439:2012/08/26(日) 02:32:44 ID:
※前スレ→('、`*川 フリーターと先生の怪奇夜話、のようです (´・_ゝ・`)

雨が降っていた。
 低く唸る風と共に降りしきる、大雨だった。


(´・_ゝ・`)「失礼しますね」

(*゚ー゚)「ええ」

 先生が、向かいに座っているお婆さんの右腕を持ち上げる。
 着物の袖を捲り、肉の薄い腕に先生の指が触れた。

 お婆さんの手は、だらりと垂れている。
 先生は肘の内側を強く押した。

(´・_ゝ・`)「痛くありませんか」

(*゚ー゚)「痛くありませんねえ」

 がたがたと窓が鳴った。
 私は、びくりと身を竦ませる。
 そんな私の様子に、お婆さんが少し笑った。

440:2012/08/26(日) 02:33:22 ID:
私は水出しの緑茶を口に含み、雨が叩きつけられている窓を一瞥した。

 薄暗い。
 そろそろ夜が来る。



   第十三夜『猫とノコギリ』


.
442:2012/08/26(日) 02:34:17 ID:
この日は明るい内から神社に連れていかれた。
 昔、境内で焼身自殺を図った男がいたとかで、その霊が出ると噂される神社だった。

 が、成果はゼロ。

(´・_ゝ・`)『やっぱ夜の方が良かったかな』

('、`*川『また夜に来るつもりなら1人で来てよね』

 坂の上にある駐車場へ向かう最中、お婆さんとすれ違った。

(*゚ー゚)

 着物姿の、どことなく上品な雰囲気を漂わせた人だった。
 70代にはなっていそうな。
 足が悪いのか、左手に杖を握っている。
443:2012/08/26(日) 02:35:57 ID:
(´・_ゝ・`)『何じろじろ見てるの』

 立ち止まってお婆さんの背中を目で追う私に、先生が問う。

('、`*川『……なんか』

(´・_ゝ・`)『うん?』

('、`*川『あの人の背中、誰かくっついてた』

 すれ違いざま、彼女の肩越しに、一瞬だけ人影が見えた。
 先生は私の囁きを聞くと、お婆さんに目をやった。

(´・_ゝ・`)『焼死体?』

('、`*川『そういう感じじゃなかったと思う……』

 焼死体がどんなものか知らないけど。
 何となく、この土地のものじゃなく、あのお婆さんに「憑いている」ものに思えた。

 私達の視線の先で、お婆さんは左足を庇うようにして坂を下っていく。
 不意に、お婆さんの足が揺れた。

 お婆さんがその場にしゃがみ込む。
 私は踵を返し、彼女に駆け寄った。
444:2012/08/26(日) 02:37:08 ID:
('、`;川『大丈夫ですか?』

(*゚ー゚)『ええ……すみません……』

 お婆さんは私の腕に掴まり立ち上がろうとするが、上手くいかない。
 いつの間にか近付いていた先生が、「どうしました」と問い掛ける。

(*゚ー゚)『左足に力が入らなくて……』

('、`*川『救急車呼びます?』

(*゚ー゚)『いいえ、病院に行くようなことじゃありません。
     ……すみませんが、すぐそこに私の家がありますから、孫を呼んできていただけませんか』

('、`*川『あ、おんぶしましょうか。近くならお連れ出来ますよ』

 色んなバイトをしている手前、力仕事も結構やらされてきた。
 正直、そこらの女よりは腕力もある。と思う。
 小柄なお婆さん1人、どうってことない。

 しかし先生は私を押しのけると、お婆さんの腰と膝の裏に腕を回し、抱え上げた。
 横抱き。お姫様抱っこ。
 お婆さんは左手で先生の肩に掴まった。
445:2012/08/26(日) 02:38:45 ID:
(*゚ー゚)『あ……』

(´・_ゝ・`)『こちらの方が都合がいいでしょう』

 お婆さんの右腕がぶらぶら揺れる。
 片腕が不自由なのだと、私はそのときに気付いた。
 左手だけでしがみつくしかないのだから、急な坂では、おんぶは危険だったろう。

 それに彼女は和服だから、背負ったら裾が乱れていた筈。
 そう考えると、先生の抱えかたの方が彼女のためになる。

 自分の気の回らなさを恥じ、私はお婆さんの右手をとって、彼女のお腹に乗せた。
 揺れるままにしておくのも、どうかと思ったのだ。
 それから杖を拾い上げておく。

(*゚ー゚)『ごめんなさいね……ありがとう……』

(´・_ゝ・`)『お宅はどちらに?』

 先生が、坂の上と下を交互に視線で示す。
 お婆さんは下に行ってほしいと答えた。
 散歩帰りだったのだという。
446:2012/08/26(日) 02:40:16 ID:
坂を下りる。
 典型的なインテリ派に見える先生だけれど、案外、力持ちだ。お婆さんが軽いのもあっただろうけど。
 家に近付いた辺りで、先生が口を開いた。

(´・_ゝ・`)『そこの子がね、あなたの後ろに誰かいたーって言うんですよ』

('、`;川『ちょっ』

(´・_ゝ・`)『幽霊みたいなのが、あなたに悪さしようとしてたー……とかね。
        そんなわけないでしょって僕は言ったんですけど』

 言ってないだろうが。
 私は先生を睨んだけれど、先生は何食わぬ顔でお婆さんに微笑んでいる。

(*゚ー゚)『……ギコさんだと思います』

('、`*川『え?』

(*゚ー゚)『私の後ろにいたっていう人。多分、ギコさんかと』

(´・_ゝ・`)『ギコさん?』

(*゚ー゚)『幽霊です』
447:2012/08/26(日) 02:41:09 ID:
2階建ての家の前に辿り着く。
 私は先生の代わりにインターホンを押した。

 ──そのとき、頭に何か当たった。
 空を見上げる。ぽつり、今度は顔に。
 やがて、それはぽつぽつと私達や敷石を打ち始めた。

('、`;川『げ』

 雨だ。

(´・_ゝ・`)『予報より早いね』

 徐々に強まっていく雨。
 そこに、ドアを開く音が交じった。

(*゚∀゚)『あ、祖母ちゃん!』

 顔を出したのは、20代半ばほどの若い女性だった。
 彼女が孫らしい。
448:2012/08/26(日) 02:42:01 ID:
玄関の中に入れてもらい、私と先生は坂でのことをお孫さんに話した。
 彼女は目を丸くさせ、何度も礼を言う。
 お婆さんの左足を見るお孫さんの瞳は、悲しみや怯えに揺れていた。

 お婆さんもお孫さんも、病院に行こうと言い出さないのが気になった。

 とはいえ他人事。あとはお孫さんに任せて解散──とは、いく筈もない。
 だって先生は聞いてしまっている。「幽霊」という単語を。
 それなのに、先生が何もせずに帰るわけがなかった。

 そこから先は、彼お得意のでっち上げと出任せのオンパレード。
 気付くと私達は、「論文のために各地の神社を巡っている教授と学生」になっていた。
 先生はまたもや民俗学を齧っている経済学教授を演じている。

 さらに、車も傘も、タクシーに乗るお金もないという設定まで付け加えていた。
 実際は神社の駐車場に車があるし、傘も車内在中だし、
 お金も先生の財布にぎっしり詰まっている(これはイメージ)けど。

(*゚ー゚)『なら、うちで雨宿りしていってくださいな』

 まんまと──と言うのも何だけど──お婆さんは自分のテリトリーに先生が侵入するのを許してしまった。
 もう先生のペースだ。
 ちゃっかり、言葉巧みに「ギコさん」の話を聞き出す約束も取りつけていたし。素早い。
449:2012/08/26(日) 02:43:11 ID:
お孫さん(つーさんというらしい)は私達を居間へ案内してくれた。
 歩きながら、つーさんと彼女の夫、そしてお婆さんが暮らしている家なのだと教えてもらった。

 つーさんにとって、お婆さんは父方の祖母らしい。
 ただ、つーさんの母(お婆さんにとってはお嫁さんで義理の娘)がお婆さんを……というより、
 彼女に憑いている「ギコさん」を敬遠しているので、
 代わりにつーさんが祖母の世話を引き受けたそうだ。
450:2012/08/26(日) 02:44:23 ID:
説明が長くなったが、私達がお婆さんの家に招かれるに至った経緯は以上である。

 居間にお婆さんと向かい合うようにして座って、お茶とお菓子も出してもらって。
 ようやく本題。


(*゚ー゚)「私の右腕と左足は、『ギコさん』に取られたんです。
     右腕は20年以上前。……左足は、ついさっき」

 話は、この言葉で始められた。

 取られた、とはいっても、彼女の右腕と左足はそこにある。
 「動かなくなった」ことが、イコール「取られた」に繋がるのだろう。
 取られたから動かなくなった、と言うべきか。

 冒頭の通り、先生はお婆さんの右腕に触れて確認した。
 動かないだけでなく、感覚すらないようだ。
451:2012/08/26(日) 02:45:17 ID:
wktk
452:2012/08/26(日) 02:46:41 ID:
(´・_ゝ・`)「そのギコさんっていうのは……。
        あなたと面識のある人だったんですか?」

(*゚ー゚)「元は、野良猫でした」

(´・_ゝ・`)「は」

 ゆったりと答えるお婆さん。
 先生は二呼吸ほどおいて、私を横目で睨んだ。

(´・_ゝ・`)「君、『誰かくっついてた』って言わなかった?
        さも人間の形をした何かがいたかのような表現をしておきながら──」

('、`;川「わっ、私が見たのは人の形だったわよ!」

(*゚ー゚)「お嬢さんが見たのも、ギコさんでしょうね」

 私と先生は、同時に首を傾げた。
 猫が人間? どういうことだろう。
453:2012/08/26(日) 02:48:45 ID:
(*゚∀゚)「お2人、食べられないものとかありますかー?」

 そこへ、つーさんがひょっこり顔を出して訊ねてきた。
 私達が「ない」と答えると、彼女は満足げに頷いて台所へ引っ込んだ。

 晩御飯までご馳走になることになってしまった。
 申し訳ない。

 ばらばらと打ちつける雨の音を聞きながら、お婆さんは口を開いた。

(*゚ー゚)「……ギコさんの名前は、私が勝手につけたものです。
     ノコギリの、ぎこぎこっていう音……」

 お婆さんが、右の袖をさらに捲った。
 肩が露わになる。

 二の腕の真ん中に、細い線条が一本あった。
 薄い刃物で分断した腕を改めてくっつけ直したような、そんな痣だった。


 ここから、お婆さんの話。



*****
454:2012/08/26(日) 02:50:21 ID:
──私が幼い頃に住んでいた土地には、ある野良猫がいた。
 体が大きくて獰猛で、頭のいい雄猫だった。

 田畑を荒らすため、人間からは嫌われていた。
 どんな罠を仕掛けても、ひょいとすり抜けて野菜や干物を奪う。

 猫も生きるのに必死なのだろうが、不作の年が続いていたこともあり、
 「彼」を憎む人間は多かった。

 ある日、ついに「彼」が捕らえられる。

 憎き敵を捕まえた人間達の仕打ちは酷かった。
 猫の足を4本ともノコギリで切断し、瀕死の猫を棒で打ち据え、最後に首をもいで燃やした。

 当時の私はまだ子供で、その行いは見ていなかったが、父から話だけは聞いていた。
 どの大人も、清々したと言っていた。
455:2012/08/26(日) 02:51:20 ID:
ただ、ある女性は猫のことを可哀想だと思ったらしい。
 名士の娘であった彼女は、家の裏手に猫の焼け残った部分を埋め、簡単な墓を作ってやっていた。
 その女性はヒートさんといった。当時、15歳ほどだったと思う。

(*゚ー゚)「こんにちは」

ノパ⊿゚)「やあ、今日も来たか」

 私はたまにヒートさんが作った墓を見に行き、
 山で採った木の実などを供えた。

 ヒートさんは、よく、そこにいた。
 心の優しい人だった。

.
456:2012/08/26(日) 02:52:27 ID:
それが悪かったのだろう。

 10年後、彼女が産んだ子供には、四肢が無かった。

 子供が産まれるまでの間、夜中になると、ぎこぎこという音がしていたそうだ。
 ノコギリで骨を断つ音に聞こえたと、ヒートさんの夫は話していた。

 まるで、彼女の子が、ノコギリで四肢を落とされたかのよう。

 皆は噂した。
 猫に祟られたのだ、と。



*****
457:2012/08/26(日) 02:54:57 ID:
(*゚ー゚)

 お婆さんは、ガラス製の湯飲みに口をつけた。
 私が身じろぎすると、籐椅子がきしきしと鳴る。

('、`;川「祟られた?」

(*゚ー゚)「ええ」

('、`;川「お墓を作ってあげた人が?」

(´・_ゝ・`)「あまり珍しくもないよ」

 肘掛けに右腕で凭れかかり、先生が答えた。

(´・_ゝ・`)「嬲り殺しにされた蛇を憐れんだ人が祟られる、
        車に轢かれた猫の死体に同情した人が取り憑かれる」

(´・_ゝ・`)「直接危害を加えた者じゃなく、心を痛めた人の方にとばっちりが行くってのは
        よく聞く話だ。迷信の域を出ないけど」

('、`;川「そんな……」

(´・_ゝ・`)「まあ、『祟られた』のか『気に入られた』のか、その違いは僕には分からないけどさ」

 どっちにしろ困る。
 先生の「気に入られた」という言葉に、お婆さんは頷いた。
458:2012/08/26(日) 02:56:42 ID:
(*゚ー゚)「祟りよりは、その……気に入られた、というのが相応しいと思います。
     ……ともかく、忌み子だとして、彼女とその子供は、田んぼの傍にある小屋に住まわされました。
     元は農具をしまう場所でしたが、中を空っぽにすると、親子2人が寝るのに充分な広さはありました」

(*゚ー゚)「ご飯は、ヒートさんの家の者が運んでいるようでした。
     それ以外の者は近付いてはいけないと言われていましたので」

 きしきし。
 籐椅子の軋む音。

 私でも先生でもなく、お婆さんの方からしていた。
 彼女は口以外を動かしていないのに。

 一瞬、窓から激しい光が入り込んだ。
 続いて雷鳴。

(*゚ー゚)「……私は2ヶ月に一度ほど、人の目を盗んでは、彼女達の様子を見に行っていました」



*****
459:2012/08/26(日) 02:59:01 ID:
(,,゚Д゚)「……あー」

 ヒートさんの子供が3歳になった頃、私は21歳になっていた。

 子供は知能や言葉に遅れが見られたが、手足が無いなりに、健康に育っているように見えた。
 きっとヒートさんが、私などには思いも及ばないほどの努力をしたのだろう。

 相変わらず彼女の身内以外は小屋に近付かない。
 私は、たまに様子を窺いに行っていた。
 何だか放っておけなかったのだ。

(,,゚Д゚)「うーう」

 その子供はいつも、僅かに突出した「手足のなり損ない」を蠢かせながら、私に近付こうとした。
 私は彼をあやして、ヒートさんと軽い世間話をし、小屋を去る。
 それがいつもの光景。

 会うのは二月に一度ほどの頻度だったが、子供は私を忘れることはなかったらしい。
 ヒートさんいわく、子供は、私が来たときだけ活動的になっていたそうだから。
460:2012/08/26(日) 03:00:20 ID:
(*゚ー゚)「調子はどうですか?」

ノパ⊿゚)「うん……元気だよ」

 ──この頃から、ヒートさんは自身の耳をよく触るようになっていた。

 四肢のない息子を産んでも狭い小屋に閉じ込められても強靱な精神を保っていた彼女だったが、
 息子が3歳になって以来、会う度に弱っていった。


 そして──さらに一年が過ぎた頃だろうか。

 ヒートさんの左腕が動かなくなった。

.
461:2012/08/26(日) 03:01:35 ID:
ノパー゚)「……ははは」

 感覚さえも無くなった腕に右手で触れ、ヒートさんは力なく笑っていた。

 祟りだ。
 彼女の父親は、近隣の住民達にそう話していた。

(*゚ー゚)「……偶然ですよ」

ノパー゚)「違うよ。ふふ。猫だ」

 くすくすとヒートさんが笑う。

 彼女は、耳を指差した。

ノパー゚)「ぎこぎこって。聞こえたんだ」

 ──かつて聞いたのと同様の音が、ここ一年の間も聞こえていたのだという。
 ノコギリで何かを切断するような音が。
462:2012/08/26(日) 03:02:40 ID:
ノパー゚)「この子の手足だけじゃ、気が済まなかったんだな。
     ふふ。それともやっぱり、赤ちゃんの腕と足じゃ、すぐに使い物にならなくなったのかな」

 ヒートさんが、横に転がる子供を右手で撫でる。
 明らかに様子がおかしかった。

ノパー゚)「抱っこも出来なくなっちゃった。ふふふ」

 彼女は私に視線を向け、左袖を捲り上げた。
 二の腕に赤い線条。

 ノコギリで彼女の左腕が切断される様を想像し、背筋が寒くなった。 
463:2012/08/26(日) 03:03:36 ID:
そのとき、後ろから、足音と怒鳴り声がした。
 振り返ると、ヒートさんの家の者が小屋に駆けてきていた。

 近付くなと言った筈だ。
 そう怒号を飛ばし、ヒートさんの父は私の頬を打った。

 倒れ込む私の前で、彼らは、ヒートさんと子供を運んでいった。
 ヒートさんが子供の面倒を見るのが難しくなったから、家へ戻すのだろう。

(,,゚Д゚)

 老婦に抱えられた子供と目が合う。

 その目が、一瞬、猫のそれに見えた。


.
464:2012/08/26(日) 03:06:53 ID:
翌年。私が、他県に住む遠い親戚のもとに嫁いでから間もなく、
 ヒートさんの右腕も動かなくなったと親の便りで知った。

 それから2年後に右足が。
 さらに5年後、ついに左足まで動かなくなったそうだ。

 私は30歳になっていた。
 あの子供は12歳になっている筈だった。


 その年の冬、ヒートさんが亡くなった。
 詳しくは知らないが、首を切断するような事故があったという。

 葬儀のために、私は、一旦故郷に戻った。

 ──ヒートは頭がおかしくなっていたから、父親が殺したのだ──
 そんな噂もあったが、私には真実は分からなかった。

 ただ、日を同じくして子供も死んだそうだから、
 厄介払いとして母子共々殺された可能性はある。
 少なくとも、そういう発想が出来るほどの「空気」があの家にあった。

 ヒートさん達は手厚く弔われた。
 正直なところ、私には、猫の祟りがこれ以上起こらないようにするための供養に思えたけれど。

465:2012/08/26(日) 03:07:49 ID:
その葬儀の最中、変なものを見た。

 小さな体に不釣り合いな、長い手足を生やした少年だった。

 何かを探すように、人と人の間をゆっくり移動する。
 誰も気付いている様子はない。

(,, Д )

 遠目に見た横顔は、ヒートさんの息子に似ていた。
466:2012/08/26(日) 03:09:32 ID:
手足は、ヒートさんのものだ。
 直感でそう思った。

 途端、どくどく、心臓が痛むほど鼓動が激しくなる。
 彼が私を探している気がしてならない。

 しばらく俯いていると、いつの間にか、彼はいなくなっていた。
 ほっと息をつく。


〈みうえあ〉


 耳元で声。
 「見付けた」。舌足らずに、そう言われたように聞こえた。


.
467:2012/08/26(日) 03:11:16 ID:
──以来、彼は私の傍に居続けた。
 時折、ふっと鏡などに映り込んで姿を見せる。

 年月を重ねるごとに、彼も歳をとっていった。
 私が35、彼が──生きていれば──17歳になる頃には、彼の胴体と手足はバランスがとれていた。
 いや、男の体に女の手足では、やはり多少の違和感はあったけれど。

 そのときまでは、彼はただ傍にいるだけだった。
 でも、何となく、とある予想は出来ていた。

 ──いずれヒートさんから奪った四肢も使い古してしまえば、
 今度は私の腕や足を狙うようになるのだろう。

 そんな予感。

.
468:2012/08/26(日) 03:13:01 ID:
彼はヒートさんの息子ではない。
 人間の手足を使いこなすために息子の体とヒートさんの四肢を借りた、猫なのだ。

 何故だかそう思えた。

 彼は──ギコさんだ。
 ノコギリで、ぎこぎこと手足を切り落とす猫。
 ギコさん。

 名前をつけると、一層、その存在が確かなものになった。



*****
469:2012/08/26(日) 03:15:13 ID:
(*゚ー゚)「ある日、鏡に映ったギコさんから右腕がなくなっていました。
     それから毎晩、ふと耳を澄ますとぎこぎこと音がするようになって、
     右腕に細い痣が浮かんできて……」

(*゚ー゚)「……一年すると、私の右腕が動かなくなりました」

 話が終わりに近付くにつれ、雨も弱まっていった。
 私はお婆さんから目を逸らしながらお茶を飲む。

 彼女を見ていると、その背後に「ギコさん」まで見えそうな気がしたから。

(´・_ゝ・`)「病院には行ったんですか?」

(*゚ー゚)「はい。お医者様に診てもらっても、原因は分かりませんでしたよ」

(´・_ゝ・`)「……じゃあ、寺とか神社とか、そういうところは」

(*゚ー゚)「……行く気になりませんでした」
470:2012/08/26(日) 03:18:40 ID:
('、`;川「どっ……どうしてですか? もしかしたら何とかなるかもしれないのに……」

(*゚ー゚)「だって、ギコさんを殺した人間の中には、私の父も含まれていましたから。
     父の代わりに──私が詫びたいという気持ちが、どこかにあるんです」

(´・_ゝ・`)「このまま、残った左腕と右足もくれてやるつもりですか」

(*゚ー゚)「勿論。……つー達には、迷惑をかけてしまいますけれど」

(´・_ゝ・`)「そういえば、お孫さん達には、ギコさんとやらについて話してるんですか?」

(*゚ー゚)「みんな、何度かギコさんを見てはいるようですけど……詳しくは説明していません。
     あ、でも、つーにだけは話してあります。
     彼女は昔から私に懐いてくれていたから、隠し事をしたくなくて」

(*゚ー゚)「優しい子でしてねえ……私のこともギコさんのことも、『可哀想』だと言ってくれました」

 玄関先で見せた、つーさんの複雑な色合いの瞳を思い出す。
 彼女はギコさんについて知っていた。
 だから病院に連れていくとは言わなかったのだろう。
471:2012/08/26(日) 03:20:23 ID:
ふと。
 一通り記憶を巡った私の思考が、凍った。

 すぐに解凍し、もう一度、初めから辿る。
 思考が深まるほど、雨の音が意識から遠ざかる。


 恐々、お婆さんの足元に視線をやった。
 籐椅子の向こうに、2本の足。

 右足はぼろぼろで、こそげた肉の間から骨が覗いている。
 対する左足は綺麗だけれど、右足とは、細さも形も違う。
 まるで、老人のようだ。

('、`;川「……っ」

 瞬きすると消えた。
 錯覚か──それとも、彼が、ギコさんが、そこに。
472:2012/08/26(日) 03:23:31 ID:
顔を上げる。
 お婆さんが、優しい表情で私を見た。

(*゚ー゚)「少し、気味の悪い話だったかしら」

('、`;川「いえ、あの、」

 口の中が、からからだ。
 緑茶を飲み干し、横目に先生を見る。

 私が気付いたのなら、先生だって気付いている筈。
 それでも先生は何も言わない。

 私が訊ねるしかないのか。
 あるいは訊ねるべきではないのか。

 迷いながらも、口は動き出していた。

.
473:2012/08/26(日) 03:24:09 ID:
dkdk
474:2012/08/26(日) 03:25:00 ID:
('、`;川「……もし、あなたの全ての手足を、ギコさんが持っていってしまったとして──」


 ──直接危害を加えた者じゃなく、心を痛めた人の方にとばっちりが行く──

 猫を弔ったヒートさんとお婆さんに、ギコさんは憑いた。
 ヒートさんが亡くなった後には、わざわざお婆さんを探してまで。

 ──優しい子でしてねえ……──

 つーさんは。
 ギコさんを、可哀想だと言った。


('、`;川「……あなたの腕も足も使いきってしまったら、
     ギコさんは……それからどうするんでしょうか」


 お婆さんと視線を絡ませる。
 隣で、ふう、と先生の溜め息が聞こえた。

 お婆さんの笑みが深くなる。

(*゚ー゚)

.
475:2012/08/26(日) 03:25:29 ID:
「さあ?」



.
476:2012/08/26(日) 03:26:00 ID:
窓の外が光った。

 雷光を映した彼女の瞳は、猫を彷彿とさせた。



*****
477:2012/08/26(日) 03:26:59 ID:
私はぐったりと助手席のシートに凭れかかった。

(´・_ゝ・`)「お腹空いたな」

 エンジンを入れながら、先生が呟く。

 ──あれ以上あの場にいたくなくて、
 私はつーさん逹に謝り倒してから家を飛び出し、神社の駐車場へと逃げた。
 多少の雨に濡れてしまったけど、そんなことに構う余裕はなかった。

 未だに動悸が収まらない。
 よく分からないけれど、お婆さんが恐くて仕方がなかった。
478:2012/08/26(日) 03:29:27 ID:
(´・_ゝ・`)「……それにしても伊藤君は怖がりだね。
        猫に憑かれたってだけの話じゃないか」

('、`;川「『だけ』? だって、だってあの人、自分の孫を……──」

(´・_ゝ・`)「うーん……あの人っていっても、もうほとんど『ギコさん』に侵食されてた気もするな」

 先生は顎を摩る。

(´・_ゝ・`)「たしかに、優しいからこそ取り憑かれるなんて、怖いというか虚しい話だけど。
        そういうことが起こってしまったから、彼女逹はああいうことになったわけで。
        気の毒だなあ、で済むことじゃない?」

('、`;川「気の毒って……それだけ?」

(´・_ゝ・`)「じゃあ、君はどうしたいの?
        助けたい? でも君はこうやって逃げてきたよね?」

('、`;川「う……」

(´・_ゝ・`)「それは、直感で『関わりたくない』と思ったからじゃないの?
        物理的に何とかなる問題ならともかく、こういった話の場合は、
        そういう直感に従った方がいいと思うよ」

(´・_ゝ・`)「君の本能が下した危険信号ってやつだろうからさ。
        ──あの人の話で学んだでしょ? 同情して無闇に首突っ込むのも考えものだよ。
        人としては立派でもね」
479:2012/08/26(日) 03:31:08 ID:
発想がすごいな、支援
480:2012/08/26(日) 03:33:23 ID:
車が動く。
 先生のお腹が鳴るのが聞こえたので、指示される前に、
 携帯電話で近場のファミリーレストランを調べた。

(´・_ゝ・`)「……好奇心は猫を殺すとはよく聞くけど、同情心は猫に殺されるわけだね。
        面白いね伊藤君」

('、`;川「面白くないわよ」

 結局、彼女逹のことは放置するしかない。

 やるせない気持ち。
 無力感。
 そう。無力。

 度々感じていた。
 幽霊だとか何だとかを見るだけ見て、そこから私がどうこう出来るわけでもない。

 そもそもこんなに色々見えるようになったのも、先生と出会って変なことに巻き込まれ始めてからだから、
 貞子ちゃんみたいに、こなれた様子で対処しろと言われても困るけど。
481:2012/08/26(日) 03:33:28 ID:
ただでさえつかれやすいもんな伊藤くん
482:2012/08/26(日) 03:35:21 ID:
まとわりつく後味の悪さと恐怖を、無理矢理に取っ払う。

 携帯電話を膝の上に置き、遠ざかっていく神社をバックミラーで確認しながら両手を打った。

 真っ暗な夜の中、さらに暗い闇をそこに固めたような、黒い人。
 焼け焦げた人に見える「それ」は、石段の前に佇んでいる。
 あの神社、本当に出るらしい。

('、`*川(というわけで私は何も出来ないので、今回はお互い無視することにしましょう)

 先生に毒されている気もしたが、別に、私の判断は間違っていない筈だ。
 背負う必要のない責任は置いていけばいい。
 こうして人は強くなるのである。





第十三夜『猫とノコギリ』 終わり
485:2012/08/26(日) 03:38:54 ID:
今夜はこの辺で

『幽霊が出るコンビニ』 >>1-24

『心霊写真』 >>32-67

『いわくつきラブホテル』 >>73-96

『遊女の人形』 >>102-132

『憑かれた青年の話』 >>145-172

『祠とキツネ』 >>184-204

『つきまとう影』 >>212-243

『呼ばれる』 >>255-276

『おばけバス』 >>284-302

『長い首』 >>308-346

『可哀想なこっくりさん』 >>355-394

『海の夢』 >>403-430

『猫とノコギリ』 >>439-482
486:2012/08/26(日) 03:48:02 ID:
この発想はなかった
なるほど…乙でした
487:2012/08/26(日) 03:52:21 ID:
おつ こええ…
488:2012/08/26(日) 04:04:46 ID:
猫好きだから辛いし怖いしもうどうしたらいいかわらかん乙
490:2012/08/26(日) 10:01:08 ID:
怖いけどやっぱ面白いな、乙
496:2012/08/29(水) 10:16:03 ID:
( ゚д゚ )「……卑猥なことを考えると、霊が寄ってこないってネットで見た」

 ミルナさんが呟く。
 青ざめて震えている彼に、果たして「卑猥なこと」を考える余裕があるのかは、甚だ疑問だった。

('、`*川「……まあ、頑張ってください」

 私は適当に答えて、前を歩く先生の背中に目をやった。


 ──場所は小学校の2階廊下。時刻は深夜1時。
 小学校といっても、もはや通う生徒も教師もいない廃校だ。
 ありがちな心霊スポット。結構有名だそうだけど。

 バイト帰りに先生の車に引っ張り込まれたときには、既にミルナさんが助手席に乗っていた。
 なんでも、初めは彼だけを連れていく予定だったのに、
 私を見付けたミルナさんが「どうせだから3人で行きましょう」と先生に訴えたらしい。

 多分、自分だけが犠牲になるのを嫌ったミルナさんが
 私を道連れにしようとしたのだろう。
497:2012/08/29(水) 10:17:15 ID:
思い出したら腹が立ってきたので、隣を歩くミルナさんを睨んだ。
 それに気付いたミルナさんが、ごめん、と口を動かす。

(´・_ゝ・`)「こういう場所で、こっくりさんやりたいなあ……」

 教室を覗き込み、中を懐中電灯で照らしながら先生が言う。
 備品などからして、ここは理科室らしい。
 壁に落書きがされていたり、床に割れたガラスが散乱していたり。随分荒らされている。

 有名な心霊スポットということは、それだけ多くの人が来るわけで。
 こういうところに来るのは、大抵、常識に欠けた人逹なわけで。
 この理科室に限らず、校内は散らかり放題だった。

 ちなみに前述の「常識に欠けた人」は先生も含まれる。

(;゚д゚ )「こ、こっくりさんって、何言ってんですか先生!」

(´・_ゝ・`)「すごいのが来そうだと思わない?」

(;゚д゚ )「その『すごいの』が来て喜ぶのは先生だけでしょうよ」

(´・_ゝ・`)「でも準備もしてきたんだよ」

 先生が、懐から折り畳まれた紙を出した。
 広げたそれに書かれているのは、例の、鳥居とか五十音とか。

 すかさずミルナさんが紙を奪って破いてポケットに突っ込んだ。
498:2012/08/29(水) 10:18:47 ID:
( ゚д゚ )「……ただ校内を歩いて回るだけって約束の筈ですが」

(´・_ゝ・`)「ミルナ君は厳しいなあ……。
        伊藤君は単純だから何だかんだで絆されてくれるのに」

('、`*川「え? 何? 急に馬鹿にされた?」



   第十四夜『廃校闊歩』


.
499:2012/08/29(水) 10:21:11 ID:
(´・_ゝ・`)「──昔、低学年の生徒と教師で遠足に行ったそうだ」

 3年生の教室。
 真ん中の席に腰掛けた先生が、この学校が心霊スポットたる所以を語り始めた。

 聞きたくもなかったしさっさと帰りたかったのだけど、
 先生が「帰る」と言わない以上、私とミルナさんは先生に付き合うしかない。

 何せ車で2時間以上もかけて連れてこられた挙げ句、
 ここが何という土地なのかすら私は知らないのだ。1人で帰るのは難しい。
 校門にあった銘板も落書きまみれで読めなかったし。

(´・_ゝ・`)「行く途中で落石があって、生徒達の乗っていたバスがそれに巻き込まれた」

(;゚д゚ )「……まさか死人が出たとか」

(´・_ゝ・`)「全員死亡──っていう噂もあるけど、それはちょっと脚色されてるね。
        3分の1は生き残ったみたいだよ」
500:2012/08/29(水) 10:22:20 ID:
('、`;川「3分の1って、じゃあ他の子は亡くなったの?」

(´・_ゝ・`)「うん。それと引率の教師は3人全員無事だった」

 先生が口を閉じる。
 途端、静けさが場を包んだ。
 耳を澄ましたら何かが聞こえてしまいそうで、私は首を振った。

 机の上に立てられた懐中電灯は天井を照らし、
 机を囲む私逹には、申し訳程度の光しか与えていない。

('、`*川「それから、どうなったの」

(´・_ゝ・`)「もともと地域の子供が少なくなってきてたのに加え、
        その事件で生徒が大幅に減ってしまった。
        間もなく他の小学校と合併して、こっちは廃校になったらしい」

 先生は腰を上げた。
 懐中電灯を持ち、窓辺に寄る。
501:2012/08/29(水) 10:24:15 ID:
ちょいちょいと先生が指で「来い」というような仕草をしたので、私は先生の隣に移動した。
 私を見た先生が、にやりと笑う。

 少し間をあけ、私は振り返った。
 笑みの理由を悟る。

(´・_ゝ・`)「ほらね、伊藤君って単純だろう」

(;゚д゚ )「単純っていうか、警戒心が薄いだけじゃ……」

 ミルナさんは椅子に座ったままだった。

 そうだ、先生がわざわざ移動して呼ぶ時点で、何かしら企んでいる可能性が高い。
 ろくに考えずに付いていく私は、自分で言いたくないが、馬鹿だ。
 今更だけど。

 先生は窓を開け、腕を外に出して懐中電灯を前方へ向けた。
 数メートル先に窓がある。
 その向こうは、ここと似たような作りの教室だった。
502:2012/08/29(水) 10:25:07 ID:
(´・_ゝ・`)「左側が1年生、右側が2年生の教室」

('、`;川「遠足行った学年?」

(´・_ゝ・`)「そう。
        あそこが、一番『出る』んだって」

 私は目を逸らした。
 見て堪るか。

(´・_ゝ・`)「ネットで見た体験談によると、子供の笑い声が聞こえたとか」

('、`;川「あーあー」

(´・_ゝ・`)「肝試しに来た若者逹がこの教室に入って、
        ふとあっちの教室を見たら、窓に子供の顔が並んでたとか」

('、`;川「あーあーあー」

 耳を塞ぐ。
 先生から離れ、ミルナさんの隣に座った。
503:2012/08/29(水) 10:26:42 ID:
(;゚д゚ )「……」

('、`;川「……ミルナさん、めちゃくちゃ瞳孔開いてますよ」

 ミルナさんはすごい目で携帯電話を見つめていた。
 携帯電話の明かりに照らされたミルナさんの目は、ちょっとした幽霊より恐かったかもしれない。

 よく見ると、震えている。

(´・_ゝ・`)「ミルナ君は子供の幽霊が苦手だからね」

('、`;川「そうなの?」

(´・_ゝ・`)「去年だったかな、僕と一緒に心霊スポット行ったときに、
        やたらと頭の大きな子供の霊に付き纏われたらしくて。
        軽いトラウマみたいなものだね」

 くつくつ、先生が笑う。
 そんなミルナさんを小学校に連れてくるって、血も涙もない。

('、`;川「あの、大丈夫ですか?」

(;゚д゚ )「……うん……」
504:2012/08/29(水) 10:27:54 ID:
携帯電話を覗き込んでみる。
 表示されているのはアダルトサイトだった。

 この人、大丈夫だろうか。色々と。

 どん引きしてから、廊下を歩いたときのミルナさんの呟きを思い出した。
 いやらしいことを考えると霊が寄ってこないとか何とか。

('、`*川「……変なリンクとか踏まないように気を付けてくださいね」

(;゚д゚ )「うん……」

(´・_ゝ・`)「何? ミルナ君は何見てるの?」

('、`*川「『わたしのヒミツの体験談』みたいなタイトルは見えた」

 ミルナさんを見る先生の、瞳の冷たさったらなかった。

 懐中電灯の光に蛾が寄ってくる。
 それを振り払い、先生は窓を閉めた。
505:2012/08/29(水) 10:28:46 ID:
食い入るように携帯電話を睨むミルナさんだけど、
 警戒しているのか、たまに視線をあちこちに向けるし震えっぱなしだし、
 気休めにもなっていなさそうだった。

 よくよく考えてみると、心霊スポットに居座ってアダルトサイトを見るって、
 ミルナさんが一番バチ当たりなことをしているような。

(´・_ゝ・`)「ミルナ君、敢えて言うけどさ」

(;゚д゚ )「ふ、ひ、ひゃ、はいっ?」

(´・_ゝ・`)「意味ないと思うよ、それ」

 ああ、ばっさり切り捨てた。
506:2012/08/29(水) 10:30:31 ID:
(;゚д゚ )「いや、あの、性欲は生命の根源に関わるものだから、死者とは相性が悪いって聞い……」

(´・_ゝ・`)「その理論は僕も見たことある。反論もたくさんあった。僕も反対派だ。
        幽霊が性欲を嫌うのなら、ラブホテルに怪談が多いのはどうなるの、とかね。
        実際に伊藤君はラブホテルで幽霊を見てるし」

(;゚д゚ )「う」

(´・_ゝ・`)「極論で、自慰をすれば霊が退散するっていう説もあったな。
        それは退散するわけじゃなくて、ただ単に『そっち』に本人の意識が集中して、
        霊による何かしらの干渉に気付きにくくなるだけだと僕は思う」

 物凄く下らない話をしているなと思うと、私の中にあった恐怖心が若干薄れた。
 場所が教室ということもあって、ちょっと授業っぽく感じる。

(´・_ゝ・`)「つまり、あくまで『気が紛れる』だけだ。
        性欲とそれに関わる行為そのものに、除霊のような効果はないんじゃないかな」

(´・_ゝ・`)「だから、既に怯えきっている君がそんなことをしたところで
        無意味なんじゃないのかと言いたい」

 先生は「先生」だから、持論を語るのときは張り切る。
 少し楽しそうにも見えたので、多分、ミルナさんが反論してくるのを期待していたのだろう。

 まあ、私も、先生の意見に概ね賛成だ。
 色情霊だったか、そういう存在を貞子ちゃんから聞いたことがあるし。
 それに、そんなことで霊が退散するなら、心霊現象に悩む人なんていない。
507:2012/08/29(水) 10:32:12 ID:
ミルナさんは携帯電話を握り締め、涙目で答えた。

( ;д; )「そ、そんなの、俺だって心から信じてたわけじゃないけど!
     でも多少の期待だってあったんだよ!
     それを真っ向から叩き潰さないでくださいよ!!」

(´・_ゝ・`)「うん、まあ、幽霊だって色々いるから、
        嫌悪感を抱いて逃げていく霊も居るかもしれないよ。
        ただ大半はそんなの関係ないだろうし、逆に怒らせかねないよね」

( ;д; )「最後の一言いらねえ!!」

 ぱしん、と、どこからか音が鳴った。
 ミルナさんが息を吸い込み、口を噤む。

(´・_ゝ・`)「ほら怒らせた」

 そろそろミルナさんが本気で泣きそうだったので、私は先生を一睨みした。

('、`*川「ただの家鳴りみたいなもんでしょ」

(´・_ゝ・`)「でもタイミング良かったよ」

('、`*川「たまたまじゃないの?」
508:2012/08/29(水) 10:33:05 ID:
先生はどうあってもミルナさんを追い込みたいらしかった。
 彼の恐怖心を煽るのが楽しいのか、それとも怖い話をすると霊が寄ってくる説を実践しているのか。

 正直なところ私も存分にビビっていたけれど、
 それを先生に悟られたら今度は私が餌食になりそうだったので、平気な顔を装った。

 先生は窓に目をやって、懐中電灯をゆらゆらと揺らす。

(´・_ゝ・`)「いま何時?」

('、`*川「え? ええと……」

( ゚д゚ )「2時ちょっと過ぎです……」

 ミルナさんがか細い声で答え、携帯電話を閉じる。
 丑三つ時。私は情けない顔をしただろう。
509:2012/08/29(水) 10:34:04 ID:
('、`*川「……ねえ、そろそろ帰らない? 今から帰ったら、もう朝になるわよ」

(´・_ゝ・`)「んー……伊藤君逹、何か幽霊とか見てないの?」

('、`*川「今のところは、別に」

( ゚д゚ )「俺もです……というか今の状況で何か見たら心臓止まります……」

(´・_ゝ・`)「うーん」

 先生は動かない。

 ふと、気になったことがあった。

('、`*川「ねえ先生。何でこの教室にいるの?」

(´・_ゝ・`)「ん?」

('、`*川「向こうの教室の方が幽霊出やすいんでしょ?
     先生なら、そっちに行きたがりそうなもんだけど」

 言いながら、嫌な予感がした。
 あの先生がわざわざ確率の低い場所を選ぶなんて、何か裏があるに違いない。

 案の定、私の予感は当たっていた。
510:2012/08/29(水) 10:35:09 ID:
(´・_ゝ・`)「ここでの体験談は、ネット上の掲示板やブログにたくさん載っているんだけど、
        それらの多くに、ある『現象』が共通している」

(;゚д゚ )「……どんなのですか」

(´・_ゝ・`)「廊下を通る声」


 遠くで笑い声が聞こえた。
 子供の甲高い声に似ていた。


 ミルナさんが肩を跳ねさせる。
 私と視線を交わし、互いに聞き間違いでないことを確認する。

 先生は首を傾げていた。

(´・_ゝ・`)「どうしたの」

('、`;川「いや……笑い声が……」

 答えている内にまた聞こえた。
 声が増えている。

 ミルナさんが再び震え出した。
511:2012/08/29(水) 10:36:59 ID:
もう一度、笑い声。
 さっきより大きい。
 違う。近付いているのか。

 身を強張らせる私達に先生が色々訊ねてきたが、答える余裕がない。
 声を出したら「気付かれる」ような気がして、喋りたくなかった。

 そうする内に声がどんどん近付いてくる。
 ミルナさんは顔を両手で覆って俯いていた。

 大勢の人の声だ。
 ほとんどが子供の。

 一度、低い声がして、子供逹の声が弱まる。
 大人に注意された子が口を噤む光景が思い浮かんだ。
512:2012/08/29(水) 10:38:08 ID:
そして私は、それを見た。

 開きっぱなしの、教室の入口。
 その前の廊下を、何人もの影が通り過ぎていく。

 囁き合う声。
 笑い声。

 大人ほどの背丈のシルエットが2つ、先頭を歩く。それに続く影はどれも背が低い。
 みんなの背中の部分に膨らみがある。
 多分、リュック。


 怖くはなかった。
 子供逹の声が楽しげで、その足取りが軽快で。

 寧ろ微笑ましくて──それでいて、何だろう、悲しかった。
513:2012/08/29(水) 10:38:45 ID:
こっそりミルナさんの様子を窺うと、彼は指の隙間から廊下を見ていた。
 もう震えていない。
 瞳に、怯えはなかった。

 数十人の影が過ぎ去り、最後尾にいた大人の影が視界から消えた。
 声が遠ざかる。

 何も聞こえなくなって、私とミルナさんは、同時に大きく息を吐き出した。

(´・_ゝ・`)「また君達だけ見えたの?」

('、`*川「大人と子供の行列で……何か、楽しそうだった」

( ゚д゚ )「遠足に行った子達ですかね」

 先生は窓を離れた。
 「そうだろうね」と一言。
515:2012/08/29(水) 10:40:53 ID:
(´・_ゝ・`)「さっき言った、声が聞こえたっていう体験談。
        おどろおどろしく語る人もいたけど、
        『怖くなかった』『悲しかった』という感想を抱いた人が、何人もいた」

 私には、とてもじゃないが、おどろおどろしいものに思えなかった。

 はしゃいでいる、幼い子供逹。
 これから遠足に行くことへの期待と楽しみ。
 全てが明るかった。

 だからこそ、悲しい。
516:2012/08/29(水) 10:42:08 ID:
(´・_ゝ・`)「ちゃんと行けなかった遠足を、ずっと繰り返してるのかなと僕は思ってたよ」

 普通に考えれば、そうなのだろう。

 だけど、何だか。

('、`*川「でも」

 先生は私の隣に立った。
 静かに、私の言葉を待ってくれている。

('、`*川「でも、……多分、引率だった先生のだと思うけど、大人の影もあったの」

(´・_ゝ・`)「うん。さっきの君の説明を聞いて、そこが気になった」

 先生の話だと、引率の教師はみんな生き残っている。
 なのに、さっきの列には教師がいた。

(´・_ゝ・`)「事件は20年ほど前で、当時の教師は、3人とも20代や30代だった。
        まだ生きてると思う」

( ゚д゚ )「じゃあ、さっきのは?」

 先生は肩を竦めた。
 さあね、という呟きが漏れる。
517:2012/08/29(水) 10:44:16 ID:
(´・_ゝ・`)「可能性は色々ある。
        遠足に行きたがる子供の霊が、その辺の大人の霊を取っ捕まえて引率者にしたとか、
        子供逹を守りきれなかった教師が生き霊を飛ばしてまで遠足を完遂させたがってるとか」

 どちらも違う気がする。
 直感でしかないから、何とも言えないけど。

(´・_ゝ・`)「あとは──結構ファンタジーな発想になっちゃうけど。
        学校の記憶、とか」

('、`*川「記憶?」

(´・_ゝ・`)「遠足に心躍らせて校舎を出ていった子供逹の内、何人もが
        哀れな事故によって帰ってこれなくなった。
        さらに、その事故によって廃校の話が進んだ」

(´・_ゝ・`)「建物そのものに魂が宿るっていう怪談もあるし、
        仮に、この学校にもそういうものがあったなら──それはそれは無念だったろうね。
        何度も、焼きついた記憶をリピートするかもしれない」

 ぱしん。
 どこかで、音が鳴る。
518:2012/08/29(水) 10:45:17 ID:
──足元が揺れる感覚があった。
 胸が、ぎゅっと痛む。
 自分以外の誰かの感情が、無理矢理潜り込むようだった。



 帰ってきてほしい。
 出掛けたときみたいに、全員、笑って帰ってきてほしい。

 何度繰り返しても帰ってこない。
 何度繰り返しても。
 誰もいない。



 自分が泣いているのに気付かなかった。
 我に返ったときには、先生に手を引っ張られて立ち上がっていた。
519:2012/08/29(水) 10:46:11 ID:
(´・_ゝ・`)「……最近、この校舎を取り壊す話が持ち上がってるらしい。
        しばらくしたら、きっと本格的に立ち入り禁止になるだろうね。
        そうなる前に幽霊に会いに来たんだけど……」

 先生は、溜め息をついた。
 残念がるのとは、少し違う色に感じられた。

(´・_ゝ・`)「今回も無理だったな。そもそも幽霊ですらなかったみたいだし。
        ……もう帰ろうか」



*****
520:2012/08/29(水) 10:47:49 ID:
('、`*川「じゃあね、先生。ミルナさんもさようなら」

(´・_ゝ・`)「じゃあね、おやすみ」

( ゚д゚ )「おやすみ……もう朝だけど」

 家に着く頃には、空はすっかり明るくなっていた。

 先生の車を降りて、2人に手を振る。
 ミルナさんはとても眠そうで、声がふにゃふにゃしていた。

 走り去る車を見送り、我が家へ向き直る。

 無事に帰ってこれたことが、妙に感慨深かった。
521:2012/08/29(水) 10:49:27 ID:
('、`*川「……ただいま!」

 元気よく言ってドアを開けた。

 お腹が空いている。
 シャワーを浴びて、軽くご飯を食べて、昼まで眠ろう。

 冷蔵庫に何があるか確認するため、居間へ入る。

( ´∀`)

 父がいた。
 パジャマ姿で腕を組み、ソファに座っていた。

('、`*川「おはよう……早いね……」

( ´∀`)「ペニサス」

 父の声は、ひどく冷めたものだった。
522:2012/08/29(水) 10:51:04 ID:
( ´∀`)「こんな時間まで何してたモナ」

('、`*川「……」

 心霊スポット行ってました、と言えるだろうか。
 言えるわけがない。

 かといって咄嗟に言い訳も思いつかず、
 結果、私は目を泳がせながら口をぱくぱく動かすだけに終わった。
 父からしたら、怪しいどころの騒ぎじゃない。

( ´∀`)「さっきカーテン開けるときに見えたけど、あの車に乗ってた男2人は誰モナ」

 私はますます動揺するばかりだ。
 もう駄目だ。
523:2012/08/29(水) 10:55:32 ID:
( ´∀`)「……ペニサス」

 呼ぶ声は、一層冷たく、低い。

( ´∀`)「座りなさい」

('、`*川「……はい……」


 説教を受けながらも何とか先生がVIP大学の教授であることを説明したけれど、
 却って「お偉い金持ち」という先入観を植えつけただけだった。

 起きてきた母が居間にやって来るまで、実に1時間。

 私は空腹と眠気と疲労と父の説教に耐えるため、
 かつてレンタルビデオ店でバイトしていたときに見かけた
 シュールなシチュエーションのAVの数々を思い返して、タイトルを五十音順に並べた。

 なるほど、卑猥な思考は現実逃避に丁度いい。
527:2012/08/29(水) 11:12:33 ID:
ペニサスとばっちりwwwwwwwwwww
524:2012/08/29(水) 10:57:55 ID:
──廃校の話は、これで終わりだ。

 残る話もあと2つ。

 あと二晩、お付き合いしてほしい。





第十四夜『廃校闊歩』 終わり
525:2012/08/29(水) 10:59:24 ID:
今朝はこの辺で

『幽霊が出るコンビニ』 >>1-24

『心霊写真』 >>32-67

『いわくつきラブホテル』 >>73-96

『遊女の人形』 >>102-132

『憑かれた青年の話』 >>145-172

『祠とキツネ』 >>184-204

『つきまとう影』 >>212-243

『呼ばれる』 >>255-276

『おばけバス』 >>284-302

『長い首』 >>308-346

『可哀想なこっくりさん』 >>355-394

『海の夢』 >>403-430

『猫とノコギリ』 >>439-482

『廃校闊歩』 >>496-524
526:2012/08/29(水) 11:05:39 ID:

あと2話も待ってる
529:2012/08/29(水) 12:24:14 ID:
あと二話しかないだと……
切なさを感じつつ乙
539:2012/08/31(金) 23:51:35 ID:
(´・_ゝ・`)「泊まると高確率で怪奇現象が起きる部屋があるらしい」

('、`*川「はあ」

 3日ぶりの再会は、いつもの偶然ではなく、先生が我が家を訪れたことで果たされた。

 居間で私と向かい合い、先生は、旅行誌の1ページを私に見せた。
 何の変哲もない旅館が紹介されている。

 当然ながら、記事には「いわくつき」なんて説明は書かれていない。

(´・_ゝ・`)「そこに、一緒に泊まってほしい」

('、`;川「えー」

 いくら先生といえど、先生は男で私は女だ。抵抗はある。
 たしかにホテルに一泊したことはあるけれども、だからって、
 旅館にもほいほい付いていきますよ、というわけにはいかない。
540:2012/08/31(金) 23:52:52 ID:
そこへ、お盆を持った母がやって来た。

J( 'ー`)し「コーヒーでよろしかったですか?」

 にこにこと笑いながら、母は先生の前にアイスコーヒーと
 4分の1ほどにカットしたバウムクーヘンを出した。
 先生もにこりと笑って「ありがとうございます」なんて返している。

 それから、先生は私を旅館に連れていく許可を母にとった。
 そもそも私がまだ首を縦に振っていないのだが、そこはもう完全に無視の方向で。

 母はまた先生の笑顔とでっち上げに騙され、笑顔で頷いた。

('、`;川「いやいや、私と先生が旅館に一泊って、ぱっと見ただの不倫カップルよ!?」

J( 'ー`)し「その旅館ってちょっと遠いところにあるんでしょ?
      誰に何と思われようと、いいじゃないの」

('、`;川「お父さんにバレたら怒られるし!」

J( 'ー`)し「お父さんには適当に言っておくから」

 仮にバレたとしてもコブラツイストで黙らせる、と頼もしい一言が付け足された。
 寧ろ目の前の男にコブラツイストをかけてほしい。
541:2012/08/31(金) 23:54:32 ID:
(´・_ゝ・`)「……というわけで、あとで旅館に予約入れておくから。
        伊藤君、午後から空いてる日はある?」

 先生が微笑む。
 そして、先程の記事を指差した。

 指の先には旅館の評価欄。
 食事の部分が満点だ。

 私は、自棄気味にバウムクーヘンを口に放り込んだ。



   第十五夜『プラスかマイナスか』


.
542:2012/08/31(金) 23:56:01 ID:
数日後、私は旅館にいた。
 恥ずかしながらご満悦だった。

('ー`*川「ふひひ」

 ほろ酔いで布団に倒れ込む。
 浴衣を着ているので堪えたが、先生がいなかったら足をばたばた動かしていただろう。

 温泉気持ち良かった。ご飯美味しかった。お酒も美味しかった。
 この部屋がいわくつきであることさえ忘れれば、幸せだった。

('ー`*川「こんなにゆっくり出来たの久々ー」

 バイト三昧の日々に、たまの休みは家でごろごろ。
 そんな生活だったので、ここまでのんびりするのは本当に久しぶりだった。

 旅館なんて、高校の修学旅行以来だ。
544:2012/08/31(金) 23:58:33 ID:
('ー`*川「しかも料金は先生持ちだしー」

(´・_ゝ・`)「はいはい、良かったね」

 先生は広縁にある背の低い椅子に腰掛け、お茶を飲んでいた。
 小さなテーブルの上にはノートパソコン。済ませなきゃならない仕事があるそうだ。

 ワイシャツにスラックスという服装で、どうやら寝る気はなさそうだった。
 旅館の人にも、布団は私の分だけでいいと言っていたし。

 一組の布団に枕が2つ並んでいて、完全に勘違いされているのが分かって死にたくなったけども。

 とりあえず、私は布団の中に潜り込んだ。
 ふかふかの敷布団に、さらさらのシーツ、程よく軽い掛け布団、丁度いい高さと柔らかさの枕、いい匂い。
 このまま寝たら、とろけそうだ。

 冷えている布団に自分の熱が移り、心地よさが増していく。

('ー`*川「んふふふふ。きもちいー。おやすみ先生」

(´・_ゝ・`)「じゃあそろそろ怖い話でもしようか」

 何でだ。
545:2012/09/01(土) 00:00:02 ID:
(´・_ゝ・`)「この部屋に出るっていう幽霊はね、」

('、`*川「幽霊の話はいいから。おやすみ」

(´・_ゝ・`)「なら幽霊じゃない怖い話する?
        高校卒業してから2年、バイトしかしてこなかった伊藤君の将来についてとか」

('、`*川「やめて」

 それが一番恐い。
 私は余分な枕を布団の外に放り、先生を睨んだ。

('、`*川「言っとくけど、私、幽霊に会うために旅館に来たんじゃないからね」

(´・_ゝ・`)「僕は幽霊に会いに来たんだよ。
        そしてさっき伊藤君が言ったように、費用は僕持ちだ」

('、`;川「……くっ」

 それを言われると、ちょっと痛い。
 私は先生に「旅館に一泊させてもらっている」立場である。

 先生はゆったりとお茶を飲み、息をついた。
546:2012/09/01(土) 00:02:48 ID:
(´・_ゝ・`)「──昔、駆け落ちしてきてこの部屋に泊まったカップルがいた。
        彼らは真夜中、海に飛び込んで心中を図った」

 聞くしかないらしい。
 掛け布団を捲り、上半身を起こした。

 あまり遠くないところ(近いとも言えないが)に海があるのだと、事前に聞いていた。

(´・_ゝ・`)「で、女性の方だけ生き残っちゃったんだって。
        家に帰されてから一ヶ月後に、自室で後を追ったらしいけど」

('、`*川「……結果的には2人とも亡くなったけど、時間と場所は違うわけね」

(´・_ゝ・`)「男性の方は死体も見付かってないから断言出来ないな。
        まあ亡くなってるだろうけどね」

(´・_ゝ・`)「ともかく2人とも死んだとするよ。
        彼女の家は2つ隣の県だから、距離はかなり開いてしまったことになる」

('、`*川「……それでも心中って言えるのかしら」

(´・_ゝ・`)「難しいところだね。僕なら『一緒になれた』とは思わないかな」

 私も、そうは思えない。
 天国なんてものがあるとして、互いの魂がそこに行って再会出来れば、まあ無意味ではないだろうけど。
 いや、自殺したら地獄に落ちるんだっけ。
547:2012/09/01(土) 00:06:37 ID:
というか、これは「怖い話」なのだから、まだ続きがある筈だ。
 その続きも大体想像がつく。
 想像通りなら、天国にも地獄にも行けていないだろう。

(´・_ゝ・`)「ともかくそれ以来、この部屋に男女2人が泊まると、幽霊が出るようになったそうだ」

('、`*川「どっちの幽霊?」

(´・_ゝ・`)「どっちも目撃談はあるよ。男だけが出てくるパターン、女だけのパターン、両方出るパターン。
        まあ、その目撃談だって全てが事実ではないだろうから、
        実際がどうなのかは全く分からないよ」

 男女の霊が出るなら、既に再会していることになるのではないだろうか。
 それよりも幸せなカップルを妬ましく思う気持ちの方が強いのか、心中とは関係ない霊なのか。

(´・_ゝ・`)「何にせよ、ありきたりすぎて胡散臭いよね。
        一応、事件自体は本当にあったらしいけど」

('、`*川「調べたの?」

(´・_ゝ・`)「うん。新聞にも載ってた」

 教授の仕事だって暇ではないだろうに。
 私は、「そう」と自分が出来得る限りの呆れた声で返した。

 私も先生も黙り込む。
 途端に、室内の静けさが身に染みた。
548:2012/09/01(土) 00:08:20 ID:
(´・_ゝ・`)「もう寝ていいよ」

 先生が、気持ち悪いくらい爽やかに微笑んだ。
 このパターン、寝たら危険だ。
 夢か寝起きに「来る」恐れがある。今までの経験上。

('、`;川「……やだ」

(´・_ゝ・`)「じゃあ起きてる? 丑三つ時まであと3時間くらいかな」

 悩んだ。
 このまま起きていて、びくびくしながら夜を明かすか。
 眠りに就いて、何も起きないまま朝を迎える希望に賭けるか。

 明日は昼から書店のバイトだ。

('、`*川「……」

 私は、もそもそと布団を被って横たわった。
 鼻から上だけ出して、先生の方を向いたまま目を瞑る。
 電気は消したくない。

 何も起きませんように。

 控えめにノートパソコンのキーを押す音を聞いている内、
 うとうとしてきて、やがて意識が暗闇に落ちた。



*****
549:2012/09/01(土) 00:09:06 ID:
意識が持ち上がって最初に感じたのは、私の爪先に触れる、誰かの足の感触だった。
 頭の中がぼんやりして、無意識に足を動かして感触を確かめた。

 ちょっと冷たい。

 ここはどこだっけ。
 寝る前の記憶を手繰る。
 旅館。先生と旅館に来たんだった。

 そして──まさか布団に先生が入ってきたのかと思い
 一気に目が覚めた私は、瞼を上げた。

 目の前にあったのは、先生とは似ても似つかない後頭部だった。

 髪の長さや華奢な肩からして、女の人。
 混乱する。

 よくよく見ると、彼女はぴくりとも動いていなかった。
 呼吸をしている様子すらないのだ。
550:2012/09/01(土) 00:10:37 ID:
生きている人間ではないと気付いた。
 寝る前に抱いた思考が合っていたのにも気付いた。
 本当に寝起きに来やがった。

 足を離し、瞼を下ろした。
 視界を再び闇に戻す。

 いなくなっているのを期待して、そっと目を開けた。

 こっちを向いていた。

 あんまりにも驚いて、一瞬、息が止まった。
 もう。やだ。本当に。何で油断しているときに来るんだろう。
551:2012/09/01(土) 00:11:53 ID:
彼女は無表情だった。
 目の大きさが左右で全く違うのを除けば、普通だ。

 声が出せない。体が動かない。目だけは動かせる。
 私は泣きそうになりながら、また目を閉じた。

 鼻に何かが触れる。
 指。

 ぺたぺた、顔や髪を触られた。
 今にも首を絞められるのではないかと思うと、気が気じゃなかった。
 逃げたい。

 ──そのとき、部屋の入口で音がした。
 まさか霊が増えたのではと戦慄したが、足音が入口から部屋の中、広縁の方へ移動する。

 椅子の軋む音で、正体が先生だと分かった。
552:2012/09/01(土) 00:14:30 ID:
あの女性の感触が消えていた。
 手に力を込める。動いた。
 そろそろと足で探ってみても、やはり、彼女の足はもう布団にはなかった。

 私は深呼吸をすると、目を開いた。

(´・_ゝ・`)

 先生が缶コーヒーを開けている。
 視線は真っ直ぐノートパソコンに。

 そのすぐ後ろに、さっきの女がいた。

 先生にぴったり張りついて、というか覆い被さるようだった。

 先生は──気付きそうにない。
 コーヒーを飲んで、ノートパソコンのキーを叩いている。

 その人を脅かそうとしても無駄だよ。
 霊に、そう言ってやりたかった。
 もちろん本当に言う勇気はない。
553:2012/09/01(土) 00:16:11 ID:
──けれど。

 先生は、ふと顔を上げた。

 暗い窓の方を振り返り、首を傾げる。
 またノートパソコンに向き直ったが、少しすると、再び周囲を見渡し始めた。

 ついには、自分の左肩辺りに顔を傾けた姿勢で固まる。
 そこには女の顔がある。

 時間にして、ほんの1、2分。
 先生がテーブル脇の鞄に手を伸ばすと同時に、女は消えた。

 先生はデジタルカメラを引っ張り出して、左肩を撮った。
 たぶん何も映っていないだろう。

 撮影したデータを確認し、先生は溜め息をついた。
 残念そうだ。
 それでも、先生の瞳からは──若干の興奮が読み取れた。

 私は身を起こした。
 あの女は、どこにもいない。
554:2012/09/01(土) 00:16:56 ID:
先生がついに霊感を……?
555:2012/09/01(土) 00:17:54 ID:
(´・_ゝ・`)「伊藤君」

('、`;川「先生、今、」

(´・_ゝ・`)「聞いてよ伊藤君」

 やっぱり興奮している。
 先生は私の横に座り、身振り手振りで先程の出来事を説明した。
 子供みたいだった。

(´・_ゝ・`)「声がしたんだ」

('、`*川「声?」

(´・_ゝ・`)「女の人の。はっきり喋ってた。本当だよ。
        写真も撮ったけど、それには写らなかった」

 左側から、恨みつらみを吐き出す声がしていたのだという。
 姿は見えなかったらしいが、たしかに先生の左肩に女が顔を乗せていたと私が答えると、
 先生は嬉しそうに笑った。
556:2012/09/01(土) 00:19:57 ID:
(´・_ゝ・`)「はじめて霊の声聞いた。
        普通の人間より耳に響く感じなんだね」

('、`*川「ああ、そう……良かったわね」

 霊が起こすラップ音や足音なんかを聞くことはあっても、
 霊そのものの声を聞いたことはなかったそうだ。
 さすが零感。

 しばらく1人ではしゃいでいた先生だったが、やがて落ち着いてきたのか、
 一度咳払いをして仕切り直した。

(´・_ゝ・`)「……さっき、自動販売機に行くついでに、旅館の人つかまえて
        心中事件について聞き出したんだ」

('、`*川「事件のことを聞き出すついでに自販機に寄った、でしょ」

(´・_ゝ・`)「そうとも言うね」
558:2012/09/01(土) 00:22:42 ID:
('、`*川「それにしても、よく聞けたわね。
     従業員が知ってたとしても簡単に話すとは思えないけど」

(´・_ゝ・`)「そこは舌先三寸で色々と」

 先生が舌をちょっと出した。
 自分で言うか。

 とにかく、事件を詳しく聞くことには成功したらしい。

(´・_ゝ・`)「心中の前夜、先に旅館に来たのは彼女の方だったそうだ。
        あまりにも暗い顔してるから、心配した仲居さんが付き添ってあげた」

(´・_ゝ・`)「彼女が仲居さんに泣きながら話したことには、
        彼氏と同時に家を出るのが難しかったから、この旅館を待ち合わせ場所にしたらしい」

('、`*川「待ち合わせ……」

(´・_ゝ・`)「その後、彼氏も合流して……仲居さんが気付いたときには2人は旅館から消えていた。
        あとは報道された通り。
        心中して、彼女だけが助かって、一ヶ月後に彼女も死んだ」

 先生は、弧を描く口元を手で隠した。
 別に面白い話ではないので、さしもの先生も不謹慎であるとは思ったようだ。
 しかし何とまあ、幽霊の声を聞いたのがそんなに嬉しいか。
560:2012/09/01(土) 00:24:42 ID:
(´・_ゝ・`)「ポイントは、ここが『待ち合わせ』の場所だったということだ。
        ……やっぱり、死んだ時間も現場も違えば心中にはならないみたいだね。
        死んでも尚、一緒にはなれなかった。だから彼女は、今もここで彼氏を待ってる」

('、`*川「……? 彼氏に会いたいなら、せめて、現場だった海に行けばいいじゃないの」

(´・_ゝ・`)「僕もそう思うけど。でもさ、怪談に合理的な思考を求めるのも、ちょっとね。
        ──彼女にとって、ここは待ち合わせ場所なんだ。
        待ってれば彼氏が来てくれるっていう、彼女の意思が色濃く残ってたんだろう」

('、`*川「……なるほど」

 海で亡くなった彼氏。
 一ヶ月後、自宅で後を追った彼女。
 未だに巡り会えていない。

(´・_ゝ・`)「ということは、この部屋に男の霊も出るってのはデマだね。
        あるいは無関係な通りすがりの霊だ」

('、`*川「そうね……」
561:2012/09/01(土) 00:25:45 ID:
(´・_ゝ・`)「ついでに、男女の客が泊まったときに幽霊が出るってのも、どうやら違うらしいよ。
        それは噂が一人歩きしていっただけだ。
        実際は、男性が泊まるときに怪奇現象が多いんだってさ。女性客の有無は関係ない」

('、`;川「はあっ!? じゃあ私が付いてきた意味は!?」

(´・_ゝ・`)「いいじゃないか。ご飯美味しかったんだから」

('、`;川「そんなもん吹き飛ぶような体験したっつうの!!」

 無意味に連れてこられて、無意味に幽霊に添い寝された気分は
 先生には分からないだろう。
 言っておくが、私はまだビビっている。

 枕を先生に投げつけるかどうか迷って、結局やめた。
562:2012/09/01(土) 00:26:51 ID:
('、`*川「……はあ」

 溜め息。
 添い寝は怖かったけれど、あの霊自体は、ただ純粋に彼氏を待っているだけなのだ。

 男性客が来る度、彼氏が来たのではないかと確かめているだけの──

('、`*川(ん?)

 いや、待った。

 さっき、先生は何と言った?
 女性の声は、恨みつらみを吐いていたそうだ。

 恨みって、誰に?

(´・_ゝ・`)「さて、僕には気になってた事柄がある」

 先生が人差し指を立てた。
 嫌な予感しかしない。
563:2012/09/01(土) 00:28:43 ID:
(´・_ゝ・`)「果たして彼女は、本当に『後を追う』ために自殺したのかな?」

('、`;川「……どういうこと」

(´・_ゝ・`)「彼女達は、互いの両親から交際を妨害されて、
        それから逃れるために……そして結ばれるために心中を選んだ。
        しかし結果を見れば、彼女だけが生き残ってしまった」

(´・_ゝ・`)「……彼氏側の両親は、どう思うだろうね?」

 どう、って。
 考えて、私は眉根を寄せた。

(´・_ゝ・`)「仮に、彼氏の方から心中を提案したとする。
        でも彼氏が亡くなってる……というか帰ってきてない以上、
        彼女が言い訳をしたところで、彼の両親は信じるだろうか」

('、`;川「それは……んんと、どうだろ……」

(´・_ゝ・`)「あくまで推測。下衆の勘繰りだけど。
        彼女は、ひどく責め立てられると思う」
564:2012/09/01(土) 00:29:55 ID:
(´・_ゝ・`)「愛する人との心中を覚悟して、それなのに自分だけ助かってしまって。
        それだけで充分苦しい筈なのに、そこへさらに憎しみをぶつけられようものなら──」


 恨み。
 もし。もしも。自分1人で死んでしまった「彼」に恨みを抱いたなら、彼女は何をするだろう。

 彼女は、ここで「彼」を待っている。
 でも、「待っている」と「待ち構えている」では、その意味は、あまりにも違う。


 室内の空気が冷えていた。
 ぞわぞわ、背筋を見えない何かが這い上がる。

 私は右手で先生の口を塞いだ。
 続きを聞きたくなかった。
 聞いてはいけないと思った。
565:2012/09/01(土) 00:30:59 ID:
(´・_ゝ・`)

 先生の目が、私を見下ろす。

 後から聞いたけれど、このときの私は、非常に情けない顔をしていたそうだ。
 そのおかげか、私が手を離しても先生は話の続きを口にはしなかった。


 目が冴えていた。
 眠れないまま朝を迎え、朝食をとって、私達は旅館を後にした。


.
566:2012/09/01(土) 00:31:58 ID:
旅館での体験は、あれだけだった。
 別に幽霊が付いてくることもなかったし、はっきりと悪さをしたわけでもなかった。


 私にとっては、いつもの、先生に巻き込まれたことによる心霊体験。

 でも先生にとっては、それなりに衝撃的な出来事だったのだろう。



*****
567:2012/09/01(土) 00:33:25 ID:
──それからしばらく後、パン屋にて。
 実に2週間ぶりに会った先生は、ひどく疲れている様子だった。

(´・_ゝ・`)「やあ伊藤君、旧Mトンネルって知ってる?」

('、`*川「知らないけど、どうせ心霊スポットでしょ」

(´・_ゝ・`)「そうそう。伊藤君、そこに、」

 言葉の途中で、先生は口元に片手を当てた。
 顔を背ける。
 欠伸をしたらしかった。
568:2012/09/01(土) 00:34:55 ID:
続きが気になって眠れねー!
569:2012/09/01(土) 00:35:49 ID:
(´・_ゝ・`)「……そこに、一緒に行かない?」

 息をついて、話を続ける。

 眠たそうな目。
 その下には、隈が出来ていた。

('、`*川「……先生、大丈夫? ちゃんと寝てる?」

 答えはなかった。

 私がカツサンドを袋に入れると、先生は財布を開き、値段ぴったりのお金を出した。
 袋を受け取りながら、「行く気があったら大学の前に来て」と先生が呟く。

('、`*川「何時?」

(´・_ゝ・`)「……10時くらい」

 行きたくはなかったけれど。
 先生の様子が気になったので、午後10時、私は言われるままにVIP大学へ向かった。

.
570:2012/09/01(土) 00:38:35 ID:
旧Mトンネルの周囲は人気がなかった。
 トンネルの前に車を停める。

 運転席で、先生が欠伸を漏らした。
 これで何度目だろう。

('、`*川「……先生、何か眠そうね」

(´・_ゝ・`)「うん……」

 先生は車から降りなかった。
 ぼうっと、トンネルを眺めている。

 何でも、入口に血まみれの男が現れる──というのが、ここの「定番」だそうだ。

 また欠伸。
 しばらく沈黙して、先生が口を開いた。
571:2012/09/01(土) 00:40:11 ID:
(´・_ゝ・`)「本当は1人で来るつもりだったんだけどさ。
        1人だと朝まで寝てしまいそうだったから、君を連れてきたんだ」

('、`*川「へ」

(´-_ゝ-`)「……というわけで、何かあったら、起こして」

('、`;川「え、ちょっと」

 先生は座席の背もたれに寄り掛かって、目を閉じた。

 ──私が先生と心霊スポットに行った回数は、話していない分も含めれば結構な数に及ぶ。
 その体験の中には、じっと、「何か」が起こるまで待たなければいけないことが幾度もあった。

 しかし私が覚えている限りで、先生が眠ったことはなかった。
 真夜中に静かな車中で黙って座っているときだって、まんじりともせず、
 眠気など窺わせない瞳で暗闇を睨みつけていた。

 ホテルのときも、旅館のときもそうだ。

 なのに、このとき、先生は眠った。
 先生だって人間だ。睡眠をとることはおかしくも何ともない。
 それでも私には異常事態に思えた。
572:2012/09/01(土) 00:41:01 ID:
('、`;川「先生」

 呼び掛ける。
 3度目くらいで、先生はうっすらと瞼を持ち上げた。

('、`;川「何か変よ」

(´・_ゝ・`)「何が……」

('、`;川「先生が」

 手の甲を目元に当て、先生が唸る。
 少ししてから、ぼやけた声で言った。

(´-_ゝ-`)「……最近」

('、`;川「うん」

(´-_ゝ-`)「ほとんど毎晩、心霊スポット行ってるから……あんまり寝てない」

 先生らしいといえば先生らしい。
 そんなことか、と安堵した。
573:2012/09/01(土) 00:42:32 ID:
('、`*川「程々にしなきゃ駄目よ」

(´-_ゝ-`)「……でも」

 口が大きく動かなくなってきた。
 本気で眠たいのだろう。よくここまで運転出来たものだと思った。

(´-_ゝ-`)「最近……声とか色々……よく、聞けるようになったから……
       今の内に色んな場所行けば……見れるようになる気がする……」

 それを最後に、先生は口を閉じる。
 しばらく見ていると、寝息をたて始めた。

 私の方は、先生の呟きを理解するのに必死だった。
574:2012/09/01(土) 00:44:06 ID:
('、`*川(……声って、幽霊の?)

 言葉を何度も反芻する。

 先生は旅館で幽霊の声を聞いた。
 それ以来、他の霊の声も聞けるようになった──という意味だと解釈する。

 それが、先生を刺激したのだ。

 今まで以上に、躍起になって心霊スポットを巡った。
 そうすれば、やがて霊の姿も見られるようになるのでは、と考えたのだろう。

 いい傾向だとは思えなかった。
 今の先生の状態を見れば、誰だってそう感じる筈だ。

 あまりにも危うい。

 けど、どうすればいいのかは分からなかった。
 私の忠告なんて、先生は聞かない。
575:2012/09/01(土) 00:45:28 ID:
ぐるぐると思考を巡らせている内に、日付が変わり、丑三つ時が過ぎ、空が白み始めた。
 幽霊は現れなかった。
 あるいは、出たことに私が気付かなかっただけかもしれない。

 先生が目を覚ます。
 頭を振り、「何もなかったか」とだけ言って、ハンドルを握った。

('、`*川「……休まないと駄目よ」

 精一杯考えて、何を言うべきか迷って、それしか言えなかった。

(´・_ゝ・`)「今日は久しぶりに長時間眠れたよ」

 先生は笑うだけだった。



*****
576:2012/09/01(土) 00:47:22 ID:
いま思えば、先生は最初から憑かれていたのだ。
 とっくの昔に。

 死霊とか、動物霊とか、そういうことでなく。

 「幽霊」という概念に、取り憑かれていた。

 先生はずっと危ないところにいた。
 生まれもっての零感が作る、ひどく薄いバリアに守られていた。

 でも、「零」は崩れた。
 いつかは崩れるものだったのだ。
 先生は自ら心霊スポットなんかに行って、そのバリアを傷付けてきたのだから。


.
577:2012/09/01(土) 00:48:56 ID:
それから一ヶ月経って、私は、先生がいなくなったのを知った。





第十五夜『プラスかマイナスか』 終わり
578:2012/09/01(土) 00:50:34 ID:
今夜はこの辺で

『幽霊が出るコンビニ』 >>1-24

『心霊写真』 >>32-67

『いわくつきラブホテル』 >>73-96

『遊女の人形』 >>102-132

『憑かれた青年の話』 >>145-172

『祠とキツネ』 >>184-204

『つきまとう影』 >>212-243

『呼ばれる』 >>255-276

『おばけバス』 >>284-302

『長い首』 >>308-346

『可哀想なこっくりさん』 >>355-394

『海の夢』 >>403-430

『猫とノコギリ』 >>439-482

『廃校闊歩』 >>496-524

『プラスかマイナスか』 >>539-577
579:2012/09/01(土) 00:51:23 ID:
うわあああああ先生があああああ
最強の零感があああああ
あと一話か……乙楽しみだ
580:2012/09/01(土) 01:10:51 ID:
こんなとこまで話を作ってたのか 
結末が楽しみだな
581:2012/09/01(土) 01:43:25 ID:
先生…。
583:2012/09/01(土) 02:20:25 ID:
いつもの怖いのとはちょっと違うぞわぞわが来たわ
乙乙
621:2012/09/08(土) 23:38:43 ID:
出会ってからほんの数ヶ月程度の間に、私は先生に散々振り回されてきた。

 語っていない怪談はまだまだある。
 他の話に比べると些細な怪現象ばかりだから、話しはしない。
 今まで私が語ってきたのは、特に印象に残ったものを選んでいただけだ。

 そんな怪談も、今夜で最後。
 今夜で終わり。

 どうか、暇潰しにでも聞いてほしい。


 私と先生の──



   最終夜『怪奇夜話』


.
622:2012/09/08(土) 23:39:51 ID:
旧Mトンネルの件から一ヶ月。
 私は先生と会うこともなく、平穏な日々を過ごしていた。

 平穏とはいっても、要するに何事もなかっただけであって、
 私の胸中は先生に対する不安で度々荒れていたのだけれど。

 もしも街中で会うことがあれば、心霊スポットに行くのをやめさせよう、と思っていた。
 なのに、これまでの「ばったり」はどこへやら、とんと先生を見なくなった。

 無事でいるんだろうか。
 そう思いながら居間でぼんやりとテレビを眺めていた私に、母が慌てた様子で声をかけてきた。

J(;'ー`)し「ペニサス、ちょっと……」

 母は手に持った新聞を私に渡した。
 その中の、小さな記事を指差す。

 それに目を通した途端、私の頭の中が一気に痺れた。
 母が何かを言っていたが耳に入らなかい。
 機械的に、私の目が文字を追っていく。
623:2012/09/08(土) 23:40:46 ID:
大学教授が失踪したという記事。

 そこに載っている写真も、盛岡デミタスという名前も、間違いなく先生のものだった。


 10日ほど前から連絡がつかなくなり、
 暮らしているマンションにも帰ってきた形跡がないそうだ。

 旅行に行くとか、そういった話は誰も聞いていない。
 先生は独り身だし、ご両親も既に亡くなっているので、彼のプライベートを詳しく知る者がいなかった。
 現在、警察が行方を調べている──


 新聞に記された情報は、それだけ。
 その僅かな情報さえ、理解するのに時間が掛かった。

 理解しても、それでも尚、何も分からなかった。



*****
624:2012/09/08(土) 23:42:58 ID:
冷静な思考と混乱の極みを何度も往復し続け、耐えきれなくなった私は、
 数日後の夕方、先生のことを全て弟に話した。
 先生の趣味や、心霊スポットに何度も連れていかれたこと、彼が失踪したこと。全部。

 なぜ弟に話したのかといえば、家族の中だと
 こいつが一番こういう話を真剣に聞いてくれるからだった。

 小さい頃、おばけがいると周囲に訴えては「嘘つきめ」と泣かされてきた貞子ちゃん。
 そんな幼馴染みを庇い続けて育ったためか、弟は、基本的に怪談の類は何でも信じる。

 今回も例に漏れず私の話を聞いてくれた弟は、首を捻りながら携帯電話を取り出した。

爪'ー`)「正直、俺よりも貞子に聞いてもらった方がいいと思うぞ」

 言われてみれば、なるほど、それもそうか。

 弟は貞子ちゃんにメールを送ると、私を連れ、貞子ちゃんの家に向かった。
 弟に話している間も、貞子ちゃんの家へ歩いている間も、
 どこか、ぼんやりとした靄に脳内を占められているような心持ちだった。

 それほど先生の失踪にショックを受けていたのだと思うと、ちょっと笑えた。

.
625:2012/09/08(土) 23:45:08 ID:
川д川「……まず私は、お姉さんが
    そんな馬鹿なことを何度も繰り返していたことに驚いてます」

 貞子ちゃんの自室にて。
 全て聞き終えた貞子ちゃんの第一声は、それだった。

 貞子ちゃんは、先生とは何もかもが正反対だ。

 たとえば、霊感がばりばりあるとか。
 それなりに幽霊には慣れているけど、怖いものは怖いとか。
 幽霊を下手に刺激するのを絶対に嫌がるとか。

 本当に真逆。

 「向こうから勝手に近付いてくるのはどうしようもないけれど、
 こっちからわざわざ近付いていくのは愚行にも程がある」という考えの持ち主なので、
 先生の趣味である心霊スポット巡りなんて、彼女からすれば軽蔑に値するものだろう。
626:2012/09/08(土) 23:47:46 ID:
川д川「心霊スポットに行くことがどんなに危険か、私、何度も話したじゃないですか……」

('、`;川「いや、そりゃ、私も重々承知してたよ。
     でも何か……気付いたら言い包められてて」

 私だって行きたくて行っていたわけじゃない。
 弱々しい反論をすると、貞子ちゃんは溜め息をついた。

 結構怒ってる。恐い。

爪'ー`)「道理で最近、ド深夜まで出掛けてたり朝帰りが増えたりしたわけだなあ」

 炭酸ジュースを飲みながら、弟が言った。
 いつにも増して呑気な声。
 その声で貞子ちゃんの雰囲気が和らいだ隙に、私は訊ねた。

('、`*川「今まで霊感と無縁だった人が、急に目覚めることってあるの?」

川д川「……それは、あるんじゃないでしょうか」

 私もたまに、びっくりするくらい霊感の無い人を見かけることはあります。
 貞子ちゃんは、そう言葉を続けた。
627:2012/09/08(土) 23:50:44 ID:
川д川「そもそも人って、大なり小なり、そういう……霊感っていうのは持ってるもので。
    その感覚が生まれつき強い人もいれば弱い人もいて、
    中には、全く機能してない人もいるんです」

 機能していない。
 それはたとえば、生まれつき目が見えないとか耳が聞こえないとか、
 そういうことと同じようなものらしい。

 先生は、その、「霊感が全く機能してない人」なのだろうと貞子ちゃんは言った。

川д川「でも最近って、医学や技術の進歩のおかげで、
    盲目の人の目が見えるようになったり、聞こえなかった耳が聞こえるようになったりするじゃないですか」

川д川「つまり生まれつき機能してないからって、絶対に一生そのまま、ってわけじゃないんです。
    何かのきっかけで、ぱっと感覚が開くことは充分に有り得ることです」

('、`*川「霊感も?」

川д川「多分。……私だって何でも分かるわけじゃないから、話半分程度に聞いてくださいね?」

 貞子ちゃんはその体質ゆえ、幼い頃には、しょっちゅう神社だの寺だのに連れていかれていた。
 そこで「専門家」達から色々聞かされてきたというのだから、
 説得力は、なかなかある。
628:2012/09/08(土) 23:50:49 ID:
貞子ちゃんきたな
629:2012/09/08(土) 23:53:01 ID:
川д川「お姉さんはその『先生』と出会ってから、よく幽霊を見るようになったんですよね。
    きっとお姉さんの場合は、『先生』と出会ったことで、人並みだった霊感が
    一気に強まってしまったんじゃないでしょうか」

('、`;川「先生のせい? 何で?」

川д川「ええと、その……ゼロって書いて零感でしたっけ」

('、`;川「うん……ネットで見た言葉だけど」

川д川「『先生』みたいに極端な零感の場合、幽霊からの干渉をほとんど受けないんです。
    見えない聞こえない触れない……全部スルーしちゃうんですね」

川д川「だから、『先生』に何かしようにも何も出来ないから、
    『先生』よりは感受性のあるお姉さんの方にみんな行っちゃうわけです」

爪'ー`)「要するにあれか、とばっちりか」

 やっぱりあのジジイ、ろくなもんじゃない。

 ささやかな殺意を覚えた私だったが、貞子ちゃんの話を反芻して、
 あることに気付いてしまった。

 零感だったからこそ、先生は幽霊からのアプローチを全て無視してこれたのだという。

 なら──幽霊の声が聞こえるようになった先生は。
 零感でなくなってしまった先生は、どうなるのだろう?
630:2012/09/08(土) 23:55:54 ID:
もしもそんな状態で、凶悪な霊がいるような場所に赴いたら──

('、`;川「……先生、何かに祟られたのかしら」

 ほぼ無意識に漏れた呟き。
 貞子ちゃんは、かくりと首を傾げた。

川д川「人為的な事件の可能性だって充分ありますし……というかその可能性の方が高いだろうし、
    ともかく、警察に任せる以外に出来ることはないと思いますよ。
    何でもかんでもオカルトに結びつけるのは良くありません」

 言外に、下手な考えで行動するなと釘を刺されたようだった。

 分かっている。
 貞子ちゃんのように、積極的に関わらないようにするのが賢明なのは、分かっている。

 それでも。



*****
631:2012/09/08(土) 23:59:26 ID:
翌日、私はVIP大学へ赴いた。

 来てなかったらどうしようと思っていたものの、しばらく正門で待っていると、
 運良くミルナさんを捕まえることが出来た。

 驚くミルナさんに、先生の件について何か知らないかと詰め寄る。
 かなり渋っていたが、しつこく食い下がると、ようやく教えてくれた。

( ゚д゚ )「……とりあえず、俺が知ってることだけ話す」

 ある日、先生が大学に来なかった。
 学生や教授達が先生の携帯電話と自宅の番号に掛けても、繋がらなかったという。
 そういう状態が何日か続いてから、警察に届けたそうだ。

 私は先生の携帯電話の番号すら知らないことに気付いた。
 日頃、互いに連絡を取り合う必要がなかったし、
 私が先生に言うことがある場合は、VIP大学の事務室に電話を掛けて取り次いでもらっていたから。

 思えば変な関係だ。
 泊まり込みで心霊スポットに行く程度には気を許しているけれど、
 お互いに把握し合えているのは、職場と名前、あとは些末なことくらい。
632:2012/09/08(土) 23:59:54 ID:
きたぁぁぁあああ!!!
633:2012/09/09(日) 00:01:06 ID:
( ゚д゚ )「……先生がオカルト好きだったのは学生の間でも有名だった。
     学内じゃ、変な祟りにでも触れたんじゃないかって噂が流れてる。
     ここ最近、先生は目に見えて疲れきってたし」

 あの日の、ひどく眠たそうな先生を思い浮かべる。
 やはり学生からしても異常だったのか。

 そのことを警察は知っているのかと問うと、ミルナさんは頷いた。
 そんな話、警察は歯牙にもかけなかったみたいだけれど。
 たしかに、まともな思考の持ち主なら、馬鹿らしいと言って一笑に付すような話だ。

 寧ろ先生のオカルト趣味を知られたことで、
 奇人が行方をくらませただけだと認定されてしまったのではないだろうか。

 先生が子供じゃないのもネックだ。
 大人の失踪となると、警察の方もあまり熱心に探すことはない(らしい)。
 ミステリーみたいに、たとえば、先生の車から血痕でも発見されれば別だろうけども。
634:2012/09/09(日) 00:04:56 ID:
('、`*川「……そういえば、先生の車は?」

( ゚д゚ )「マンションの駐車場にあったそうだ。
     ……せめて車で移動してくれてりゃ、それを手掛かりにして先生を探せただろうにな」

 どうしようもないのだという響きが、ミルナさんの声に滲んでいた。
 私もミルナさんも口を閉じて、場には沈黙が降りた。

 彼の瞳を見つめる。
 まだ何か言いたげだ。
 根気強く待っていると、やがて、ミルナさんが鞄からファイルを出した。

 そこから、小さなメモ用紙を抜き取る。

( ゚д゚ )「……先生のパソコンに、ある町を調べた履歴が残ってたらしい」

('、`*川「町?」

( ゚д゚ )「他県にある町だ。
     警察がそこを調べても、有力な情報は得られなかったそうだけど」

 手渡されたメモ用紙には、隣の県名と、馴染みのない町名が書かれていた。
 ここについて何か聞いていないか、と警察官に問われたときに
 ミルナさんがこっそりメモをとったのだという。
636:2012/09/09(日) 00:07:03 ID:
( ゚д゚ )「めちゃくちゃ怪しいよな?
     だから、俺たち盛岡ゼミのメンバーで、この町について調べてみた。
     そしたら──いくつか、心霊スポットがあるのが分かったんだ」

('、`*川「……」

 私の脳裏に、先生の姿が浮かぶ。
 新幹線か電車にでも乗って、遠くにあるその町に行って、近くにいた人に声をかけて。

 それから──私の頭の中で、先生は黒い手に引っ張られて、闇に消える。
 いつもの先生なら、そんな手に気付きすらしないだろう。
 けれど私が最後に見た先生は、どんなに小さな手にも引かれそうな、そんな頼りなさがあった。

( ゚д゚ )「それが分かった途端、みんな『絶対ここに行ったんだ』って盛り上がってさ。
     1人が張り切っちゃって、3日くらい前だったかな……実際に行ってきたんだと」

 それはまた、なかなか行動力のある。

 私が興味深く聞いていると、ミルナさんは首を振り、肩を竦めた。
637:2012/09/09(日) 00:09:07 ID:
( ゚д゚ )「でも、心霊スポットを一通り見てきたけど、何も分からなかったってさ」

 まあ、それで見付かるようだったら、警察が既に発見しているか。

 私は改めてメモ用紙を見下ろし、少しして、ふと顔を上げた。
 ミルナさんと視線が絡んだ。

( ゚д゚ )「……俺は進んで関わる気はないよ。正直に言うと怖いし。
     でも伊藤さんがどうするかは自分で決めればいい」

 言いながら、ミルナさんの顔が何だか情けない色合いになっていて、
 私は少し笑ってしまった。
 私に教えて良かったのかどうか、未だに悩んでいるように見えた。

('、`*川「……うん、ありがとうございます」

( ゚д゚ )「無茶はするなよ。何があるか分かんないんだから」

 メモ用紙を財布にしまい、ミルナさんに何度もお礼を言った。
 これからどうするかという具体的な考えはなかったけれど、重要な一歩に思えた。



*****
638:2012/09/09(日) 00:12:21 ID:
('、`*川「というわけで、そこに行ってきます」

 帰宅後、弟と兄に宣言した。

 誰にも何も言わずに行くつもりだったけど、「万が一」ということもあるし、
 家族の1人くらいには話しておいた方がいいと思ったからだ。

 じゃあ誰に話すかと考えたとき、選択肢から真っ先に両親が消え、この2人が残ったのである。

 兄弟姉妹と仲のいい人なら分かってくれるだろうか。
 こういうときに腹を割って話せるのは、両親ではなく、きょうだいなのだ。

 2人は顔を見合わせていた。
 先に口を開いたのは兄。
 彼にはつい数分前に一から説明したばかりなので、まだ微妙に困惑しているようだった。

('A`)「その町に行って、具体的に何すんだ?」

('、`*川「心霊スポット全部見てくる」

 バイトの休みはもらっている。
 明日一日、心霊スポット探索に費やすつもりだ。

 兄はペットボトルを開けて緑茶を一口飲み、再び弟と共に互いを見交わした。
 今度は、弟が言葉を落とした。
639:2012/09/09(日) 00:13:14 ID:
爪'ー`)「なに使って行くんだよ」

('、`*川「まず新幹線で行って……後はバスとかタクシーで回るつもりだけど」

爪'ー`)「なら、兄貴が車で連れてってやった方がいいんじゃね?」

 あっけらかんと言い放つ。
 ちょっと、びっくりした。

 弟は、オカルト関係においては貞子ちゃんに絶対の信頼を寄せている。
 だから貞子ちゃんみたいに「行くな」と言うだろうと思っていたのに。
 (そして無視してやろうと思っていたのに)

('、`;川「え?」

('A`)「そうだな、そうすっか」

('、`;川「え? え?」

爪'ー`)「明日って土曜だよな? 俺も行くわ」

('、`;川「ふぉっく、え、は? 何で?」

 予想外だった。
 2人が乗り気すぎて、逆に私が引いたくらいには。
641:2012/09/09(日) 00:15:08 ID:
('A`)「新幹線だのタクシーだの使ってたら金かかるだろうし」

爪'ー`)「1人で行かせるのも心配だし?」

 言葉を失う私を見て、弟がけらけら笑う。
 口開いてる、と顔を指差され、私は口を押さえた。

('、`;川「止めないの?」

爪'ー`)「止める意味あんの?」

('、`;川「……。先生が見付からないまま無駄足になる確率だって高いわよ」

爪'ー`)「まあ俺らはドライブ感覚で行かせてもらうわ。『先生』っての知らねえし」

('、`;川「私、オカルトを前提にしてるのよ。馬鹿馬鹿しいと思わない?」

 兄が、ペットボトルの蓋を私の額に向けて弾いた。
 真っ直ぐ飛んできた蓋が見事に命中する。
642:2012/09/09(日) 00:17:27 ID:
(>、<;川「痛っ」

('A`)「だって、お前が『先生』を探すとしたら、その線から攻めるしかないんだろ?」

('、`;川「……うん」

('A`)「じゃあ、それでいいだろ」

 2人は、ああだこうだ言いながら携帯電話で地図を調べ出した。
 それを眺めつつ、私は額を撫でる。

 いい兄弟を持ったものだ。



*****
644:2012/09/09(日) 00:19:25 ID:
次の日の朝、兄の車で出発した。
 両親には兄弟3人でドライブに行くと伝えておいた。
 そんなに間違っていない。


爪'ー`)「何か買ってこうぜ」

 途中、弟が空腹を訴えたのでコンビニに寄った。
 おにぎりや惣菜、飲み物を買う。
 何とはなしに、「あれ」も買っておいた。


.
645:2012/09/09(日) 00:20:11 ID:
3時間もすると県境を越えた。
 目的の町には、そこから数十分ほどで到着する。

 私は、昨日ミルナさんが別れ際に書いてくれた「心霊スポットリスト」と携帯電話を使って、
 一番近いところから行くことにした。

 初めは廃ビル。
 真っ昼間といえど、人気の少ない場所にぽつんと立つビルの中を、弟と2人で歩くのは怖かった。
 静かだし薄暗いし。あと、侵入したのが誰かにバレたらどうしようという恐怖も少々。

 次にゲームセンター、その次は大きめの公園。
 全くもって不慣れな土地なので、一つ一つの移動にかなり時間が掛かってしまった。

 成果の方はといえばゼロだ。
 幽霊が出ることもなければ、先生が来た痕跡も見当たらない。
 ゲームセンターの店員や公園の管理人に訊いてみたが、先生らしい人は見ていないという。

 覚悟はしていた。期待はしていなかった。
 それでもやっぱり残念だった。
646:2012/09/09(日) 00:23:16 ID:
('、`*川「──教えてもらった場所は次で最後だわ」

 公園を出て、私と兄は車に乗り込んだ。
 後部座席で待機していた弟が携帯電話を閉じた。
 その動作が少し慌てていたように見えたが、無視しておく。

 シートベルトを絞めながら、兄が言った。

('A`)「時間からしても、これで終わりにしねえとな」

 夕方が近付いていた。
 丑三つ時だけでなく、夕方の「たそがれ時」と夜明け前の「かわたれ時」も、幽霊が好む時間なのだと
 私に教えてくれたのは、貞子ちゃんだったか先生だったか。

 そろそろ、たそがれ時。
 幽霊なんて何時だろうと出てくるときは出てくるのだけれど。
 そうは言っても、夕方の独特な雰囲気は、それと分からぬ程度に「恐れ」を擽ってくる。
647:2012/09/09(日) 00:23:25 ID:
いい兄弟だな。
648:2012/09/09(日) 00:25:04 ID:
爪'ー`)「その最後の心霊スポットって、どういう場所だよ」

('、`*川「ん。ちょっと待ってね」

 携帯電話を取り出し、昨日の内にブックマークに入れておいたオカルトサイトを開いた。
 この県内の心霊スポット情報を集めたサイトで、
 大雑把な道順まで記されている。

('、`*川「……昔、無理心中があった家だって。
     両親と子供、みんな死んじゃったらしいわ」

 いつぞやの、心霊写真の話を思い出す。
 あちらは第三者により家族全員が殺されたらしいが、
 こっちは本人達(子供がどうだったかは知らないけれど)の意志による自殺だ。

爪'ー`)「家って、もう誰も住んでねえの? 中に入る気か?」

('、`*川「空き家みたいだけど……正直、ご近所さん達に見られないように入るのは難しいかも」
649:2012/09/09(日) 00:25:53 ID:
('A`)「とにかく行ってみるしかねえだろ。どう行きゃいいんだ?」

('、`*川「あ、えっとね、まず──」

 オカルトサイトが示す道筋は、ある小学校を出発点にしていた。
 その学校の名前を、兄がカーナビに入力する。

 今まで訪ねた3つの心霊スポットと違い、
 これから目指すのは、民家が並ぶ地域の中の、たった一軒だ。
 暗くなる前に辿り着けるだろうか。

 ひとまずは、小学校を目指す。
650:2012/09/09(日) 00:27:26 ID:
爪'ー`)「……なあ」

 不意に、弟が口を開いた。
 振り返る。弟は自分の携帯電話に目を落としていて、私のことは見ていなかった。

爪'ー`)「何で姉貴はここまでして、その『先生』を見付けようとしてんだよ」

('、`*川「何でって」

爪'ー`)「大学のゼミ生が探しに行ったって話は、まだ分かるよ。
     何年かの付き合いがあるだろうからさ」

爪'ー`)「でも姉貴は、ここ数ヶ月程度の関係なんだろ?
     相手の家も電話番号も出身地も知らないし」

 ──それは。
 別に。複雑な理由があるわけじゃないけど。でも。

 弟は携帯電話から視線を外し、答えあぐねる私を見た。
 しばらく口ごもった後、私は逆に質問を返した。
651:2012/09/09(日) 00:28:23 ID:
('、`;川「どうして急にそんなこと訊くのよ」

爪'ー`)「だって貞子が、」

 弟は口を滑らした。
 本当に「ついうっかり」といった感じで、この馬鹿は、あ、と声を漏らしていた。

('、`*川「……貞子ちゃん?」

爪;'ー`)「あー」

 そこで私は、先程、車に乗ったときに弟が携帯電話を閉じていたのを思い出した。
 あの慌てたような仕草。今の発言。

 黙って運転していた兄も、私と同じ結論に至ったらしかった。

('A`)「お前、貞子ちゃんにバラしたろ」

爪;'ー`)「うあー」
652:2012/09/09(日) 00:29:31 ID:
('、`;川「あんたねえ、後で怒られたらどうすんの!
     あの子本気で怒ると恐いのよ! あんたが一番よく知ってるでしょうが!」

爪;'ー`)「でも、だって、なあ?
     何か不安だったんだよ。姉貴が『先生』に憑かれてんじゃねえかと思って、」

 弟はまた、「しまった」みたいな顔をした。
 右手で口を隠している。

('、`*川「……何それ」

爪;'ー`)「や。あの」

 沈黙。
 じっと睨みつける私に、弟が折れた。

爪;'ー`)「……どっか、人目につかないような場所で死んじまってたりして……。
     それで姉貴のことを自分の方に呼び寄せようとしてるんじゃ、ないか、な、って、……」

 弟も私も、怖い話をよく貞子ちゃんから聞いているし、ホラー映画も嫌いじゃない。
 だから、そういう考えが浮かんだのだろう。
 あまりよろしくない発想だけど。
653:2012/09/09(日) 00:30:53 ID:
爪;'ー`)「いや、死んだって決めつけてるわけじゃねえよ? もしも、だ。もしも。
     ……そんで貞子に訊いてみたんだ。そういうこと有り得んのかって」

爪;'ー`)「そしたら──貞子は、『先生』がよっぽど姉貴に会いたがってるようなら、
     有り得なくもないって言ってた」

 先生がどこかで亡くなっているかも、という考えは、私の頭にも、うっすらとあった。
 でも仮にそうだとして──仮にでも考えたくはないけど──果たして先生は、私を呼ぶだろうか?

 それは絶対にない。と思う。
 先生にとって私は、さほど重要な存在ではない筈だ。
 卑屈になっているわけではなく、そういうものなのだと割りきっているだけ。

('、`*川「……先生なら有り得ないわ。
     あの人は私に会いたがったりしない」

 弟の頭を軽く叩いておく。
 それから車内は静まり返り、気まずい空気が流れた。



*****
654:2012/09/09(日) 00:32:46 ID:
四苦八苦しつつ、何とか、件の家があるであろう住宅街にやって来た。
 空が赤い。夕方。たそがれ。

 道が入り組んでいるし、似たような造りの家が多いため、初めて来る人は注意──と
 オカルトサイトに書いてあったので、歩いて探すことにした。
 車でのろのろうろうろしていたら、ご近所さんに怪しまれるのではないかと考えたから。

('A`)「暗くなる前に戻ってこいよ」

 近くにあったコンビニの駐車場に車を停め、兄は私に言った。
 私は鞄を持ち、頷いて答える。

 兄を残して、私と弟は車を降りた。
655:2012/09/09(日) 00:34:01 ID:
爪'ー`)「……家、入んの?」

('、`*川「入れそうならね」

 立ち並ぶ家々とサイトを確認しながら進む。
 私が前を歩き、弟が数歩後ろを追う形だ。

 歩き始めて3分ほど。
 サイトの大雑把な説明では、すぐに迷ってしまった。

('、`;川(面倒くさー)

 心中で愚痴る。
 本当に面倒臭い。

 買い物帰りらしい女性が通りかかる。
 思いきって道案内してもらおうか。
 いや駄目か。

('、`;川「ねえフォックス」

 弟の名を呼び、振り返る。

 いない。
657:2012/09/09(日) 00:35:07 ID:
('、`;川「……おう? フォックスー?」

 名前を呼びながら辺りを見渡しても、弟の気配すらない。
 そういえば家を探すのに必死で、ろくに弟と話していなかった。
 はぐれてしまったようだ。

 はて、どうしよう。

 ──そのとき、服の裾を引っ張られた。

('、`;川「ほわっ!?」

 悲鳴が漏れる。
 危うく転びかけたほど跳ね上がった。

 胸を押さえながら後ろを見れば、そこにいるのは、5歳にはなろうかという小さな女の子。
658:2012/09/09(日) 00:36:05 ID:
ξ゚⊿゚)ξ

 私のリアクションに驚いたらしく、目を丸くさせていた。
 互いに言葉を発しないまま、見つめ合う。

 やがて──女の子が、泣いた。

ξ;⊿;)ξ

('、`;川「ええっ!?」

 あんまりにも唐突に泣くから、理由も何も分からない。
 とりあえず彼女の前でしゃがみ、私は女の子の肩や手に触れた。

('、`;川「どうしたの? 何? どこか痛い?」

ξ;⊿;)ξ

 女の子が首を横に振る。
 必死にあれこれ声をかけるも、言葉による答えは返ってこない。

 鞄からコンビニで買ったチョコレート菓子を出し、一欠片、女の子の唇に当てる。
 女の子は感触を確かめるように唇を動かし、それからお菓子を口に入れた。
659:2012/09/09(日) 00:38:56 ID:
ξ*; -;)ξ

 少しは落ち着いたらしい。涙が途切れてきた。
 ポケットティッシュで鼻水を拭ってやる。

('、`*川「……どうしよっか」

 参った。

 私は、女の子を抱え上げた。
 ぽんぽんと背中を叩くと、彼女は私に縋りつき、私の肩に顔を埋めた。

 温かさとか冷たさとか、そういう人間らしい温度を感じられない手。
 綿が入ったぬいぐるみみたいな、異常な軽さ。

 この子、生きてない。

 心底参った。
660:2012/09/09(日) 00:40:05 ID:
('、`*川「どこの家の子?」

ξ; -;)ξ

 また首を横に振られた。
 答える気はないってことか。

('、`*川「じゃあ、君は誰なのかねえ……」

 たそがれ。誰そ彼。
 「誰ですかあなたは」。なんて。

('、`*川「……どこ行ったらいいかな」

 ひどく弱々しい感じがするから私もそこそこ冷静に対応しているけれど、
 実際は、結構怖かった。

 んく、と、女の子の喉が鳴る。
 多分お菓子を飲み込んだ音。
 途端に女の子は、私の肩を叩き始めた。
661:2012/09/09(日) 00:42:09 ID:
('、`;川「痛っ、痛いよ、何?」

ξ;⊿;)ξ「やあ、やだ、やああ……」

 やっと声を出した。
 けど、何かを嫌がるような声をあげるだけで、彼女の意図はさっぱり理解出来ない。
 また泣き出したし、どうしろっつうんだ。これ。

 もう一口お菓子をあげればいいかなと鞄を探ろうとしたところへ、別の声がした。

(;^ω^)「ツン!」

('、`;川「ひうっ」

 数メートル先の角を曲がり、中学生くらいの男の子が走ってきた。
 真っ直ぐ私の前まで来て、彼は再び「ツン」と言った。
 視線は女の子に向いている。この子の名前か。

 男の子は、女の子と私を交互に見遣り、私に一礼した。
662:2012/09/09(日) 00:44:08 ID:
(;^ω^)「ごめんなさいお、うちの妹が」

('、`;川「え。妹さん。あ、え……」

 当たり前みたいに女の子の名前を呼んで、当たり前みたいに私に謝る姿に、
 混乱というか困惑が深まっていく。

 女の子は恐らく幽霊だ。
 そんな子に普通に声をかけ、妹だと言う少年は何者だろう。

 男の子が手を伸ばしてきたので、私は女の子を彼に渡そうとした。
 しかし、女の子は私にしがみついて離さない。

(;^ω^)「こら、ツン!」

ξ;⊿;)ξ

(;^ω^)「あんまり迷惑かけるんじゃないお!」

('、`;川(何なのよう……)

 男の子が叱りつけると、女の子の手から力が抜けた。
 私から男の子へ、女の子は移動する。

 その際、触れ合った男の子の手に温度がなくて、彼も生きた人間ではないのだと悟った。
663:2012/09/09(日) 00:46:21 ID:
あまりに淡々としすぎていてなかなか伝わらないと思うが、私は本当に怖くて堪らなかった。
 後ろから肩を叩かれようものなら、それだけで腰を抜かしていたであろうくらいには。

 彼は女の子を抱えて、もう一度私に頭を下げた。

(;^ω^)「本当にすみませんでしたお。
       お姉さんのためにも、その、僕らのことは気にしない方がいいですお」

 無茶言うな。
 怖かったので、口の中で文句を消化した。

 男の子が踵を返す。
 そのとき、彼の肩に顔を乗せていた女の子と目があった。
 涙を浮かべた目は、私を睨んだ。

 敵意が込められた視線。

 ──私の本能は、「ついていってはいけない」と告げている。
 ──私の理性は、「何かの手掛かりになるかもしれない」と告げている。

 男の子が角を曲がる。
 私は駆け出した。
664:2012/09/09(日) 00:48:00 ID:
ゾクゾクするぜ
665:2012/09/09(日) 00:48:15 ID:
彼が通ったばかりの角を、私も曲がる。

 すると、ずっと向こうの角を曲がっていく男の子の姿が、ちらりと見えた。
 距離から考えれば、有り得ないスピードで移動している。
 私は彼を追った。

 何度も同じことが繰り返される。
 やがて、5度目に道を折れた辺りで、私は完全に彼を見失った。

 その代わりに見付けたものがあった。

 他の家々より僅かばかり離れた場所に立つ、一軒家。
 塀に表札が掛かっているが、文字は掠れていて読めない。

 恐る恐る覗き込む。
 ほんの少し昔の和風な家、という感じの佇まいだった。
 狭い庭に縁側。朽ちた縁側は、腰掛けたら壊れてしまいそうだ。

 縁側の向こうの障子は所々破けている。
 そこから部屋の様子が窺えたが、家具や畳はぼろぼろだ。
666:2012/09/09(日) 00:50:12 ID:
荒れた庭や部屋からして──人は住んでいない。
 まさか。

 私は玄関に向かっていた。
 頭の中で警鐘が鳴る。その音を靄が包む。

 玄関の引き戸を開ける。
 鍵は掛かっていなかった。
 ぎいぎいと耳障りな悲鳴をあげながら、引き戸は滑っていく。

 右側に、腰ほどの高さはある靴棚。
 その前に散乱しているのは、小さな赤い靴と白いシューズ、サンダルと革靴。
 どれも埃をかぶっている。

('、`*川「……お邪魔します」

 まことに失礼ながら、靴を履いたまま上がった。
 廊下も、埃や雨漏りの跡でいっぱいだった。
667:2012/09/09(日) 00:51:29 ID:
どこかで物音がした。
 音の方へ進んでみると、どうやら、さっきの庭から見えた部屋に着いたらしかった。

 部屋の隅に置かれたテレビは、最近ではあまり見掛けないような古い型のものだ。
 真っ暗な画面。
 立ち尽くす私と──隣に、あの女の子が映っている。

 視線を横に移すと、女の子がいた。

ξ*゚ー゚)ξ

 泣き止んでいる。
 それどころか、嬉しそうに笑っていた。
 あの敵意も見えない。

 女の子が私の手を取る。
 廊下を指差した。
 もっと奥の部屋に行こう、と言われているように感じた。

 廊下には男の子がいて、申し訳なさそうに私を見てから目を逸らしていた。
668:2012/09/09(日) 00:53:13 ID:
怖い。
 なのに私は女の子に微笑みかけている。

 手を引かれるまま、部屋を出ようとした──その瞬間。


 近くにあった箪笥の上から、小さな段ボール箱が落ちてきた。


 箱は私の眼前で着地し、盛大な音をたてて中身を吐き出した。
 中身は錆びた金槌や釘、金属製の巻き尺で、それらが擦り合う音は、けたたましいと言うより他なかった。
669:2012/09/09(日) 00:55:42 ID:
('、`;川「……びっ……くりした……」

 咄嗟に身を捩ったときに、女の子から手を離していた。
 足元へ向けていた視線を上げる。

 誰もいない。

 急に体が冷えた。
 恐怖が何倍にも膨らみ、足が震える。

 壁に手をつきながら玄関へ行き、外に出た。
 携帯電話を取り出す。弟からの着信が数件。

 弟に電話を掛け、どこにいるんだと怒る声を聞きながら道を戻る。
 それから適当に歩き回っていると、兄の車が停まっているコンビニに出た。

 少し遅れて弟もやって来る。
 何でも、一緒に家を探している最中、私がどんどん先を歩いていき、
 どこかの角を曲がった瞬間に見失ったのだそうだ。
670:2012/09/09(日) 00:57:26 ID:
夜が空を侵食していく。
 もう行かないと、日が変わる前に帰れなくなる。

('A`)「で、家は見付けられたか?」

('、`*川「……よく分かんない」

爪;'ー`)「人に散々心配かけさせといて、それかよ……」

 車がコンビニの駐車場を出る。

 結局先生を見付けられなかった。
 ちゃんとした手掛かりすら掴めなかった。

 あの家は、ほぼ間違いなく一家心中があった家だ。
 あからさまに怪しい。
 でも二度と行きたくはない。

 けど、もしも先生があそこに行っていたら。
 どうしよう。どうしよう。
671:2012/09/09(日) 00:59:38 ID:
('A`)「ペニサス?」

('、`*川「……はい?」

('A`)「大丈夫か?」

 どうかしたのか、と弟が後ろから兄に問い掛けた。
 兄は、私がずっと足元を見つめているのが気になったと答える。

('、`*川「ん、大丈夫。ちょっと疲れただけ」

('A`)「そっか。……なんだ、ええと……なんつうかな。役に立てなくて悪かった」

('、`*川「……何言ってんの、すごく助かったわよ。兄さんもフォックスもありがとう」

爪'ー`)「やっぱ、警察に任せるしかないんかな」

 弟はほっとしているようだった。
 「先生が私を呼んでいる」という先生に失礼な疑念を抱いていたらしいから、その反応も頷ける。
 弟なりに私を心配してくれていたのだろうし、別に、不満はない。

 私は鞄を開けた。
 チョコレート菓子は、女の子にあげた一口分、しっかり欠けている。
 あの女の子は、たしかに居たのだ。
672:2012/09/09(日) 01:01:07 ID:
そして、

('、`*川(……あ)

 朝、コンビニで買った「あれ」が無くなっていた。

 どこかで落としたのだろうか。



*****
673:2012/09/09(日) 01:02:51 ID:
wktk
674:2012/09/09(日) 01:04:10 ID:
帰宅したのは、日付が変わる直前だった。

 で、3人揃って父に怒られた。
 特に高校生の弟をこんな時間まで連れ回していたのが駄目だったらしい。
 生真面目な人だと思う。

 兄弟仲が良くていいじゃないかと母が父を宥め、ようやく解放される。

 一日中見知らぬ町を回った私達は疲労困憊で、お風呂に入るのも億劫だった。
 とりあえずシャワーだけ浴びて、自室に入る。

 ベッドに横たわると、眠気が降りかかってきた。
 髪は乾いていないし電気もつけっぱなしだけれど、私はそのまま目を閉じた。

 眠ってしまいたかった。

 このまま起きていても、私は先生のことを考えるばかりで。
 そうすると、不安やら後悔やら何やらで苦しくなるから。
 眠りたかった。

 シーツを握り締める。


 先生。



*****
676:2012/09/09(日) 01:05:23 ID:
(´・_ゝ・`)「──君ってそんなに馬鹿だったっけ?」

 目を開けたら真ん前に先生がいて、開口一番馬鹿にされて、本当に訳が分からなくて、
 私はひたすら瞬きを繰り返した。

 口が動く。言葉が見付からない。無意味な声が落ちるだけ。

('、`*川「えう」

(´・_ゝ・`)「僕の知ってる伊藤君は、1人で心霊スポットに入るような子じゃないよ。
        伊藤君ならビビりにビビって、足も踏み入れずに逃げる筈だ」

('、`*川「せ」

(´・_ゝ・`)「あのとき箱を落とさなかったらどうなってた?
        君の貧相な想像力でも分かるでしょうに」

('、`*川「せんせい」

 やっと、意味のある一言が出た。

 ぶわり、全身に感覚が満ちる。
 思考が動く。
677:2012/09/09(日) 01:07:25 ID:
私はまず、周囲を確認した。
 小綺麗な家具と畳。古い型のテレビ。箪笥の上に、小さな段ボール箱。
 電気はついていないけど、明るい。

 夕方に見たときのような廃屋じみた雰囲気は無いが、間違いなく、あの家だった。

 その部屋の真ん中で、薄っぺらい座布団に座り、
 私と先生は向かい合っていた。

 破れていない障子の向こう──庭がある筈──からは、例の兄妹が遊ぶ声がする。

(´・_ゝ・`)「聞いてる?」

 べらべらと何か喋っていた先生が、私の頬を抓った。
 痛い。先生の手を叩き落とす。
 体温が感じられない。

 すぐさま叩き落とした手を握り、私は、まじまじと先生を見つめた。

 いつもの、ワイシャツにグレーのベストとスラックス。
 傍らには、折り畳まれたグレーの上着。

 目の下に隈なんか無い、一番見慣れた、いつも通りの先生がそこにいた。
678:2012/09/09(日) 01:08:01 ID:
先生…やっぱり…
679:2012/09/09(日) 01:08:28 ID:
('、`;川「先生」

(´・_ゝ・`)「うん」

('、`;川「……先生」

(´・_ゝ・`)「そうだよ」

('、`;川「……これ何? 夢?」

(´・_ゝ・`)「夢だね」

('、`;川「じゃあ、……先生、ニセモノなの」

(´・_ゝ・`)「何を根拠にするのかは分からないけど、本物だよ」

 先生の手を離し、彼の頬を触ってみた。
 ちょっと不快そうに顔を顰める先生は──私の記憶が作り出したにしては、
 あまりにもリアルな「先生」だった。

 先生。
 先生だ。
680:2012/09/09(日) 01:08:34 ID:
ええええ
681:2012/09/09(日) 01:09:18 ID:
('、`*川「せん、」

 言葉が詰まる。

 いつだったか、私が海の夢を見たとき、私は先生に質問した。
 幽霊は夢が好きなのか、と。
 先生の答えは、干渉しやすいんじゃないか、なんていう簡潔なものだった。

 思考の糸が絡まる。
 あんな質問しなければ良かった。あんな答えを聞かなければ良かった。

 嫌な想像ばかりが浮かび、私を攻撃する。

 夢なんかに出てくるくらいなら、会いたくなかった。

 上手く呼吸が出来ない。
 思いきり息を吸うと、喉が引き攣って、目元に熱が集まった。
683:2012/09/09(日) 01:11:24 ID:
(´・_ゝ・`)「……君、どうして僕を探しに来たの」

 先生は私の手を掴み、言った。
 手を下ろされる。

 目元の熱が増していく。

('、`*川「どうしてって、だって、……先生いないから……」

(´・_ゝ・`)「君にとって僕は傍迷惑な変人だろう。
        どうやってここを突き止めたかは知らないけど、何かしらの努力はしたでしょ。
        そうまでして君が僕を探す理由があるとは思えないんだけど」

 弟にもされた質問。
 私は、また答えに困る。

 理由ならある。
 あるけど、本人に話すには──身勝手すぎる理由だ。
 話したくない。
684:2012/09/09(日) 01:12:45 ID:
先生…
685:2012/09/09(日) 01:13:54 ID:
それでも私は的確な言葉を探す。
 素直に、正確に、先生にも伝わるような言葉を。

 だけど、ちゃんと見付けられなくて、結局手近なところにあった単語を繋ぎ合わせるしか出来なかった。

('、`*川「自分、が」

(´・_ゝ・`)「うん?」

 ──先生を助けたいとか。
 先生のために何かをしたいとか。
 そういうもの、私の中にはなかった。

 私は決して、そんな立派な人間じゃない。

('、`*川「自分が悪者になるのが嫌だったの」

 ようやく絞り出した瞬間、熱が溢れた。
 流れ落ちる水滴を、先生は、いやに優しい瞳で見つめていた。
688:2012/09/09(日) 01:15:48 ID:
(;、;*川「……トンネル行ったとき、先生の様子がおかしいの分かってた。
     あのまま放っておくのは良くないって分かってた」

(;、;*川「で、でも、私、『もう変なところに行くな』ってことすら言わなかった。
     言っても無駄だって思って、それで、」

 俯き、涙を拭う。
 すぐにまた溢れてくる。

(;、;*川「まさか先生がいなくなるなんて思わなくて……。
     あ、あのとき、私が止めなかったせいで先生がいなくなっちゃったんじゃないかって考えたら、
     私、私、すごく悪いことしたような気がして、恐くて」

(;、;*川「……もちろん先生がいないのが寂しいっていう気持ちもあったけど、
     でもそれ以上に、ざ、罪悪感、罪悪感があったから、私……」

 ひくり、喉が跳ねる。
 震える声を抑えるのが、難しくなってきた。

 こうして泣いているのも、結局は、自分自身を顧みた上での後悔が大半を占めている。
 情けないったらなかった。
689:2012/09/09(日) 01:17:07 ID:
先生からの反応がない。
 恐々、顔を上げる。


(´-_ゝ-`)" コックリコックリ


 先生は舟を漕いでいた。


(;、;#川「死ね!! 馬鹿!!」

 心の底からの、全力の叫びだった。

 庭から聞こえていた声が途切れる。
 躊躇いがちに「どうかしましたかお」という男の子の問い掛けが障子越しに飛んできた。
 男の子も女の子も、私がいることは把握しているようだ。

 わざとらしく、いま起きましたよと言わんばかりの動作をしながら、
 先生は「気にしないで」と返していた。

 2人は明確に相手を認識した上で会話している。
 詳しく訊きたいが、それ以前に、まず先生をぶん殴りたい。
690:2012/09/09(日) 01:20:57 ID:
(;、;#川「人が! 人が頑張って懺悔してるのに!!」

(´・_ゝ・`)「長いしつまらないよ」

(;、;#川「死ね!!」

(´・_ゝ・`)「死んでるよ、多分」

 先生は笑った。
 私の怒りが引っ込む。ついでに涙も。

('、`*川「……そういう冗談、笑えないわ」

(´・_ゝ・`)「冗談のつもりはないけどね」

 もっと悪い。
 どうしてそんなこと言うの。
 私は唇を噛み締め、ずっ、と鼻を啜った。

(´・_ゝ・`)「今度は僕が話そうか。
        ──『懺悔』した君には悪いけど、僕は、君が何と言おうと
        心霊スポット巡りをやめたりはしなかっただろう」

(´・_ゝ・`)「それくらい、あのときの僕は必死だった。
        霊の声を聞くようになって……姿を見るのも夢じゃないと思っていたからね」
691:2012/09/09(日) 01:23:57 ID:
(´・_ゝ・`)「たくさんの場所に行った。有名なところもマイナーなところも。
        遠いところも近いところも……」

 先生は障子を見遣った。
 口元に笑みを湛えたまま。

(´・_ゝ・`)「それでここに来た」

('、`*川「……うん」

(´・_ゝ・`)「そしたら、初めて幽霊を見れたよ。女の子と男の子。
        びっくりした。普通の人間みたいに見えるのに、どこか人間とは違うんだね」

 念願叶った割には、いつも通りすぎた。
 ごくごく冷静に経緯を話している。
692:2012/09/09(日) 01:25:59 ID:
(´・_ゝ・`)「彼らの両親はいなかった。
        伊藤君、あの心霊写真覚えてる? 子供の霊が映ってたやつ」

('、`*川「先生が燃やしたやつ」

(´・_ゝ・`)「それ。
        ……あの子供と変わらないよ。子供だけを置いて、両親がいなくなった。
        だから子供は母親や父親を欲している」

('、`*川「……。先生は、見事に父親として捕まったわけ」

(´・_ゝ・`)「そうだね。父親に似てたか何だか知らないが、気付いたらこんな状態だよ。
        この家から出られない。外の状態が分からない。
        飲み食いしなくてもお腹が空かない」

(´・_ゝ・`)「案外悪くはないけどね。
        ただ、生きてるか死んでるか分からないのが気持ち悪いかな。
        これで生きてるとも思えないけど、死体が見当たらないから確実に死んでるとも言えないし」

 夕方、女の子が私の前に現れたのは、私が先生を連れていってしまうと思ったから邪魔しようとした、らしい。
 彼女が泣いていた理由が分かった。
 男の子の言葉の理由も。

 家の中で私に微笑んだのは、私も「家族」にしようと考えたから。
 箱が落ちてきた──先生の仕業だろうか──ことで、それは成功しなかったけれど。

 今は、特別に私と話すのを許してくれているそうだ。
693:2012/09/09(日) 01:27:15 ID:
先生…
694:2012/09/09(日) 01:29:25 ID:
(´・_ゝ・`)「幼いが故に純粋に寂しがってるだけで、悪い子じゃないんだろう。
        現状からすると、いい子とも言えないけど」

('、`;川「……何でそんなに冷静なの」

(´・_ゝ・`)「ん?」

('、`;川「幽霊に捕まってんのよ。
     死んでるかもしれないのよ。
     どうして普通でいられるの? 怖くないの?」

(´・_ゝ・`)「怖くないよ」

 言って、先生は黙った。
 見つめ合う。もしかしたら、睨み合う、が正しいかもしれなかった。

 そして──先生が口を開く。


(´・_ゝ・`)「君はきっと、僕より優れているのかもしれないね。
        こんなこと、フリーター風情に言いたくはないけど」


 褒められて、馬鹿にされて、反応が鈍った。
 私が先生より優れているなんて、この人が言うわけがない。

 何それ、と返すので精一杯だった。
696:2012/09/09(日) 01:30:44 ID:
>>1のセリフキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
698:2012/09/09(日) 01:33:24 ID:
>>696 
本当に凄いな
697:2012/09/09(日) 01:32:24 ID:
(´・_ゝ・`)「伊藤君ってさ、怖がりだよね」

('、`*川「……人並みだと思うけど」

(´・_ゝ・`)「でも僕はその『人並み』にもなれない」

 物悲しい響きがあった。
 初めて聞く声だった。

(´・_ゝ・`)「昔から……子供の頃からそうだった。
        怪談の怖さが理解出来ない。
        悪いことをするとオバケが来るよ、と親に言われても、だから何だとしか思えなかった。
        そんなものより、異常者や凶悪犯が来る方がよっぽど恐かった」

(´・_ゝ・`)「生きている人間の悪意や狂気に対する恐怖は分かる。
        でも、死んだ人間は怖くなかったんだ。
        そんな、幽霊だけを怖がれない自分も理解出来なかった」
699:2012/09/09(日) 01:36:27 ID:
(´・_ゝ・`)「生きていようと死んでいようと人間は人間だ。
        なのに、死んでいる人間だけが怖くない。その違いが自分で分からない」

 幽霊を見たことがないから怖がれないんじゃないかと、若き頃の先生は考えた。
 それが、心霊スポットに行き、霊を探すようになった切っ掛けなのだという。

 「人並み」になりたかった。
 みんなと同じように、霊に対して恐怖を抱きたかった──らしい。
 紛れもない、劣等感がそこにあった。

(´・_ゝ・`)「これは立派な欠陥だと思う。僕は欠けている。
        伊藤君やミルナ君達に比べると、よっぽど劣っている部分だ」

('、`*川「……怖がらずに済むのは、羨ましいと思うけど」

(´・_ゝ・`)「怖がらないってことは、触れてはいけないものに気付けないってことだよ。
        それは今の僕が証明している」

 君子危うきに近寄らず。
 そんな言葉が過ぎった。
700:2012/09/09(日) 01:40:35 ID:
最初に出てきたセリフが最後にまた出てくるパターンは本当ドキドキするな
まさかこんな状態とは思わなんだ
701:2012/09/09(日) 01:41:58 ID:
(´・_ゝ・`)「……怖がりな人なら、こんなところには来ない。
        今回は僕を探すというイレギュラーな動機があったからともかく、
        普段通りであれば、君は近付くのも嫌がる筈だ」

('、`*川「……」

(´・_ゝ・`)「つまり『怖がる』ことは危機回避に繋がるんだよ。
        僕にはそれが無かった。
        自ら危険な場所に赴いていたくらいだ」

 先生は無敵だと思っていた。
 でも、彼が言ったように、そんなことは全然なくて。
 寧ろ私達よりずっと危険だった。

 その結果がこれだ。
 何よりも分かりやすくて、馬鹿らしい証明だった。
703:2012/09/09(日) 01:44:11 ID:
(´・_ゝ・`)「そして僕はやっぱり欠けていた。
        実際に幽霊を目の当たりにして、こんなことになっても──まだ、怖くない」

(´・_ゝ・`)「僕には初めから無理だったんだろうね」

 先生の声に、私の心臓が跳ねた。
 とても嫌な声だった。

 低くて。温度がなくて。


 私と先生の、──いや、もっと別の何かの距離が開いていく。


 また涙が出た。
 今度は後悔じゃなく、悲しみだけが涙を作り上げていた。
704:2012/09/09(日) 01:45:52 ID:
せんせい。
 何度目になるのか、力なく先生を呼ぶ。
 先生は微笑む。

(´・_ゝ・`)「これで、長年求めていたものの答えは出た。
        もういいかなって思ってる」

(;、;*川「……」

(´・_ゝ・`)「僕は帰ろうとは思ってないよ。
        簡単に帰らせてもらえないだろうし、普通に帰れるかも分からないし」

 ふざけんな。
 帰りたいって言え、馬鹿。
 私が一日捧げて探した苦労はどうしてくれるんだ。

 文句は次々に出てきた。
 ろくな解決策も浮かばないくせに、子供みたいに泣きながら、必死に先生に苦情をぶつけた。

 先生は優しく笑っている。

 ありがとう。ごめんね。

 先生は私が聞きたくない答えしかくれない。
705:2012/09/09(日) 01:48:55 ID:
(´・_ゝ・`)「そろそろ帰りなさい、伊藤君。
        これ以上ここにいたら、君までこっちに引っ張られる」

(;、;*川

(´・_ゝ・`)「泣かないでよ。
        もう僕なんかに振り回されずに済むんだから、君は喜んでいればいい」

 喜べるわけないだろう。
 たしかに先生には困らされてきたけれど、
 いなくなって清々したなんて言えるほど薄情じゃない。

(´・_ゝ・`)「今までごめんね。正直、楽しかったよ」

 私をすっきり送り出したいなら、そんなこと言うな。
 なんて酷い人だ。
707:2012/09/09(日) 01:51:32 ID:
感情移入しすぎてこっちまで泣きそう
708:2012/09/09(日) 01:51:59 ID:
(;、;*川「わ、私、は、……楽しくなんか、なかった……」

(´・_ゝ・`)「だろうね」

(;、;*川「でも、」

(´・_ゝ・`)「うん」

(;、;*川「でも、先生のことは、そんなに嫌いじゃない……」

(´・_ゝ・`)「うん」

 先生は私の手を取り、立ち上がった。
 私も腰を上げる。
 障子の向こうから声はしないけれど、気配はする。

(´・_ゝ・`)「僕も伊藤君のことは結構気に入ってるよ」

 部屋を出て、廊下を歩く。
 玄関に着いて、先生は私の手を離した。

 先生はもう片方の手に、「あれ」を持っていた。
 私の鞄からなくなっていたもの。

 先生が靴箱を開け、2段目にそれを置く。
709:2012/09/09(日) 01:54:17 ID:
(´・_ゝ・`)「……もう僕のことを探そうとしないでね。
        僕は今のままでいい。
        なかなか平和で落ち着くし」

(;、;*川「ほ、本当に、帰る気ないの……」

(´・_ゝ・`)「うん。けど君が僕を探しに来てくれてたのは少し嬉しかった。ありがとう。
        でももうやめなさい。どこで何があるか分かったもんじゃないよ。
        僕はここにいる、帰る予定はない。それが結論」

 今更気付いたけど、私は裸足で、先生は革靴を履いていた。
 先生が私の隣に立ち、玄関の戸を開ける。
710:2012/09/09(日) 01:56:14 ID:
(´・_ゝ・`)「ばいばい。僕は外に出られないから、ここまでだよ」

 先生の顔を見上げる。
 5秒、10秒。

 私が視線を下ろすと同時に、先生は私の背中を押した。

 家の外に出る。
 一歩進むと、勝手に、もう一歩。また一歩。

 塀を抜ける。


 顔を上げると、見慣れた場所にいた。
 私の家の近くだ。

 振り返ってもあの塀は無くて、ご近所さんちの生け垣があった。
711:2012/09/09(日) 01:57:10 ID:
空は白んでいる。

 私は一層泣いた。
 声をあげて、年甲斐もなく泣きじゃくりながら家へと歩いた。

 コンクリートの表面がちくちくと私の足に痛みを与える。

 玄関のドアを開けたところで、視界が暗くなった。


.
712:2012/09/09(日) 01:57:54 ID:
目を開けると、私の自室、ベッドの上にいた。

 窓からは朝日が差し込んでいる。
 夜が明けた。



 私と先生の夜話は終わった。





*****
713:2012/09/09(日) 01:59:45 ID:
起きてきた兄に頼み込み、また車を出してもらった。
 行き先は、隣県某町の、あの家だ。


 到着したのは昼過ぎで、昨日とは違って明るかった。

 掠れた表札のついた塀を通り、玄関に入る。

 右手側に靴箱。
 私は、その靴箱を開けた。
714:2012/09/09(日) 02:01:30 ID:
──私が先生について知っていること。

 名前。職業。大まかな年齢。
 わがまま。子供っぽい。人を見下しがち。
 幽霊が好き。心霊スポット巡りが好き。

 あと、コーヒーが好き。



 靴箱の2段目。
 そこに置かれた、コーヒーの缶を取る。

 真新しいそれは、私が昨日コンビニで買ったのと同じもの。
 先生に会えたら飲ませてやろうと思って買った缶コーヒー。

 缶は空だった。
 誰かが飲んだばかりのように、飲み口の辺りの溝には、僅かにコーヒーが溜まっていた。
715:2012/09/09(日) 02:02:14 ID:
先生・・・・・・・
716:2012/09/09(日) 02:02:27 ID:
先生は酷い人だ。
 本当に。

 あれは単なる夢だったのかもしれない。先生はどこかで旅行しているのかもしれない。
 そんな希望すら残してくれなかった。


 空き缶を両手で持って、また少し泣いた。



*****
717:2012/09/09(日) 02:02:45 ID:
よくできてんなぁ
719:2012/09/09(日) 02:06:33 ID:
「アレ」とは先生の好きだったコーヒーの缶だったのか……
723:2012/09/09(日) 02:10:37 ID:
コンビニの缶コーヒー…、よく考えつくな!
718:2012/09/09(日) 02:06:08 ID:
あれ以来、先生失踪に関する続報はない。

 ミルナさんにあの日のことを話したところ、「しょうがない人だな」と言って笑っていた。
 笑った後、物憂げに溜め息をついたミルナさんの顔が印象的だった。


 もう、あの家には行っていない。
 行ったら先生に怒られるだろう。


 ちなみに貞子ちゃんには既に怒られた。
 兄と弟、私の3人は並んで正座させられて説教を受けた。
 本当に恐かった。

 一番最近の恐ろしい体験は、その貞子ちゃんの説教。

 幽霊を見たり怪奇現象に巻き込まれたりすることは、今のところ無い。
 やっぱり先生がいないと平和だ。
721:2012/09/09(日) 02:08:28 ID:
( ・∀・)「──ペニサスちゃん、棚の整理してきてくれるかな?」

('、`*川「はあい」

 店長の指示を受け、私は返事をしてからレジを出た。
 今はお客さんが少ない時間帯だ。


 私は、先生と出会った日に「辞めてやる」と決めたコンビニでまだ働いていた。

 そんなに人間関係悪くないし。
 時給もそれなりにいいし。

 それと。
 もしかしたら先生が来るんじゃないかという、ほのかな期待があって。

 ただしいつまでも待ってやるつもりはない。
 クビになったり、就職したり、何かしらがあってバイトを辞めるまで。
 それまでは、ここで待っててやらないでもない。

 だから、帰ってこれそうなら早く帰ってこい。馬鹿。
722:2012/09/09(日) 02:09:13 ID:
来客を知らせるメロディが鳴った。
 私は入口へ振り返る。

('ー`*川「いらっしゃいませー」



.
724:2012/09/09(日) 02:11:02 ID:
ああもう切ねぇぇぇぇ
725:2012/09/09(日) 02:12:28 ID:
これで話は終わりだ。

 フリーター風情の私が、教授センセーのクソジジイに最後の最後まで振り回された話。
 いま思い出しても腹の立つような、しょうもない怪談。


 それでも、そんなに悪い体験でもなかったように思う。
 ただバイトに明け暮れて過ごす日々よりは、随分といいものだった。
726:2012/09/09(日) 02:12:29 ID:
うまいなぁ…
727:2012/09/09(日) 02:14:36 ID:
終わってしまうのか……
728:2012/09/09(日) 02:15:34 ID:
乙乙
夏から夏の終わりに丁度良い話で楽しかった
729:2012/09/09(日) 02:18:55 ID:
と、まあ、ここまで過去の話を語ってきたわけで。
 過去が終われば、当然、今現在に繋がっている。

 これから先は現在進行形。
 明日、いや、ほんの一秒先がどうなるかは分からない。

 バイトに追われる日々か、
 新たな出会いがあって、何かが起こるか。

 あるいは、また──奇怪で怪奇な夜話が、幕を開けるかもしれない。


 とにもかくにも、こんな話に付き合ってくれたことに感謝したい。
730:2012/09/09(日) 02:22:06 ID:
いえいえ
731:2012/09/09(日) 02:24:12 ID:
願わくは、私と先生の話で、あなたの夜が特別なものになりますことを。



.
732:2012/09/09(日) 02:24:59 ID:
('、`*川 フリーターと先生の怪奇夜話、のようです (´・_ゝ・`)






736:2012/09/09(日) 02:26:07 ID:
うぉぉぉぉここ1ヶ月楽しませてもらいましたありがとう!乙!
737:2012/09/09(日) 02:26:13 ID:
終わった…終わってしまった…

すごく面白かった
少し寂しいけど先生が最後まで先生らしくてよかった!
741:2012/09/09(日) 02:27:09 ID:
乙!!
楽しく恐ろしく読ませてもらったよ
742:2012/09/09(日) 02:27:54 ID:
とうとう完結したかぁあああ! 乙!!
楽しい夏の夜を過ごせたよ
743:2012/09/09(日) 02:28:30 ID:
これにて終わり

読んでくれた方々、絵を描いてくれた方々、
まとめてくれたRESTさん、皆さんありがとうございました


質問・指摘があればお願いします
763:2012/09/09(日) 11:32:27 ID:
ギコネコの話しで気になった所が有ったので質問。

霊障による手足の切断描写が音だけなのは、読者の幽霊の解釈(猫が切っているのか、はたまた別の存在なのか)に幅を持たせるため?
764:2012/09/09(日) 12:37:07 ID:
>>763
猫がノコギリ持って一生懸命何か切ってる姿なんて可愛らしいだけかなって……



明確に「こいつがこんな風にやってるんだ!」っていう決定的な描写をするよりは、
色々と隠して若干ぼかした方がホラーには合うかなと思っている

自分は実話系の怪談を見た後に
「こういうことなのか?」「語り手はこう解釈してたけど、別の可能性もあるんじゃ?」
と色々考えるのが好きなので
755:2012/09/09(日) 03:02:47 ID:
ひとまずおやすみなさい

『幽霊が出るコンビニ』 >>1-24

『心霊写真』 >>32-67

『いわくつきラブホテル』 >>73-96

『遊女の人形』 >>102-132

『憑かれた青年の話』 >>145-172

『祠とキツネ』 >>184-204

『つきまとう影』 >>212-243

『呼ばれる』 >>255-276

『おばけバス』 >>284-302

『長い首』 >>308-346

『可哀想なこっくりさん』 >>355-394

『海の夢』 >>403-430

『猫とノコギリ』 >>439-482

『廃校闊歩』 >>496-524

『プラスかマイナスか』 >>539-577

『怪奇夜話』 >>621-732
744:2012/09/09(日) 02:28:40 ID:
乙!毎日楽しみにしてた
最後は切ないな…
749:2012/09/09(日) 02:37:23 ID:
普通の怪談とは違った趣が素敵だった!楽しかったありがとう
元スレ: