、その前に防弾ガラスのようなドアがあって、自由に出入りできないようになっている!

27:2011/04/02(土) 22:38:32.39 ID:
防弾ガラスの前には詰め所(ナースステーション)があって、24時間体制で出入りが監視されている。
それはなんだか、病院というよりも、刑務所や拘置所をイメージさせられた。

ちなみにナースとは言っても、エロ本に登場するような細くてボンッキュッボンッのエロチックな看護婦ではなくて、柔道部の主将みたいな巨漢やら、ハイパーメタボリック親父やら、真っ黒に日焼けした顔に白い歯がキラリと光るナイスガイ(この人はいい人だったけど)みたいな連中ばっかりで、
間違っても院内恋愛など期待してはいけない。エレベーターを降りた後の事は、あまりにも目の前の光景がショックで覚えていないのだが、その後自分の病室に案内された後に大事件が起きた。(というか起こした。)

病室は4人部屋で、向かいのベッドの人は机の上に数え切れないほどのコーヒーの缶を山積みにしていて、それが長い入院生活を物語っていた。
ベッドに横になるなり、私はすぐさま「ネットは使えるよな?あと、エレベーターの前にガラスのドアがあるけど、当然外には出られるよな?(笑」と母に聞いた。
母は答えにくそうに、ネットは使えない、外にも当分出られない、と答えた。
そんなバカな話があるだろうか。
ネットが使えないのは、まぁ我慢するしかない。
しかし、外に出られないというのはどういうことだ。
こんなの、監禁と同じじゃないか。犯罪じゃないのか。

つい数時間前まで自由の身だったのに、突然わけの分からない場所に連れてこられた。
そう思うと急に怖くなってきて、入院して早々退院を決意した。
28:2011/04/02(土) 22:38:45.28 ID:
けっこう本格的にかいててワロタ

>>28 
いえ、これかなり抑えて書いてますよ。 
書こうと思ったら文庫本一冊くらいになりますから。 
31:2011/04/02(土) 22:44:32.53 ID:
となると、とにかく看護師に話をつけなければならないが、
(本来ならば医者に話をつけるべきだが、医者が入院病棟に居ることは滅多にない)
詰め所は鍵が掛かっていて、外からは絶対に開けられないようになっている。
だから、看護師が鍵を開けてドアが開いたのを見計らって、ドアが閉まる瞬間に中に押し入った。

中には女性の看護師が2人くらい、男性の看護師が1人くらい居た。
幸い、体格は私の方が大きくて、「暴れたらこっちのモンだ!」と確証した。
流石に女性に詰め寄るのは気が引けた。
私にも一応、ジェントルマンの血は通っている。

32:2011/04/02(土) 22:46:06.07 ID:
それで、男性看護師の肩を掴んで、軽く揺さぶりながら「今すぐ退院させてくれ!」と大きな声を上げた。(正直に言うが、興奮していたし、声も荒げていた。しかし暴力は振るっていない。)
すると、どうやら奥のほうで看護師が待機していた様で、さきほど言った柔道家タイプの看護師が3,4人出てきて、私を見るなり物凄い勢いで突進してきた。
全身からスーッと血の気が引いていくのが分かった。

多分、彼らは私が男性看護師に対して暴行を働いていると勘違いしたのだと思う。
私は(かなり興奮していたのは認めるが)ただ単に退院させてほしかっただけなのに。
しかしそんな事などお構いなしに、巨漢たちは全体重をかけて私を制圧してくる。
全体重をかけて制圧するというのは、文字通り、私の上に巨漢たちが覆いかぶさる形になって、動けなくするのである。

ちょっと間違った見方をすれば、3,4人のゲイが私を襲っているようにも見えたと思う。
無駄なのは分かりつつ、「お前ら離せやァァァッ!離さんかい!!」と自分でもびっくりするくらい大声を上げていた。
34:2011/04/02(土) 22:48:28.42 ID:
その時、1人の看護師が息を切らして興奮しながら信じられないことを言ってきた。
「大人しくせい…。お前はクズや…。」
一瞬、信じられなかった。
看護師が患者に対してクズ…?
こういうことって精神病院ではよくあるのか?
いや、確かに私はクズだ。それは認める。
だが、今まで看護師というのは、私の様な素行の悪い患者に対しても愛の手を差し伸べてくれる天使だと思っていた。
しかしどうやらそれは幻想だったらしい。

この言葉で完全にぶちぎれた私は「お前ぶち殺すぞゴラアアアアア」と激しく抵抗した。
今となっては、こんなつまらない言葉、無視しておけばよかったのに、と思う。
しかし、ただでさえ興奮しているところにこんな言葉を浴びせられて、平静を保てるほど私は出来た人間ではなかった。

今ならもうちょっと大人な対応ができるかもしれないけど、当時は高校3年生のおこちゃまだったし。
47:2011/04/02(土) 23:02:15.82 ID:
>>34
その看護師は職業選択を間違えてるな
37:2011/04/02(土) 22:50:23.99 ID:
クズじゃん

>>37 
いかにも、という言葉を使うときが今来た。 
いかにも。 
35:2011/04/02(土) 22:48:39.44 ID:
興味深く読んでます

>>35 
眠剤効いてきてうとうとしてたところなので大変嬉しいです。 
40:2011/04/02(土) 22:53:27.87 ID:
はよ次かいて
俺も精神科にいってる

>>40 
出来るだけ入院は避けましょうね。 
42:2011/04/02(土) 22:57:49.37 ID:
詰め所の外に目をやると、野次馬となった患者の中に泣きそうな顔をした母が混じっていた。
それを見て、心底申し訳ないと思った。
アホなことをしてしまった、と思った。

しばらくすると腰の辺りの服を捲り上げられ、次に別の看護師が注射器を持ってきて、それを注入した。興奮していたせいか、チクリともなんとも感じなかったが、「いったい何を注射されたんだ!?」という恐怖で頭がいっぱいになった。
その後、ベテランの看護師らしき人が「はい!拘束!拘束!」と言って、若手の看護師が私の体に水色のベルトを巻き始めた。

私はその頃になるとすっかり戦意喪失していたので、されるがままになっていた。
拘束具をつけられた箇所ははっきりとは覚えていないが、手首、腰、足は確実につけられたのを覚えている。

その後の記憶は無い。気がついたら、隔離室に居た。
41:2011/04/02(土) 22:54:44.96 ID:
大学病院の精神科に入院したことあるけど
みんなボーッとして人畜無害だったよ

>>41 
暴れる人はごく少数ですね。
43:2011/04/02(土) 22:59:02.00 ID:
さて、ここで精神病院ではお馴染みの隔離室について紹介しておきます。

隔離室は反省室や保護室とも呼ばれ、集団生活に悪影響を及ぼす人や、自殺や自傷の恐れがある人などが移されます。つまり、通常の病棟での治療が困難な人を、隔離するわけです。
私も看護師に暴行を働いたと見られたわけで、これは集団生活に著しく悪影響を与えるわけですから、隔離室行きになったわけです。

隔離室はどんな部屋かと言えば、上の画像を見てもらえれば分かりますが、あるのはベッドとトイレと監視カメラとドアだけです。トイレは自分で流せません。入った当初は拘束具をつけられていたので、トイレにも行けませんでしたが。
時計が無いので時間も分かりません。窓も無いので朝なのか夜なのかも分かりません。
食事が運ばれてくる時間で大体、朝ぐらい?昼ぐらい?夕方ぐらい?って分かるくらいです。

薄暗い部屋で、拘束具をつけられて、体の自由がきかない状態で、手足が麻痺してきて、
時間の感覚が無くて、呼んでも誰も来なくて、何もすることが無くて、
いつになったら出してもらえるのか分からず、ただただ不安と戦っていくうちに、
 本 気 で 発 狂 し そ う に な っ て く る 。

今まで生きてきて、本気で発狂しそうになったのは後にも先にもこれだけ。
76:2011/04/02(土) 23:50:12.27 ID:
わたしも保護室入った事あるけどトイレは流せたよ。
でもあれは本当廃人になるww
しかも生理かぶったし最悪だった。
24時間監視だしドアがんがん叩いても誰もこないwww
なんか壁に血痕みたいなのついてたし怖いしする事ないし廃人になるしかなかった。。

>>76 
女性で保護室は可哀想ですね。 
トイレ流せるのは羨ましいなぁ。 

44:2011/04/02(土) 23:01:46.34 ID:
リミッター外れると抑えがきかないタイプだな
世界で最も危険なタイプだ

>>44 
それ、主治医に言われました。 
特に小さい頃は本当に酷かったです。(癇癪の事) 
今現在は感情のコントロールができるようになって、酒さえ飲まなければ普通の人間・・・ 
だと私は信じているんですが。 
45:2011/04/02(土) 23:01:56.00 ID:
書き溜めの途中でコメントはさみますけど、隔離室はホントにやばいですよ。
どんな凶暴な人でも、数日入れておけば、廃人みたいになって帰ってくる。
そういうところです。

この後K病院ってとこにも入院するんですけど、そこには刺青バリバリ入れたヤクザさんがいまして、
最初の方こそ「ださんかゴルァ!打ち殺すぞおい!」って物凄く騒いでたんですけど、
2日目だったか3日目だったか、やっぱり大人しくなりましたよ。
あそこで平静を保てる人は本当におかしい人か、お釈迦様くらいじゃないでしょうか。
48:2011/04/02(土) 23:02:45.16 ID:
精神病院って今でも人権無いようなもんなんだな…
>>1はロボトミーって知ってる?

>>48 
私は昔の精神病院の状況も小耳に挟んだことはありますから、 
それに比べれば随分改善されたと思います。 
ただ、快適な治療環境と呼ぶにはまだまだ程遠いですね。 
ロボトミーはもちろん知ってますよ。 

史上最悪のノーベル賞 ロボトミー手術の光と影/ログミー
52:2011/04/02(土) 23:09:24.59 ID:
その頃、「ここは異常だ。ほんと、えらいところに来てもうた…。」と、Sクリニックで入院を承諾したのをいまさら後悔していた。
食事を運んでくる看護師も私を監禁している犯罪者に思えたし、いつまで経っても隔離解除してくれない北条医師も鬼に思えた。
突然拉致されて監禁されているのと何ら変わりないじゃないか、と思えた。

いや、彼らは「医療行為として行っている」という建前がある以上、もっと性質が悪いかもしれない。
ちなみに拘束具は1日で1つずつ取られていく(今日は腕取って、明日は腰取って、という感じ)という方式でした。
全部外れて“伸び”ができた時は幸せだったけど、まだ隔離室にいるという現実を認識したら、一気に憂鬱になった。
結局隔離室には2週間はいっていた。

2週間目の時に北条医師の診察があって、彼は「あと1週間やっとこうか」と呟いたのだけど、周りにいた数人の看護師が、
「・・・も、もういいんじゃないでしょうか。反省しているようですし。」と私を擁護してくれて、2週間で解放された。
気難しい北条医師に対して、看護士という下の立場からモノをいうのは勇気がいったと思う。
その点は感謝しなければならない。

さて、実際、私は隔離室に入ってからは人が変わったように大人しくなった。
この陸の孤島では、抵抗しても無駄だということが身に染みて分かったから。
しかしこの時、周りの看護師が私を擁護してくれていなかったら…そう考えると恐ろしい。
53:2011/04/02(土) 23:15:06.19 ID:
隔離室を出てからは、入院当初に案内された部屋とは別の部屋に移された。
向かいのベッドの人は重度の精神病のようで、自分にトイレに行けないらしく、部屋に“オマル”が設置されていた。
ホールはいつも満員だったため、食事は3食とも部屋で取るのだが、私が食事している時でもお構いなしに「ぶぶっぶびぃっ!!ぶぶぅ!」と音を立てて
ババをするもんだから、本当に参った。

またこの人は風呂も入れないみたいで、看護師に「○○さん、今日はお風呂入れそう?そろそろ入ったらどう?」とよく言われていた。
頭はフケだらけで不潔感丸出しだった。でもまぁ、これは病気だから仕方が無い。
その他では、1日中独り言を言っている人、乾燥肌なのか知らないが皮膚がぽろぽろ落ちて部屋の床を皮だらけにしてしまう人、
「なんまんだぶなんまんだぶなんまんだぶ」と何度か言った後、机をバシーン!と叩くお婆ちゃん、
「あたしの田舎においでよ!たのしいっから!ねっ!」と1日中誘ってくる女性、
不眠症を治すために電車に飛び込んだ人などなど、まぁ書き出すときりが無いが、いろーんな人が居た。

でも、別に性善説を唱えたいわけではないが、根っからの悪い人はいないと感じた。
何か嫌な態度を取られても、「ああ、これは病気のせいで具合が悪いんだな」といつも思っていた。
実際、私も躁うつ病とまではいかなくても、日によってテンションの上がり下がりが激しく、抑鬱気分の時は他人に辛くあたりがちだし。
ちなみにこの病院の入浴日は週2日である。聞いたところによると刑務所と一緒らしい。

週2日しか風呂に入らない、なんて人は滅多に居ないと思うが、一度試してみると予想以上にきつい事に気がつく。私が入院したのは冬だったので、体臭はそこまで気にならなかったのだが、頭がかゆくてかゆくて仕方が無い。

ヒゲソリ用のカミソリは、風呂に入る際に看護師から手渡しされる。
で、風呂から上がった際に看護師に返却する。危険防止の為である。
危険防止というのは、要するに他人を傷つけるとか、自殺自傷のことである。
よく拘置所でも自殺防止の為にベルトを没収されるという話を聞くが、それと全く同じことが精神病院でもあるのである。
54:2011/04/02(土) 23:15:34.24 ID:
入院中は本とか読めるの?
55:2011/04/02(土) 23:16:54.76 ID:
>>54
ホールには漫画とか本とかおいてます。
自宅から持ち込む場合は主治医に言えばオーケー。
でも、看護士に「頭休めるためにきてるんだから、あんまり読まないで」って言われました。
56:2011/04/02(土) 23:19:12.96 ID:
入院して1ヶ月くらい経った頃、また事件が起こった。

私は北条医師にiPodの使用許可を貰って、病院に持ち込んで愛用していた。
基本的に精神病院は治療に関係のないモノは持ち込み不可なのだが、こういったものは頭を下げて頼み込めば許可がもらえるのだ。
私はHR/HMが好きで、入院中の憂さ晴らしにiPodを愛用していた。

ある日、ホールでiPodを操作していたら、20台後半くらいの、髪が長くて華奢な体格の黒石さんという患者さんがやってきて、「それ、iPod nanoの新しいやつ?」と聞いてきた。
当時私が使っていたのはまさしくiPod nanoの最新版で、カメラ機能がついているということで話題になったものだった。
…しかし!精神病院はカメラ持ち込み禁止なのである。
ただ、当時の私はカメラ持ち込み禁止なのは分かっていたのだが、iPod nanoにカメラ機能がついている事をすっかり忘れていた。

そこに、黒石さんが「iPod nanoの“新しいやつ”?」とわざわざ最新版かどうか聞いてきたので、カメラ機能がついていることを思い出したのだ。
私は黒石さんが単純にiPod nanoのカメラ機能に興味津々な、好奇心旺盛な好青年なんだろうと思って、「そうですよ」と満面の笑顔で応対した。
すると黒石さんは「カメラ機能ついてるよね?」と真剣な顔で問い詰めてきた。
私はまたしても「もちろんです。」と気持ちよく返した。
すると返答した瞬間にパッと私のiPodを取り上げ、そそくさと立ち去った。

私は生まれて初めて泥棒されたショックで、動悸・息切れが激しくなり、パニック状態になった。
普通、泥棒と言えば持ち主の居ない隙に盗むものじゃないだろうか。
持ち主の目の前で堂々と持ち去るって、そんなのアリか?
あれこれ思いながら辺りを見回すと、黒石さんは詰め所の前に居て、なにやら看護師と話をしていた。
こうしちゃいられないと、走ってその場に駆けつけると、看護師は困惑した様子で黒石さんに対応していた。

昔の事なので正確な会話は再現できないが、大体こういった流れだったのは覚えている。
57:2011/04/02(土) 23:22:26.52 ID:
私「それ、俺のなんですけど!」
黒石「これカメラついてんだけど?カメラは持ち込み禁止だろ?」←彼は標準語だった
看護師「○○さん(私の名前)は北条先生に許可もらって使ってるねん。
文句あるなら北条先生に言って下さい。」
黒石「何言ってんだよ。使っちゃいけねぇもんは使っちゃいけねぇだろ?」
私「すみません、一応、許可は頂いてますんで・・・。それにカメラ機能はずーっとオフにしてますし。」
黒石「お前、俺の事撮ってただろ?廊下ですれ違った時撮ってただろ?」
私「はぁ?撮ってませんが・・・?そんな事して何になるんですか・・・?」
黒石「ブログとかにアップして笑ってんだろ?」
私「意味が分からないんですがってかココ、ネット使えませんよね。」
黒石「退院してからアップできるじゃねーか」
私「そこまでしてあなたに粘着して何の得があるの?
疑うならiPodの中身見てみますか?ペットの動画くらいしかありませんから。」
黒石「意味ねーよ。証拠消してるかもしれねーじゃん。」
私「急に取り上げられたのにいつ消すんですか・・・。」
看護師「黒石さん、もうあんまりガタガタ騒ぐんやったら隔離行きやで」
黒石「なんでそうなるんだよ…おかしいだろ…。」
看護師「○○さん(私の名前)、もう行っていいです。」
58:2011/04/02(土) 23:24:45.42 ID:
どうやら黒石さんは「自分のことを撮影された」と被害妄想を抱いていたらしく、それが今回の事件を招いたらしい。
後日、黒石さんの病室を訪ねて、
「俺はあなたを撮影していない。あなたは俺のiPodを急に取り上げるという失礼極まりない行為を働いたが、それに対して謝罪は無いのか」と

聞いてみたが、撮影していないという証拠はどこにもないし、iPodを急に取り上げるのは別に失礼ではないという答えが返ってきた。
その後、日本のIT関係のモラルは遅れているとかいう訳の分からない自論を延々と繰り広げられ、結局こいつを謝らせるのは無理だと諦めた。

カメラ付のipodを知らず知らずのうちに持ち込んでいた自分にも非があるものの、
黒石さんのやり方にも腑が落ちない。なんだか蹴ったクソの悪い事件だった。
ちなみに黒石さんの病室を訪ねたその日ははじめての外泊(※3)だった。
1ヶ月ぶりに吸う娑婆の空気はウマイ!…とは言わないものの、ちょっと感動モノだった。
1ヶ月程度では外の光景は変わっていないが、中には20年、30年と入院している人がいて(マジな話です)、
そういう人が退院すると、それはもう浦島太郎状態らしい。
何故そういった長期間入院することになるかと言うと、身内が死んでしまっていたりして、退院しても帰るところが無かったりするんですね。
そうなると、もう病院しか居場所がなくなる。
あと、知的障害があったりして、自力での生活が困難な方とかも居ます。


※3 
治療の一環で、入院中に一旦自宅に帰り、家で過ごして様子を見る。 
家で大人しくする事が出来るか、家族とうまくやっていけるか、薬の管理はできるか、睡眠はとれているかなどを見る。 
最初は一泊二日から。 


2回目の外泊だったと思いますが、それくらいの時に、やっぱり外の生活はいいなぁという憧れが出てきた。 
それで、私は任意入院というかたちなので、自分で退院を申告できる。(※4) 

※4 
「任意入院に際してのお知らせ」にこのようにある。 
“あなたの入院は任意入院でありますので、あなたの退院の申し出により、退院できます。 
ただし、精神保健指定医があなたを診察し、必要があると認めた時には、入院を継続していただくことがあります。 
その際には、入院継続の措置をとるについて、あなたに説明いたします。” 
任意入院の他に措置入院、医療保護入院がある。これは自分の申し出では退院できない。 


という訳で主治医の北条医師に退院したいという旨を申し出てたら、よく分からないが、許可を貰えたような反応だった。 
ただ、その前に一度家族を交えて話し合いをするとのことだった。 
話し合いには北条医師と私と母の他に祖父も付き添った。 
私は当然家族は退院に賛成してくれるだろうと思った。 
…が、甘かった! 

家族(特に母)は今までの俺の素行の悪さを必死で北条医師に訴え、まるで俺を一生病院に閉じ込めておきたいかのように饒舌に喋り続けた。 
飲酒のこと、タバコのこと、自分の部屋で包丁を振り回していたこと、窓ガラスをぶち破ったこと、自傷行為の度が過ぎて救急車で運ばれたこと、などなど。 
それから、北条医師は衝撃的な一言を発した。 
59:2011/04/02(土) 23:27:56.12 ID:
>>58
まあこれは、黒石さんみたいな人が居るからそういうルールになってるってことを考えると仕方ない面も有るな…。
確かに許可取って使ってる>>1にとっては謂れのないこと言われて腹立つのが当然だけどさ。
62:2011/04/02(土) 23:31:57.82 ID:
>>59
後で分かった事なんですが、黒石さんは家族と仲が悪くて精神病院にぶち込まれたケースらしいんです。彼からしてみれば、「俺は正常なのに、なんでこんなキチガイ病院に入れられなきゃいけないんだ!」っていう心境なんでしょう。そういう不安定な精神状態の前に、カメラを持ったキチガイが現れれば、何らかのトラブルが起こるのは必至だったのかもしれません。
どちらが悪いともいえないかもしれませんね。


「キミ、私が退院を許可したみたいなことを言ったみたいだけど、
 わたし、そんなこと、
 一 言 も 言 っ て な い よ? 」
それから、こんな風なこともいった。
「キミ、家族や私のことを騙そうと思ったの?騙せると思ったの?」
まさか、騙そうなんて、考えたことも無い。
退院したいと言った時、退院を許可してくれる風な事を言ったではないか。
あれは俺の完全な聞き間違いだったのか…。

「ぁぁぁ…ぃぇ…あの…騙す…いや、あの、そんなんじゃないです、多分勘違いです。
 いや、勘違いです。すみません。俺勘違いしてたんやと思います。」
俺は狼狽しながら必死に弁解したが、北条医師は疑わしそうな目でジーッと俺を見てた。
それが本当に腹立たしかった。俺は勘違いしただけだったのに…。
その後、「キミ、家族に迷惑かけてんの自覚してる?父親がいないから、やりたい放題しすぎてんだよ。」
と説教された。家族の目も冷たくて、なんだか糾弾会にいるような気分だった。
ただ迷惑をかけてきたのは事実なので、申し訳ない気持ちで一杯になった。

でも私なりにしんどい部分があったのもまた事実であり、その部分だけ切り捨てて批判されるのも何だかやるせない気分だった。
対談が終わった後、母親に「退院許可貰ってないのに、許可貰ったってお母さんに電話で言ってきたけど、あれは何やったん?あんたホンマに頭おかしなったんちゃうよな…?」
という風な事を言われた。

そりゃないだろ、ママ!
61:2011/04/02(土) 23:28:41.81 ID:
このスレ読む限り少なくとも当時は
退院したいがためにナースステーションに突撃して詰め寄ったり、ソレを制圧されてる最中は自分は悪くないと思ってたり
精神病ってこうなったりするんだなぁと興味深い
63:2011/04/02(土) 23:35:26.93 ID:
でも、あんなところにずーっと閉じ込められていたら、普通の人でも少しおかしくなっても別に不思議では無い、と思うのは私だけでしょうか。
対談が終わった後、当然退院の話は取り消しになった。
引き続き入院を続行して“治療を継続する”という事になったのだが、
私の正直な気持ちから言わせて見れば、あんな劣悪な環境で、治療など有り得ない。

事実、私の精神状態は日を追う毎に悪化していき、毎日毎日イライラしたり落ち込んだりしていた。
病院内で暴れればまた隔離室行きなので、何とかこらえていたが、その分のストレスを面会に来る家族に対して辛く当たって発散していた。

家族は洗濯物を交換するために週に1回か2回来ていたのだが、自由の身であり、
しかも俺を病院に閉じ込めている当事者であると思うと、恨めしくて仕方が無かった。
入院前は良好だった家族関係も、入院をきっかけにどんどん悪化していった。
話は変わるが、私と親しくしていた20代前半くらいの女性患者の竹内さんについて、書いておきたいことがある。

竹内さんも主治医との話の途中、カッとなって、暴言を吐いて隔離室行きになったのだが、
看護師に取り押さえられる途中、男性看護師に顔面を殴られたらしい。
隔離室から出てきてからは、それを不服として、病院内から弁護士に相談していた。
私も看護師が患者に暴行を加えるようなことがあってはならない(ましてや女性に!)と思って、
竹内さんを応援していたのだが、ある日突然竹内さんが私の部屋にやってきて、
「私ちょっと別の病棟に移されることになってん」と言って、その日のうちに本当に別の病棟に行ってしまった。

O病院には男性と女性が共同生活する比較的症状の軽い人たちの病棟と、
男性と女性が別々になった病状の重い人たちの病棟が存在する。
通常、前者の病棟で3ヶ月過ごして、それでもよくならない場合は後者の病棟に移るのだが、
竹内さんの場合はまだ入院して3ヶ月も経っていない。
なのに別の病棟に移るということは、いったい何事だろうか。
隔離室に入ったというのは理由にならない。私が移っていないんだから。
病状の重い人は、面接や電話が制限される事があるが、
竹内さんが無理矢理“病状の重い人扱い”されたというのはちょっと考え過ぎだろうか。

病院に入っていると、色々と悪い方向に考えすぎてしまうので、
この一件も入院中は変な方向にばかり考えてしまっていたが、今は竹内さんが無事退院していることを願うばかりである。
64:2011/04/02(土) 23:36:52.56 ID:
当時を振り返って異常だった事を説明したいんだろう
こいつ多分今でも相当おかしい

>>64 
異常か異常じゃないかの判断って難しいですよ 
誰にも迷惑かけずに自立して生活してるので、そういった意味では正常です。 
たまに精神安定剤飲み忘れると気分が落ち込むので、そういった意味では異常です。 
65:2011/04/02(土) 23:37:23.69 ID:
さて、退院は出来ないとなっても、外泊は相変わらず続いていた。
そして3度目だったか4度目の外泊の時、ついに俺は自殺を決意した。
今まで何度か自殺を考えたことはあったが、マジで死のうと思ったのはこの時が初めてだった。
このままだったら一生病院にはいっていなければならないかもしれない。
そう思うと、死んだほうがマシだと思った。

近くのスーパーで数メートルのロープ(880円だったかな)を買って、ネットで結び方を調べて、
ややかたちは悪いものの、なんとか死ねそうなものが出来上がった。
後は死ぬ場所を選ぶだけだった。
ロープを細工している最中はなんとも無かったが、いざ死に場所を選ぶとなると、
「俺、マジで死ぬんだな…」
と一気に現実味が増してきた。

よく、今までの人生が走馬灯のように駆け抜けるというが、私の場合、そんなことは無かった。
死への恐怖で、そんな事を考えている余裕など無かった。
この時、病院に帰らなければいけない時間だったので、母親が
「そろそろ病院に帰る支度をしなさい」
と言ってきたのだが、俺は
「帰らん!」
の一点張りで跳ね除けた。
死に場所は簡単に見つからず、そうこうしているうちに日が暮れた。

しばらくしていると、母親が
「今日は延泊(※5)貰ったよ」
と言ってきたので、自殺は後日に延期になった。

※5
外泊を延期すること。
母親が病院に電話したら、病院側がもう一泊する許可をくれたらしい。
なんだか意外と緩くてびっくりした。
67:2011/04/02(土) 23:42:07.96 ID:
朝起きると、どうやって自殺しようか迷った。
首吊り自殺は一瞬で死ねるらしいが、それまでの恐怖に耐える自信が無かった。
酒と薬で自殺するのが一番恐怖感が少なくて済むと思ったのだが、
当時はどんな薬で死ねるのか知らなかったし、第一どこで手に入るのかも分からなかった。
また、金もほとんどなかった。

首にロープを引っ掛けて、自分の手で引っ張って首を絞めてみたりしたが、
どうしても死ぬ前に「咳き込む」。やはり、確実に死ぬには、どこかにロープを引っ掛けて、
首の骨が折れるくらい勢いよく首を引っ掛けるしかないらしい。
もしくは、酒を飲んで電車に飛び込むか。酔っていれば恐怖感も薄れるかもしれない。
賠償金を請求されると言うが、死んだ後のことなど知ったこっちゃ無い。

よく、「周りに迷惑かける死に方はするな」などと言う輩が居るが、
死ぬ本人からすれば、確実で、怖くない死に方で死ぬのが一番大事なのであり、
他人のことなど本当にどうでもいいのだ。究極的に自己中心的な考え方だが、
これが自殺者の本音だ。
70:2011/04/02(土) 23:44:32.79 ID:
>>67
そりゃそうだよな
周りに迷惑かけるななんて正常な人間の言ってることだもの
自殺なんか精神狂ってなきゃ無理

>>70 
ご指摘どおり、自殺者の精神状態はホント異常。 
酒か薬で酩酊状態になっていないと、実際にはしねないんじゃないですかね。 
じゃないと、恐怖>死にたい気持ちになって実行できない。 
68:2011/04/02(土) 23:43:46.25 ID:
そうこう思案しているうちにまた病院に帰る時間になったが、今度は母親に
「病院に帰るくらいなら、俺は死ぬぞ!!」
とはっきりと言ってのけた。
そうすると母親は病院に連絡して、あれこれ話をした後、その足で病院に行った。
数時間経って帰ってきた母は、
「退院させてもらったよ」
と言った。

病院側もさすがに死なれては始末が悪いと思ったのだろう。
ただ、私はこの言葉がすぐに信用できず、母親はウソをついていて、
俺が寝込んだ隙を狙って家に看護師がやってくるに違いないと思っていた。
その晩は遅くまでおきていて、眠りについてからも少し経っては起きて、
看護師がやってきていないか、確認してからまた眠りについた。

退院ができたとようやく信じることができたのは、数日経ってからの事だった。
69:2011/04/02(土) 23:44:22.98 ID:
つまりとりあえず今はもう入院当初から当時くらいまでは暴れないのか

>>69 
今は暴れるどころか、カッとする事すら無くなりました。 
年取ったのも多少関係してるのかも。怒るのも体力要りますからね・・・w 
73:2011/04/02(土) 23:46:09.07 ID:
ロープは自分の部屋に保管しておいたのだが、気がついたら消えていた。
母が捨てたのだろうと思っていたのだが、ある日ガレージの物置を覗いてみると、
袋の中に丁寧に保管されたロープが残っていた。結び目も解かれていなかった。
これは母が暗に「さっさと自殺しろ」と俺に言っているのだろうか、そう思って、
退院してからもずっと家族に対する不信感が消えなかった。

病院を退院してからは、入院で断念せざるを得なかった大学受験の夢をもう一度挑戦する事にした。
その為に4月から予備校に通い、全てが順調に動き出した。
通院はO病院の北条医師に2週間に1回通うことになっていた。

Sクリニックで出されていた薬を北条先生に見せたところ、
「何でこんな薬出すんだ?こんなの飲んだら神経逆撫でして逆効果だと思うんだけどなぁ。」
という風な意見が出て、Sクリニックに通う気にはなれなかったからだ。

通院し始めの時、こんなことがあった。
北条医師に、「退院したけど、これからどうすんの?」と聞かれ、私は
「予備校に通って、早稲田か慶應を目指したいと思っています!」と自信満々に答えた。
早慶は現役時代からの志望校だったから、
引き続き目指そうと思ってこう答えたのだが、北条医師の答えは
「あ、そうw」
という小ばかにしたような返答だった。

私の答えの何がおかしかったのか、いまだによく分からない。
医学部出身の彼からすれば、早慶など大した学歴でないということか?
それとも精神病者が早慶を目指そうなどおこがましいということか?
分からない。
71:2011/04/02(土) 23:45:38.08 ID:
統合失調症だよね?
本当のこと、事実だけをかいてるの?
一部改編してない?
統合失調症の人は自分は正常だって言い張るよ
77:2011/04/02(土) 23:54:05.15 ID:
>>71
以前医師に幻聴が聞こえるという事で統合失調症かどうか尋ねたことがあるのですが、
「絶対に違う」と断言されました。
今のところ診断されているのは自閉症スペクトラム(アスペルガー)とアル中です。
内容は個人名や病院名以外は全て事実です。
85:2011/04/03(日) 00:06:50.35 ID:
自閉症アル中とはなんというコンボ

>>85 
アル中の方は断酒暦3年突破したんで、もうほぼ克服してますよ。 
82:2011/04/03(日) 00:01:53.38 ID:
あんた何歳だよw
無難にフリーターからやってみろよ
大学でても仕事できんかったら意味ないし

>>82 
大学1年生ですよ。ただしオッサンの・・・。 
80:2011/04/02(土) 23:58:07.87 ID:
その後予備校に通い続けたが、せっかく入院中にやめていたものを、
ちょっとしたことをきっかけに再飲酒に走ってしまい、どんどん飲酒の量が増えていった。
断っておくが、私はあまり酒の味は好きではない。
ただ、昔から嫌な事があるたびに酔って忘れる習慣があって、それがいつまで経ってもなおらないのだ。

そうこうしているうちに予備校を休んでまで酒を飲む日が出てきて、とうとう一学期の途中に予備校を止めてしまった。予備校をやめてからはさらに酒の量が増え、外に出ないのが原因だろうか、ストレスもどんどん溜まっていった。
この頃、風邪をひいてしまい、病院から処方されている精神安定剤と風邪薬を一緒に服用していいかどうか分からなかった為、風邪薬だけを飲んで、精神安定剤は2,3日の間飲まないでおいた。

この事を北条医師に報告すると、彼は私にではなく、私の母親に激怒した。
北条「何で飲ませなかったの。」
母「…えっ。」
北条「何で飲ませなかったって聞いてんだよ。」
母「すみません、風邪薬と併用していいのか分からなかったものですから。」
北条「そんぐらい、病院に問い合わせりゃいいんじゃないの?そんぐらいわかんないの?」
母「すみません、そこまで頭が回りませんでした。」
北条「今の薬は飲み合わせても大丈夫なようにできてんだよ。分かれよ。」
母「はい、すみません。」
ひたすら謝る母の姿を見て、私は悲しいのと同時に、北条医師に対して心の中で憤怒した。

何故薬を飲まなかった程度でここまで言われなければいけないのか。
それに、飲まなかったのは私だ。文句があるなら私に言えばいい。堂々と受けて立つ。
なんだか、母親に罪をかぶせているようで申し訳なかった。
というか、
「今のお薬は併用しても問題ないですから、心配しないで下さいね。
次から分からない事があれば、病院に問い合わせて下されば、こちらとしても助かります。」
この言葉でお互いに気持ちよく済むのに、それが分からないのか。
医者はコミュ力が無いというが、まさにこの人は典型的なパターンだなぁと感じた。

とにかく、これがきっかけで、北条医師の元に通院することは無くなった。
94:2011/04/03(日) 00:13:56.80 ID:
北条先生は悪くないんじゃないのかと思う
>>1がどうしようもない状態で薬もまともに飲めなかったことを知っていたからカーチャンを怒ったんじゃないのか
97:2011/04/03(日) 00:17:46.38 ID:
>>94
当時未成年だったし、「保護者しっかりせい!」っていう
喝を入れる意味で叱ったんですかね。
そのわりにはかなり感情的でしたが。
99:2011/04/03(日) 00:22:14.23 ID:
>>97
ソレお前のためを思って母親叱ってるんじゃね?

>>99 
泣けてきた 
83:2011/04/03(日) 00:03:56.67 ID:
元々北条医師は嫌みったらしくて偉そうで大嫌いだったのだが、今回の件で堪忍袋の尾が切れた訳だ。
その後、役所で木下先生を紹介してもらったのだが、この先生はすごく親切で、
私の話も丁寧に聞いてくれるし、私のことを非難する事も無かった。
「ああ、いい精神科医もいるんだ。」と心の底から安心した。
しかしこの先生にお世話になってからも、飲酒が止まることは無く、心も荒んでいった。
これは木下先生が悪いのではなく、私が悪いのだ。0:10で私に非がある。

さて、7月中旬、酒は入っていなかったが、イライラが絶頂に達し、部屋で大声を出して、物を投げたりしていた。
自殺しようと思い、カミソリで太ももを切ったが、小さなカミソリだったので、
かなり出血したものの、動脈までは達しなかった。
その後2,3度試したが、結果は同じだった。

しばらくボーッとしていると、パトカーの音が聞こえてきた。
窓から外を見てみると、私の家の前に止まっているではないか!
近所の連中が俺の大声を聞いたか、物音を聞いたかで、通報したらしい。
余計なことをしてくれる。

しかし、あれこれ考えている余裕は無かった。
頭に浮かんだのはひとつだった。
「やべえ!また精神病院に入れられる!」
それだけは絶対に御免だったので、急いで逃げる決意をした。
86:2011/04/03(日) 00:07:21.07 ID:
久々の良スレ
91:2011/04/03(日) 00:11:39.60 ID:
夏だったのでパンツにシャツだけという格好だったが、着替えている時間などない。
急いで階段を駆け下りて、玄関のドアを開けると、ガレージに体格のいい警察官が2,3人立っていた。
その側に祖父と母が立っていて、家には俺が居るだけの状態だった。
どうやら、先に家族だけ避難させて、後から警官が特攻してくる作戦だったらしい。
しかしそれも失敗だ。

私は猛ダッシュで出口に突っ走ると、出口付近に立っていた母親は何を思ったのか、
「きゃあああああああああ!!!やめてえええええええええ!!!」
と大声で走り出した。何がヤメテだ。やめてほしいのはこっちだぞ!
精神病院だけは絶対にやめてくれ!

多分、母親は激高した俺が暴力を振るいに来たと勘違いしたんだろう。
股間から大量の血を流して必死の形相で突進してくる俺の姿は、
傍から見ればさぞかし異様だったに違いない。
靴を履く暇も無かったので裸足で駆け出した俺は、
警官の合間を駆け抜けて、途中服を掴まれながらも、
それを払いのけながら何とか逃げぬけた。
股間からポタポタと血を流しながら、
民家の間をパンツとシャツだけという変質者のような格好で歩いている途中、大変なことに気がついた。
真夏の地面というのは、物凄く熱いのだ。
走っている最中は無我夢中だったので気がつかなかったが、
こうして歩いてみると、とても立っていられない。

なんとか日陰を探しながら、私はアパートのポストの陰に隠れて休憩することにした。
すると無線で会話中の警察官がすぐ近くまで歩いてきて、あたりを捜索しているのが見えた。
「18歳の男の子。足に傷を負っており、出血している。えー、また、服装はパンツとシャツだけ。
裸足で逃走中。現在○○町付近に潜伏中と思われる。えー、どーぞー。」
というような無線の声が聞こえてきて、驚いた。

短時間でここまで正確な情報がまわるなんて、やはり警察の情報網はすばらしいと思う。
っていうか、“○○町付近に潜伏中と思われる”って、私は犯罪者か。
ただ、すぐ近くまで来ても全く私に気づく様子は無くて、
「なんや、意外と警察ってトロいやん」と思った。
実際、こっちは息を切らしてハァハァ言っていたのだが、それにすら気づかずに通り過ぎてしまったのだから。
96:2011/04/03(日) 00:15:34.23 ID:
しばらく隠れているうちに、このまま隠れていてもどうしようもないことに気がついた。
精神病院に行くのは嫌だが、もしかしたら厳重注意だけで済むかもしれない。
そんな甘い考えから、近くに居た警察官に声をかけて、家に戻ることにした。

家に戻った後、とりあえず足から出血しているという事で、病院に行くことになった。
浅い傷なので私は行かなくてもいいと言ったのだが、警察官が
「あかんあかん、行った方がいい。」
としつこく言うものだから、しぶしぶ了解した。
病院で手当を受けた後、地元の警察署に行き、
何故部屋で暴れていたのか、何故逃げたのかを説明させられた。

私は今までの経歴と、精神病院に入れられると思ったから逃げた、という話をした。
それから、一番気になっていた、これで前科はつくのか?という事を聞いたが、
別にこの程度のことで前科はつかないという事だった。
結局この取調べは数時間に及んだ。

後で知ったが、これは入院先の病院が決まるまでの待ち時間だったのだ。
それとは知らず、俺はこれが終わったら家に帰れるんじゃないかと思って期待していた。

しばらくすると警察官の制服を着ていない人たちがやってきて、今から病院に行きます、と行って車に乗せられた。車の中にはベッドがあって、暴れないためか逃走しない為か知らないが、ベッドに拘束されて運ばれた。
心の中で、まるで殺人犯を護送するような扱いだな、と思った。
頭の中では映画「羊たちの沈黙」で厳重警備の中護送されるハンニバル・レクターが思い浮かんでいた。

98:2011/04/03(日) 00:21:00.39 ID:
>>96
暴れた後に手当てのため病院に行く
一度経験すれば分かるけど、これ、物凄いフラグなんだよね・・・
100:2011/04/03(日) 00:26:02.51 ID:
>>98
精神病院直行コースってことですか?
言われてみればそうかなぁ・・・
104:2011/04/03(日) 00:30:41.42 ID:
結局早稲田には行ったのか?
メンヘラを黙らせる一言ってある?
107:2011/04/03(日) 00:37:27.20 ID:
>>104
出世して宮廷の文学部にいますよ。
私なら「あまり興奮すると今より酷くなるから、とりあえず落ち着きましょう」って
優しく言われたら黙りますよ。
108:2011/04/03(日) 00:38:43.52 ID:
病院につくと、精神保健指定医という国から指定された精神科医の元に案内され、
「今からあなたが入院が必要かどうか診察します。」
と言われ、また警察で話したような内容を一から話した。

一通り話を聞いた後、医者は
「私は精神科医として、今の話を聞いた後に、あなたを、
はいそうですか、と言ってこのまま返すわけにはいきません。従って、入院措置を取ります。」
と言ってのけた。
私は入院だけはなんとしてでも避けたかったので
「先生、入院だけは本当に勘弁して下さい。今後はきちんと通院してまじめにやりますから。」
とみっともないのは承知で泣き言を連発したが、それでも
「入院がつらいのは私も承知の上です。
しかし、その辛い入院生活を耐えていく力をあなたには身に着けていってもらわないと困るんです。」
と言って、医者は私の願いを断固拒否した。

辛い入院を耐え抜く力を身につけなければならない、なるほど確かに正論かもしれない。
そう思った私はその場で入院を承諾し、そのまま病棟に案内された。
109:2011/04/03(日) 00:41:25.96 ID:
今回の入院は緊急措置入院(のちに措置入院)であり、入院期間は1ヶ月と定められている。
その代わりに自分で退院を申告する事は出来ない。
また、医療費は都道府県が負担してくれることになっていた。
部屋で暴れたり、自傷行為のあった私は保護室からのスタートとなった。

なぜか分からないが、メガネが危険物と見なされて没収された。
(数日後に返却されたが。この件は今でもよく分からない。)
衣服も全て回収されて、精神病院の緑色の服に着替えさせられた。
顔写真も撮影された。これは、薬を配る際に本人確認をするためである。

夜眠る際、1日に起こった事を思い出して、泣きそうになった。
朝起きたときはこんなことになるなんて思いもしなかった。
その日は家族で焼肉に行くことになっていた。
俺があんな事をしなければ、家族仲良く焼肉にいって、自分の布団で眠りについていたのに。
しかし現実は保護室のカチコチのベッド。後悔しても、全てが遅すぎた。

保護室とは行っても、部屋の外には自由に出ることが出来た。
ただ、そこも保護室のエリアなので、出ても大して自由に動けるわけではない。
自由に動けるのは10メートルくらいの場所で、
そこにトイレと電話と食事をする為のテーブル・椅子があるだけ。
テレビはもちろん無い。
新聞・本・雑誌など、治療に関係ないものは持ち込み不可。iPodなどもってのほか。
筆記用具もだめ!院内は全面禁煙なのでタバコもだめ。
ただ、O病院の隔離室に比べると、他の患者さんとの交流があるため、まだ精神的に楽である。
ここで仲良くなった患者さんとは、保護室を出て一般病棟に移ってからも仲良くさせてもらった。
111:2011/04/03(日) 00:43:34.28 ID:
この病院では16歳の少年が入院していた。
彼も暴力沙汰で入院したらしい。やっぱり若いと暴力沙汰が多いのだろうか。
風呂はO病院と違って週に3回だった。1回増えるだけでもずいぶん違う。
保護室には約2週間ほどいた。

一般病棟に移って、部屋に案内されたとき、驚いた。
なんと、自分のベッドにテレビがある!!
他の部屋を見てみると、1人1人にテレビが与えられているのだ。
私はなんてリッチな病院なんだ!と感動してしまった。
テレビを見るには1000円でテレビカードを購入しなければならないのだが、
これで16時間半視聴できた。
精神病院は大体ホールに1台しかテレビが無くて、
その病棟で1番権力を握っている人間がチャンネル権を握っていて、好きな番組など見れないものだ。
それが、この病院では好きな時間に好きな番組が見れるのだ。
これが私にとってはとてつもなく素晴らしい事の様に思えた。
院長最高!心の中でそう叫んだ。
112:2011/04/03(日) 00:44:30.48 ID:
やっぱり当たり外れあるんだなぁ
113:2011/04/03(日) 00:47:20.72 ID:
どうも、動物病院のようなところやら比較的落ち着いたいいところとピンキリっぽい
114:2011/04/03(日) 00:49:12.36 ID:
この病棟は男性だけの場所で、最初こそは女が居ないのではつまらんなぁと思ったのだが、
入ってみると男同士のほうが断然楽しい。

O病院では男女のトラブルが少なからずあったのだが、この病院ではそんな事で悩むことは一切ないし、男同士の友情みたいなものも生まれてきて、入院生活は辛いながらもお互いに支えあうような部分が出てきた。
お互いに夢を語るもの、家族の事を思い出して泣き出すお父さん、色んな人がいたけど、
やっぱり私は男同士の方が気楽で楽しいかった。

しかし、一応は精神病院なので、変な患者もやっぱり居る。
何の意味があるのかは知らないが、
「カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!」
と常にタンを切るような(?)声を出している人がいて、これがたまらなくうるさかった。
たまに俺の部屋にゴミを投げ込んできたこともあった。
看護師に「それは何の音ですか?」と聞かれても
「いや、なんでもないんですよ?ええ、なんでもないんです。」と答えていたから、
特に意味は無いんだろう。単なる癖だろうか。だとすれば迷惑な癖だ。

それから、別の病棟での話だが、「あの看護師を殺せ」という幻聴が聞こえてきて、
箸で看護師の背中を刺したというような事もあったらしい。
これぞ精神病院!というような出来事ではあるが、やはり身近で起こると恐ろしい。
116:2011/04/03(日) 00:52:58.62 ID:
何するか分かんないのは病んだ人間の恐さだよな
115:2011/04/03(日) 00:52:32.87 ID:
入院中、IQ検査と心理検査を受けた。O病院でもIQ検査は受けたが、
その時の数値に比べて動作性IQが25もあがっていた。
というか、O病院で受けた時の数値が低すぎたんですが。
検査結果はどこの病院でもそうですが、あまり詳しいことは聞かせてくれない。
IQの数値も、母が聞いていたらしく、それをこっそり教えてもらったものだ。

そうこうしているうちに8月中旬になって、退院になった。
入院生活は辛かったが、O病院に比べればマシだった。あそこは地獄すぎた。
退院後は入院中我慢していた反動ですぐに酒を飲み始めた。
それからアルバイトも始めた。
倉庫内軽作業は暑い、単調、おっさんがネチネチうざいなどで、
まわされた日数の仕事をこなした後すぐ止めてしまった。

その後飲食店のバイトを始めたが、体調を崩して2日休んだ際に、
店長に注意されたのが気に入らず、酒を飲んだ勢いで文句を入れて止めてしまった。
(私には咳やくしゃみが出ている状態で人にお出しする食べ物など作りたくない!という考えがあった。)
この二件で、自分は何も続かないクズ人間だと再確認した。
唯一続いているのは、飲酒だろうか。
飲食店のバイトをやめてからは、連続飲酒(※6)のような状態になっていた。

※6
基本的に起きている間はずーっと酒を飲んでいる状態。
食事もほとんど取っていない事が多い。
だから栄養失調になっていて、いつも下痢。
117:2011/04/03(日) 00:55:22.43 ID:
そして11月の下旬、朝から酒を煽っていた私は、この日、酷く悪酔いしていて、機嫌が悪かった。
詳しい話は省くが、最終的に私は人に怪我をさせてしまった。

その後、私は祖父に電話して、自分を精神病院に入れてほしいと話した。
ある程度酔いが醒めてきて、自分が危険人物であると自覚したからだ。
このまま自分を放っておくと、殺人まで犯しかねない。
そうなる前に、精神病院に入って矯正してもらわなければ、そう思った。
祖父はかなり狼狽していたが、とにかくそっちに向かうと告げて電話を切った。
118:2011/04/03(日) 00:59:12.00 ID:
数時間後、被害者はパトカーに乗った警察官を連れて戻ってきた。
警察官は「もう暴れるなよ。」と言って、私の体をポンポンと叩いてボディーチェックしだした。
このまま傷害罪で拘置所行きか、と思ったが、連れて行かれたのはK病院だった。

K病院につくと、50代くらいの優しそうな女性医師(主治医の斉藤先生)が居て、私を見るなり
「まぁ、全てを見通していそうな澄んだ目やね。」
と言った。
流石精神科医、まずはおだてて落ち着けさせようという魂胆か。
色々と話をして、当然入院するという話になった。
任意か強制かは分からないが、入院期間は1ヶ月という予定だった。

最初は保護室からスタート。風呂は週3回。男女共同の病院。テレビは各部屋にあった。
喫煙室があって、深夜や明朝以外は自由にタバコが吸える環境だった。
私はとても母親にタバコを持ってきてくれと言えるような状態ではなかったので、結局禁煙することになったが。保護室からは2日ほどで出られた。
私が深く反省しているというのが斉藤先生に伝わったからだった。

実際、本当に反省、後悔、懺悔の毎日だった。
今まで、暴れたり、自分を傷つけたことはあっても、人に怪我を負わせるまでの事をした事は無かった。しかし、元々私の中に残虐性が潜んでいたのかもしれない。
もしかしたらこういうことになるのも、時間の問題だったのかもしれない。

私は生まれながらにして犯罪者の血をひいていたのか、そんなことを考えていた。
121:2011/04/03(日) 01:01:11.64 ID:
一人優しいおじさんが居て、
「おっちゃんは欝やねんけど、兄ちゃんは何で入院してんの?」
と聞かれたので、人に怪我をさせてしまったことを打ち明けてみた。
すると
「カッとなったらな、何も考えられんようになるからな、あかんで。
カッとなったらあかん。冷静に、な。」
と言われた。その後の入院中、カッとなるような事があっても、とりあえず心を落ち着けるようにした。

ある程度感情のコントロールがきくようになってきたのは、この頃からだったかもしれない。
そのおじさんにはボールペンをもらったり、ジュースをおごってもらったり、色々世話になった。
(入院中はボールペンみたいな何でも無いものが意外と貴重だったりする。)
この病院ではそれほどおかしな人は居なかった。
認知症の進んだ人は何人か居たが、
1ヶ月半居た間に保護室に入れられた人は数人だけだったし、そのうちの半分は
「ちょっと不穏な感じですから、保護室で様子を見ましょうか。」
という平和的な方法で入れられた。
(もちろん、もう半分は看護師に引っ張られて入れられたわけですが。)

ただ、テレビのリモコンを1人で独占しているおっさんは皆に嫌われていた。
122:2011/04/03(日) 01:04:10.17 ID:
途中、バウムテスト、ロールシャッハテスト(※7)とIQテストを受けた。
バウムテストとロールシャッハテストの詳しい結果は知らせてもらえなかったが、
IQテストの数値は母によるとS病院で受けた結果とほぼ同じだったらしい。
(IQテストの詳しい数値も患者には知らせてもらえない。
テストを受けるだけ受けさせておいて、詳しいことは何一つ教えてくれないのだ。)

入院して3週間ほど経ったある日、退院日を決めるために母と祖父母が病院にやってきて、
私と斉藤先生、ケースワーカー、臨床心理士と家族の合計7人で話し合いが行われることになった。
話し合いはまず、私抜きで行われた。
患者がいると話しにくい事などが沢山あるので(というかそれがほとんど)
患者は話が済んでから呼ばれるのが普通。

そこでまたもや母親が私の飲酒問題についてあれこれと話したらしく、
最終的に私が話し合いに加わった頃には、退院の話からは完全に逸れていて、
「言いにくいんですが、あなたはアルコール依存症(※8)なんです。」
という話になった。
家族はみな深刻な顔をしていたが、喜怒哀楽のうちどれかというと、
怒と哀が混ざり合ったような感じだった。
そして、アルコール依存症を治療するため、別の医療機関に転院するということになった。
つまり、退院は取り消しになったと言うわけである。

結局私は転院先の病院が見つかるまで、合計1ヵ月半K病院に居た。
年越しも病院だったのだが、できれば「M-1グランプリ」と「ガキ使の笑ってはいけない」は
家で酒を飲みながらゆっくり見たかったなーというのが本音だった。
今考えれば、どこまで呑気なんだろうと呆れてしまう。


※7 
左右対称になったインクの染みを見せられて、何が見えるか答える。 
その後、何故そう見えたのかも答える。 
バウムテストと同様、非常に有名なテスト。 
詳しい結果は聞かせてもらえなかった。 

※8 
昔は慢性アルコール中毒と言われていた。 
いわゆるアル中。  
124:2011/04/03(日) 01:07:12.77 ID:
転院先の病院はアルコール治療専門の病院であるA病院になった。
この病院も種類的には精神病院なのだが、今まで入院してきたO病院・S病院・K病院とは違い、
開放病棟(※9)となっていて、これが私にはたまらなく嬉しかった。
また物の持ち込みも比較的自由になっており、パソコン(ネット可!)、ケータイ、
携帯ゲーム機、お菓子、調味料、タバコ、ヒゲソリ、ほとんどのものが自由である。

逆に禁止されているのは、アルコール、薬物くらいである。
自宅から遠く離れた田舎にある病院なのだが、
敷地内には猫、野鳥などの野生動物が数多く生息しており、
これが私の荒んだ心を癒してくれた。
入院患者の多くが特に猫をかわいがっており、
朝食に支給されるパンの一部を餌として与えている者が多かった。
私はいつもパンを窓際に置いていた。
こうしておくと、野鳥がやってきて、数分もすると無くなってしまうのである。
これが私の毎朝の楽しみであった。

この病院では現金の所持が許可されいるため、当然近くのコンビニなどで酒を買って飲むものが出てくる。こういった者は見つかり次第、隔離室に入れられる。
ただ、その期間はさほど長くはなく、ほとんどの者が数日で出てきているようだった。
私はO病院の隔離室で懲りていたので、酒を飲もうなど考えもしなかった。
これは精神病院に共通する事だが、治療などあってないようなもので、
ただ薬(※10)を飲まされて、たまに断酒会(※11)に出席する程度のものである。

入院して最初の頃は「酒は体に悪いんだよー!」という学習会のようなものがあるが、
これも数回で終わってしまう。
本当に、精神病院は薬を飲んで寝ているだけの場所なのだ。


※9 
外に自由に出られる、いわゆる普通の内科病院と同じ病棟。 
鉄格子や強固なガラスで出来たドアなど存在しない。 
逆の場合を閉鎖病棟と呼ぶ。 
閉鎖病棟の苦しさは入ってみないと分からない。 

※10 
薬は精神安定剤と抗酒剤。 
抗酒剤は普通の人にとって馴染みの無い薬だと思うが、 
簡単に説明すると、体を極端に酒に弱い体質にしてしまう薬である。 
酒が体に入るとアセトアルデヒドに分解されて、それが最終的には水と炭酸ガスになるが、 
抗酒剤を飲んでいると、アセトアルデヒドの分解が妨害されて、非常に苦しい思いをする。 
アセトアルデヒドは毒性の強い物質で、動悸、嘔吐、顔面紅潮の原因になると言われている。 
抗酒剤を服用しながら酒を飲んだ人の話を聞くと、大半の人が 
「心臓が物凄い勢いで鼓動して、頭がくらくらして、死ぬかと思った」 
と語る。そのまま救急車で運ばれる人も少なくない。 
抗酒剤には液体のシアナマイドと粉状のノックビンがある。 
前者は即効性があるものの、効果が1日しか持続しない。 
後者は即効性こそないものの、効果は1週間ほど持続すると言われている。 
私は両方を服用した。

※11 
文字通り、酒を断つ為の集まり。 
アル中のおっちゃんが集まって、 
「私は酒を飲んで、こんな失敗をやらかしたんですわ。」 
という話をし合って、酒を断つ意味について話し合う。 
中にはやたらと感情を込めて、格好つけて話をする人もいる。 
昔の失敗談を掘り起こす事によって、喉もと過ぎれば熱さ忘れがちな事も、 
忘れないで断酒を継続していくのが目的。 
「断酒○年継続の××さん」といった形で表彰されることもある。 
中には30年とか40年も断酒している人も。 
近年女性のアル中患者(アメシスト)が急増しているらしく、おばちゃんもちらほら見られる。 
合言葉は「一日断酒」「例会出席」。 
ちなみに全日本断酒連盟は略すとZDRと言う。ちょっとカッコイイ。  
125:2011/04/03(日) 01:07:14.67 ID:
みんな自制が効けば良い世の中なんだがな
126:2011/04/03(日) 01:07:20.20 ID:
このスレ楽しい
129:2011/04/03(日) 01:10:34.98 ID:
入院患者のごく一部には、見るからに「アル中のおっちゃん」のような人もいるが、
残りの人は普通のサラリーマンみたいな人か、定年退職したおじいちゃんのような人が多い。

患者の種類は路上生活者、生活保護を受けている者から、
サラリーマン、中小企業の社長さんと言った方から、
中には元自衛隊、大学教授(!)といった人までいた。
アルコール依存症はどんな人格者であろうと、どんなに屈強な精神力をもつ人であろうと、
誰もが発症する可能性のある病気なのである。

また、アルコール依存症は進行性の病であるのと同時に、完治はしないので、
治療方法は「断酒」、これしか無い。
それから、認知症が進んでいる人もわりと多くて、
私も以前病室が一緒だった人に「どうも、元気にしてますか?」と声をかけてみると、
「あ?お前誰や?」と言われたことが一度ある。
物覚えが極端に悪くなってきた場合、コルサコフ症候群となったり、
大脳が萎縮してきたりするとアルコール痴呆となる。

萎縮で思い出したが、長年にわたって大量のアルコールを摂取してきた人は、
CTを取ってみると大体前頭葉の萎縮が見られる。
前頭葉が萎縮すると感情の抑制が効かなくなったり、
二者択一的な考え方しかできなくなる、という風なことを聞かされた。実に恐ろしい。
130:2011/04/03(日) 01:10:39.01 ID:
追いついた

俺は興味深く見てるからな

>>130 
ありがとうございます。嬉しいです。  
131:2011/04/03(日) 01:12:13.73 ID:
酒は初めて呑んだ時ぶっ倒れた以来呑んで無いなぁ

>>131 
アセトアルデヒドの分解が苦手なんでしょうね。 
アル中になる確率はきわめて低いですwよかったですね。
132:2011/04/03(日) 01:12:50.49 ID:
この病院は一応種類としては精神科なのだけれども、入ってくる人は
「ただ酒の量がコントロールできない」だけの人が大半なので、他の精神病院のように、
極端におかしな人は居ない。みな酒が入っていなければごく普通の人間だ。
それから風呂に入ってみると、上半身に立派な彫り物をした方がかなり多かった。
流石に現役の方ではないと思うが、そちらのスジの方も相当多いと推測される。

大阪のアルコール専門病院でS病院というのがあるのだが、
ここには吉本の大物芸能人Nも入院したとか。
芸能人にも隠れアル中はきっといるでしょうね。特に大物は。
A病院では、合計3ヶ月入院していたが、心身ともに健康的な生活を送っていた。
特に精神面において健康的な生活を送れたのは、開放病棟であったというのが大きかったと思う。
このおかげで「断酒して、生まれ変わろう!」という前向きな気持ちになれたし、
O病院、S病院、K病院では常にイライラ・抑鬱状態だったのとは対照的に、
毎日を落ちついて過ごすことが出来た。

A病院での日々はわりと平凡だったため、ここで書いて面白いようなことはあまり無い。
退院後は断酒会ではなく、AA(※12)に通った。

※12
Alcoholics Anonymousの略。
アルコホーリクスはアルコール依存症者、
アノニマスは匿名や無名といった意味。
アメリカで生まれた断酒の為の集い。
断酒会では本名を名乗らなくてはならないが、AAでは別にニックネームでもいい。
ファーストネームやイニシャルを名乗る人も多い。
プライベートもどこまで明かすかは、本人次第。
また断酒会は会費制だが、AAは献金で成り立っている。
参加するたびに献金袋が回ってくるのだが、
大体100円(今日1日ワンカップ飲まないでいられたなら、それを献金しようという発想)
くらいが目安と言われた。
断酒会に比べると、神やハイヤーパワーという単語が出てきて、やや宗教っぽさがあるのが特徴。
ちなみにDream Theaterという有名なバンドがAAの12ステップを題材にして作曲している。

135:2011/04/03(日) 01:14:58.98 ID:
いまのところ、酒は断って、再入院することも無く、穏やかに暮らしている。
以上!

このスレを見ている中高生、私のような過ちを犯さないでくださいね。
精神的な不調があれば、ためらわず心療内科などを受診することをお勧めします。
ガンと一緒で、酷くなる前に、専門家に助けてもらいましょう。
ただ、入院に関しては慎重になったほうがいいですよ!
入院前に、主治医になる先生と話して、どういう治療計画なのか、
外出は許可されるか、読書はOKか等々、事前に調べておいたほうがベターだと私は思います。

何か質問があれば、興味本位でもいいので、何でも聞いてください。
私に答えられるものなら何でも答えます。
136:2011/04/03(日) 01:16:13.46 ID:
これ本だせるんじゃね?

>>136 
本にするならもっと書けますよw 
ここに書いたのはほんの一部なので。 
137:2011/04/03(日) 01:16:28.49 ID:
答:酒はやめとけ

>>137 
私の場合、根本的な原因は酒ではないので何ともいえないですね。 
138:2011/04/03(日) 01:16:42.59 ID:
足首に鉄球とかはめられるの?

>>138 
それムショです。 
139:2011/04/03(日) 01:22:50.39 ID:
閉鎖病院やべーな・・・

>>1はこれから将来何やるつもりなの?

>>139 
フツーにサラリーマンやるしかないですね。 
これと言って資格もってるわけじゃないですし。 
140:2011/04/03(日) 01:22:57.23 ID:
思ったより酒はキツイんだな

>>1がドリムシ好きかちょっと気になる

>>140 
メンバー全員好きだけど、やっぱりラブリエは格別愛してますね。 
マイク・ポートノイ抜けちゃったのが寂しい。
141:2011/04/03(日) 01:23:14.59 ID:
今何歳?

>>141 
22の大学1年生です。
145:2011/04/03(日) 01:28:12.65 ID:
まさにお酒は楽しく、ほどほどに。だな
146:2011/04/03(日) 01:29:25.91 ID:
>>145
でも、ほどほどに飲んできてある日突然酒量が増えてアル中になった
って人結構いましたからね。ほんと、いつなるか分かりませんよ。
147:2011/04/03(日) 01:30:10.60 ID:
スレ読んだ感じ精神病院って入る方も嫌なんだろうけど、そこで働いてる人はもっと嫌なんじゃない?てか、怖くない?

>>147 
それも病院によって全然違うんですよ。 
O病院はスタッフも患者も結構殺伐としてたんですが、 
他の病院は看護士と患者が友達みたいな感じで、和気藹々としてました。 
ほんっと、場所によって全く違うんです。 
148:2011/04/03(日) 01:30:18.73 ID:
中島らもの作品を読んでる感覚だった
興味深い話しだったわ!
読ませてくれてありがとう

>>148 
ホントですか、初めて立てたスレでそういって頂けると嬉しいです。 
156:2011/04/03(日) 01:41:02.32 ID:
IQはやっぱ高かったの?
まあ聞くまでも無いか

>>156 
言語性130 動作性100くらいです。 
言語性の方は検査するたびに5くらい変動します。 
動作性の方は最初計ったとき75だったらしいです。 
157:2011/04/03(日) 01:41:26.54 ID:
このスレすごい楽しかったぞ

>>157 
アザーッス! 
158:2011/04/03(日) 01:42:04.83 ID:
すごく読みやすかったよ
文章書くのうまいなうらやましい

159:2011/04/03(日) 01:44:23.46 ID:
>>158
ホントですか?
私作文とか超苦手だったんですけどね。
164:2011/04/03(日) 01:51:37.56 ID:
>>159
学校の作文では文才は計れないもんだよなあ、やっぱ

ってか>>1が異常だとは俺には思えない
極論かもしれないが、規律や統制、標準化を強要する社会こそ異常だと俺は思う
最初に出てきた上条医師やその病院なんか端的な例で、読んでるだけでむかむかしたわ
166:2011/04/03(日) 01:55:50.51 ID:
>>164
ウーン、人が異常かどうかっていう判断は難しいですよね。
全く異常でない人間は勿論いませんから、結局程度の問題なんでしょうね。
私の場合、周りに著しく迷惑をかけていた訳ですから、
社会的に見ればやっぱり異常者ってことになるんでしょう。
171:2011/04/03(日) 02:07:06.63 ID:
質問もないようなので、そろそろ寝ます。
見ていただいた方、ありがとうございました。
それでは、精神病院選びは慎重に・・・!
168:2011/04/03(日) 02:03:03.07 ID:
すごく面白かったです。

本にしてほしいくらい興味わいたし読みやすかったです。
172:2011/04/03(日) 02:10:16.53 ID:
なかなかタメになった。
>>1乙
174:2011/04/03(日) 02:20:53.55 ID:
ビールうめえええええええええええええええwwwwwwwwwwwwwwwww
175:2011/04/03(日) 02:25:31.95 ID:
>>174
アル中になって入院しろwww
元スレ: