1:2012/08/04(土) 01:02:56 ID:
(´・_ゝ・`)「君はきっと、僕より優れているのかもしれないね。
        こんなこと、フリーター風情に言いたくはないけど」


 私はその日、初めて「先生」に認められた。

 少し嬉しかったから、いくつか、話をしようと思う。

 フリーター風情の私が、教授センセーのクソジジイに振り回される話を。
 いま思い出しても腹の立つような、しょうもない怪談を。


 まずは、私と「先生」が出会った話から。

2:2012/08/04(土) 01:03:47 ID:
('、`*川 フリーターと先生の怪奇夜話、のようです (´・_ゝ・`)


.
3:2012/08/04(土) 01:06:43 ID:
私が掛け持ちしているアルバイト先の一つに、コンビニがある。
 色々と曰く付きのコンビニなのだけれど、ある夜、私は店長に呼び出された。



(´・_ゝ・`)

 お客さんが入ってきたことで、私は目を覚ました。
 立ったまま寝ていたらしかった。
 慌てて、入口のお客さんに微笑みかける。

('ー`*川「いらっしゃいませー」

 お客さんはちらりと私を一瞥し、

(´・_ゝ・`)「よだれ」

 とだけ言って、奥の方へ歩いていった。

 口元を拭うと、よだれが垂れていた。
 ものすごく恥ずかしかったのを覚えている。
 今にして思えば、こんな奴に羞恥心を覚える必要もなかったのだけど。
4:2012/08/04(土) 01:08:41 ID:
('、`;川(深夜のコンビニがこんなに退屈だとは思わなかった……)

 無意味にも、心の中で言い訳しておいた。
 だって、店内に自分以外の人間がいないという状況が長いこと続けば、
 うたた寝くらいしてしまうだろう。

 時計を見れば、深夜1時45分。
 そんな時間にコンビニのレジに立たされるのは初めてだった。

 というのも、夜勤は基本的に男性従業員に任せているのだけれど
 この日はどうしても、急用だとか急病だとかで人手不足に陥ってしまった──らしい。店長いわく。
 故に、暇だった私が駆り出されたのである。

 店長はといえば、このとき、裏の事務所で仮眠をとっている。
 あと少ししたら交代、というところだった。
5:2012/08/04(土) 01:11:45 ID:
(´・_ゝ・`)

 ぶらぶらと棚の間を歩くお客さんを、こっそり観察してみる。

 50代か60代か。大体それくらいの男性。

 すらりとした長身、細身。
 ワイシャツの上にグレーのベスト、同色のスラックスを身に着けていて、
 清潔感を感じさせるような、小綺麗な身なりの人だった。

('、`*川(『先生』って感じ)

 ぴんと背筋を伸ばして歩く彼からは、どこか、そういった呼称が似合いそうな印象を受けた。
 教師とか医者とか弁護士とか。
 この直感が正しかったのを知るのは、もう少し後のことだ。

 高校時代にああいうタイプの教師がいたけど、私はその教員が苦手だった。
 冗談も通じないような堅物で頑固者で、やりづらいったらない。

 あまりじろじろ見るのも失礼なので、程々のところで視線を外した。
 彼以外にお客さんはいない。
 とりあえず、目に入った商品のメーカーを当てる1人クイズにでも興じることにした。

 そうする内、店の中を一周したらしい男性が、レジの前に立った。
6:2012/08/04(土) 01:14:32 ID:
(´・_ゝ・`)「──君。ええと……伊藤君」

('、`*川「はい?」

 先生──彼こそが冒頭の「先生」なので、もう、先生と呼ぶことにする──は私の苗字を呼んだ。
 びっくりしたが、何てことはない。
 先生の視線の先には、「伊藤ペニサス」という、私の胸についた名札があった。

 どうしました、と問う。
 目当ての商品が見付からなかったのだろうと思っていた。

 しかし、先生は一度振り返ってから、馬鹿らしいにも程がある言葉を口にしたのである。


(´・_ゝ・`)「ここに幽霊が出ると聞いたんだけど、本当かい?」

('、`*川「──はあ?」



   第一夜『幽霊が出るコンビニ』

.
7:2012/08/04(土) 01:17:38 ID:
(´・_ゝ・`)「以前は、この近くに踏み切りがあったんだ。
        今はもう高架になってしまったけど」

 突然にも突然すぎる問いに私が硬直していると、
 先生は息をつき、何か話し始めた。

(´・_ゝ・`)「それまで、踏み切りでは事故や自殺が多発していたらしい。
        悩みを抱えた男が飛び込んだり、少女がボールを取りに行こうとしたり、犬が入り込んだり……」

 はたと我に返る。
 私は、精一杯、己が出来る限りの「呆れた表情」を浮かべてみせた。

('、`*川「たしかに噂はありますけど……」

 このコンビニには、まことしやかに囁かれる怪談があった。

 彼の言うように、十数年前まで近くに踏み切りがあったのは事実だし、
 そこで死亡した人や動物が複数いたのも本当。
 踏み切りが高架になって、少ししてから出来たのがこのコンビニ。

 あとは誰もが予想する通り。
 「踏み切りで亡くなった霊がコンビニに現れる」──という噂が、
 どこからともなく出回るようになったのだ。
8:2012/08/04(土) 01:20:43 ID:
(´・_ゝ・`)「君は見たことあるのかな?」

('、`*川「ありませんね。
     まあ、この時間に来るのは今日が初めてですけど」

(´・_ゝ・`)「ふむ……」

('、`*川「店長も、そういうことは一度もなかったって言ってました」

 知り合いに、霊関係と仲のいい──所謂「霊感少女」がいる手前、
 幽霊の存在そのものを否定するつもりはない。

 でも、誰よりも店に詳しい店長が「何もない」と言うのだから、
 まあそうなのだろうなと、このときの私は納得していた。
 ああ、自分の馬鹿さが恥ずかしい。

('、`*川「夜勤入ってる人の話だって、変な音がしただの何となく人の気配がしただの、
     すごく曖昧で胡散臭いものばかりでしたし」

(´・_ゝ・`)「ふん。ふんふん……んー……」

 先生は顎を擦り、残念そうな声を出した。

 彼の外見から真面目そうな印象を抱いていたが、違った。
 たまに来る(と聞く)、冷やかし半分に好奇心を満たそうとする類の人間だろう──と私は判断した。
 本当は、もっとタチの悪い男だったのだけれど。それはまた別のときに。
9:2012/08/04(土) 01:22:55 ID:
(´・_ゝ・`)「なるほどねえ」

('、`;川「……あ! ちょっと!?」

 ぱりぱりと音がする──と思ったら、先生が、
 レジ前に置かれている飴玉の包装を勝手に剥がしていた。

 赤色の球形が彼の口に放り込まれる。
 お金! と私が怒鳴ると、彼はポケットから財布を取り出し、
 その中の50円玉を一枚、指で弾くように寄越してきた。

(´・_ゝ・`)「今回も無駄足だったかなあ……」

 言いながら、彼は後ろの方へ目をやった。

 もう誰でも分かると思うが、彼は、常識に欠けるタイプの人間である。
 これはまだまだ序の口程度だったのだけども。

('、`;川(だから夜勤って嫌なのよう……)
10:2012/08/04(土) 01:23:54 ID:
からから、飴玉が歯に当たる音が聞こえた。

(´・_ゝ・`)「君、幽霊って信じる?」

 無視しようか。
 逡巡して、私は溜め息をつきながら首を縦に振った。

('、`*川「いると思いますよ」

(´・_ゝ・`)「やあ、そうかそうか」

 先生の声が僅かに明るくなる。

(´・_ゝ・`)「僕もそうなんだ。でも、見たことはないんだよね。
        不思議だねえ。どんなものなんだろう、幽霊って。
        足のない幽霊と足のある幽霊とがいるけど、違いは何なんだろう?」

('、`*川(知らんがな……と言えるなら言ってやりたい)

(´・_ゝ・`)「何だか妙に心引かれるものがあるよね。
        知りたいなあ、見てみたいなあ」

 たとえばこのコンビニ、と言って、先生は雑誌コーナーを見遣った。
 まだ続くのか、この話。
 私はうんざりしきっていた。
11:2012/08/04(土) 01:25:43 ID:
(´・_ゝ・`)「噂通りなら、深夜2時過ぎ辺りが一番『出る』らしい。丑三つ時ってやつだね。
        霊の姿は目撃者によってまちまちだけど、不思議と共通する点がある。
        およそマトモな形をしていないとか何とか」

('、`;川「はあ……」

( ・∀・)「あ、いらっしゃいませー」

('、`;川「! 店長!」

 レジ横のドアが開き、店長が現れた。
 欠伸を噛み殺しつつ先生に声をかけている。

 このときの私は、心底ほっとした顔をしていたに違いない。

( ・∀・)「お疲れ。裏、行っていいよ」

('、`;川「はい」

 気の毒だけど、奇人の相手は店長に任せることにした。
 少なくとも私よりは慣れている筈。
12:2012/08/04(土) 01:27:16 ID:
( ・∀・)「──っと、そうだ、トイレの掃除してくれる? それが済んだら休憩入って」

('、`;川「分かりました」

 あの変人に絡まれるよりかは、よっぽどましだ。
 私は、先生に近付かないように気を付けながら店の奥へ移動した。



 ドアの向こうは、タイル張りの狭い部屋になっている。
 左手側にトイレの個室が一つと、その隣に掃除用具が入ったロッカー。
 個室の真向かいには洗面台があった。

 トイレを覗き込む。
 掃除とは言っても、大して使用者がいなかったのか、然程汚れていない。
 ゴム手袋を着け、洗剤とブラシをロッカーから取り出した。

('、`*川(さっさと終わらせよう)

 個室の扉を閉め、とりあえず鍵は掛けないまま、掃除に取り掛かった。



*****
13:2012/08/04(土) 01:29:16 ID:
ふと、肌寒さを覚えた。

 手を止めて辺りを見渡しても、窓が開いている様子はない。
 トイレには冷房なんか入っていないので、夏の夜には寧ろ蒸し暑いくらいなのに。

('、`*川「……」

 腕時計は2時を過ぎた頃を指していた。

   (´・_ゝ・`)『深夜2時過ぎ辺りが一番「出る」』──

 先生の言葉が脳裏を過ぎる。
 よりにもよって、その状況で。
14:2012/08/04(土) 01:31:10 ID:
('、`*川「……もういいかな」

 何だか気味が悪いので、切り上げることにした。
 水洗レバーを捻り、便器の中の洗剤を流す。
 水が渦を巻いて吸い込まれ、洗剤が全て落ちていくのを眺めた。

 芳香剤の残量が充分なのを確認して、

 ──ぴちゃぴちゃと、水音がするのに気付いた。

('、`*川「?」

 トイレの水は既に止まっている。
 どこかから漏れている気配もない。

 首を傾げながら振り返ると──

('、`*川(……え)


 扉から床までの数センチの隙間。
 そこに、足があった。
15:2012/08/04(土) 01:34:06 ID:
血の気のない肌。
 靴を履いていない。

 ほとんどの指があらぬ方向に曲がったり中ほどから千切れたりしていて、
 右足の親指は爪が半分ほど剥げ、上向いた爪に肉片がこびりついている。
 足の甲はずたずたに引き裂かれ、踝の辺りから骨が突き出ていた。

 それだけでも悍ましい光景なのに、傷口から流れる液体がまた奇妙だった。

 血──というより、墨汁のようなどす黒さ。
 それが床に流れ、じわじわ広がっていく。

 麻痺していた頭が、ようやく動き出した。

 きしきし、扉が揺れている。
 咄嗟に扉の把っ手を押さえ、鍵を掛けた。

 扉に凭れるように両手をつき、頬を押しつける。
 そうしないと、膝から崩れ落ちてしまいそうだった。

 ぼそぼそ、向こうから声がする。
 何を言っているかは分からないけど、恐怖で涙が出そうで堪らなかった。
16:2012/08/04(土) 01:35:22 ID:
店長を呼びたいのに声が出ない。
 足元で、黒い水が侵食範囲を広げている。
 逃げ場がない。

 ──目の前を、何かが上から下へ落ちていった。

 黒い。液体。
 扉を伝って垂れている。
 上から。

 私は、よせばいいのに視線を上げた。
17:2012/08/04(土) 01:39:22 ID:
顔が並んでいた。

 ほとんどが潰れていたり抉れていたりして定かではないのだが、
 年齢や性別はそれぞれ違うように見えた。
 それらが、扉の上に並んでいる。

 最も酷いものは鼻から上がなく、そこから糸のようなものを何本もぶら下げ、
 それらにゼリー状の何かを纏わせていた。
 捲れた肉が口を覆い、今にも千切れそうなほど頼りなく揺れている。

 目玉なんて無くなっているものばかりなのに、私を「見ている」のは分かった。

 白い扉が黒く染められていく。
 私は後ずさり、便器にぶつかると、そこに腰を落とした。

 荒い呼吸が耳につく。
 それが自分のものでなく、すぐ後ろから聞こえるものなのだと気付いた瞬間、
 ぬらりとした感触が私の頬を撫でた。



*****
18:2012/08/04(土) 01:42:16 ID:
(;・∀・)「あ、起きた!」

 目を開けると、店長がほっとしたように息をつくのが見えた。

('、`;川「……店長……」

 体を起こす。
 ロッカー、防犯カメラのモニター、白いテーブル。
 見馴れた事務所。

 私が身じろぎすると、ぎし、という音が腰の下で鳴った。
 並べたパイプ椅子に寝かせられていたようだ。

(;・∀・)「トイレからペニサスちゃんの悲鳴が聞こえてさ、びっくりしたよ。
      覚えてる?」

('、`*川「トイレ……」

 頭を押さえて記憶を手繰り──さっと青ざめるのを感じた。
 どうやら、あの後、気絶したらしかった。

 頬がぴりぴりするので、店長に鏡を要求する。
 妙なものに撫でられた部分が、僅かに赤くなっていた。
19:2012/08/04(土) 01:43:56 ID:
(;・∀・)「トイレの鍵が閉まってたから開けるのに苦労するし、
      いざ開けたら君は気絶してるし……。
      この方に、運ぶの手伝ってもらったんだよ」

(´・_ゝ・`)「やあ」

('、`;川「あっ」

 少し離れたところに、先生が立っていた。
 彼の肩越しに、壁掛け時計が目に入る。2時半。

 不意に、来店を知らせるメロディーが響き渡った。
 店長が慌てて店へと駆けていく。

 私と先生の2人が残された。

(´・_ゝ・`)「大丈夫かい」

('、`;川「……はあ。多分。……えっと、ありがとうございました」

(´・_ゝ・`)「幽霊見た?」

 こいつ。
 大丈夫かと訊ねたときの声は抑揚がなかったのに、
 その質問は大変浮き浮きした声だった。
20:2012/08/04(土) 01:45:39 ID:
「あれ」が幽霊だったかどうかなど考えたくない。思い出したくもない。
 口を噤み、そっぽを向く。

 でも、沈黙はある種、何よりも雄弁な答えとなるもので。

(´・_ゝ・`)「そうかあ。いいなあ。どんなのだった?」

('、`*川

(´・_ゝ・`)「詳しく教えてくれないかな。どんな風な見た目で、どんな風に出てきたんだい?」

('、`#川

(´・_ゝ・`)「足はあった? 男だった女だった動物だった? ねえ──」

('、`#川「うっるせえな黙ってろ!!!!!」

(;・∀・)「ぎゃぴいっ!?」

 私が怒鳴ると同時に、戻ってきた店長がびくりと跳ね上がった。
 私と先生を交互に見遣って、恐る恐る口を開く。
21:2012/08/04(土) 01:48:11 ID:
(;・∀・)「えっと……今日はもう帰っていいよ」

('、`#川「そうさせてもらいます」

 勢いよく立ち上がり、先生を睨んでからロッカーに移動する。
 先程の体験に対する恐怖が、彼のせいで妙な方向に捩じ曲がって
 苛立ちへとシフトしていた。

 兄なら起きているだろうから、連絡して迎えに来てもらおうと考えながら
 ポケットの携帯電話を探す。

( ・∀・)「お客様も、もうお帰りになって大丈夫ですよ。彼女も元気そうですし……」

(´・_ゝ・`)「そうだね。残念ながら話も聞けそうにないし」

 ふと。
 ある疑問が浮かび上がった。
22:2012/08/04(土) 01:49:16 ID:
('、`*川「店長」

( ・∀・)「ん?」

('、`*川「お客さんはどうしたんですか?」

( ・∀・)「何が?」

('、`*川「さっき。来店の音楽鳴ったから店の方に出てったでしょ?
     なのに、すぐ戻ってきたじゃないですか」

( ・∀・)「……」

 不自然な沈黙。
 振り返った先生は、店長の顔を一瞥した後、モニターの傍へ寄っていった。
 モニターが映す店内には、誰もいない。

( ・∀・)「……うんとね、誰も来てなかった。
      たまにあるんだよ。壊れてるのかもしれないね。ははは」

 早口に答える店長の声は、感情が籠っていなかった。
23:2012/08/04(土) 01:50:36 ID:
気になることはもう一つ。
 トイレで悲鳴をあげて気絶していた私に、少しも理由を訊ねないというのも
 おかしいんじゃなかろうか。

('、`*川「……」

( ・∀・)「……」

('、`*川「……店長」

( ・∀・)「うん?」

('、`*川「店長、前に、怪奇現象とかそういうのは『何もない』って言いましたよね」

( ・∀・)「言っ……た、かな?」

('、`*川「あれ、本当ですか?」

( ・∀・)「……」
24:2012/08/04(土) 01:51:34 ID:
──たっぷり間をあけて、結局、店長が無言のまま微笑んだので。


 近日中に辞めてやろうと私は決意したのであった。





第一夜『幽霊が出るコンビニ』 終わり
25:2012/08/04(土) 01:53:16 ID:
百物語に出そうと思ったけど、続き物にしたくなったので書き直して再利用

それでは今夜はこの辺で
26:2012/08/04(土) 01:55:20 ID:
乙。怖い。でも最後まで読める。
30:2012/08/04(土) 17:27:29 ID:
これから楽しみ!
32:2012/08/05(日) 00:55:00 ID:
('、`*川「ありがとうございましたー」

 あの夜勤の日から1週間と少し。
 日曜日の午後だった。

 辞めてやると決意したものの、何となく切り出すタイミングを掴めずにいた私は
 その日も例のコンビニで働いていた。

 客足が一旦途絶えたので、私は、先刻出ていったお客さんが乱雑に放置した雑誌を整理するために
 棚の前に移動した。

 すると、少し離れた場所で立ち読みしていた男が私の近くへ寄ってきた。
 雑誌で顔を隠しながら、す、す、と横歩きに近付いてくる。わざとらしい動き。
 いらっと来た私は、男の手から雑誌を奪い取った。

(´・_ゝ・`)「あ」

('、`*川「何か用? 先生」

 すっかり顔馴染みとなった男を睨む。
 彼──先生は、気付いてたのか、と、つまらなそうに呟いた。
33:2012/08/05(日) 00:56:25 ID:
大変奇妙なことに、そして大変迷惑なことに、
 彼は、幽霊とかそういったものに並々ならぬ興味を抱いている。

 前回の私と店長の会話から
 このコンビニは「出る」ぞ、と確信したらしい先生は、
 結構な頻度で昼といわず夜といわず来店していた。

 この1週間強で、もう3、4回は顔を合わせたことになる。
 お陰様で、互いに顔と名前を認識出来るようになってしまった。
 正直、あまり嬉しいことではない。

('、`*川「私バイト中だから、先生に構ってる暇ないんだけど」

 雑誌の表紙を眺めながら言う。
 「心霊写真特集」の見出し。胡散臭い。

(´・_ゝ・`)「何でもいいからさ、怖いことない?」

('、`;川「はあ?」
34:2012/08/05(日) 00:58:29 ID:
(´・_ゝ・`)「どうやら、このコンビニの霊は僕に会ってくれないみたいだし。
        ここでの怪異は諦めようと思ってさ。
        で、何かオススメの心霊スポットとか、もしくは怪奇現象の悩みとかない?」

 ──このとき、私が自分の行動圏内から遠く離れた場所を挙げるなり、
 「ない」と答えるなりしていれば、
 恐らくもう、この男と関わることはなかっただろう。

 だが、咄嗟にそこまで思考が至らなかった私は思わず、

('、`*川「……友達から、心霊写真は預かってますけど」

 そう答えてしまった。

 ああ、出来ることなら、当時に戻って私をぶん殴りたい。



   第二夜『心霊写真』

.
36:2012/08/05(日) 00:59:55 ID:
ねむれなくなっちゃうよ
37:2012/08/05(日) 01:01:53 ID:
(´・_ゝ・`)

 ──盛岡デミタス。それが先生の名前。
 2度目に再会したときに自己紹介された。

 VIP大学で教鞭を執っているのだと聞いている。
 なので、私は彼のことを先生と呼ぶことにした。

 大学では経済について教えているそうだ。
 おおよそ彼が好む幽霊やら何やらとは関係なさそうな学問だったので、少し拍子抜け。

 そもそも、50代後半という歳に不相応なほど気ままで勝手な性格の彼に、
 教授という職業が向いているのかどうかすら甚だ疑問だった。

 高校を卒業し、フリーターとなってアルバイト三昧の生活を送っている私には、
 「教授」なる立場の人間はあまり馴染みがないから分からない。
38:2012/08/05(日) 01:03:28 ID:
さて、先生の紹介はこれくらいにして、話を進めよう。


(´・_ゝ・`)「──ううん……」

 夕方。駅前のショッピングモール。
 そこにあるファミリーレストランで、私と先生は向かい合っていた。

 話すなら何か食べながら、と主張する先生に、
 アルバイトが終わって早々ここに連れてこられたのだ。
 時間帯もあってか、店内はなかなか賑やかだった。

('、`*川「……先生?」

 カレーライスが食べたいと言っていた先生は、メニュー表を前にして
 かれこれ10分ほどうんうん唸っていた。
39:2012/08/05(日) 01:05:13 ID:
('、`*川「どうかしました?」

(´・_ゝ・`)「お子様ランチっていうのは、大人は頼めないのかな」

('、`*川「……おとなしくカレー頼みましょうね」

(´・_ゝ・`)「でもお子様ランチだとカレーに海老フライが付いててさ」

('、`*川「カレーと一緒に海老フライ単品で頼めばいいでしょ」

(´・_ゝ・`)「単品? メニューには書いてないけど」

('、`*川「頼めば出来ますよ」

 ここは、私の数あるバイト先の一つである。
 故に、対応可能な範囲は分かる。

 とりあえず、先生は私の案に落ち着いてくれた。
40:2012/08/05(日) 01:06:29 ID:
(´・_ゝ・`)「それで、写真は?」

 注文を済ませた後。
 夕飯はいらない、と母にメールを送った私に、
 先生はドリンクバーから持ってきたホットコーヒーを啜りながら訊ねた。

 携帯電話を鞄にしまい、それと入れ替えるようにクリアファイルを取り出す。
 シフト表などと一緒に挟まれていた封筒を、先生に手渡した。

('、`*川「どうぞ」

 先生は封筒を開き、中から一枚の写真を出した。
 テーブルの中央に置く。


   【( ^Д^)(=゚ω゚)ノ从'ー'从】


 写真に写っているのは2人の男と1人の女。私と同い年くらいの。
 3人共、少々目立つ格好をして、おちゃらけたポーズを決めていた。

 頭の悪そうな子達だなあ、と呟いた先生が、ふと1人の男に目を止める。
41:2012/08/05(日) 01:08:21 ID:
(´・_ゝ・`)「あれ。左の子、プギャー君じゃないか。
        うちの学部の学生だよ。講義はよくサボるけど。
        伊藤君、知り合いなの?」

('、`*川「そうなんですか? 男の方は2人とも知らない人です」

 先程ドリンクバーで注いできたメロンソーダで喉を潤し、私は答えた。
 知り合いである女の子の方も、大して交流はない。友達の友達、程度。

 右下の一週間前の日付を見てから、先生は唸った。

(´・_ゝ・`)「……ああ、これ、右の」

('、`*川「そう。右の女の子の横」

 私は頷き、先生の視線の先にあるものを指差した。

 右端の女の子にくっつくようにして、妙なものが見える。

(´・_ゝ・`)「人、だよなあ……」

('、`*川「だと思いますよ」

 カメラのライトであろう光に照らされた3人。
 その中で、「それ」は一際真っ白に、
 まるで写真に直接描き込まれたかのようにくっきりと浮かび上がっていた。

 くっきりと、とは言っても、所々が擦れて背景に溶けているし、
 影などがないので「それ」自体は平面的に見える。
42:2012/08/05(日) 01:10:18 ID:
(´・_ゝ・`)「ふむ」

 先生は、興味津々といった様子で顎を摩って前のめりになった。

 「それ」は、辛うじて人の形を保っていた。
 てっぺんには頭らしいシルエット。そこから首、肩、と続いている。

 ただ、やはり、顔だとか服の種類までは判別出来ない。

(´・_ゝ・`)「子供かな」

('、`*川「多分……」

 女の子の腰ほどの高さしかないので、恐らくは子供だ。
 全体的に小さくもある。

 眉間に皺を寄せていた先生は、ふと片眉を上げた。

(´・_ゝ・`)「これ、あれか。あの家でしょ」

('、`*川「家?」
43:2012/08/05(日) 01:13:12 ID:
(´・_ゝ・`)「知らない? 隣町の有名な心霊スポット。
        今や誰も住まぬ、殺人現場」

('、`;川「殺人……あ、一家皆殺しですっけ?」

 10年前、隣町で凄惨な殺人事件が起こった。

 気の触れた男が赤の他人の家に侵入し、
 そこに住んでいた父母と幼い息子を包丁で刺し殺す──という事件だった。

 通報を受けた警察が現場に駆けつけたとき、
 その男は子供の遺体で遊んでいたという。

 検死の結果、即死だった両親に対し、
 子供は長時間にわたり苦痛を与えられた後に死んでいたという、惨たらしい事実が判明した。

 結局、心神喪失を理由に、男が罪に問われることはなく。
 それを巡って、各メディアが騒いでいたような記憶がある。
44:2012/08/05(日) 01:14:49 ID:
(´・_ゝ・`)「そうそう。後はお決まりの流れでね。
        殺された一家の幽霊が出る出ないの噂がたくさん……」

('、`*川「その家、誰も住んでないんですか?」

(´・_ゝ・`)「事件から1年後ぐらいに住んだ人がいたようだけど、すぐに引っ越してる。
        これもまた、噂が広まった原因だろうね。
        ──大方、その噂を聞いて肝試しにでも行ったんだろうね、この子らは」

 この子ら、と写真を見下ろす先生。
 私は、前回のトイレでの光景を思い出して身震いした。
 私なら肝試しになんか行こうとも思わない。

('、`*川「へえ……。
     ……でも先生、よく、この写真だけで場所が分かりましたね」

(´・_ゝ・`)「後ろの柱を見てごらん」

 先生が、3人の背後を指差した。
 木目の浮かぶ柱。
45:2012/08/05(日) 01:16:15 ID:
先生なら既に行ってそう
47:2012/08/05(日) 01:17:03 ID:
(´・_ゝ・`)「ここに、僕が以前訪れたときに残した落書きがある」

 よく見ると、刃物で彫ったような跡が確認出来た。
 口にするのも憚られるような、低俗で幼稚な落書きだった。

('、`*川「……」

(´・_ゝ・`)「何だい、その目」

('、`*川「死ぬほど下らないことしてますね」

 心霊スポットで記念撮影する3人とどっこいどっこいだ。

(´・_ゝ・`)「別に僕は、遊びだとか度胸試しのつもりで描いたんじゃないよ。
        幽霊さんを怒らせるためにやっただけだ」

('、`*川「怒らせてどうするの」

(´・_ゝ・`)「そしたら僕の前に出てくれるかもしれないだろ?
        結局何も起きなかったけどさ」

('、`*川「この人、馬鹿なんじゃないの……」

 馬鹿である。
 そこへ、料理を抱えたウェイトレスさんがやって来た。
 慌てて、心霊写真を隅に寄せる。

 先生の前にカレーライスと海老フライ、私の前にナポリタンの皿が運ばれた。
 ウェイトレスさんは、「ごゆっくり」と一礼して立ち去っていく。
48:2012/08/05(日) 01:19:12 ID:
(´・_ゝ・`)「こういうシーンだと、2人しかいないのに
        3人分の水が運ばれてきたりするのが定番なんだけどな」

('、`*川「はいはい」

 しょうもないことを言いながら、先生はカレーライスをスプーンで掬った。
 視線は心霊写真へ移している。
 よくもまあ、そんなものを眺めながら食事が出来るものだ。

 溜め息をつきつつフォークを取って──私は、ぎょっとした。

('、`;川「!?」

 視界の隅、自分の横に、何かがいたように見えた。
 慌てて顔を横向けるも、そこにあるのは長椅子の生地だけ。

(´・_ゝ・`)「どうかした?」

('、`;川「……いや。……む、虫が飛んでてびっくりしただけです」

 気のせいだろうか。
 さっきのは、細い、子供の足に見えた。



*****
49:2012/08/05(日) 01:21:03 ID:
すっかり日も暮れて。
 私は、先生が運転する車の助手席に座っていた。

(´・_ゝ・`)「先に、大学に寄ってっていいかな。
        知り合いに渡す書類を取りに行きたいんだ」

('、`*川「はい」

 ──まず、軽く経緯を説明すると。

 ファミリーレストランで食事を終えた後、先生の携帯電話に着信があった。
 何やら小難しいことを言っていて内容は分からなかったけど、
 どうやら誰かに呼ばれたようだった。

 そしてレストランに来る客が増えてテーブルがいっぱいになっていたのもあって、
 話の続きはまた今度、ということになったのだ。

 恐らく社交辞令であろう「暗いし車で送ろうか」という先生の言葉に、私は頷いた。
 その瞬間、露骨に嫌な顔をされたが気にしない。

 まず大学に寄るというので、私はシートに凭れて、軽く目を閉じた。
 先生の用事が済むまで少し休むことにした。

 車が動き出す。
50:2012/08/05(日) 01:23:06 ID:
(´・_ゝ・`)「──あの心霊写真」

 しばし黙って運転していた先生が、不意に、口を開いた。
 瞼を持ち上げ、何ですか、と答える。

(´・_ゝ・`)「友人が君に預けたんだっけ?
        その友人って、写真に映っている内の誰か?」

('、`*川「いえ。あの写真の右端の女の子いたでしょ?
     あの子……渡辺ちゃんっていうんですけど、
     渡辺ちゃんの友達が私に寄越したんです。その子は渡辺ちゃんから貰ったって」

(´・_ゝ・`)「んん? じゃあ写真を手にしたのは、少なくとも君で3人目なのか。
        どうして全く関係のない君に渡ってきたんだろう?」

('、`*川「私、高校生の弟がいるんですけどね。
     弟の幼馴染みに──えっと、そういうのが好きな女の子がいるんです。女子高生の」

 本当は、そういうのが好き、ではなく、霊やら何やらが「見えてしまう」体質の子なのだけれど。
 うっかり先生に話そうものなら、その子に迷惑が掛かりかねない。
51:2012/08/05(日) 01:24:45 ID:
(´・_ゝ・`)「ほう」

('、`*川「それで友達が、『その子にあげたら喜ぶんじゃないか』って言って……。
     ……多分、心霊写真持ってるのが嫌だったんじゃないですかね」

(´・_ゝ・`)「なるほどね。
        渡辺さんから友達へ、友達から君へ、君から女子高生へ……。
        心霊写真は転々と、か」

 私は、例の写真を鞄から出した。
 窓を通してちらちらと不定期に差し込む光を頼りに、写真を眺める。

 正直、ただ真っ白な影が映っているだけだ。
 テレビで見るような、恐ろしい顔をした霊とか体の一部が消えているとか──そういう、
 いかにもおどろおどろしいものではない。
52:2012/08/05(日) 01:28:34 ID:
こんな時間にホラーとは……
支援!
53:2012/08/05(日) 01:29:15 ID:
(´・_ゝ・`)「……その写真、いつ貰ったんだい」

('、`*川「今朝。バイトに行く途中、道端で会って」

(´・_ゝ・`)「今朝? 道端でってことは、会う約束はしてなかったんだね」

('、`*川「はい。実は会うのも何ヵ月かぶりだったんですよ。
     心霊写真を見て、さっき話した女子高生のことを思い出したらしいんです。
     前に、その子について少しだけ友達に話したことがあったんで」

(´・_ゝ・`)「で、君の家に来る途中でばったり会ったと。それは何時頃だった?」

('、`*川「ええと、掃除のバイトに行くときだったから……結構早かったですよ。
     7時前とか、それくらい」

 先生は、ちょっと妙な表情をした。
 真剣に考え込んでいるような、何かを面白がっているような。

(´・_ゝ・`)「……最初からあの封筒に入ってたの?」

('、`*川「入ってました」

(´・_ゝ・`)「その子、変わった様子はあった?」

('、`*川「……特には」

 ふうん、と先生が頷く。
 それから何となく、2人共、口を閉じた。
54:2012/08/05(日) 01:31:35 ID:
先生は、VIP大学の駐車場に車を停めた。
 私を助手席に残し、先生はエンジンをかけたまま降車する。

(´・_ゝ・`)「ちょっと待ってて」

('、`*川「はあ」

 大学へ歩いていく先生の背中を、本当に教授なのだなと思いながら見つめる。
 冷房の風が私の襟元を撫でた。

 駐車場には他に何台もの車が停まっている。
 午後7時半。
 大学を見遣ると、明かりのついている窓が多く目についた。

 高校時代、部活には入っていなかったけど、委員会の仕事などで夜まで学校に残ることが何度かあった。
 そういった日に、外から校舎を見たときは真っ暗な印象を抱いたのに。

('、`*川(大学って明るいのねえ)
55:2012/08/05(日) 01:33:01 ID:
──ふと。

 何気なくルームミラーを見て、ぎくりとした。

 咄嗟に視線を外し、胸元を押さえる。

('、`;川(……いやいや……)

 足が見えた、気がした。
56:2012/08/05(日) 01:34:54 ID:
恐々、もう一度ルームミラーに視線をやる。
 ある。
 足が2本。

 何度瞬きしても、何度見直しても、ある。

('、`;川(いや……いやいや……)

 1週間と数日前、コンビニのトイレで遭遇した「奴」も初めは足とのご対面だった。

 短パンから伸びる脚は細く、子供なのが分かる。
 どうやら後部座席に腰掛けているようだった。
 ルームミラーの角度のせいで、腰から先が見えないのは幸いか。

('、`;川(先生戻ってきて早く来て)

 振り返る勇気はない。
 鏡から目を逸らす勇気もない。
 ばくばくと跳ねる心臓。冷房の風が、ひどく冷たく感じられた。
57:2012/08/05(日) 01:37:50 ID:
鏡の中で、子供が体を揺らす。
 ゆらゆら、ゆらゆら。

 いくら祈っても、先生は来ない。
 それどころか、誰ひとり近くを通らない。

 そうする内、子供の動きが激しくなっていった。
 初めは左右に揺れるだけだったのが、段々、ジャンプするように足を踏みしめて
 腰を軽く浮かしてから、一気に座席へ体重をかけるような動きに変わっていく。

 後部座席の振動も激しくなり、車全体が揺れているのではないかと思えた。
 どすんどすんと、助手席の背もたれに頭でもぶつけているかのような衝撃が伝わる。

〈ウ~……ウゥ……ウ~〉

 呻き声らしきものがした。
 間違いなく後ろから聞こえている。
58:2012/08/05(日) 01:40:26 ID:
〈ウゥゥ~……〉

 ぐるぐる、喉の奥で絡んだ痰が震えるような、そんな音が混じった呻き声。
 間延びしていて、ともすれば間抜けにも思える響きが、余計に不気味だった。
 それが徐々に大きくなっていく。

〈ォ……ァアザ……〉

 私はようやくルームミラーから目を逸らし、自分の手だけを見つめた。
 ドアの把っ手を掴む。開かない。鍵が掛かったままだ。

〈イ、ァア……ダ……ィョ……〉

 震える指で鍵を押し上げようとするが、滑って上手くいかない。
 どすどす、背中に衝撃。

〈オァ、ア……ザ……イアィヨ……〉

 ばちん、と、大きな音をたてて鍵が開いた。


〈……オアァザン……〉


.
59:2012/08/05(日) 01:41:44 ID:
──お母さん、痛いよ、お母さん。

 子供の言葉を理解すると同時に、私は、ドアを開けて外に飛び出した。
 私の右手を掴もうとした小さな両手が、するりと滑ったような気がする。



*****
60:2012/08/05(日) 01:43:35 ID:
(´・_ゝ・`)「おや。何をしてるんだい」

('、`*川「……」

 大学の正門から玄関まで続く、煉瓦の敷かれた道。
 そこに設置されたベンチの一つに、私は腰掛けていた。

 大学から出てきた先生が私に気付き、傍らに立つ。
 彼が脇に抱えた大判の封筒と本が、互いに擦れ合って音をたてた。

(´・_ゝ・`)「トイレでも行きたいのかい?」

('、`*川「先生……」

(´・_ゝ・`)「……何かあった?」

 私の様子がおかしいのを察したらしい。
 先生の瞳に好奇心の色が宿る。

 癪ではあったけど。
 私は、ぽつぽつと、先程の出来事を話した。
 1人で抱え込むのが嫌だった。


.
61:2012/08/05(日) 01:46:54 ID:
(´・_ゝ・`)「──それはなかなか面白……いや、怖い目に遭ったね」

 話を聞き終えた先生は、うんうんと頷いた。
 爛々と輝く瞳。私を本気で心配してはいない。確実に。

(´・_ゝ・`)「でも、ずるいなあ。何で君ばっかり……」

('、`*川「……」

(´・_ゝ・`)「そんなに睨まないでくれるかな」

 肩を竦め、先生が息をつく。
 並んでベンチに座っている私達の前を通りかかった学生が、
 ぺこりと先生に一礼していった。

(´・_ゝ・`)「……件の『家』にまつわる噂なんだけれどもね」

 返事をするのも億劫で、ちらり、先生を見る。
62:2012/08/05(日) 01:49:10 ID:
(´・_ゝ・`)「その多くが、子供に関するものだった。
        『子供の泣く声がする』『子供の霊が窓辺に立つ』『子供が歩き回る』──
        他にも色々。両親が出てくる話は、とても少ない」

(´・_ゝ・`)「その内のどれが本当で、どれが出鱈目かは分からないけれど、
        それだけ偏りがあるということは……まあ、そういうことだろう」

 私は、頭が良くないなりに精一杯考えた。

 噂は子供主体のものが多い。
 ──両親は、どこにいるのだろう?

 もし。もしも。
 両親は霊として留まることもなく、既に成仏なり何なりしていたのなら。
 子供だけが取り残されたのなら。

(´・_ゝ・`)「あの写真の中で、白い影は女性に寄り添っていた。
        ……もしかして、子供の霊は、親を探しているんじゃないかな。
        幼い子なら、特に母親を必要とするだろう」

 そこまで話して、先生は腰を上げた。
 大判封筒の一つで私の頭を軽く叩く。
63:2012/08/05(日) 01:50:45 ID:
(´・_ゝ・`)「写真を寄越してきたお友達とは、付き合いを考え直した方がいいよ」

('、`*川「……え?」

(´・_ゝ・`)「というより、信頼出来る友人として接するのはやめようね」

 急に何だ。
 それは失礼ではないか、と抗議しようとしたけど、
 まだそこまでの気力は戻っていない。

 睨むだけの私を見下ろしながら、先生は話を続ける。

(´・_ゝ・`)「お友達は、写真の女の子からもらったんだっけ。
        可哀想に。朝早くから君に写真押しつけたくなるほど、怖かったんだろうね」

('、`*川「……何なの、先生」

(´・_ゝ・`)「伊藤君」

 先生は、微笑んだ。
64:2012/08/05(日) 01:52:05 ID:
(´・_ゝ・`)「あの心霊写真。
        子供の霊が写真に『写っていた』のではなく、
        『潜んでいた』と考えれば、どうだろう」

('、`*川「潜む……?」

 ──写真の中に潜む霊。
 初めは被写体の女の子のもとに。
 次は、友人のもとに。

(´・_ゝ・`)「映画を思い出すね。ビデオを見た人が呪われちゃう感じの」

 人から人へ。
 写真と共に、霊が移動する。
65:2012/08/05(日) 01:53:58 ID:
('、`*川「──じゃあ、友達は……」

(´・_ゝ・`)「多分、君に直接渡す気はなかったんじゃない?
        君の家のポストにでも封筒を突っ込んで、
        さっさと逃げて、知らんぷり決め込むつもりだったんじゃないかな」

(´・_ゝ・`)「後の始末は、きっと、
        君か──あわよくば、弟くんの幼馴染みさんに任せてさ」

 ──久しぶり、と、私に声をかけた友人の姿を思い出す。
 互いの近況報告もそこそこに、私に封筒を持たせた彼女。
 うっすらと目の下に隈は出来ていたが、以前と変わりない、明るい笑みを浮かべていた。


 何だか、無性に。
 寂しいような、悔しいような気持ちになった。


.
66:2012/08/05(日) 01:55:10 ID:
車に戻ると子供は消えていた。
 心霊写真は、欲しいと主張する先生に渡す。

 それから私の家まで向かった。
 家の前に来たところで、礼を言って降りる。

 発進する車の後部座席に、一瞬だけ、子供らしき影が見えた。



*****
67:2012/08/05(日) 01:58:01 ID:
後日、駅前で先生に会った。

 あれからどうなったのか訊ねると、


(´・_ゝ・`)「ラップ音みたいなのはするんだけどさ、肝心の姿が全然見えないんだよ。酷くない?
        腹立ったから、写真燃やして、灰は元の家に撒いてきた」


 とのお答えをいただいた。

 それ以降、祟りらしいものも怪奇現象も、特にないらしい。





第二夜『心霊写真』 終わり
68:2012/08/05(日) 01:58:30 ID:
先生つええええええ
乙!
69:2012/08/05(日) 02:01:07 ID:
先生つよすぎワロタ乙
心霊現象描写が怖すぎたせいでトイレ行けねえ
子供の霊はちゃんと成仏できたんだろうか
70:2012/08/05(日) 02:03:38 ID:
今夜はこの辺で

『幽霊が出るコンビニ』 >>1-24

『心霊写真』 >>32-67

・不思議な実話
今回の話を書くにあたり、あるシーンを書くときのみ、部屋の中で「ぱしぱし」と家鳴りがしていた
2、3回ほど推敲したが、そのシーンに差し掛かったときだけ、必ず家鳴りが聞こえた
まあ多分偶然だろう
71:2012/08/05(日) 02:20:47 ID:
個人的に一話目よりゾクゾクきた
先生いると恐怖感が薄れていいとかくだんの霊感少女の登場が楽しみとかペニサス霊に好かれ過ぎワロタとか思った
乙乙
72:2012/08/05(日) 14:59:47 ID:
師匠シリーズに似て軽くて読みやすくてほどほどに怖い良い読み物だねえ

師匠シリーズ
73:2012/08/06(月) 02:22:43 ID:
先生と関わったのが間違いだった。
 彼のやることに付き合ったら碌なことがない。

 本気でそう思わされた出来事がある。
 今日は、それを話そう。


(´・_ゝ・`)「伊藤君、今夜、一緒にホテルに行ってくれないかな」

('、`*川

('、`*川「は?」


 まず、人がファミリーレストランでバイトしている真っ最中に、
 普通の声量でそんなことを言う感性を疑う。



   第三夜『いわくつきラブホテル』

.
74:2012/08/06(月) 02:25:08 ID:
('、`*川「何? は?」

(´・_ゝ・`)「ホテル」

('、`*川「ホテル? そういう名前の遊園地か何か?」

(´・_ゝ・`)「まあミラーハウスみたいに鏡張りだったり回るベッドのアトラクションがあったりするけど」

 ラブホじゃねえか。

 私は、右手に持ったマルゲリータピザを先生に叩きつけるかどうか、本気で迷った。
 結局、普通に先生の前に置いたけれど。

 ──以前、先生と心霊写真のことを話したファミリーレストラン。
 よりによって私が働いているときに昼食をとりに来た先生は、
 私に気付くなり、冒頭の台詞を吐いたのであった。

('、`;川「いっ、行くわけないでしょ! 年の差はともかく、色々非常識だと思うんだけど!」

(´・_ゝ・`)「え?」

 先生は、珍獣を見るような目で私を眺めながら、
 ナイフとフォークで小さく切ったピザを口に運んだ。
 一応ピザカッターもあるのだけれど、先生は、それは使わなかった。

 見た目は小綺麗だし、こういうところだけ見れば、紳士然としているのに。
 中身が残念すぎる。
75:2012/08/06(月) 02:27:17 ID:
先生がピザを飲み込んで、一言。

(´・_ゝ・`)「馬鹿か君は」

('、`#川「なっ」

(´・_ゝ・`)「まさか、僕が君に『そういうこと』をするために誘ったと思っているのかい。
        なんて悍ましい発想だ。そこまで悪い趣味はしてないよ」

 馬鹿にされた挙げ句、女として色々否定された気がする。
 反論の言葉を捻り出そうとする私から視線を外し、先生は続けた。

(´・_ゝ・`)「出る、って噂のホテルがあるんだよ。そこへ一緒に行かないかと言ってるんだ」

('、`;川「出る……?」

(´・_ゝ・`)「幽霊が」

('、`;川「ますます行かないわよ!」

 思わず怒鳴ってしまった。
 口を押さえる。周囲からの視線が痛い。
 ただ、単なる心霊スポットへのお誘いだったことには、ちょっと安心した。
76:2012/08/06(月) 02:29:23 ID:
('、`;川「1人で行けばいいじゃない」

(´・_ゝ・`)「1人じゃ入れないらしいんだよ」

('、`;川「先生だって教授なんだから、女子大生の1人や2人、
     どうとでも言いくるめて連れていけるでしょ」

(´・_ゝ・`)「僕と学生がホテルに入るのを誰かに見られたらどうする」

('、`;川「知らないわよ……。第一、何で私が行かなきゃいけないの?」

(´・_ゝ・`)「ここでたまたま会えるなんて、きっと何かのお導きだと思う」

 先生は結婚していない。
 私も彼氏はいない。
 互いに、気を遣うような相手がいないわけで。

(´・_ゝ・`)「ね?」

('、`;川「い、行かない。絶っっっ対、行かない!」



*****
77:2012/08/06(月) 02:31:17 ID:
('、`*川(どうしてこうなった)

(´・_ゝ・`)「見て見て伊藤君、マジックミラーだよ。
        部屋の中からだと向こうの浴室が丸見えだね。なんて下品なんだろう」

 ダブルベッド。てかてかしたソファ。いかがわしい自動販売機。
 来てしまった。先生と。ラブホテルに。
 馬鹿だ。

 気付けば完全に言いくるめられていた。
 「ちょろいな」とでも言いたげな先生の表情が忘れられない。腹立つ。

 私は、ホテルに入ってから通算10回目となる溜め息をついた。
 時刻は、日付が変わる数分前。
 明日の朝まで、ここで先生と過ごさなければならない。

(´・_ゝ・`)「伊藤君、テレビがあるよ」

('、`*川「どうせアダルトチャンネルでしょ……」

(´・_ゝ・`)「普通の映画専門チャンネルも見れるみたいだよ。
        ──お、ナイスタイミング」

 チャンネルを合わせると、そこに映し出されたのは、数年前に話題になったホラー映画だった。
 ナイスタイミングどころかバッドタイミングだ。
78:2012/08/06(月) 02:33:03 ID:
('、`;川「ちょっと、やめてよ」

(´・_ゝ・`)「幽霊さんも、その気になってくれるかもしれないよ」

('、`;川「冗談じゃ──」

 ──ぷつりと、テレビの画面が真っ暗になった。
 先生と顔を見合わせる。

 途端、先生が嬉々としながらテレビを調べた。
 どのスイッチを押しても反応はない。

(´・_ゝ・`)「怪奇現象」

('、`*川「……壊れてるだけでしょ」

 私は、少し躊躇ってからベッドに腰掛けた。回るベッドではなさそうだ。
 枕元にあるパネルを操作すると、流行りの曲が流れた。
79:2012/08/06(月) 02:35:26 ID:
(´・_ゝ・`)「昔、この部屋でちょっとした事件があったらしいよ」

 部屋のあちこちを見て回りながら、先生が出し抜けに言った。
 聞きたくない。さっさと寝て、さっさと帰りたい。
 せめてもの反抗に、有線放送の音量を上げた。

(´・_ゝ・`)「あるカップルが泊まったんだ。
        事を済ませて、彼氏の方が先に眠ったんだけど、
        ふと目を覚ますと……」

 何となく、室内の空気が変わった気がした。
 気のせいだ、と頭を振る。

(´・_ゝ・`)「彼女が、彼氏の胸元に鋏を突き刺そうとしているところだった」

(´・_ゝ・`)「驚いた彼氏は彼女を突き飛ばし、部屋から逃げた。
        フロントに行って事情を話すと、フロント係は警察を呼んで、部屋の様子を見に行き……
        血だまりの中で死んでいる彼女を発見する」

('、`*川「……」
80:2012/08/06(月) 02:37:56 ID:
(´・_ゝ・`)「その後、警察が来て色々調べたら──不可解な事実が判明した」

('、`*川「……実は彼氏が犯人でした、って話じゃないでしょうね」

(´・_ゝ・`)「いいや。彼女は自分で顔を切り裂き、胸や喉に鋏を刺していた。
        まず間違いなく自殺だ。
        けどね──」


 ──彼女の遺体の状況や血の乾き具合からして、
 彼氏が目を覚ましたという時刻には、とっくに彼女は死んでいた筈なんだ。


 先生が怪談のオチを呟く。
 その瞬間だけ、有線放送から流れる音楽に、ノイズが混じった。

(´・_ゝ・`)「元々、精神的に不安定な女性だったそうだよ。
        何度か自殺未遂もしてたらしいし……まあ、その日も何かのスイッチが入ったんだろうね」

(´・_ゝ・`)「多分、初めは1人で自殺したけど、寂しくなったんじゃないかな。
        彼氏も道連れにしたくなったのかもしれない」
81:2012/08/06(月) 02:41:38 ID:
('、`*川「それで、幽霊になってすぐ、彼氏を殺そうとしたってわけ?」

 迷惑な話だ。
 けれど口にするのは憚られて、喉の奥で飲み込んだ。

(´・_ゝ・`)「そういうことだろう。
        それ以来、この部屋は『出る』ようになったんだってさ。
        ……んー、お札とか貼ってないか期待したけど、ないな」

 壁のタペストリーをめくって、先生は肩を竦めた。
 何をやっているのかと思えば、なんと下らないことだ。
 私は、先生に枕を投げつけた。



 それから、先生は徹夜で霊を待つというので、私がベッドに1人で眠ることになって。

 ソファで本を読む先生を眺めている内、私の意識は暗闇に落ちていった。


.
82:2012/08/06(月) 02:43:22 ID:
──気付くと、部屋の隅に座っていた。
 私の趣味ではない服を身に着けている。

 何とはなしに、私ではない誰かの視点なのだろうと思った。
 夢なのだろう、とも。

 私の意思とは関係なく、その人は立ち上がった。

(´・_ゝ・`)

 ──先生がいる。
 ソファの上で、本を読んでいた。

 私ではない誰かが、先生の傍に立つ。
 先生は一向に気付く様子もない。
 小難しい本のページをめくっている。

 「誰か」が、がっかりしたのが分かった。
 気付いてもらえない寂しさというか。
 そういった感情が、私にも伝わってきた。
83:2012/08/06(月) 02:44:25 ID:
先生を諦め、その人は方向を変えた。
 ベッドが目に入る。

 その上で横たわっている女。
 私だ。ベッドの左側を向くようにして眠っている。

 「誰か」が私に近付く。
 ベッドの端にしゃがみ込む。

(-、-*川


 そこで、視界が暗くなった。


.
84:2012/08/06(月) 02:46:14 ID:
真っ暗な視界の中、身じろぎする。
 足がシーツに擦れる感触。

 目が覚めたのだと気付いた。
 ほぼ無意識に瞼を持ち上げる。


 見知らぬ女と目が合った。


 声が出ない。
 心臓が縮むような感覚。

 女は鼻から上だけを覗かせて、異常に小さい黒目で私を見つめている。
 瞬きもせず、じっと。

('、`;川「──!!」

 跳ね起きる。
 ソファにいた先生が、本から目を上げた。
85:2012/08/06(月) 02:48:14 ID:
(´・_ゝ・`)「何だい、びっくりするじゃないか」

('、`;川「せっ、先生、せん……っ」

 ぱくぱくと口を動かし、私はあちこち見渡した。
 さぞかし挙動不審だったことだろう。
 しかし、あの女はどこにもいなかった。

 ベッドから下りて、先生の隣に座る。
 先生は邪魔臭そうに私を見てから、どうしたの、と訊ねた。

('、`;川「へ、変なの見た、変なの居た」

(´・_ゝ・`)「……出たの?」

 こくこく、何度も頷く。
 どんな姿だったか、どんな風に出たかをしつこく訊かれ、
 まずは私の心配をしろと思わないでもなかったが、私も興奮気味だったので体験した通りのことを話した。

 先生がわくわくした様子で本を閉じる。

 それから夜が明けるまでずっと起きていたけれど、結局、何事もなく。
 ひどく残念そうな先生に送られて、家まで帰った。



*****
86:2012/08/06(月) 02:51:37 ID:
時間を進めて、翌日の夜。

 すっかり恐怖の薄れた私は、昨夜の出来事を「寝ぼけていただけ」と結論づけた。
 鼻歌なんかを歌いながらお風呂場を出て、2階の自室へ戻る。

 ドアの前に立ったとき、斜向かいの部屋から出てきた兄に声をかけられた。

('A`)「あれ? お前、風呂入ってたのか?」

('、`*川「うん。次はお母さんが入るから、兄さんはその次ね」

('A`)「ああ……」

 不思議そうな顔で、兄が首を傾げる。

 ──この数日後に「前にお前の部屋から女の声がしてた」と聞かされるのだけれど、
 このときの私は、特に兄の挙動を気にも留めず、
 おやすみ、なんて言って部屋に入った。

.
87:2012/08/06(月) 02:52:36 ID:
髪を乾かし、翌日の予定を確認する。
 午前にコンビニ、午後にファミリーレストランのバイト。

('、`*川(先生と会いませんように)

 手を合わせて祈る。
 半ば本気だ。

 それも済むと、眠気が込み上げた。
 ほぼ毎日バイト尽くしなので、疲れが溜まっている。
 私は電気を消すと、ベッドに潜り込んだ。


.
88:2012/08/06(月) 02:55:16 ID:
真っ暗な中で目が覚めたとき、ものすごく嫌な予感がした。
 しかも金縛り付き。

('、`;川(勘弁してよ……)

 壁の方を向いたまま、なるべく下らぬことを考えるように努める。
 バイト先の店長の失敗とか。弟と兄がお菓子を取り合って喧嘩したこととか。
 なるべく、最近笑った出来事を。

 ふと、先生の顔が脳裏を過ぎった。最近よく見る顔だからだろう。
 すると、そこから連想ゲームのように、コンビニのトイレとか先生の車とか、
 昨日のホテルの光景が思い浮かんでいく。

 くそ。あのジジイのせいで。

 ──きし、と、遠くで、床の軋む音がした。

 心臓が跳ねる。
89:2012/08/06(月) 02:56:15 ID:
きし、きし。
 廊下を歩く音。

 家族の誰かだろうと、自分に言い聞かせた。
 鼓動が速まり、呼吸が乱れる。
 苦しい。

 きし。きし。きし。
 足音が近付く。

 きし。きし。
 私の部屋の前で止まる。

 静寂。
 ドアが開く音はしない。
 足音が遠ざかることもない。

 目の前の壁を睨んだまま、私は、唾を飲み込んだ。


 ──しょきん。


 すぐ背後から、変な音。
90:2012/08/06(月) 03:00:20 ID:
しょき、しょき。
 連続して聞こえる音は、金属が擦れるような、
 鋏を動かしたときのものに似ていた。

 息が止まる。
 昨夜の、先生の話が記憶の底から這い上がった。

 しょきん。しょきん。
 すぐそこから鳴っている。

 少しして、それに変化が生じた。

 ひどく柔らかいものに、無理矢理、刃を通したような。
 じょり、とか、ぶち、とかいうような。


〈アアアアア゙ァァァァァァイ゙イ゙イ゙イイイィィイイ〉


 けたたましいサイレンのような──声。
 悲鳴だと気付くのに、数秒かかった。
91:2012/08/06(月) 03:02:02 ID:
じょり、じょり、ぎち、ぶちん。


〈ぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい〉


 耳を塞ぎたくても、体が動かなかった。
 部屋中に満ちる声が、耳の中で、わんわんと反響する。

 何かを殴るような重たい音がすると、悲鳴が途切れ、
 ぶくぶく、水の中で泡が立つのに似た音が鳴り出した。
92:2012/08/06(月) 03:02:57 ID:
音が。声が。
 近付いてくる。

 しょきん。
 耳元で鋏が鳴る。

 視界の隅に、どす黒く濡れた顔が現れた。
 長い髪が私の顔に掛かる。

 真っ白な中にぽつりと浮かぶ小さな黒目。
 その目が、私の目を覗き込んだ。



*****
93:2012/08/06(月) 03:05:51 ID:
(;、;*川「先生の馬鹿! 先生の馬鹿! 先生の馬鹿!!」

 昼、私はVIP大学の事務室に電話を掛けて先生に取り次いでもらい、
 泣きながら先生に罵声を浴びせた。

 それから、ホテルで見た女が部屋に現れたことや、
 気付くと朝だったこと、
 私の部屋にあった新品の鋏が何故か錆びていたことを捲し立てる。

 先生の返答は、「ずるい」だった。
 ふざけんな。

『ホテルから君の家まで、ついていっちゃったのかなあ。
 君、随分と幽霊に好かれてるね。羨ましい』

 電話口の先生の声は、うきうきを隠しきれていない。
 本当にふざけんな。

(;、;*川「せ、先生があんなところに連れてくから……。
     どうしたらいいのよう……」

『ううん、そうだなあ。今夜、またあの部屋に行ってみようか』

(;、;*川「馬鹿じゃないの!? もうあそこ泊まりたくないわよ!!」

『まあまあ。大丈夫、今度は小一時間で帰るから。
 君の、錆びてたっていう鋏も持っておいで』
94:2012/08/06(月) 03:08:38 ID:
──その夜のことは、恐ろしくて話したくない。
 だが、ここまで話しておいて沈黙するのも酷だろう。

 だから、ごくごく簡単に説明すると。

 先生は例のラブホテルの一室にて、ひたすら、錆びた鋏でそこら中の空間を突きまくり。
 聞くに堪えない罵詈雑言を、見えもしない霊に向かって吐きまくった。

 霊に代わって私が先生を呪ってやろうかと思えるほど酷い内容だったことを、
 是非知っていてもらいたい。

 ついでに、それ以降あの女が私の前に現れなかったことも。


.
95:2012/08/06(月) 03:12:29 ID:
後日談。

 しばらく先生の家や研究室で、物が動いたり鋏が錆びたりする怪事件が多発したらしい。
 「先生の研究室に女が入っていくのを見た」「先生に女がしがみついてた」と言う学生も多くいたが、
 先生はといえば、例によって、その女の姿を見ることはついぞ無かった。

 そして1週間ほどすると、全て収まったのだという。
 霊の方が諦めたであろうことは、明白だった。
96:2012/08/06(月) 03:13:40 ID:
(´・_ゝ・`)「地味な嫌がらせはいいから、姿を見せろって話だよねえ。つまんないの」

('、`;川「……」


 そのとき、ようやく私は察した。

 先生は霊に対する興味が強い。強すぎる。
 そのくせ──


 所謂、とんでもない「零感」野郎なのである。





第三夜『いわくつきラブホテル』 終わり
97:2012/08/06(月) 03:14:18 ID:
Tさんとはまた別の心強さだな乙

寺生まれのTさんシリーズ
99:2012/08/06(月) 03:23:20 ID:
ふえぇ…怖いよぉ~…
98:2012/08/06(月) 03:14:51 ID:
今夜はこの辺で

『幽霊が出るコンビニ』 >>1-24

『心霊写真』 >>32-67

『いわくつきラブホテル』 >>73-96
101:2012/08/06(月) 15:27:29 ID:
あんたホラーを相当読んでるな…よくわかってらっしゃる
102:2012/08/07(火) 01:35:39 ID:
我が家には、とある人形が住んでいる。

 所謂、衣装人形というやつ。
 着せ替えたり玩具として扱ったりするのではなく、もっぱら鑑賞するための人形だ。

 母が祖母から譲り受けたものらしく、それは、居間の棚に飾られている。

 高さにして50センチメートルほどのガラスケースの中で佇む、すらりとした赤い着物の女性。
 遊女を象った人形だと聞いた。
 なるほど、たしかに、どことなく色っぽく見える。


 今回は、その人形にまつわる話だ。
103:2012/08/07(火) 01:37:26 ID:
(´・_ゝ・`)「伊藤君は神出鬼没だね」

('、`*川「こっちの台詞なんだけど」

 あれは8月の頭だった。
 バイト先の書店で新書の整理をしているところに、先生が現れた。

 どうして、こうも頻繁に遭遇してしまうのだろう。
 いっそ気持ちが悪い。

 溜め息をついた私は先生の左手に目を留めた。

('、`*川「何それ」

(´・_ゝ・`)「ん?」

 先生は、日本人形を抱えていた。
 市松人形だったか、そういうやつ。
 50過ぎの男には不釣り合いだ。
104:2012/08/07(火) 01:38:34 ID:
(´・_ゝ・`)「知り合いから貰ったんだよ。
        娘さんが持ってたんだけど、もう20歳だし、いらないってさ。
        いる? あげるよ」

 どうしてだか、私はその人形が無性に気になった。
 幼い頃から、人形遊びなど興味がなかったような人間なのに。
 何だか妙に心が引かれる。

 先生が持っている時点で、警戒すべきだった。
 というより──まったく警戒しなかったのが、未だに不思議でならない。
 まるで何かに目隠しでもされたかのように、私は、その人形に対する様々な疑問を無視した。


('、`*川「……いる」



   第四夜『遊女の人形』


.
105:2012/08/07(火) 01:40:10 ID:
持ち帰った市松人形を、件の衣装人形の隣に置いた。
 満足げに頷く私に、居間のソファに座っていた兄が「何だそれ」と訊ねた。

('、`*川「知り合いがくれた。可愛いでしょ」

('A`)「可愛いっつうか恐い」

 人形好きでもない者には、市松人形は不気味に見えるだろう。
 私だって、平素通りであれば、その人形を気味悪く思っていた筈だ。

('A`)「……何か気持ち悪いなあ」


 ──その数分後、兄は人形の前で躓き、左足を捻挫した。



*****
106:2012/08/07(火) 01:41:56 ID:
しばらくは何事もなかった。
 状況が一変するのは、それから3日後のこと。


 その日の深夜。

('、`;川「わっ!」

 がしゃん、という凄まじい音で飛び起きた。

 ガラスが割れるような音だ。
 夢で聞いたのか現実で聞こえたのか判別出来ず、固まる。
 強盗が窓を割ったのでは──という想像が駆け巡り、私は、そろそろとベッドから下りた。

 少しして、家族が部屋から出てくるのが聞こえたので、私もドアを開けた。

 両親、兄、弟、私の5人で、先刻の音について話す。
 ずっと起きていた兄いわく、音は階下から聞こえたらしい。

爪'ー`)「いいから見に行こうぜ。泥棒だったらぶっ殺してやる」

 がらの悪い弟は、一番に階段を下りていった。
 両親が武器になりそうなものを持ってきて、後を追う。
 私と兄も続いた。
107:2012/08/07(火) 01:42:25 ID:
これは面白い
夏はやはりホラーだな
108:2012/08/07(火) 01:45:42 ID:
('A`)「何だこりゃ」

 結論から言うと、1階にある窓は全て無事だった。

 ただ──居間に置いてあった衣装人形のガラスケースが、床の上で割れていた。

 衣装人形もそこに転がっている。
 地震か何かで落ちたのだろう、と父が言った。
 その言葉に兄は首を捻る。

('A`)「地震なんて、なかったと思うけど……」

 それに、衣装人形の隣にいた市松人形は棚に座ったままだ。
 納得はいかなかったけれど、いくら考えても答えは出ない。

 とにかく私はガラスの破片を集め、母は人形を拾い上げた。

J( 'ー`)し「あら……」

 母が声をあげる。
 衣装人形の着物のあちこちが裂けていた。
 ガラスで切れたとは考えにくい。

 私と母は、顔を見合わせた。

.
109:2012/08/07(火) 01:47:13 ID:
翌日、母は人形店に衣装人形を持っていった。
 ガラスケースの手配と着物の修復、ついでに衣装人形の手入れを依頼するらしい。

 兄は大学、弟は高校、父は会社、母は人形店に行き。
 急遽、午前のバイトが休みになった私だけ、家に残された。

('、`*川

 自室のベッドに座り、雑誌を読む。

 ──子供の笑い声が聞こえた気がして、顔を上げた。
 当然ながら、私以外に誰もいない。
 外で小さい子が遊んでいるのだろうと思い、雑誌に視線を戻す。

 ページをめくると、今度は、ぱたぱたと走る音がした。
 私の耳が正しければ1階で鳴った。

 そっと部屋のドアを開ける。
 ぱたぱた、また足音。間違いなく1階だ。
111:2012/08/07(火) 01:48:41 ID:
('、`*川「……お母さーん?」

 音が止む。
 しんと静まり返る。

 何となく怖くなって、ドアを閉めた。

 ベッドに戻って雑誌を開く。
 先程のことが気になったが、好きな俳優のインタビュー記事に差し掛かり、
 そちらへ夢中になった。

 じっくりとインタビューを読む。
 新作の映画に触れられていて、観に行きたいなと思いながら文字を追った。

 ──ぱたぱた。足音がした。
 一気に、雑誌から足音へと意識が移る。

 1階を駆けていた音は、とんとん、階段を上るものに変わった。
 息を殺す。
 雑誌を押さえる手に力が入り、くしゃ、と、紙面が小さく鳴った。
112:2012/08/07(火) 01:50:12 ID:
とんとん、ぱたぱた。
 階段を上り終えた足音は、廊下を進み、私の部屋の前まで来た。
 私の心臓が、馬鹿みたいに跳ねている。

 やがて、ドアの向こうから甲高い声が聞こえた。


〈いなくなったいなくなったいなくなった〉


 いやに低い位置から発せられているように感じられた。

 最後に少しだけ笑って、足音が1階に戻る。
 笑い声は、先程のものに似ていた。
113:2012/08/07(火) 01:51:34 ID:
ふえぇ…こぇぇな…
115:2012/08/07(火) 01:52:10 ID:
間もなく、玄関から物音と母の声がした。
 私は雑誌を抱えたまま、恐る恐る1階に下りた。

('、`*川「……おかえり」

J( 'ー`)し「ただいま。あんた、午後からコンビニだっけ。お昼ご飯は家で食べてく?」

 母は、居間で市松人形を抱えていた。
 どうしたの、と訊ねると、市松人形が床に座っていたのだという。
 誰も人形を棚から下ろしていない筈だ。

J( 'ー`)し「この棚、傾いてるのかしらねえ」

 母は棚に市松人形を戻した。
 さっきの出来事を話そうか迷って、私は結局黙った。

 「いなくなった」。部屋で聞いた言葉を思い出す。
 何が「いなくなった」のだろう。

 私に思いつくのは、衣装人形しかなかった。



*****
116:2012/08/07(火) 01:53:40 ID:
('、`*川「ん……」

 夜、私はトイレに行きたくなって目覚めた。
 階段を下り、トイレに入って、用を足す。

 寝起きでぼうっとしていた私は、水を流したときに、ふと朝のことを思い出した。
 ぶるりと体が震える。
 よりによって、このタイミングで思い出したくはなかった。

 さっさと部屋に戻ろう。

 ドアを開け──そこに市松人形が立っているのを見付けて、腰が抜けかけた。
 びっくりしすぎて変な声を出してしまったように思う。

 しばらく人形と睨み合ってから、私は、手を洗うのも忘れて部屋に駆け戻った。
 ベッドに潜り込み、ぎゅっと目を閉じる。


 朝。居間に行くと、人形は何食わぬ顔で棚に座っていた。


.
117:2012/08/07(火) 01:55:10 ID:
あの人形はおかしい。
 そうは分かっていても、不思議と、先生に返すとか
 家族に相談しようとかいう気持ちにはならなかった。

 それどころか、市松人形の髪を梳いたり着物を整えたりするようになっていたから、
 端からは、私が人形を可愛がっているように見えただろう。

 だが実際は、やりたくてやっているわけではなかった。
 ふとしたときに「やらなければ」と思うともう駄目で、いてもたってもいられなくなる。
 そうして人形の世話をしている間は、失敗してはならないという恐怖感に苛まれていた。

.
118:2012/08/07(火) 01:56:34 ID:
今回のは一際やばそうな臭い
119:2012/08/07(火) 01:57:08 ID:
そんな日々が続いていた、ある日。
 バイト中に、私は「人形の世話をしなくてはならない」という感覚に襲われた。

('、`;川(行かなきゃ……)

 しかし仕事は仕事。すっぽかすわけにもいかない。
 私はバイトを続けた。

 すると、時間が経つにつれ焦燥が激しくなり、
 ついには「殺される」とまで思うようになった。

 震えが止まらない。
 私の異変に気付いた店長が帰宅を許してくれた頃には、あの感覚から、既に3時間は経っていた。



 急いで家に帰る。
 市松人形は玄関に座っていた。

 泣きながら人形に謝り、髪を梳く。
 いつもは櫛がするすると通るのに、この日の人形の髪は妙にごわごわして、
 全て終わるのに時間が掛かった。

 着物を整え終えても、まだ、人形が怒っているような気がした。

.
121:2012/08/07(火) 02:00:48 ID:
その日の夜。
 眠りに落ちかけた瞬間、名前を呼ばれた気がした。

 ぼんやりとドアを見る。
 中途半端に開いたドアの隙間から、市松人形が私を見つめていた。

(;、;*川「……ごめんなさい……」

 そこに人形がいることではなく、人形の怒りが恐くて、私は謝っていた。

 私が眠るまで、市松人形は、ずっとそこにいた。



*****
122:2012/08/07(火) 02:01:29 ID:
本気で怖いんだけど
123:2012/08/07(火) 02:02:45 ID:
次の日、人形店に預けていた衣装人形が帰ってきた。
 以前よりさらに綺麗になっていたように思う。


 私が話したかったのは、ここからだ。

 衣装人形が戻ってきてから、さらに市松人形の怒りが大きくなった気がして、
 恐ろしくて堪らなかった。
 私はバイトを休み、市松人形を抱っこしたまま一日を過ごした。

 どうしても恐くて、それと、このまま一緒に寝るのはいけないという気持ちが湧き上がって、
 眠る前には、いつもの棚に戻したけれど。

.
125:2012/08/07(火) 02:04:22 ID:
そうして眠りに就いた私は、変な夢を見た。


川 ゚ -゚)


 自室の真ん中で、私は女性と向かい合って座っていた。

 赤い着物。艶やかな黒髪。色っぽい雰囲気。
 普通の人間と同じ大きさをしている以外は、あの衣装人形にそっくりだった。

川 ゚ -゚)「あのいちまは駄目だ」

 女性は、髪をいじりながら呟いた。
 少し低めの、大人っぽい声だったのを覚えている。

 私が黙っていると、彼女は同じ言葉を繰り返した。
126:2012/08/07(火) 02:06:10 ID:
川 ゚ -゚)「あのいちまは駄目だ」

('、`*川「いちま?」

川 ゚ -゚)「市松」

('、`*川「……人形?」

川 ゚ -゚)「あれは憑いてる。駄目だ」

('、`*川「何が?」

川 ゚ -゚)「今年で20。お前と同じだ。だから妬んでる。駄目だ」

 このときは分からなかったけれど、今にして思えば、
 「20」は「20歳」のことだったのだろう。

川 ゚ -゚)「あいつ嫌いだから、追い出してやる」

 彼女は、着物の袖を捲った。
 右腕を露出させる。真っ白な肌。綺麗だ。

川 ゚ -゚)「壊れるけど、私のこと、捨てないでね。
     ペニサスがお嫁にいくまで、一緒にいさせて」

 私は無意識に頷いていた。
 彼女が何者なのか、問う気にはなれなかった。
127:2012/08/07(火) 02:07:32 ID:
するりと立ち上がった女性が、私の頭を撫でる。

川 ゚ -゚)「あの男、一回くらい叩いてもいいと思う」

('、`*川「……男って」

川 ゚ -゚)「『せんせい』」

 くすくす笑って、彼女は去っていった。


.
129:2012/08/07(火) 02:09:03 ID:
がしゃん。
 音と共に目を覚ます。
 あの日と同じだ。

 廊下に出てきた家族と一緒に、居間へ向かう。

J(;'ー`)し「──あら……あらあら」

 電気をつけて、母が絶句した。

 衣装人形と市松人形が、床に落ちている。

 衣装人形の方の被害は、新品のガラスケースと右腕。
 市松人形は、首や足が取れた上に着物が裂けて、無惨なものだった。

('、`;川「……」

(;'A`)「うおっ、どうした!?」

 へたり込む。
 恐怖より、安堵の方が強かった。


.
130:2012/08/07(火) 02:10:09 ID:
市松人形は人形供養をやっている寺へ。

 衣装人形は、一緒に供養へ出そうかと言う母を説得し、
 人形店で右腕を直してもらってから、再び居間に飾った。


 以来、あの市松人形による怪奇現象はない。



*****
131:2012/08/07(火) 02:12:23 ID:
(´・_ゝ・`)「ふむ、そうか、そんなことがあったか」

 早朝、私はVIP大学の前で先生を待ち伏せした。
 先生を取っ捕まえ、一連の出来事を話す。
 彼は興味深げに聞いていた。

('、`*川「……あの市松人形、何なの?」

(´・_ゝ・`)「知り合いから貰ったんだってば」

('、`*川「知り合いの娘さんが20歳になるから、もういらないって言ってくれたんだっけ?
     それ本当なの? 何か嘘ついてない?」

 先生はしばらく黙った。
 辛抱強く答えを待つ。
 通りすがる学生達の視線が私達にまとわりついてくるが、そんなものに構っていられない。

 ようやく、先生が口を開いた。

(´・_ゝ・`)「今年で20歳になる娘さんが事故で亡くなったんだけど、
        それ以来、彼女が大事にしてた市松人形が勝手に動いたりして恐いから、
        人形を貰ってくれないかって言われた」

 私は、深々と頷いた。
 右手を掲げる。
132:2012/08/07(火) 02:14:13 ID:
('、`*川「先生。引っ叩いていい? 軽くじゃなくて、思いっきりなんだけど」

(´・_ゝ・`)「いいよ」



 朝の大学に、頬を張る音が響き渡った。

 VIP大学内はしばらく「盛岡教授が朝っぱらから若い女と別れ話をした末に、
 思いきり殴られていた」という噂で持ち切りだったらしいが、
 私の知ったことではない。





第四夜『遊女の人形』 終わり
133:2012/08/07(火) 02:14:25 ID:
流石先生としかいえない
134:2012/08/07(火) 02:15:51 ID:
今夜はこの辺で

『幽霊が出るコンビニ』 >>1-24

『心霊写真』 >>32-67

『いわくつきラブホテル』 >>73-96

『遊女の人形』 >>102-132
135:2012/08/07(火) 02:16:05 ID:

市松人形はマジで無理
139:2012/08/07(火) 10:33:53 ID:
衣装人形いい奴だなー
143:2012/08/07(火) 20:01:13 ID:
ペニ達のお父さんが誰なのか気になる乙
145:2012/08/08(水) 02:13:23 ID:
今回は厳密に言えば、私と先生の話ではない。
 だけど、話さなければいけないと思う。
 私にとっては、怖い話ではなく、哀れな話なのだけれど。



 その青年は、爽やかな感じのする、どことなく好感を持てる人だった。
  _
( ゚∀゚)「ほんと、大した話じゃないんですよ」

 彼はアイスコーヒーにミルクとガムシロップをたっぷり入れて、
 ストローでぐるぐる掻き混ぜた。

 甘くて飲めたものじゃないだろうと思える量だ。
 彼は、照れ臭そうに笑った。
  _
( ゚∀゚)「こうしないと飲めなくて」

('、`*川「はあ……」

(´・_ゝ・`)「普通にジュース飲めばいいんじゃないかな」

 対して、先生はブラックのままアイスコーヒーを飲んでいる。
 こっちはこっちで、私には飲めそうにない。
146:2012/08/08(水) 02:16:06 ID:
(´・_ゝ・`)「それはともかく、早く話してくれる?」
  _
( ゚∀゚)「あ、はいはい」

 私は隣に座る先生を一瞥し、鬱屈した気持ちを溜め息に込めて吐き出した。
 バナナジュースに刺さっているストローをくわえる。

 何だって、喫茶店で怪談を聞かされねばならないのだろう。



   第五夜『憑かれた青年の話』


.
147:2012/08/08(水) 02:17:56 ID:
今回も、発端は「偶然」だった。

 夕方にバイトが終わって、お気に入りの喫茶店で休んでいるところに
 先生が青年を連れて来店したのだ。

 一番奥のテーブルにいた私は、すぐに気付けなかった。
 隣のテーブルにつこうとした先生と目が合ったときには、もう遅い。

(´・_ゝ・`)『やあ伊藤君。やあやあやあ』

 有無を言わさず、先生は私の隣に座り、向かいに青年を座らせた。
 注文したばかりだったけど、帰ろうかと思った。

(´・_ゝ・`)『伊藤君、怖い話聞かない?』

('、`;川『はあ?』

(´・_ゝ・`)『いいかな長岡君。この子、僕の知り合いなんだけど』
  _
( ゚∀゚)『俺は構いませんよ』

('、`;川『なっ、何で私が怖い話聞かなきゃいけないの!?』

(´・_ゝ・`)『怖い話をすると「寄ってくる」って言うじゃない。
        幽霊に好かれる君がいれば、すごいのが来るかもしれない』

 そうこうしている内にバナナジュースが来て、この店のバナナジュースが好きな私は
 散々迷って迷って迷って、果たして、その場に留まった。
148:2012/08/08(水) 02:20:17 ID:
青年は長岡ジョルジュと名乗った。
 VIP大学の教育学部に所属する、私と同い年の学生だという。
 先生の教え子の友人であって、青年と先生自体は、ほぼ初対面らしい。

 その教え子が、先生に「変な体験した友達がいる」と話したのがきっかけだったとか何とか。
 詳しく聞いてみるとオカルトのニオイがしたので、本人から話を聞くことにした。らしい。

 それで喫茶店に来てみたら私と会った、というわけだ。
 教授と学生なら大学で話せ。こんなところに来るな。
 胸の内で文句を吐き出し、冒頭に至る。
149:2012/08/08(水) 02:21:50 ID:
_
( ゚∀゚)「もう解決したから、多分、話しても大丈夫だと思います」

 青年はにこにこ笑っていた。
 彼が先に言ったように、大した話ではないのかもしれない。
 彼は紙ナプキンを一枚取ると、先生からペンを借りた。

 さらさらと慣れた様子でペンを走らせ、私達に差し出す。
 そこに描かれていたのは、人のような形をした何かだった。
  _
( ゚∀゚)「絵、下手だから上手く描けないけど……一時期、こんな感じのやつに付き纏われてたんです」

 ぼうぼうに伸びた髪。
 両目と口の辺りは真っ黒に塗り潰されている。

 私が青年の顔を見ると、彼は、自身の目を指差した。
  _
( ゚∀゚)「目がね、なかったんですよ」



*****
150:2012/08/08(水) 02:23:25 ID:
S病院は「出る」。
 友人は興奮した様子で、俺に語った。

<_プー゚)フ「マジだって! 先輩が見たらしいぜ」
  _
( ゚∀゚)「お前、嘘つかれてんじゃねえの」

 夜だから怖い話でもしよう、なんて言うからどんな話が出てくるかと思ったら。

 S病院は有名な心霊スポットだった。
 とはいえ廃病院なんてものは、事実がどうあれ、心霊スポット扱いされる宿命にあると思う。

 そのS病院も御多分に漏れず、馬鹿な奴らの肝試しの末に、
 出る、なんて噂が流れるようになっていた。

<_プー゚)フ「聞けって。あのな、先輩が仲間と一緒に肝試しに行ったんだと。
       したら、病室の前でババアが手招きしてたり手術室から足音がしたり……」
  _
( ゚∀゚)「はいはい」

 俺はこれっぽっちも信じなかった。
 幽霊を信じていないわけじゃない。
 ただ、廃病院だからって、必ず霊が出るわけじゃないだろうと思っているだけだ。

 聞き流す俺に、友人も苛立ってきたのだろう。
 突然俺の腕を引っ掴むと、車に乗り込んだ。
151:2012/08/08(水) 02:24:45 ID:
<_プー゚)フ「行くぞ!」
 _
(;゚∀゚)「はあ!? ふざけんな!」

<_プー゚)フ「お前マジでビビっても知らねえからな」



 ──が、案の定、何事もなく肝試しは終わった。
 というよりも友人が怯えすぎて、何かが起こる前にさっさと退散してしまったと言うのが正しい。

<_フ;゚ー゚)フ「絶対俺ら以外の足音してたって……」
  _
( ゚∀゚)「気のせいだろ」

 割れた窓からS病院を出る。
 車へ戻ろうとして──俺は、ぎょっとした。

 車の傍、運転席側に何か立っている。
152:2012/08/08(水) 02:26:31 ID:
<_フ;゚ー゚)フ「あー、気味わりい。帰って飲もうぜ」
  _
( ゚∀゚)「……おう」

 友人には見えていないらしかった。

 そいつの前を通り、友人が運転席に座る。
 俺は助手席のドアを開けながら、向かいにいる「そいつ」を見た。

 その辺の男よりも背が高い。
 伸びきったぼさぼさの髪、白い服──というより、布切れ。
 そいつの顔が目に入り、凍りついた。

 目がない。
 両目がある筈の部分は、眼球をくり抜かれたようにぽっかりと穴があいている。

 口は開きっぱなしで、こちらも、黒い穴があるみたいだった。

 視線を逸らし、助手席のシートに腰掛けた。
 車が走る。そいつはその場に佇んだまま動かない。
 遠ざかっていくのをルームミラーで確認し、ほっと息をついた。


.
153:2012/08/08(水) 02:27:57 ID:
数日後。
 大学で講義を受けている最中、何気なく窓から外を見下ろして、凍りついた。

 正門の前に変な奴がいる。
 ぼさぼさの髪に白い服。
 遠目だったが、間違いなくあいつだ。

 だって、そいつは顔を上向けて、俺の方を見ていた。
 眼球のない目で、俺を見ていた。

 何人かの学生が正門を通っていくが、誰1人としてあいつを気にする様子はない。
 一旦講義室に視線をやってから再び窓を見ると、もう、あいつはいなかった。

.
154:2012/08/08(水) 02:29:27 ID:
それから、度々そいつを目にするようになった。

 見かけるときはいつも遠くにいるから、単なる勘違いだとか、
 見間違いだと思い込むようにしていた。
 けれど、そいつを見たときに覚える寒気と恐怖が、奴の存在を証明している気がした。

 大学の構内。
 アーケードの人混み。
 電車の隣の車両。

 そいつは必ず俺に顔を向けていた。



 ある日、ふと気付く。

 ──段々近付いてきてないか?

.
155:2012/08/08(水) 02:31:26 ID:
そのことに気付くと、そいつは、街中や大学には現れなくなった。
 代わりに、俺が住むアパートの周りに佇むようになった。

 初めは、アパートを出てしばらく歩いた先の曲がり角に。
 その2日後はアパートから3本目の電柱の傍に。
 さらに2日後には、3本目と2本目の電柱の間に。

 じりじりと、距離を詰めている。

 俺が奴の前を通り過ぎても、奴は、追ってきたり触れてきたりはしない。
 ただひたすら佇み、数日経つとアパートに近付いている。

 気味は悪いが、危害を加えてくることはない。
  _
( ゚∀゚)(そんなに『危ない』奴じゃないのかも)

 そう思ってしまうくらいには、平和だった。
156:2012/08/08(水) 02:33:12 ID:
しかし、その期待は早々に裏切られる。

 ある夕暮れ。
 1本目の電柱に寄り添っている「奴」の前を通り過ぎたところで、
 向こうから野良猫が近付いてきた。

 猫は俺の横を過ぎると、めちゃくちゃに威嚇し始めた。
 他に人や猫はいなかった筈なので、「奴」に向けて威嚇したのだろう。

 何となく気になって振り返ろうとした、瞬間。

 猫の声が、首を絞められたみたいに、妙に詰まったような感じで途切れた。
 直後、ぶちぶちと何かが千切れるような音と、ぐちゃぐちゃ、掻き混ぜる音が響く。

 俺は走り出し、アパートには入らず、友達の家まで逃げた。

.
157:2012/08/08(水) 02:35:31 ID:
<_フ;゚ー゚)フ「マジかよ……やばくねえ?」

 俺の話を聞いた友人が、あんぐりと口を開ける。
 彼は俺を馬鹿にすることなく、真面目に聞いてくれた。
 これからどうする、と問う友人に、どうしよう、と答える。

<_フ;゚ー゚)フ「とりあえず、しばらくこの部屋に泊まってけ」
  _
( ゚∀゚)「いいのか?」

<_フ;゚ー゚)フ「俺だったら怖すぎて帰れねえもん。
        第一、俺が病院に連れてったせいでこうなったんだろ」

 お言葉に甘えて、俺は友人の家に数日ほど泊まった。
 ここにまで「奴」が来るのではないかという不安でいっぱいだったが、
 そういったことはなかったのが救いだ。

 だが、いつまでも友人の家にいるわけにもいかない。
 友人と一緒に、お祓いをしてくれる場所を調べた。
 あいつを何とかしないと、家に帰れないからだ。
158:2012/08/08(水) 02:38:02 ID:
インターネットや人脈を駆使し、ようやく信頼出来る神社を見付ける。
 アポをとった方がいいというので、電話を掛けたら──

 「申し訳ありません」。

 これだけ言って、電話を切られた。
 もう一度掛けてみると、自分にはどうしようも出来ない、と言われた。
 それだけ。

<_フ;゚ー゚)フ「どうだった?」
 _
(;゚∀゚)「無理って言われた……」

 他の候補にも電話を掛けてみたが、どこも返事は似たり寄ったり。
 たまに、引き受けると言うところもあったけれど
 とんでもない金額を吹っ掛けてくるので、こちらから断った。

 手詰まり。
 申し訳ありません、と言う神主の声が頭の中を巡る。
 そんなに恐ろしいものに取り憑かれたのかと思うと、震えが止まらなかった。

 どうして俺ばっかり、こんな目に。
 一緒に行った友人は平気なのに、何で俺だけ。
159:2012/08/08(水) 02:42:07 ID:
溢れ返る不安に耐えかねて友人に当たり散らしたが、
 それでも友人は、真剣に対処法を考えてくれた。

<_フ;゚ー゚)フ「思い切って引っ越そうぜ。
        ほら、その霊は俺のうちには来ないんだろ?
        ってことは、そいつ、あのアパートしか狙ってないんじゃねえかな」

 もう、それしかないだろう。
 俺は実家に泣きついて金を借り、アパートからなるべく離れた引っ越し先を探した。



 引っ越しが決まり、荷物を整理するため、久々にアパートに戻った。

 ドアの前にあいつがいた。

 吐き気が込み上げて、蹲る。
 今回の件を知らない友達を何人か呼んで、彼らに準備を済ませてもらった。

.
160:2012/08/08(水) 02:45:32 ID:
引っ越し先は小綺麗なマンション。
 家賃は高めだが、趣味や娯楽を我慢すれば、バイト代で何とかやっていける。

 そこに越してから、一度も「奴」を見なくなった。
 初めはびくびくしていたけれど、2週間、3週間、一ヶ月もすると、
 逃げ切れたという気分に浸ることが出来た。


 引っ越して一ヶ月半。
 夜、トイレで用を足しているときのこと。
 こつ、と、トイレの窓が鳴った。

 磨りガラスの向こうに、白い何かがある。
 丸い穴が3つあいたような──顔。

 一秒も経たない内に、それは消えた。

 呆然として、固まる。
 ようやく動けるようになるまで10分以上かかった。


.
161:2012/08/08(水) 02:47:42 ID:
──逃げられなかったのだ。
 絶望感で、何日も眠れなかった。

 また友人の家に泊まろうか。
 でも、泊まって、その後はどうする?

 どうせお祓いはしてもらえないし、あいつからは逃げられない。
 ずっと友達の家にはいられない。

 どこに行っても無駄。
 何をしても無駄。

.
162:2012/08/08(水) 02:49:36 ID:
_
(  ∀ )「……」

 越してから2ヶ月。

 俺は風呂に入りながら、漠然と、答えの出ない悩みを繰り返していた。
 怖い。怖い。どうしよう。

 湯に浸かり、現実から目を背けるように瞼を下ろした。

 寝不足が祟ったのか、俺は、湯船の中で眠りに落ちた。
163:2012/08/08(水) 02:52:01 ID:
──くしゃみで目を覚ました。
 お湯が、すっかりぬるくなっている。

 早く出ないと風邪を引く。
 両手で掬ったぬるま湯を顔にかけ、俺は湯船の縁に手をついた。
  _
( ゚∀゚)

 目の前。
 「奴」が、お湯から顔の上半分を出して、俺を見ている。

 長い髪が湯船の中でゆらゆら揺れている。

 手が伸びてきた。
 異様に細くて、薄くて、皺だらけの手。

 俺は咄嗟に目を閉じる。
 瞼の上を、冷たい指がなぞる。
164:2012/08/08(水) 02:52:31 ID:
ああ。

 つかまった。



*****
165:2012/08/08(水) 02:54:12 ID:
そこで青年は話を終えた。
 しばらく待って、私は口を開く。

('、`;川「……あの……」
  _
( ゚∀゚)「はい?」

('、`;川「終わりですか?」
  _
( ゚∀゚)「はい」

 にこにこ、青年は笑っている。

('、`;川「はい、って……それからどうしたんです?」
  _
( ゚∀゚)「どうって?」

('、`;川「いや、だってあなた最初に、もう解決したって……」
  _
( ゚∀゚)「しましたよ」

 青年が首を傾げる。
 傾げたいのはこっちの方だ。
166:2012/08/08(水) 02:55:27 ID:
('、`;川「そ、その霊はどうなったんですか?」
  _
( ゚∀゚)「いなくなりました」

('、`;川「どうして? 誰も祓えないんでしょ? お風呂場で会った後、どうな──」

(´・_ゝ・`)「長岡君」

 先生が、私の言葉を遮った。
 私と青年の瞳が先生に向かう。
 先生はアイスコーヒーを飲み、青年の前のグラスを指差した。

(´・_ゝ・`)「君、一口も飲んでないよね」

('、`;川「は?」

 青年のグラスの中身は、半分ほどに減っている。
 飲んでいない筈がない──そう言おうとした私の顔が、青ざめた。

 私の記憶が正しいかは分からない。
 けれど、たしかに、私は青年がコーヒーに口をつけるところは一度も見なかった。
167:2012/08/08(水) 02:57:27 ID:
_
( ゚∀゚)「そうですね」

(´・_ゝ・`)「……たくさん話して喉が渇いたろう。飲んだら?」
  _
( ゚∀゚)「俺、甘いコーヒーって苦手なんですよ。コーヒーは何も入れない派です」

 にこにこ。にこにこ。
 青年が笑う。

 「こうしないと飲めない」。そう言ったのは、彼本人だ。

('、`;川(……誰が……)

 ──誰が、「こうしないと飲めない」のだろう?

 私は思わず先生の腕を掴んだ。
 先生は一度視線で抗議したが、そのままにさせてくれた。
168:2012/08/08(水) 02:59:42 ID:
(´・_ゝ・`)「君、まだ解決してないんじゃないの」
  _
( ゚∀゚)「何がですか? 終わりましたよ? 俺はもう平気ですよ。
     何もありません。解決したから。大丈夫です。
     もう大丈夫です。解決しました」

 青年の表情は変わらない。
 初めに抱いた印象と同じ。爽やかな笑顔。

 不意に、携帯電話の着信音が響いた。
 心臓が飛び出るほど驚いた私を他所に、先生は懐から携帯電話を出し、耳に当てた。

(´・_ゝ・`)「はい? ……ああはい、すみません、行きます。はい」

 レポートがどうたら資料がどうたらという声が、携帯電話から聞こえてくる。
 先生は通話を切って、腰を上げた。

(´・_ゝ・`)「楽しい話をありがとう、長岡君。
        僕は仕事があるから戻るよ」
  _
( ゚∀゚)「はい。こちらこそ、こんな話に付き合ってくれてありがとうございます」

 もう大丈夫もう大丈夫と呟いていた青年は、先生の声で我に返ったのか、こくりと頷いた。
169:2012/08/08(水) 03:01:07 ID:
(´・_ゝ・`)「お金は払っておくから、君はゆっくりしてていいよ」
  _
( ゚∀゚)「すいません、ご馳走になります」

('、`;川「あ……せ、先生」

 伝票を持った先生が、レジに歩いていく。
 私は青年と2人きりにされるのが恐くて、慌てて先生の後を追った。

 私の分まで会計を済ませてくれた先生は、私に、「送ろうか」と声をかけた。
 どうせまた社交辞令だろうが、頷いて返す。

.
170:2012/08/08(水) 03:04:45 ID:
外はもう暗かった。
 店を出て、恐る恐る振り返る。
 ガラス越しに青年が見えた。


 彼の後ろに寄り添う、人のようなもの。

 ぼさぼさの髪に白い服、顔は──



 私は目を逸らし、先生の車に乗り込んだ。



*****
171:2012/08/08(水) 03:10:08 ID:
(´・_ゝ・`)「幽霊がどうこうより、彼の方が恐いな、僕は」

 帰りの車中で、先生は呟いた。
 どう答えていいか分からなくて、私は窓を眺めたまま沈黙する。

('、`*川「……先生、何とかしてあげられないの?」

(´・_ゝ・`)「本職の人が何も出来ないのに、どうしろって言うのさ。
        僕が下手に干渉しても、彼の寿命を縮めるだけな予感もするし。
        まあ興味はあるから、彼の友人を通じて観察はしてみたいね」

('、`*川「……先生、良識って言葉は知ってる?」

 彼を救う術はないのだろうか。
 見て見ぬふりをすることが、彼にとっての「逃げ道」なのだろうか。
 憑かれて、疲れて。それが、あの結果か。

 恐いというよりも、何だか──可哀相でならなかった。
172:2012/08/08(水) 03:10:55 ID:
青年がその後どうなったのか、私は知らない。





第五夜『憑かれた青年の話』 終わり
173:2012/08/08(水) 03:13:04 ID:
今夜はこの辺で

『幽霊が出るコンビニ』 >>1-24

『心霊写真』 >>32-67

『いわくつきラブホテル』 >>73-96

『遊女の人形』 >>102-132

『憑かれた青年の話』 >>145-172
175:2012/08/08(水) 04:18:32 ID:

今回のがダントツで怖え・・・
救いのない話は苦手だ
176:2012/08/08(水) 05:03:59 ID:
いやあああビコーズ超こええ!
こ、こんな時間に、ありがとう、大好き。乙
177:2012/08/08(水) 09:37:10 ID:
話上手だなぁ、羨ましい。乙。
178:2012/08/08(水) 10:14:47 ID:
最初のやつと今回のがやべぇわ
184:2012/08/09(木) 00:18:19 ID:
いつも怖いことばかり起きるのかといえば、そうでもない。
 中には、「不思議だな」程度で済ませられる出来事もあった。

 箸休めというわけでもないが、今日は、そんな話を。



J( 'ー`)し「ペニサスー!」

 母親が階下から呼ぶ声で、私は目覚めた。
 午後6時半。
 今日はバイトが午前だけだったので、ついつい昼寝してしまった。

 私は大声で返事をすると、手早く服を着替えて階段を下りた。

('、`*川「何か用~?」

 欠伸をして、目元を擦る。
 母は玄関にいた。
185:2012/08/09(木) 00:20:51 ID:
J( 'ー`)し「お客様よ」

(´・_ゝ・`)「やあ」

('、`*川

 我が目を疑った。
 夢かと思った。

 何度か目を擦ったが、先生は消えることもなく、母の前に立っている。

 私は踵を返し、無言で階段を駆け上がった。



   第六夜『祠とキツネ』


.
186:2012/08/09(木) 00:22:06 ID:
J(*'ー`)し「あらあら、そんな……。あの子がねえ……」

(´・_ゝ・`)「いつも助かってますよ」

 気持ちを落ち着かせて1階に戻ると、母と先生がリビングで談笑していた。

('、`;川「何なの!? 何しに来たの!?」

 先生の後ろで叫ぶ。
 振り返った先生は、見たこともないような上品な笑顔を浮かべていた。

 何度か車で送ってもらったことがあるから、彼が私の家まで来れた理由は分かる。
 しかし、一体何の用があって来たのか。

(´・_ゝ・`)「おはよう、伊藤君」

J(*'ー`)し「ペニサスってば、盛岡先生の研究のお手伝いしてるんだって?」

('、`;川「は?」

J(*'ー`)し「VIP大学の教授っていったら、すごい方じゃないの。
      そんな方のお手伝いをするなんて偉いわ!」

 どうやら、私のいない間にすっかり母を騙してくれたようだ。

 その「研究」が幽霊絡みだなんて、母は思ってもみないだろう。
 お手伝いというより巻き込まれているだけなことも、
 この先生のおかげで、娘が厄介なものに取り憑かれかけたことも。
187:2012/08/09(木) 00:23:00 ID:
先生を睨む。
 すると、母に「何て顔をするの」と叱られた。

('、`;川(くっ、くそ……っ!)

 かたや、頭のよろしい大学に勤める経済学教授。
 かたや、定職に就かずバイトを渡り歩く20歳。
 先に母を味方につけた方の勝ちだ。

 私が握り拳を作ると、母は、とんでもない言葉を口にした。


J( 'ー`)し「ペニサス、今日も研究手伝う約束してたんでしょ?
      早く準備してらっしゃいな」



*****
188:2012/08/09(木) 00:24:38 ID:
あれよあれよという間に車に乗せられ、研究という名の肝試しに付き合わされることになって。
 先生の車の中で、私はずっと愚痴っていた。

('、`;川「最悪……最悪……約束なんてしてないっつうの……」

(´・_ゝ・`)「まあまあ。後でご飯を奢ってあげよう。
        いやあ、バイトに行ってたらどうしようかと思ってたんだけど、
        家にいてくれて良かったよ。やっぱり何かしらの縁があるのかな」

('、`;川「何でわざわざ家に来るわけ? 何なの?」

(´・_ゝ・`)「君に手伝ってほしかったからだよ。
        前にも言っただろう。霊に好かれる伊藤君がいれば、何か起こるかもしれない」

 別に霊に好かれているわけではない。
 先生が零感すぎるあまり、私に皺寄せが来ているだけだ。

 先生は右手でハンドルを操り、左手で私に何か寄越してきた。
 最新型のデジタルカメラ。

('、`;川「?」

(´・_ゝ・`)「今から心霊スポットに行くよ。そこで写真撮ってきて」

 窓からカメラを捨ててやりたい気分になった。
189:2012/08/09(木) 00:26:32 ID:
('、`;川「心霊スポットってどこ?」

(´・_ゝ・`)「Jトンネル」

 聞いたことのない名前だ。
 私はデジタルカメラの電源を入れながら、「何それ」と訊ねた。

(´・_ゝ・`)「トンネルとしても、心霊スポットとしてもマイナーなんだよね。
        何でも、トンネルの中で写真を撮ると、女の霊が写るとかいう話で……」

 先生はインターネットで噂を知ったらしい。
 ただ、いくら調べても、噂の裏付けとなるネタが見付からなかったそうで
 先生自身も半信半疑なのだという。

(´・_ゝ・`)「昨夜、僕1人で行ってみたんだけどさ。
        霊らしきものなんか何も写らなかったんだ」

('、`*川「じゃあ何もいないんでしょ。帰ろう」

(´・_ゝ・`)「君がやって駄目だったら諦めるよ」

('、`;川「ほんと勘弁してよお……」

 話している内に到着したのか、車が減速し、止まった。
 先生が意気揚々と降りる。
 私も少し迷ってから、車を降りた。
190:2012/08/09(木) 00:27:46 ID:
時刻は8時。
 分かってもらえるだろうか、夜のトンネルが持つ雰囲気というものを。

 辺りが暗く染まる中、さらなる暗闇が口を開けていることの恐怖。
 私はトンネルを前にして、青ざめた。

(´・_ゝ・`)「結構昔に作られたトンネルでさ。
        中に明かりなんてないし、今となっては、この道を使う人も少ない。
        雰囲気はたっぷりだよね」

('、`;川「……」

 逃げたかった。
 カメラを投げつけて、走り去りたかった。

 が、先生に後ろから両肩を掴まれているため、それも叶わない。
191:2012/08/09(木) 00:29:51 ID:
('、`;川「せめて……せめて昼に連れてきてよ……」

(´・_ゝ・`)「昼より夜の方が出そうじゃない? 幽霊」

('、`;川「出て堪るか」

(´・_ゝ・`)「僕は出てほしいんだよ。
        さあ行っておいで。あ、1人でね」

('、`;川「帰る! 帰る!」

(´・_ゝ・`)「そう言わずに。ほら、ご飯奢ってあげるってば」

('、`;川「ファミレスごときでそこまで体張れるか!」

 その後、あれやこれやと説得されること30分。

 先生に3つの条件を呑んでもらい、ようやく私は覚悟した。

 条件は、車のライトで照らすことと、トンネル内で懐中電灯を使う許可、
 それと、途中で逃げ出しても怒らないこと。

(´・_ゝ・`)「中途半端に明かりがある方が怖いと思うんだけどな……」

 呟きながら、先生は車のライトをつけ、後部座席から取り出した懐中電灯を私に投げた。
192:2012/08/09(木) 00:31:46 ID:
明かりがあると、周囲を見渡す余裕も出来る。

 トンネルまで続く道はアスファルトで舗装されているけれど、
 その両脇は雑草が伸び放題で、やたらと虫が飛んでいる。
 虫除けスプレーを持ってくれば良かった。

 雑草ゾーンの向こうは林なのか、木がずらりと並んでいた。
 静かだ。

('、`*川「……何あれ?」

 一点に目を留め、私は、車の傍らに立つ先生へ訊ねた。

 トンネルの入口に近いところに、木で出来た何かが置かれている。
 小さい箱のような。

(´・_ゝ・`)「祠だと思うよ。ぼろぼろだけど」

 祠。
 ということは、神様がいるわけだ。

 私は祠に向けて手を合わせた。
193:2012/08/09(木) 00:33:34 ID:
('、`;川「何も出ませんように……」

(´・_ゝ・`)「出ますように」

('、`;川「先生黙って」

 先生の言うようにぼろぼろなので、今は、祠の手入れをしている人はいないのかもしれない。
 そんなところに祈ったところで神様が聞き入れてくれるのか甚だ疑問だが、
 やらないよりはマシ、ということで。

 何度か深呼吸して、私は右手に持った懐中電灯のスイッチをつけると、
 左手にデジタルカメラを構えた。

('、`;川「……行ってきます」

(´・_ゝ・`)「行ってらっしゃい」

('、`;川「そこにいてよ? 勝手に帰らないでね? ちゃんと待っててね?」

(´・_ゝ・`)「はいはい」

 まずは、入口で写真を一枚。
 出来を確認する勇気はない。
 画面を見ないまま保存し、私は大股で歩き始めた。



*****
194:2012/08/09(木) 00:34:57 ID:
ある程度進むと、車のライトも届かなくなった。
 もう懐中電灯だけが頼りだ。

 ぎゅっと目を閉じ、適当な場所を撮る。

('、`;川(帰りたい……)

 足元を照らしながら歩いた。
 こつこつ、自分の靴の音が反響する。

 そっと前を見た。向こうの出口は、まだ遠く感じられる。
 あそこまで行って、また戻らなければいけない。

 心臓がぎゅうぎゅうと痛む。
 まだ何も起こっていないのに、怖くて仕方なかった。
195:2012/08/09(木) 00:36:06 ID:
3分の2ほど進んだ頃。
 不意に、何かが私の左足に触れた。

('、`;川「ぎゃあ!」

 懐中電灯を取り落とした。
 慌てて拾い上げ、左足に向ける。

 ──そのときの私は、さぞかし間抜けな顔をしていただろう。

('、`;川「え? ……え?」


 キツネが、私の足に体を擦りつけていた。


 キツネ。どこからどう見てもキツネだ。
 私が後ずさると、キツネは私を見上げた。
196:2012/08/09(木) 00:37:41 ID:
('、`;川「……きつね……」

 ぽつり、呟く。

 そして──冗談だと思ってもらっちゃ困るのだけれど。
 そのキツネは、私を見つめながら、たしかに「言った」。

〈いなりのかみ〉

 男とも女ともとれない、不思議な声だった。
 それと、何となく、舌足らずに思えた。

('、`;川「え?」

〈いなりのかみ〉

 稲荷神、という漢字が頭に浮かぶ。
 そこから、今度はあの祠が連想された。

 キツネは私から視線を外そうとしない。
 正直、可愛かった。
197:2012/08/09(木) 00:38:43 ID:
('、`;川「……あの祠の神様?」

 キツネが頷く。
 やっぱり可愛い。

('、`;川「あなたが? 稲荷神?」

 また頷いた。

 冷静に状況を確認するとキツネに話しかける怪しい女なのだけれど、
 このときの私に、そこまで考えが回るような余裕はなかった。

 互いに沈黙し、見つめ合う。

 試しに一歩進んでみると、キツネも付いてきた。
 少しペースを上げる。キツネは離れない。

 しばらく、私と彼(彼女?)は一緒に歩いた。

.
198:2012/08/09(木) 00:40:25 ID:
スタート地点に近付いてきた頃には、キツネは消えていた。
 懐中電灯の光と車のライトが重なり、ほっと息をつく。
 可愛らしい同行者のおかげで、さほど恐怖を覚えずに済んだ。


(´・_ゝ・`)「おかえり」

('、`*川「ただいま」

(´・_ゝ・`)「何かあった?」

('、`*川「……さあ」

 怯えた素振りも見せない私の様子で、何もなかったと判断したのだろう。
 先生はそれ以上何も言わずに、デジタルカメラの確認をした。

(´・_ゝ・`)「写真も、それっぽいのは写ってないね。
        ここは外れだったか」

 ひどく残念そうだ。
 帰るよ、という先生の言葉に頷いて、私は車に乗った。
199:2012/08/09(木) 00:41:07 ID:
〈あぶらげたべたい〉


 出発する間際、耳の奥で、例の声が響いた

 あぶらげ。
 付き添ってやったのだから、油揚げくらい寄越せ──ということだろうか。



*****
200:2012/08/09(木) 00:43:44 ID:
翌日の昼、私は1人でJトンネルを訪れた。

 明るい時間帯には、昨夜のような恐ろしい姿も鳴りを潜めている。

 私は祠の前にしゃがみ込み、家から持ってきた小皿と
 スーパーで買った油揚げを鞄から取り出した。

 小皿に油揚げを2枚ほど乗せ、そこへ置く。
 このまま去るのもアレなので、手を合わせておいた。
 ありがとうございました、と一言。

 それを済ませると、私は立ち上がり、トンネルに背を向けた。

 ──背後から、がさがさという音と笑い声。
 振り返る。

 人間も動物も、どこにもいない。
 けれど、小皿の油揚げが2枚共なくなっていた。



****
201:2012/08/09(木) 00:45:07 ID:
(´・_ゝ・`)「はあ。稲荷神……」

 その日の夜。
 ご飯を奢るという約束を果たしてもらうために
 先生とファミリーレストランへ行った際、トンネルでのことを話してみた。

 先生は首を捻っている。

('、`*川「神様に守ってもらったのかと思うと、すごい体験した気がする」

(´・_ゝ・`)「……」

('、`*川「……先生、ノリ悪いわね」

(´・_ゝ・`)「僕が興味を持ってるのは死んだ人間の霊だからね。
        神様や妖怪の類には、あんまりそそられないな」

 随分と偏った嗜好である。

 しかし私は、それよりも、先生の目が気になった。
 私を馬鹿にしくさるような、ものすごく腹が立つ目だったのだ。

 私が顔を顰めると同時に、先生は溜め息をついた。
202:2012/08/09(木) 00:47:37 ID:
(´・_ゝ・`)「あのね、伊藤君。稲荷神はキツネじゃないよ」

('、`*川「へ?」

(´・_ゝ・`)「稲荷神じゃなく、稲荷神の使いがキツネなんだよ。
        よく混同されるみたいだけど」

('、`;川「使い? え……で、でも、あのキツネ、自分で稲荷神って……」

(´・_ゝ・`)「使いの者が自分の主人の名を騙るとは考えにくいし、
        それ、多分ただのキツネだったんじゃないかな」

('、`;川「だ、だって喋ってたのよ! 気付いたら消えてたしっ……」

(´・_ゝ・`)「化かされたんだろうね」

 そこまで話した辺りで先生は吹き出した。
 俯き、くつくつと笑う。
203:2012/08/09(木) 00:50:45 ID:
(´・_ゝ・`)「まあ──ある意味、『すごい体験』じゃないの?
        この御時世にキツネに化かされるなんて」

('、`*;川「ぐ……」

(´・_ゝ・`)「しかも人に化けたキツネなんかじゃなく、
        もろにキツネの姿をした奴に騙されたんだろう? すごいよ。うん」

('、`*;川「ぐうう……」

(´・_ゝ・`)「まんまと要求通りに油揚げまで用意するとは、なんて馬鹿……ああいや、
        なんて純粋な子なんだと思われたことだろうね」

('、`*;川「も、もういい……もうやめて……」

 トンネルの前で聞いた笑い声の意味が分かった。

 情けないというか──かなり恥ずかしかった。
204:2012/08/09(木) 00:56:44 ID:
ただ、この話にはちょっとしたオマケがある。

 以来、バイトで帰りが遅くなると、たまにだけれど
 ふわふわしたものが足の辺りでちょろちょろしながら付いてくるような、
 妙に安心出来る感覚を抱くようになった。

 そういう日に庭に油揚げを出しておくと、翌朝には無くなっている。





第六夜『祠とキツネ』 終わり
205:2012/08/09(木) 00:58:27 ID:
今夜はこの辺で

『幽霊が出るコンビニ』 >>1-24

『心霊写真』 >>32-67

『いわくつきラブホテル』 >>73-96

『遊女の人形』 >>102-132

『憑かれた青年の話』 >>145-172

『祠とキツネ』 >>184-204
206:2012/08/09(木) 01:08:49 ID:
今回はなんかほっこりした話でよかったよ
前回があれだし…。
208:2012/08/09(木) 01:35:37 ID:
なんかすごく安心した
怖いのもいいけど、たまにはこういったものも欲しくなるね
209:2012/08/09(木) 05:45:02 ID:
おつ
キツネかわいいお
210:2012/08/09(木) 06:30:59 ID:
こんな可愛い話で安心させて次は今までにないような恐ろしい話を持ってくるんじゃないだろうな!
212:2012/08/10(金) 05:48:32 ID:
あれは、たしか、お盆に入る直前だった。

 お盆の時期には母方の実家に泊まるのが我が家の恒例なのだけれど、
 今年はバイトの予定が詰まっていて、私はお盆前の一日しか休みがとれなかったのだ。

 せめて顔だけは見せておいでと母が言うので、
 私1人だけ、一足先に母の実家へ行くことにした。

 そんな日の話。



('、`;川「全員留守!?」

(゚、゚トソン「また肺の調子が悪いとかで、お祖父ちゃんが病院に行きましてね。
     場合によっては検査入院もあるみたいです。
     あくまで『念のため』ですから、あまり心配しなくても大丈夫ですよ」

(゚、゚トソン「で、お祖母ちゃんは、他県でお友達のお葬式があるそうです」
213:2012/08/10(金) 05:51:09 ID:
('、`;川「お葬式は電話で聞いてたけど……伯母さん達は?」

(゚、゚トソン「母さんはお祖父ちゃんの付き添い。父さんはお仕事」

 喫茶店でレモンティーを飲みながら、従姉妹は言った。

 彼女はトソンという。
 母の姉──伯母──の娘で、私より一つ年上の大学3年生。
 歳が近いからか、私達は昔から仲がいい。

 トソンは一人暮らしをしているのだけれど、今は夏休みなので、母の実家に戻っているそうだ。
 今日は、電車より安く済むからという理由で
 わざわざ車を運転して私を迎えに来てくれた──のに。

('、`;川「よりによって、このタイミングで……」

 出発する前にお茶でも飲んでいこう、とトソンに言われ
 喫茶店に行った私は、そこで衝撃的な話を聞かされた。

 なんと、今日に限って、祖父母も伯母夫婦も出払っているのだという。
214:2012/08/10(金) 05:53:19 ID:
(゚、゚トソン「だから、正直、ペニサスが来る意味ないんですよね。
     どうします? やめます?」

('、`;川「言ってくれるね。行くよ。
     せめて仏壇に手を合わせるぐらいはする。あと、久々にあの縁側で昼寝したいし」

(゚、゚トソン「そうですか。まあ夜には両親も帰ってきますし、
     検査がすぐに終わればお祖父ちゃんだって帰ってくるかもしれませんしね。
     それまでのんびりしていってください」

 母の実家は、言っては何だが、郊外の小さな田舎町にある。
 「のんびり」という言葉がよく似合う。

('、`*川「そうするかな……。
     あ、ショボンはどう? 元気?」

 ショボンとは、彼女の弟である。
 たしか今年で小学2年生だったか。
 素直ないい子だ。

 何気なく振った話題だったが、トソンは僅かに表情を曇らせた。
215:2012/08/10(金) 05:55:07 ID:
(゚、゚トソン「それが、変なことを言うんです」

('、`*川「変?」

(゚、゚トソン「ええ……──おばけが、どうこうって」

 私は舌打ちしそうになるのを、すんでのところで抑えた。
 せっかくあのジジイがいないのに、またオカルト話か。

 まったく。
 トソンにバレないように溜め息をつき──私は、硬直した。

(゚、゚トソン「家の中で変なのを見るって言うんです。
     ショボンにしか見えてないみたいなので、私は気のせいだろうと思ってるんですが……」

 私の視線が、トソンの後ろを捉えたまま固まる。
 ああ、もう、やだ。
216:2012/08/10(金) 05:56:04 ID:
(゚、゚トソン「お祖父ちゃんが神社やお寺に相談したらしいんですが、これといって、何かあるでもなく。
     それで母さん達が気味悪がって……──ペニサス、どうしました?」

 私の様子がおかしいのに気付いたのだろう。
 トソンは怪訝そうに私を見て、それから、振り返った。


(´・_ゝ・`)「君達、面白そうな話をしてるじゃないか」



   第七夜『つきまとう影』


.
217:2012/08/10(金) 05:57:03 ID:
('、`*川「ごめんなさい本当にごめんなさいごめんなさい変な人なのごめんなさい」

(゚、゚トソン「構いませんよ。ペニサスの知り合いなんでしょう?
     それに、うちの大学にも研究熱心な教授はいますから」

 午後1時に祖父母の家に着いた。

 運転席のトソンに何度も謝る。
 トソンは、シートベルトを外しながら首を振った。

(´・_ゝ・`)「いやあ、無理言って悪いね」

('、`*川「本当だわ。先生ってどうしてこんなに非常識なの。信じられない」

(´・_ゝ・`)「たまたま会った伊藤君がたまたま幽霊の話をしてたら、付いてこないわけにいかないだろう」

 ──後部座席で、先生がけらけらと笑う。

 この男の前で幽霊を匂わせる発言をしてはいけない。
 まさか、ここまで付いてくるなんて。
218:2012/08/10(金) 05:58:59 ID:
(゚、゚トソン「でも、盛岡教授の望むような話ではないと思いますよ。
     たしかに昔から地元にある家ですけど、家も地域も至って普通ですから」

(´・_ゝ・`)「それならそれで、仕方なかったと諦めるさ」

 先生は、自分を「民俗学を多少齧っている経済学教授」と中途半端に偽り、
 私にはよく分からない言葉を並べ立ててトソンを説得、もとい洗脳していた。

 たしか、昔の風習が後世の子に齎すなんちゃらかんちゃらが何々、
 学術的な興味があるからショボンの話を聞いてみたい云々。とか。
 私だったら意味が分からなすぎて逃げる。

 しかしまあ、VIP大学教授という肩書きの、なんと便利なこと。
 トソンもすっかり先生を信用しきっていた。

 トソンと先生が車を降りる。私は、急いで2人に続いた。

.
219:2012/08/10(金) 06:01:24 ID:
(´・_ゝ・`)「すごいな」

 先生は、座敷の真ん中で呟いた。
 2部屋分の襖が取っ払われて一つの部屋となった座敷は、
 今から大人数で宴会を始めても差し支えがないほどに広い。

 縁側に続く障子も開かれていて、舞い込んだ風が、私達を撫でていった。
 涼しい。

(゚、゚トソン「夏場は、なるべく風がよく通るようにしてるんです」

(´・_ゝ・`)「大きい家だね」

 そう。祖父母の家は大きい。
 純和風の、ちょっとした「屋敷」と言ってもいいレベルだ。

 私や兄弟、トソンが幼かった頃は、かくれんぼをすると、
 全員見付けるのに結構な時間が掛かったものである。

(゚、゚トソン「持て余し気味ですけどね。
     ──2人共、お腹すいてませんか。ご飯にしましょう。
     お祖母ちゃんの作り置きがあります」

('、`*川「あー、是非いただきます」

 私と先生は座敷の隅に荷物を置き、その部屋を後にした。

.
220:2012/08/10(金) 06:03:25 ID:
(゚、゚トソン「……あれ?」

 居間の障子を開け、トソンは首を傾げた。
 飯台の上に飲みかけの麦茶がある。
 つけっぱなしのテレビは、ワイドショーを映していた。

('、`*川「どうかした?」

(゚、゚トソン「おかず温めて出しておくよう、ショボンに電話したんですけど……。
     ……ショボンー?」

 台所の方へ顔を向け、トソンはショボンの名を呼んだ。
 返事も、物音もない。

 トソンが踵を返す。
 私と先生は顔を見合わせ、彼女に続いた。

(゚、゚トソン「ショボン、どこですか?」

 よく通る声でショボンを呼びながら、トソンは廊下を歩く。
 遊びに行ったんじゃないの、と私が言うと、玄関に靴があったと答えられた。

 ショボンは、頼まれたことはちゃんとやる子だ。
 一体どうしたのだろう。

 何事かな、と先生がうきうきした雰囲気を醸し出していたので、足を踏んでおいた。
221:2012/08/10(金) 06:05:48 ID:
──行きの車中でトソンが話してくれたことを思い出す。

(゚、゚トソン『黒い人間だって、ショボンは言ってましたね』

 ショボンが見る「おばけ」は、真っ黒な、人の形をしたものらしい。
 目だけがくっきり浮かび上がっていて、その目を忙しなく動かしながら
 家の中をうろついているのだという。

(゚、゚トソン『初めて見たのは一昨年だったそうですが、一昨年は一度しか見なかったらしいです。
     それが去年には3ヶ月に一度になって、今じゃ2週間に一度の頻度で出るらしくて』

 そいつはショボンを見付けると、
 ぴたりとショボンに目を向けたまま、その場に立ち止まったり、たまに近付いてきたりする。

 少し経つといなくなるし、害はないのだけれど、ショボンがすっかり怖がっているそうだ。
 彼が1人でいるときによく現れ、他の家族には見えないのだとか。

 神社やお寺、拝み屋の類に相談しても、ちゃんとした答えは返ってこない。

(゚、゚トソン『お祖父ちゃん達が変に関わるから、ショボンがますます怖がるんですよね。
     放っておけばいいのに』

 トソンはリアリストで、幽霊などの存在は信じていなかった。
 溜め息をつく彼女を、先生が冷めた目で見つめていたのを覚えている。
222:2012/08/10(金) 06:10:18 ID:
私達は一旦居間の方へ戻り、台所脇の階段から2階へ向かった。
 トソンが生まれたときに増築された階だ。
 子供部屋しか置いていないので、1階に比べると随分狭く感じる。

 階段を上った先に廊下があって、ドアが2つ並んでいるだけだった。

(゚、゚トソン「ショボン?」

 右側のドアをトソンがノックする。
 すると、中から、ばたばたと音がした。

 トソンが眉を顰め、ドアを開ける。
 それと同時に少年が飛び出してきた。

(´;ω;`)「お姉ちゃぁああん!!」

(゚、゚;トソン「わ」

 少年がトソンにしがみつく。
 ショボンだ。わんわんと大声で泣いている。
223:2012/08/10(金) 06:11:26 ID:
(゚、゚;トソン「どうしたんですか」

(´;ω;`)「お、おね、ちゃ、ひぐっ、ひ、」

 不躾だとは思いつつ、私はショボンの部屋の中を覗き込んだ。
 押し入れが開いていて、そこから布団が落ちかけている。
 どうやら、ショボンはそこに隠れていたようだ。

(´・_ゝ・`)「何があったんだろうね」

 私の後ろで先生が囁く。
 ショボンが完全に泣き止むまで、30分以上かかった。



*****
224:2012/08/10(金) 06:12:55 ID:
('、`;川「ねえ……どうすんの?」

(゚、゚トソン「何がですか?」

 私は、トソンの返答に「駄目だ」と思った。
 彼女は弟の話を信じていない。


 ──ショボンが泣きながら話したことには。
 また、例の黒い何かが現れたらしい。

 トソンから電話を受けて、ご飯を温めようとしたショボンは、
 台所でそいつに遭遇した。
 驚いて逃げると、そいつは、ゆっくりな動きではあったが追いかけてきたのだという。

 うっかり2階に逃げ込んでしまい、階段を下りるに下りられず、
 自室の押し入れでずっと震えていた。
 そこへトソンが来た──とのことだ。
225:2012/08/10(金) 06:16:22 ID:
(´-ω-`) スースー

 現在、ショボンは居間の真ん中で座布団を枕にして眠っている。
 初めは先生を見て「誰?」と訝しげだったものの、大人が3人もいれば安心出来るのか、
 彼はすぐに眠りに落ちた。

 寝顔を見守るトソンの瞳は優しい姉のそれだけれど、
 端からショボンの話を信じる気がないというのは宜しくない。
 事実かどうかはともかく、ショボンはあんなに泣いていたのに。

('、`;川「『何が』ってさ、ショボンあんなに怯えてたじゃない」

(゚、゚トソン「子供ですから、いきすぎた想像に自分で怯えることもあるでしょう。
     こちらまで過剰に対応すれば、ますます怖がるだけですよ」

(´・_ゝ・`)「君は随分と弟に冷たいね。
        こんなに歳が離れていれば、必要以上に可愛がりそうなものだけど」

(゚、゚トソン「そうでしょうか」

 トソンは、空の食器を重ねて立ち上がった。

 一応食事はとったものの、ショボンの話を聞いた後だと、あまりお腹に入らなかった。
 先生とトソンは完食していたけれど。
226:2012/08/10(金) 06:17:36 ID:
(゚、゚トソン「お皿洗ってきますね」

('、`*川「あ、手伝おうか」

(´・_ゝ・`)「僕が手伝うよ」

 私を押し留め、先生が腰を上げた。
 トソンは「ありがとうございます」と先生に礼を言っている。

 どうせ、ショボンが寝てしまった今、
 トソンしか「黒い奴」の話を聞き出せそうな人間がいないと判断したのだろう。

 質問責めに遭いながら(そしてついでに怖い話を聞かされながら)
 食器を洗う羽目になるであろうトソンに、私は内心で合掌した。
 今日ぐらいは私の身代わりになってくれてもいい筈だ。

 2人が食器を抱えて台所に移動する。
 私とショボンが居間に残った。
227:2012/08/10(金) 06:18:58 ID:
扇風機が首を振りながら風を送る。
 普段はエアコンがないと嫌になるけれど、この家は扇風機だけでも充分に涼しい。

 その内、眠気が込み上げた。
 食べてすぐ寝たら牛になるよ、という祖母の声が聞こえてきそうだが、
 私は、欲求に応じることした。

 本当は縁側で寝るのが一番気持ちいいのだけれど、ショボンから離れるのも可哀想だ。
 彼と向かい合うように転がり、私は目を閉じた。

 ショボンの前にだけ現れるという、黒い何か。
 いつものように、先生が好奇心でもって引き取ってくれないだろうか。

.
228:2012/08/10(金) 06:20:36 ID:
目を閉じたものの、あれこれ考えているとなかなか眠れない。
 ここに「黒い奴」が現れたらどうしよう、とか。

 もうテレビでも見てようかな。
 私は、目を開けた。


 ──途端、目が合った。

 心臓が跳ねる。


(´-ω-`) スースー

 私の前で眠るショボン。
 その向こうに、真っ黒な顔がある。

 人の影がそのまま立体になったような印象だった。
 輪郭が、どことなくぼんやりしている。

 多分、上から見たら、私とショボンと影で川の字になっていただろう。
229:2012/08/10(金) 06:21:44 ID:
ショボンを挟んで、私と影は至近距離で見つめ合う。

 どうして幽霊ってやつは不意打ちで来るのか。
 本気で心臓が止まりかねないから、やめてほしい。

 影は何も言わない。
 そもそも口があるのかも分からない。
 唯一人間らしいパーツである目は、じっと私を睨んでいる。

 何とはなしに、見覚えのある瞳だと思った。

 私は、そっとショボンを抱き寄せた。
 ショボンが唸り、舌足らずに私を呼ぶ。
 目を覚ましたようだ。

 身を捩ったショボンは私の胸元で、ひっ、と声をあげた。
 小さな手が私の服を握りしめる。
230:2012/08/10(金) 06:22:31 ID:
怖い。
 瞬きもせずに私を睨む目からは、感情が窺えない。
 ただ、奴にとって、私が邪魔な存在であろうことは分かった。

 震えるショボンを抱く腕に力を込め、私は瞼をきつく閉じた。


 ──洗い物を終えたトソン達が戻ってきて、ようやく目を開けた頃には
 影はいなくなっていた。



*****
231:2012/08/10(金) 06:24:46 ID:
('、`;川「絶対に居たんだってば!」

(゚、゚トソン「夢じゃないですか? ショボンの話を気にしすぎたんでしょう」

 既に夕暮れ。
 庭からは、ひぐらしの鳴き声が聞こえる。

 私が何度訴えても、トソンは頑として影の存在を認めなかった。

('、`;川「このままじゃ、ショボン、家にすらいられないじゃないの」

(゚、゚トソン「まあ、それはたしかに心配ですが……」

 ショボンは家にいたくないと言って泣くので、
 3時前に、近所に住む祖父の友人の家に預けられた。
 伯母が帰ってきたら迎えに行くつもりらしいが、果たしてショボンは素直に帰りたがるだろうか。
232:2012/08/10(金) 06:26:47 ID:
(´・_ゝ・`)「落ち着きなよ伊藤君。
        お姉さんに言ったって、どうしようもないさ。
        拝み屋さん達だって『分からない』って言ってたらしいんだから」

 縁側に座った先生が、あっけらかんと言い放つ。
 どういうわけか、トソンと一緒に台所から戻って以降
 先生は今回の件への興味をすっかり無くしているようだった。

(゚、゚トソン「盛岡教授の言う通りです。
     仮に、本当にショボンの言うようなものが存在したとして、
     私に出来ることはないと思います」

('、`;川「だっ、……だったら、なるべく傍に居てあげるとかしなさいよ!
     ショボンが1人のときに『あいつ』が出てくるんでしょ?
     それが分かってるなら、出来る限り一緒にいればいいじゃない」

(´・_ゝ・`)「でも、伊藤君が一緒に寝てたところにも現れたんでしょ」

('、`;川「うぐっ……」

 そういえばそうだ。
 あれは、私がいるにも関わらず現れた。

 というより──私がいたからこそ出てきたような、そんな気もする。
 ショボンではなく、ずっと私を睨んでいたから。

 言葉に詰まる私を一瞥して、先生はトソンへ顔を向けた。
233:2012/08/10(金) 06:28:31 ID:
(´・_ゝ・`)「まあ、弟君の傍にいてあげるっていうのは正しいかもしれないね」

(゚、゚トソン「……そうでしょうか」

(´・_ゝ・`)「四六時中一緒に、とは言わないけど」

 トソンが考え込む。
 私達の言うことを受け入れてくれればいいのだけれど。

 しばらく沈黙が続いた後、先生が口を開いた。

(´・_ゝ・`)「伊藤君、僕はもう帰るよ。君も一緒に帰らないかい」

('、`;川「えっ……どうして? このタイミングで?」

(´・_ゝ・`)「この件は、民俗学とは関係なさそうだからね。
        あれがショボン君の空想ならば心理的な問題になってくるし、
        そうでないなら、風習なんかは関係ない、彼個人のオカルト話だ」

(´・_ゝ・`)「これ以上僕が首を突っ込むのは、良くないことだよ」

 ああ、先生は民俗学を齧っている経済学教授、という設定でここにいるのだった。
 でも、それにしても──
234:2012/08/10(金) 06:30:03 ID:
('、`;川(先生は『個人のオカルト話』に興味があったから来たんじゃないの?)

 何か変だ。
 たしかに民俗学云々という設定上なら、先生の言葉は然程おかしくないと思う。
 しかし先生の本当の企みを知っている身としては、納得出来ない。

 ──不意に電話が鳴った。
 トソンが立ち上がり、子機を取る。

 私は先生の傍に近寄り、小声で話しかけた。

('、`*川「帰るなら1人で帰ってね。
     私はこのままトソン達を放って帰るなんて出来ないし」

(´・_ゝ・`)「僕は、君こそ帰るべきだと思うんだけど」

('、`;川「何でよ」

(´・_ゝ・`)「そりゃあ……」

 トソンが子機を置いた。
 それに気付いた先生が口を噤み、顔を背ける。
 一体何なんだ。
235:2012/08/10(金) 06:33:10 ID:
(゚、゚トソン「……ペニサス」

('、`*川「ん?」

(゚、゚トソン「ショボンが、『また出た』って泣いてるそうなんです……。
     すごく怯えてて、向こうも手を焼いてるので、こちらに帰すそうです」

('、`;川「──出た? あっちの家に!?」

 私は、思わず大声をあげてしまった。
 トソンが不安の滲んだ顔で頷く。
 ここまで来たら、トソンも「放っておけばいい」なんて言っていられないだろう。

 トソンが玄関へ行くと、先生は帰宅の準備を始めた。
 「君も準備しなさい」と言われたので、本当に帰っていいのか悩みつつ、
 ひとまず仏間へ行き、仏壇に手を合わせておいた。

 結局、少しものんびり出来なかった。


.
236:2012/08/10(金) 06:35:40 ID:
(´;ω;`)「お姉ちゃん……」

 10分ほどすると、祖父の友人に送られて、ショボンが帰ってきた。
 玄関先でトソンに抱き着き、ぐすぐすと泣いている。

 トソンは祖父の友人に礼を言って、ショボンの頭を撫でた。
 普段は表情の薄い彼女も、ひどく心配そうな顔でショボンを見下ろしている。

(゚、゚;トソン「大丈夫ですよ。私が傍にいますから……」

(´;ω;`)「もうやだ、こわい、やだ……」

(´・_ゝ・`)「ショボン君。お姉さんと一緒なら、あいつは出ない筈だよ」

 先生が靴を履きながら言った。
 何を根拠に、と思ったけれど、やけに自信のある口調だった。

 ショボンがきょとんとしながら先生を見上げ、次にトソンを見る。
 それから、ショボンは不思議そうな顔をしつつも頷いた。
237:2012/08/10(金) 06:41:00 ID:
(´・_ゝ・`)「行こうか、伊藤君」

('、`;川「う、うん……。じゃあ、トソン、えっと……気を付けてね。
     ごちそうさまでした。ご飯美味しかったってお祖母ちゃんに言っといて。
     お祖父ちゃんにはお大事にって」

(´・_ゝ・`)「お邪魔しました。いきなり押しかけてごめんよ」

(゚、゚トソン「はい……あの、変なことに巻き込んで、すみません」

 ショボンが私達に向けて「行っちゃうの」と呟いた。
 私だって彼らを置いていきたくないが、さっきから先生が2人には見えない位置から
 私の腰を突いてくる。多分急かしているのだと思う。

('、`;川「何かあったら電話してね。
     もし怖かったら、2人で知り合いの家に──」

(´・_ゝ・`)「行くよ」

 先生に腕を引っ張られた。
 何度も振り返り、私は、トソン達に手を振った。



*****
238:2012/08/10(金) 06:47:28 ID:
(´・_ゝ・`)「あれは多分生き霊じゃないかな」

('、`*川「……生き霊?」

 乗客の少ない電車の中で、先生は言った。

 生き霊。恨みを持つ相手を祟る、生きている人の魂だか念──だったっけ。
 弟の幼馴染みが、いつぞや、そんな話をしていた。

(´・_ゝ・`)「洗い物の最中、色々聞いてる内に分かったよ。
        ……前も言ったけど、僕は死んだ人間の霊が見たいんだよね。生き霊はどうでもいいや」

 少し前まで赤く染まっていた窓の外。
 もう、夜の闇が手を広げ始めていた。
239:2012/08/10(金) 06:49:37 ID:
('、`;川「生き霊って……。
     誰か、ショボンに恨みでも持ってるわけ?」

(´・_ゝ・`)「逆」

('、`;川「何がよ」

(´・_ゝ・`)「ショボン君を愛しすぎてるってこと」

 ぽかんと口を開け放し、私は先生を凝視した。
 先生は溜め息をついている。

 嫌な予感がしつつ、訊かずにはいられなかった。

('、`;川「……誰が?」

 返ってきた答えは、やっぱり、


(´・_ゝ・`)「あのお姉さん」


 トソン。
240:2012/08/10(金) 06:50:36 ID:
(´・_ゝ・`)「初めは、弟に対する愛情が薄い人だと思ったけど……。
        いやはや、誤解だった。
        洗い物のとき、彼女、ショボン君の話ばっかりするんだ」

(´・_ゝ・`)「こっちがちょっと恐くなるくらいね」

('、`;川「うそ……」

(´・_ゝ・`)「本当」

 私の知っているトソンは、歳の離れた弟だろうと、必要以上に甘やかさない人だった。
 寧ろ厳しすぎるのではないかと思うくらいに。
241:2012/08/10(金) 06:51:54 ID:
(´・_ゝ・`)「初めてショボン君が『おばけ』を見たのは一昨年だっけ。
        お姉さんが大学に入って一人暮らしを始めたのも一昨年だそうじゃないか」

('、`;川「……そうだけど……」

(´・_ゝ・`)「弟が心配で堪らなかったんだろうね。
        その気持ちは年々募っていき、当然、『おばけ』が出る頻度も上がる」

 ショボンが1人のときによく現れる黒い影。
 それは、トソンがショボンを案ずるが故のものだろうと先生は言う。

 なら。

('、`;川「なら、何で私の前にも出てきたの……?」

 私に向けられた先生の視線は冷たい。
 「少し考えれば分かるだろう」、というような。

(´・_ゝ・`)「嫉妬かな。姉としての。
        君にも弟がいる分、『弟』としてショボン君を可愛がる気持ちは強いだろうから」
242:2012/08/10(金) 06:53:19 ID:
(´・_ゝ・`)「その嫉妬が引き金になったのか、
        とうとう他所の家でも『おばけ』が現れるようになってしまったね。
        ……彼女が弟離れ出来るまで、君はあんまりショボン君に近付かない方がいいよ」

 先生は、ほんの少しだけ口角を上げた。


(´・_ゝ・`)「実際に『おばけ』を見た君に訊くけど、僕の推理は間違ってたかな?」


 もう何も言えなかった。

 居間で見た黒い影が、私の脳裏に浮かんでは消えていく。
 どうしてあのとき、すぐに気付かなかったのだろう。



 あの目は、トソンの目に似ていた。



*****
243:2012/08/10(金) 06:56:02 ID:
お盆になり、帰省した母から電話が掛かってきた。

 祖父の体調は良好だとか、
 親類が大勢集まって賑やかな宴会が始まっているとか、
 墓参りは恙無く終わったとか。


『それとね、珍しくトソンちゃんがにこにこ笑いながらショボン君と一緒に遊んでるの。
 やっぱり姉弟なんだから、仲良くしてる方がいいわよね』


 そうだね、としか答えられなかった。

 そのときの私は、一体どんな表情をしていただろうか。





第七夜『つきまとう影』 終わり
244:2012/08/10(金) 06:59:01 ID:
今夜(今朝)はこの辺で

『幽霊が出るコンビニ』 >>1-24

『心霊写真』 >>32-67

『いわくつきラブホテル』 >>73-96

『遊女の人形』 >>102-132

『憑かれた青年の話』 >>145-172

『祠とキツネ』 >>184-204

『つきまとう影』 >>212-243
246:2012/08/10(金) 08:01:01 ID:
将来はヤンデレ姉か……乙!
247:2012/08/10(金) 11:55:12 ID:
愛のあまりスタンド出しちゃったのか

248:2012/08/10(金) 12:02:49 ID:
面白いです。
255:2012/08/11(土) 04:15:09 ID:
(´・_ゝ・`)「伊藤君、百物語しない?」

('、`*川「何言ってんの?」

 私のバイト先の一つである書店は、大きなファッションビルの6階にある。
 その下、5階の一角には百均。

 午後9時を回り、店も終わったので、下の百均で買い物して帰るか──と
 エスカレーターで下ったのが運の尽き。

 百均の袋を提げた先生に捕まった。
 しかも開口一番、冒頭の言葉を投げ掛けられた。

(´・_ゝ・`)「何って、百物語。
        九十九個でやめるような生温いことはしないからね」

('、`*川「……」

(´・_ゝ・`)「ね。やろうよ」

 先生は、かつて私の母に見せたような、やたらめったら品のいい笑みを浮かべていた。
 嫌な予感しかしない。
256:2012/08/11(土) 04:17:06 ID:
(´・_ゝ・`)「学生が大学のサークル棟を利用して百物語やるっていうからさ、
        混ぜてもらうことにしたんだ。暇な子達だよね。
        結構な人数が参加するみたいだし、伊藤君もおいでよ」

 どうして私を誘うの、という質問は、もはや愚問だ。
 先生はすっかり私を「幽霊ホイホイ」か何かだと思っている。

 ほら蝋燭も買ってきたんだよ、と、先生は袋の中身を見せた。
 セット売りの蝋燭が何箱か。
 本気だ。

('、`*川「……先生」

(´・_ゝ・`)「何?」

('、`*川「今、思いっきりお盆なの知ってる?」



   第八夜『呼ばれる』


.
257:2012/08/11(土) 04:24:11 ID:
こういう状況で私が先生から逃げられた試しがあるかといえば、全くない。

 結局その日、私はVIP大学のサークル棟の一室に連れ込まれ、
 そこにいた十数人ほどの学生に混ざり、
 一部からの「教授を引っ叩いてた人だ」という視線と囁きに耐えることとなった。

 幸いだったのは、私のように、友達や恋人に引っ張られてきたという
 この大学とは無関係な人間が何人かいたことだ。
 おかげで私があまり浮かずに済んだ。

 ちなみに、ここにいる学生はほとんど文芸サークルの面々らしい。
 何でも、サークルで発行する冊子に「ガチ百物語レポート」なる記事を載せたいのだとか。
 学生というのは、馬鹿馬鹿しいことを本気でやる生き物だ。

(´・_ゝ・`)「じゃあ始めようか」

 発案者である文芸サークルの人を差し置いて、一番やる気満々な先生が仕切っていた。

 私達は、円を描くような形で床に座らされた。
 私の左隣に先生が腰を下ろす。
 部屋の電気が消えて真っ暗になると、学生達に僅かな緊張が走るのが分かった。
258:2012/08/11(土) 04:27:13 ID:
(´・_ゝ・`)「ルールは、百物語の作法を元にして、僕と部長が決めたよ」

/ ゚、。 /「まず、話し終えた人は隣の部屋に行ってください。
      そこに、火のついた百本の蝋燭と鏡を置いてありますので、
      鏡を見ながら蝋燭の火を一つ消す」

 向かいの方から、サークルの部長らしき女性の声がする。
 怯えを抑えるような声だった。

/ ゚、。 /「それが済んだら、この部屋に戻ってくること。
      その繰り返しです」

(´・_ゝ・`)「話し終えた人は、隣に行って火を消して戻ってくるまでの間、
        何があっても声を出しちゃいけないよ」

 何があっても、の部分を先生は強調した。
 誰かが唾を飲み込む音が聞こえたが、暗闇の中では、他の人の表情は碌に見えない。

(´・_ゝ・`)「じゃあ、最初は僕からでいいかな。
        ……百個目の話が終わったとき、何が起きるか楽しみだね?」


.
259:2012/08/11(土) 04:29:37 ID:
百物語は滞りなく進んだ。
 必ずしも怖い話でないといけないわけでもなく、ただの不思議な話でもいいということで、
 それぞれ、話が被るようなこともなかった。

 当然ながら私にも順番は回ってくるのだけれど、
 誰かさんのおかげで、ネタには困らない。
 実体験を「人から聞いた話」として話しておいた。

 が、話自体はともかくとして、その後の試練が辛い。

 手探りで部屋を出て、隣の部屋に入る。
 小皿や空になった缶詰などの「燭台」に立てられた大量の蝋燭。物凄い光景だ。
 もしものときを考慮してか、床には水の入ったバケツが置かれていた。

 蝋燭を一つ取って、机の上の鏡を見ながら火を消す。
 これが怖い。
 私は微妙に視線を外しつつ火を吹き消し、さっさと元の部屋に戻った。

 足音の速さなどからして、みんなも大体そんな感じだったようだ。

.
260:2012/08/11(土) 04:31:35 ID:
さて。
 何巡かして、残る蝋燭もあと10本ほどという頃になると、
 場の緊張感は凄まじいものになっていた。

 どこかで物音がすれば女性陣が悲鳴をあげ、その声に驚いた男性陣も悲鳴をあげる。
 大して動揺もしなかったのは、先生くらいなものだ。

 そんな状況でも百物語は進行していくし、
 もう心の底から帰りたいと思っていた私にも「話し手」の順番は巡る。

('、`;川「……じゃあ、人形の話でも」

 人数から考えて、もう私が話し手になることはない。
 早く終わらせたいという気持ちのまま、私は怪談を話し終えた。
261:2012/08/11(土) 04:33:10 ID:
腰を上げ、窓の方を見ないようにしながら移動する。
 ドアを開けて廊下に出た。外灯のおかげで、部屋の中よりは少し明るい。

('、`;川「……」

 廊下の奥から目を逸らす。
 途中で誰かが話していた、真っ暗な廊下を走る子供の怪談を思い出した。

 早足で隣の部屋へ。
 すっかり少なくなった蝋燭。
 その中から一本持ち上げて、鏡の前に立つ。

 ふっ、と息を吹き掛けた──瞬間。

 鏡に映る私の後ろを、上半身だけの女が横切った。

('、`;川「ひっ……!」

 引き攣った声が喉の奥から漏れる。
 びくりと体を震わせた拍子に、燭台代わりの缶詰が手から滑り落ちた。
 蝋燭の火は消えていたから良かったが、がしゃん、と響いた音の大きさに、また声が出た。
263:2012/08/11(土) 04:35:39 ID:
('、`;川「あっ、わっ! ……っあ……」

 口を押さえる。

 ──何があっても声を出しちゃいけないよ。

 先生の言葉を思い出し、青ざめた。
 辺りを見渡す。
 空気が変わったように感じられて、私は部屋を飛び出した。

 廊下の奥に白い影。窓に張りつく何か。
 それらを見なかったことにして、みんなのいる部屋に駆け込んだ。

(´・_ゝ・`)「何か落とした?」

('、`;川「蝋燭……手が滑って。火は消してたから大丈夫」

 ぽつりと答え、先生の隣に戻る。

 それからはもう酷かった。
 誰かが話している最中に窓がばんばん叩かれたり、
 壁に寄りかかっていた女の子が「背中を撫でられた」と泣いたり。

 もはや楽しそうなのは先生だけで、多分、ほとんどの人が半泣きだったと思う。

.
264:2012/08/11(土) 04:37:15 ID:
──しかし。
 最後の蝋燭を消し終えたとき、どうしてか、何も起こらなかった。
 というか、頻発していた怪現象がぴたりと収まったほどである。

(´・_ゝ・`)「何だ。拍子抜けだね」

 先生はそう言うが、何か起きていたら、多分心臓が止まる人が出ていただろう。



*****
265:2012/08/11(土) 04:40:22 ID:
(´・_ゝ・`)「おやすみ、伊藤君。楽しかったね」

 私の家の前で車を停め、先生は言った。
 どの辺が楽しかったというのか。

('、`*川「おやすみ先生。人生で最低の夜だったわ」

 私は吐き捨てるように返して車を降りた。
 何かあったら教えてね、と先生が微笑む。
 あって堪るか。

 車が発進する音を聞きながら玄関の鍵を開け、家に入った。
 真っ暗。廊下の明かりをつける。

 私以外の家族は、祖父母の家に泊まりに行っている。
 つまり家には私しかいない。

 時計を見ると、既に日付は変わっていた。

('、`;川(ああ、誘われたときに先生を殴ってでも逃げてれば良かった……)

 リビングに向かい、ソファに座る。
 テレビをつけて深夜番組にチャンネルを合わせ、私はまず、恐怖心を収めることから始めた。

.
266:2012/08/11(土) 04:42:20 ID:
ようやく落ち着いてきた頃に、2階の自室で部屋着に着替えた。
 それから、兄や弟の部屋から勝手に漫画とDVDを持ち出す。

 部屋で眠る気など、さらさら無い。
 「リビングでDVDをかけながら漫画を読んで朝を待つ作戦」に出た。

 ──怖がりな人の中には、何かに怯えたとき、こういう手段を選ぶ人もいるだろう。

 そんな人に、経験者の立場から言わせてもらう。
 これは無意味だ。



*****
267:2012/08/11(土) 04:44:01 ID:
いとうくん。

 先生の声が聞こえたような気がして、私は漫画から顔を上げた。

 当然、先生がここにいるわけもない。
 私はテレビに視線をやった。
 弟の部屋から持ってきた、お笑い芸人のライブDVDが流れている。

 その声と間違えたのだろうと思い、漫画に視線を戻した。

 ──とんとん。

 何かを叩く音。
 とんとん。
 方向からして、玄関の方。

('、`;川(ええ……)

 息を潜め、耳を澄ます。
 何度目かのノックの後、今度は声がした。

「伊藤君」

 今度は聞き間違いではない。
 先生の声だ。

 私は漫画を閉じ、そっとリビングを出た。
268:2012/08/11(土) 04:45:33 ID:
「伊藤君、開けて」

 ノックの音、先生の声。
 やはり玄関から聞こえる。

 そろそろと廊下を進み──途中で、私は立ち止まった。

 我が家の玄関のドアは、真ん中辺りに、磨りガラスで出来た縦長の窓がついている。
 そこから、ドアの向こうに立つ人のシルエットが見えた。

 先生より背が低い。
 そして──頭が、斜めに抉れている。

「伊藤君。ねえ」

 いやに赤いシルエットは、先生の声を出した。
269:2012/08/11(土) 04:47:06 ID:
「伊藤君」

 私はじりじりと後ずさった。
 ノックと声が止む。
 こちらの様子を窺っているように思えて、背筋が寒くなった。

 リビングに戻ると、テレビが静かになっていた。
 DVDプレイヤーは動いているのだけれど、テレビの電源が落ちている。

 スイッチを押しても反応しない。コンセントは刺さっている。

 四苦八苦していると、


「開けて」


 やけに近くから聞こえた。
270:2012/08/11(土) 04:49:55 ID:
「伊藤君、開けて」

 声は、リビングの、庭に通じる窓からする。
 カーテンを閉めているから分からないけれど、きっと、あの赤いのが移動してきたのだろう。

「早く開けてよ」

 カーテン越しに見つめられている気がして、私は、ソファの陰に蹲った。
 両手を握り締める。

 天井の明かりが点滅した。
 あ、と思う間もなく、電気が消える。

 その直後、窓を激しく叩かれた。

「入っていい? 入っていい?」

 既に先生の声ではなくなっていた。
 がたがたと、窓が揺れる音が響く。

 涙目になりながら耳を塞ぐ──と。
271:2012/08/11(土) 04:51:44 ID:
急に、電気がついた。

('、`;川「あ……」

 テレビから流れる、芸人の声と観客の笑い声。
 窓は静まり返っている。

 ソファで体を支えながら立ち上がると、インターホンが鳴った。

('、`;川「ぎゃあっ!」

 また座り込む。
 私がじっとしていると、インターホンが連打され始めた。
 うるさい。

 震えながら玄関に行くと、最近馴染みのある背丈のシルエットがあった。
272:2012/08/11(土) 04:53:13 ID:
('、`;川「……せ、先生ー?」

 インターホン攻撃が止まる。

「伊藤君、車に携帯電話忘れてたよ。
 忘れる方が悪いから放っておこうと思ったけど、気が向いたから持ってきてあげた」

('、`;川「本当に先生?」

「何その質問」

('、`;川「……今、幽霊みたいなのが来てたから」

 少し、間があいた。
 シルエットが答える。


「本当にずるいよね、君ばっかり」


 先生だ。



*****
273:2012/08/11(土) 04:56:34 ID:
(´・_ゝ・`)「もう少し早く来てたら、僕も幽霊見れてたかな」

('、`*川「先生が来たからいなくなったんだと思うけど……」

 リビングのソファに座り、私が入れたコーヒーを啜りながら
 先生は「勿体ないなあ」と言った。
 どういう神経をしていれば、そんな言葉を吐けるのだろう。

 私は先生を一睨みすると、携帯電話で友人にメールを送った。
 今から泊まりに行ってもいいか、というような内容で。

 時間の都合上、断る断らない以前に返信すら無いことを覚悟していたが、
 意に反して、数分と経たずに了承の返事が届いた。

(´・_ゝ・`)「どうだって?」

('、`*川「泊まっていいって……。先生、送ってって。道案内はするから」

 先生はとてもとても面倒臭そうな顔をしたものの、
 すっかり中身を飲み干したコーヒーカップを見て、「仕方ないね」と呟いた。


.
274:2012/08/11(土) 04:59:42 ID:
('、`*川「……言われるがままに開けてたら、どうなってたのかしら」

 先生の車で友人の家に向かう途中、私は降って湧いた疑問を口にした。
 先生は少し考えて、先程話した体験に関する呟きだと気付いたらしい。

(´・_ゝ・`)「さあね。
        開けてみれば良かったじゃないか」

('、`;川「あの状況で開けられるわけないでしょうが」

(´・_ゝ・`)「何で?」

('、`;川「怖いから」

 ふうん、と先生が唸る。
275:2012/08/11(土) 05:02:31 ID:
(´・_ゝ・`)「怖いなら、『帰れ』とか言えば良かったんじゃない?」

('、`;川「……怒らせたらどうするの」

(´・_ゝ・`)「さあ」

 先生は首を傾げた。

 けれど──まあ、たしかに、私がやっても逆効果な気はするけれど。
 先生がやれば、霊もおとなしく帰りそうだな、と思った。

('、`*川「先生ってもしかして無敵なんじゃないの」

(´・_ゝ・`)「何それ。そんなことないと思うよ」

 思わず吹き出したといった感じで、先生が笑う。
 いつもの、わざとらしかったり腹が立ったりするような笑い方じゃなく、
 自然な笑いだった。

.
276:2012/08/11(土) 05:04:51 ID:
──自分で言うように、先生は決して無敵ではない。

 何よりも本人が分かっていたことなのに、
 このときの私は、先生の返答を謙遜や無自覚としか思っていなかった。





第八夜『呼ばれる』 終わり
277:2012/08/11(土) 05:06:40 ID:
おつつ!
そういえば最初からずっと過去編か!
281:2012/08/11(土) 12:03:49 ID:
最後の文が気になるな
279:2012/08/11(土) 05:07:16 ID:
今夜(今朝)はこの辺で。たぶん明日は休む

『幽霊が出るコンビニ』 >>1-24

『心霊写真』 >>32-67

『いわくつきラブホテル』 >>73-96

『遊女の人形』 >>102-132

『憑かれた青年の話』 >>145-172

『祠とキツネ』 >>184-204

『つきまとう影』 >>212-243

『呼ばれる』 >>255-276
278:2012/08/11(土) 05:07:02 ID:
先生に何か起こるのか?
乙!
284:2012/08/13(月) 03:59:09 ID:
先生の零感ぶりは凄まじい。


 たとえば2人で廃病院に行った(連れていかれた)とき。
 血まみれのお婆さんが乗った車椅子が、私達に近付いてきたことがあった。

 しかしお婆さんなんか見えない先生は、霊を挑発するためなのか何なのか、
 車椅子のハンドルを握って全力疾走した。
 お婆さんは迷惑そうな顔をして消えた。


 たとえば2人で墓地に行った(連れていかれた)とき。
 足のない女の子が先生の背中を押して、先生が危うく転びかけたことがあった。

 しかし女の子なんか見えない先生は、直前まで私が文句を言い続けていたのもあり、
 完全に私の仕業だと決めつけて、ねちねちねちねち嫌味を浴びせてきた。
 女の子は申し訳なさそうな顔をして消えた。


 たとえば──いや、もういい。きりがない。
285:2012/08/13(月) 04:00:26 ID:
とにかくこれが先生の基本スタイルで、私としては、いっそ羨ましいくらいだった。
 前回、私が先生を「無敵」と評したのも、彼のこの性質が根本にあったからだ。


 そのことをふまえた上で今回の話を聞いてほしい。
 ひどく単純で、不気味な話。



   第九夜『おばけバス』


.
286:2012/08/13(月) 04:02:07 ID:
(´・_ゝ・`)「おばけバスって知ってる?」

('、`*川「おばけバス?」

 昼間のファーストフード店の中、私と先生は向かい合って座っていた。

 まず10分ほど前、窓際の席でハンバーガーを食べていたところ、外を先生が通りかかった。
 通り過ぎかけた先生は、私に気付くなり店に入ってきて、
 手早く注文を済ませて向かいに座ったのである。

 いい加減、ばったり遭遇しても驚かなくなってきたのが悲しい。

 で、先生は挨拶もそこそこに唐突に「おばけバスって知ってる?」などと訊いてきたのであった。

('、`*川「知らないけど……。……何それ? ネコバスみたいなもん?」

(´・_ゝ・`)「君は頭の悪い発言をするね」

 先生がハンバーガーを齧る。
 先生は歳の割に、若者向けの味を好む人だ。
287:2012/08/13(月) 04:03:56 ID:
(´・_ゝ・`)「普通のバスなんだけどさ。
        よく『出る』んだって」

('、`*川「……幽霊が?」

(´・_ゝ・`)「うん。だから、おばけバスっていう通称が出来た」

 私は先生の前にあるフライドポテトを2本ほど失敬した。
 先生が私のチキンナゲットを奪う。ちゃっかりマスタードソースまで付けて。

('、`*川「バスに幽霊が出るの?」

(´・_ゝ・`)「そうだよ。気付いたら乗客が増えてるとか、後ろに座ってた人が消えてたとか。
        決まった車両の、決まった路線の、決まった時間でのみ、そういうことが起こる。
        おかげで、そのバスの利用者は減ってしまったようだよ」

('、`*川「ふうん……」
288:2012/08/13(月) 04:05:49 ID:
それから私達は、黙々と食事を続けた。
 私は店内に貼られている新商品のポスターを眺めながら。
 先生は外に視線をやりながら。

 その内に、私が先にハンバーガーを食べ終える。
 包み紙を折り畳む私に、先生は微笑んだ。

(´・_ゝ・`)「伊藤君、この後の予定はあるの?」

 正直に「暇です」と答えるべきか否か、真剣に迷った。



*****
289:2012/08/13(月) 04:07:58 ID:
電車に乗って、バス(普通のバスだ)に乗って、
 適当な店で時間を潰して、ひたすら歩いて。

 気付くと、もう午後6時を回っていた。

 私は、隣を歩く先生の顔を見上げた。

('、`;川「どこまで行くの?」

(´・_ゝ・`)「もう少しかな」

 ハンカチで汗を拭う。
 昼に比べればマシとはいえ、まだ気温は高い。
 先生も、うっすらとではあるけれど汗をかいていた。

 こういうとき、道路を走っていく車を見ると羨ましく思う。
 冷房が恋しい。
290:2012/08/13(月) 04:10:42 ID:
(´・_ゝ・`)「あ、そこだ」

 先生が声をあげる。
 前方に、屋根付きの停留所があった。
 ベンチと自動販売機が置かれているのを発見し、私は小走りで駆け寄った。

 スポーツドリンクを購入する。
 冷たいペットボトルを首に当て、ほっと息をついた。

('、`;川「気持ちいい……」

 ベンチに腰を下ろし、スポーツドリンクで喉を潤す。

 少し遅れて到着した先生が缶コーヒーを買った。
 プルタブを引きながら時刻表を確認する。

(´・_ゝ・`)「うん、丁度いいね。そろそろだ」

 先生が私の隣に座った。
 他には誰もいなかった。

.
291:2012/08/13(月) 04:11:44 ID:
先生がコーヒーを飲み終えた頃、バスが来た。

 行こうか、今日こそは幽霊見れるかな。
 そう言って先生が私の背を叩く。

('、`;川「……多分、先生は今日も無理よ……」

 窓辺に佇む、片目のぶら下がっている男が見えていない時点で望み薄だ。



*****
292:2012/08/13(月) 04:14:04 ID:
バスの中は、やけに涼しかった。
 涼しいどころか寒いくらいだ。
 あんなに恋しかった冷房が、今はとても煩わしい。

('、`;川「先生、降りたいんだけど……」

(´・_ゝ・`)「何、もう見えてるの? その感受性を僕にも分けてよ」

('、`;川「分けられるくらいなら分けたいわよ」

 2人がけのシートの窓側に私、通路側に先生が座っている。
 これで通路側に座らされていたら、私は5分も持たなかっただろう。

 有り得ない方向に首が曲がっているお爺さんが通路をうろうろしたり、
 子供が先生の顔を覗き込んだり。

 すぐ傍を霊がうろちょろしているのに、先生はきょろきょろと見当違いな方向を見回している。
293:2012/08/13(月) 04:16:58 ID:
('、`;川(どんだけ鈍いのよ……)

 通路を挟んだ隣の座席には、若い女と小さな女の子がいた。

 女は人形を抱っこしながらぶつぶつ呟き、
 女の子は虚ろな目で足元を見つめている。
 先生はその2人についても、何も触れなかった。

 私達と運転手以外に、生きている人間はいないようだった。
 流石おばけバス。

(´・_ゝ・`)「僕の傍に何かいないの?」

('、`;川「……先生の膝辺りに、男の子が頭乗っけてるけど」

(´・_ゝ・`)「え? ここ?」

 先生が膝を叩く。
 場所を確認する動きだったのだろうけど、
 先生の左手は子供の頭にクリーンヒットした(とは言っても、すり抜けていたけど)。

 子供は私を睨み、消えた。
294:2012/08/13(月) 04:19:09 ID:
(´・_ゝ・`)「どんな子供? 今どんな顔してる?」

('、`;川「……消えた」

(´・_ゝ・`)「何だ」

 つまらなそうに言って、先生は嘆息した。

 先生から視線を外して前方に顔を向けた私は、思いきり後悔した。
 さっきの子供が、前の席にいた。
 背もたれの上に手と顔を乗せ、こっちを覗き込んでいる。

 さらに後ろの席から黒い手が伸びてきて、私の首を撫でた。
 拒否するように顔を振ると、首から離れた手が髪を引っ張る。

 私は先生の手を掴んだ。
 そっと握るとかではなく、手首を全力で握り締めるような感じで。
295:2012/08/13(月) 04:20:14 ID:
(´・_ゝ・`)「痛いよ」

('、`;川「怖いの」

 依然、子供は私を見つめているし、黒い手は髪を引っ張っている。
 そこらを歩き回る他の霊も、ちらちらと私に意識を向けるようになってきた。
 目が合うとかではないけれど、私を認識しているのを何となく感じられる。

 私は視線を足元に落とした。

 私の足と先生の足の間に、男の顔があった。
 もうやだ。
296:2012/08/13(月) 04:22:04 ID:
('、`;川「先生、次で降りよう……」

(´・_ゝ・`)「もうちょっともうちょっと」

('、`;川(この野郎)

 先生を一睨みする。
 そのとき、向こうの席に座っている、人形を抱えた女が目に入った。

 人形の髪を引き千切っている。
 合間合間に手足をもぎ取っては、ポケットに突っ込んでいた。
 隣に座る女の子は、相変わらず虚ろな目。

〈悪い子……悪い子……〉

 女の呟きが耳に届く。

 私は目を閉じた。
 前も後ろも下も横も、霊まみれ。
 本当に嫌だ。
297:2012/08/13(月) 04:23:13 ID:
(-、-;川「……もう、私1人だけで降りる……」

 その一言で、私が本当に嫌がっているのを察してくれたらしい。
 先生は「しょうがないな」と言って、降車ボタンを押した。



*****
298:2012/08/13(月) 04:24:46 ID:
次の停留所でバスから降りた。
 通りすがりの女の子達が、私と先生を見て何か囁き合う。
 おばけバス、という単語が聞こえた。結構有名らしい。

(´・_ゝ・`)「どのみち、ここから2つ先の停留所まで行けば、
        霊がバスから降りるらしいんだけどね。
        ……もう少し我慢出来なかったの?」

('、`;川「出来るわけないでしょ!」

 あれ以上あのバスに乗るのは御免だった。

 霊が降りる様子を伊藤君に実況してほしかったのに、と先生が呟く。
 誰がするか。
299:2012/08/13(月) 04:26:38 ID:
私と先生は、そのまま次のバスを待った。
 家に帰るのは何時になるだろうか。

(´・_ゝ・`)「正直、おばけバスの話はあんまり信じてなかったんだけど……。
        伊藤君の様子を見るに、本当に『出る』みたいだね」

('、`;川「うん……霊だらけだった。気持ち悪いぐらい。
     あれだけいて、何で先生は全然見えないわけ?」

(´・_ゝ・`)「僕の方が訊きたいな、それは。
        ……運転手、ぐったりしてたね。もう諦めたって言わんばかりの疲れ具合だった」

 先生が笑う。随分と楽しそうだ。
 恐らく先生は、あのバスにまた乗りに行くだろう。
 そのときは是非とも1人で乗ってほしい。
300:2012/08/13(月) 04:27:39 ID:
(´・_ゝ・`)「乗客も少なかったし、噂は真実だったってことでいいね」

('、`*川「少ないも何も、私と先生しかいなかったじゃない」

 鞄から飲みかけのスポーツドリンクを取り出す。
 キャップを開け、ペットボトルに口をつけた。

 そんな私を、先生が小首を傾げながら見ている。

(´・_ゝ・`)「お客さん、もう一組いたじゃない」

('、`*川「え?」

(´・_ゝ・`)「僕らの隣」

 私は先生に顔を向けた。
 先生は、嘘などついていないようだった。
301:2012/08/13(月) 04:32:00 ID:
(´・_ゝ・`)「親子か知らないけど、女の人と女の子がいたでしょ」

('、`*川「……人形持ってた人?」

(´・_ゝ・`)「うん。人形の髪とか足を毟ってた人。気持ち悪かったな、あれ。
        女の子の無表情っぷりも恐かった」

 女は、あからさまに異常だった。
 女の子も、5、6歳ほどに見える幼さにしては、いかにも生気が欠けていた。

 悪い子。
 人形の足を捩り取っていた女の声が、耳の奥で蘇る。
302:2012/08/13(月) 04:33:49 ID:
──先生は零感だ。
 信じられないくらい、そういうものに対して鈍感である。


 確かめる術などないし、未だに真実がどうだったのかは分からない。

 けれど、先生にも見えていたということは。
 多分、あの親子は幽霊でも何でもなく──


('、`;川(……うわあ……)


 バスの中で見た幽霊達よりも、そのことが一番恐かった。





第九夜『おばけバス』 終わり
303:2012/08/13(月) 04:35:38 ID:
今夜(今朝)はこの辺で

『幽霊が出るコンビニ』 >>1-24

『心霊写真』 >>32-67

『いわくつきラブホテル』 >>73-96

『遊女の人形』 >>102-132

『憑かれた青年の話』 >>145-172

『祠とキツネ』 >>184-204

『つきまとう影』 >>212-243

『呼ばれる』 >>255-276

『おばけバス』 >>284-302
305:2012/08/13(月) 08:16:21 ID:
まさか人間がいた話でぞっとするとは
乙乙
306:2012/08/13(月) 13:25:03 ID:
異常な人間が一番怖い

307:2012/08/13(月) 19:29:44 ID:
話がすげぇ上手いし面白い怖い
308:2012/08/14(火) 02:00:49 ID:
(´・_ゝ・`)「伊藤君、怖い話ない?」

('、`*川「……」

 図ったかのように現れる人だ。
 その日、私が働いているファミリーレストランに来た先生を見て真っ先に思ったことが、それだった。

('、`*川「先生、私に盗聴器とか仕掛けてない?」

(´・_ゝ・`)「何で? あ、ナポリタンちょうだい。あとホットコーヒー」

('、`*川「……かしこまりました、ナポリタンとホットコーヒーですね」

 踵を返そうとしたところ、先生に腕を掴まれた。
 逃げられなかったか。

(´・_ゝ・`)「さっきの言い草からして、何かあったんでしょ」

('、`;川「……ああもう、口が滑った」

(´・_ゝ・`)「教えてよ」

 にっこり、先生が笑う。
 私は溜め息をつき、先生の手を振り払った。
310:2012/08/14(火) 02:02:13 ID:
('、`*川「先生、妖怪には興味ないんでしょ」

(´・_ゝ・`)「何だ、妖怪の話?」

('、`*川「そう」

 先生の目から興味の色が薄れた。
 私は、今度こそ背を向ける。
 その背中に質問が飛んできたので、振り返らずに答えた。

(´・_ゝ・`)「どんな妖怪?」

('、`*川「ろくろ首」

 瞬間、先生が「待った」と声をあげた。



   第十夜『長い首』


.
312:2012/08/14(火) 02:04:42 ID:
バイトが終わって、夕方。
 私は、ある人を連れて喫茶店へ向かった。
 そこでコーヒーを飲みながら待っていた先生が、私達を見付けて片手を挙げる。

ミセ*゚ー゚)リ「あれ、デミタス先生じゃん」

 ある人──ミセリさんという女性は、目を丸くさせた。
 彼女は、私と同じファミリーレストランで働いている先輩だ。

(´・_ゝ・`)「何だ、君か」

ミセ*゚ー゚)リ「『何だ』って何だよー。
      こんにちは。あ、こんばんはかな?」

 ミセリさんが、先生に気安く話しかけながら向かいの席に座る。
 私はその隣に腰を下ろした。

('、`*川「知り合い?」

(´・_ゝ・`)「うちの学部の学生だよ」

('、`;川「えっ、そうなんですか」

ミセ*゚ー゚)リ「そうだよー」

 大学4年生だとは聞いていたけれど、まさか先生の教え子だったとは。
313:2012/08/14(火) 02:06:01 ID:
ミセ*゚ー゚)リ「ペニサスちゃんが言ってた『おばけに詳しい人』って、デミタス先生のこと?
      なあんだ。詳しいっていうか、ただ怪談好きなだけじゃん。この人」

 先生の趣味は学内でも有名らしい。
 ころころと笑いながら、ミセリさんはメニュー表を手に取った。

 先生が私に視線を送る。

(´・_ゝ・`)「ミセリ君が伊藤君にろくろ首の相談をしたの?」

('、`*川「相談っていうか、雑談の一部だけどね。今日、制服に着替えてるときに──」

.
314:2012/08/14(火) 02:07:22 ID:
──その日の昼頃。
 私とミセリさんは、ロッカールームで着替えていた。

 最初は、他愛ない世間話だった。
 ふと会話が途切れたときに、ミセリさんがぽつりと言った。

ミセ*゚ー゚)リ『この間、友達と5人で肝試し行ったんだよねえ』

('、`*川『肝試しって、どこにですか?』

ミセ*゚ー゚)リ『シベリア中学の裏山。
      初めは5人でドライブしてたんだけどさ、夜になって、
      どっかの山に入ってみようってことになったの』

ミセ*゚ー゚)リ『で、近くにシベリア中があったから、裏山の中に車で入ってったわけよ。
      まあ、これといって事件もなく、道が悪すぎて酔う子も出てきたから
      途中で引き返したんだけど……』

 ロッカーの扉を閉め、ミセリさんは小首を傾げた。
315:2012/08/14(火) 02:08:14 ID:
ミセ*゚ー゚)リ『なんか、それ以来、ろくろ首が出る……らしいんだよ』

('、`;川『……は? ろくろ首?』

ミセ*゚ー゚)リ『ろくろ首。首伸びるやつ』

('、`;川『ろくろ首が出る? ミセリさんのとこにですか?』

ミセ*゚ー゚)リ『そうそう。いや、私は見てないの。周りの人が「見た」って言うわけ。
      今時ろくろ首って。ねえ?』

 ミセリさんがロッカールームを出ていったので、そこで話は終わった。

 その後、先生が店に来て、私がうっかり口を滑らせて、
 先生が「その人と話したい」と言い出して、
 私がバイト終わりに「ろくろ首について何か分かるかも」とミセリさんを連れ出して。

 そして喫茶店の会合に至ったわけである。

.
316:2012/08/14(火) 02:10:19 ID:
(´・_ゝ・`)「──もうちょっと詳しく話してくれる?」

ミセ*゚ー゚)リ「オッケー。
      詳しくって言っても、裏山に行った話はペニサスちゃんに話した通りだけどさ」

 注文を済ませたミセリさんは、こくりと頷いた。
 やたらノリが軽い。まさか騙されているのでは、と、ちょっと疑った。

ミセ*゚ー゚)リ「山に行った次の日に、バイト中、変なこと言われたわけ」


 ミセリさんいわく。

 最初に「ろくろ首」を見たのは、バイト仲間だったという。
 料理を運んでいるミセリさんに目をやると、
 ミセリさんの横に、人の形をした、薄い靄のようなものがいた──と言われたらしい。

ミセ*゚ー゚)リ「人の形っつっても、かなり首が長かったのね」

 ミセリさん本人は、そんなもの見なかった。
 気味悪く思いながらも、そのときは、バイト仲間の見間違いか何かだと判断した。
318:2012/08/14(火) 02:12:22 ID:
しかし。

ミセ*゚ー゚)リ「次の日も言われたの。友達と駅で待ち合わせしたときだったかな」

 待ち合わせ場所に来た友人は、件のバイト仲間と同じようなことを言った。
 ミセリさんの傍に、首の長い、人型の何かが居たと。

 しかし、一つ違うことがあった。
 その友人には、ただの靄ではなく、男のように見えたらしい。

 それから度々、色んな人が「ろくろ首」を目撃するようになった。
 ミセリさんの傍にいることと、首が長いことは共通している。
 ミセリさん本人には見えないというのも変わらない。

ミセ*゚ー゚)リ「見る人によって、靄みたいにぼんやりしてたり
      男だって分かる程はっきりしてたり。結構ばらばらだね」

(´・_ゝ・`)「そこは、その人の霊感によるんだろうね」

 先生の返答を聞いて、ミセリさんは笑った。

 その反応で何となく分かった。
 彼女はこういう話を信じない──どころか、馬鹿にする──タイプの人だ。
319:2012/08/14(火) 02:14:27 ID:
ミセ*゚ー゚)リ「なるほどね。そういうところでリアリティ出すわけだ。
      あいつらも暇だねえ」

('、`;川「あいつら?」

ミセ*゚ー゚)リ「みんなで私のことビビらせようと思ってるだけだって、どうせ。
      口裏合わせてさ」

 放っときゃ、みんな飽きるよ。
 そう言ってミセリさんは足を組んだ。

 対して、先生は「ふむ」と唸りながら顎を摩った。
 顔面に好奇心が張りついている。

 先生は、妖怪の類には興味がないのではなかったか。
 私は先生の様子を眺めながら疑問に思っていた。

 ミセリさんは先生を見つめ、笑いながら提案した。


ミセ*゚ー゚)リ「先生そんなに興味あるなら、一緒に裏山行ってみる?」

.
320:2012/08/14(火) 02:15:41 ID:
──先生が断る筈もなく。
 私達は先生の車で、シベリア中学校の裏山へ向かった。
 どうして私まで連れていかれなきゃいけないのだろう。

(´・_ゝ・`)「この道から車で入ったの?」

ミセ*゚ー゚)リ「……うん」

 不思議なことに。
 先生の車が山に入るなり、ミセリさんは少し元気がなくなったようだった。
 じっと俯いている。

(´・_ゝ・`)「伊藤君は窓の外見てて。何か見えたら教えてね」

('、`;川「やだ」

 まだ完全に日が落ちていないとはいえ、山の中は暗い。
 私は、運転席の先生と助手席のミセリさんにのみ視線を向けた。
321:2012/08/14(火) 02:18:09 ID:
しばらく行くと、ミセリさんが口を開いた。

ミセ*゚ー゚)リ「ここら辺で引き返したと思う」

(´・_ゝ・`)「ここ?」

ミセ*゚ー゚)リ「うん……あの大きな樹、見覚えあるから」

(´・_ゝ・`)「伊藤君、ここまで来る間に何か見えた? ──伊藤君。伊藤君?」

 私はそれどころではなかった。
 後部座席のシートの上で丸くなるようにして横たわり、吐き気に耐えていた。
 つまり悪路で車が揺れすぎたので酔った。

(´・_ゝ・`)「……ミセリ君、ダッシュボードからビニール袋取って」

ミセ;゚ー゚)リ「うわ、大丈夫? ちょっと待って」

(´・_ゝ・`)「早くして」

ミセ;゚ー゚)リ「は、はいはい。あ、これ? どうぞ」

 乙女の恥じらいとして、細かい説明は避けるけれども。
 敢えて言うなら間一髪だった。



*****
322:2012/08/14(火) 02:19:38 ID:
結局「特に分かったことはない」ということで、お開きになった。
 何だったんだ。
 家に送り届けてもらい、私は先生とミセリさんと別れた。

('、`*川「──あれ」

川д川「あ……こんばんは」

 来客あり。
 居間のソファに座っていた女の子が、ぺこり、頭を下げる。
 私は彼女に微笑みかけた。

('ー`*川「久しぶり、貞子ちゃん」

 貞子ちゃん。
 近所に住んでいる、弟の幼馴染みだ。

爪'ー`)「おかえり」

 ソファに寄り掛かるようにして床に座っていた弟が、持っていたチラシを振った。

 不良というほどではないにしろ、派手な見た目で素行も決して良いとは言えない弟に対し、
 貞子ちゃんは大人しくて、どちらかと言えば「地味」グループに所属するような子である。

 それでも仲がいいのは、昔から築き上げてきた、兄妹のような感覚が色濃く残っているからだろう。
323:2012/08/14(火) 02:21:14 ID:
('、`*川「あんたら2人で何してたの?」

爪'ー`)「夏休みの課題片付けて、あとはDVD見てた」

('、`*川「そう。……母さんは?」

爪'ー`)「親父と一緒に出掛けてる。帰りは遅くなるから、俺らで適当に飯食っとけってさ」

 弟の持っているチラシが、ピザ屋のものだと気付いた。
 ちゃっかりクーポン券まで切り取ってある。

爪'ー`)「もう少しで兄貴帰ってくるから、そしたらピザ頼もうぜ」

('、`*川「はいはい、私が払うのね。──貞子ちゃんも食べてく?」

川д川「私は、家でお母さんがご飯作って待ってるので……」

 そろそろ帰ります、と貞子ちゃんは言った。
 残念。久々にたくさん話したかったのに。
324:2012/08/14(火) 02:22:08 ID:
('、`*川「フォックス、あんた、貞子ちゃん送ってきなさいよ」

爪'ー`)「えー? すぐそこじゃんかよ」

('、`*川「すぐそこでも送るもんなの」

爪;'ー`)「痛っ、分かったから蹴るなよ!」

 文句を言いながら弟が立ち上がる。
 貞子ちゃんも鞄を抱えて腰を上げ──

川д川「……お姉さん、山とか行きました……?」

 私を見つめながら、訊ねた。
 それから、ぱたぱたと私の右肩を軽く叩く。

('、`;川「何で分かるの……。え、ていうか、何かついてた?」

 私の質問には答えず、貞子ちゃんは、やんわりと微笑んだ。

 ──貞子ちゃんは、生粋の霊感少女だ。
 それを証明する言動や行動、現象が昔から多発していたので、
 貞子ちゃんの両親や我が家の人間は、みんな事実として受け入れている。
325:2012/08/14(火) 02:23:12 ID:
爪'ー`)「貞子、行くぞー」

 居間の入口から弟が声をかける。
 返事をして、貞子ちゃんは私に一礼した。

 ふと気になることがあったので、呼び止める。

('、`*川「貞子ちゃん」

川д川「はい……?」

('、`*川「ろくろ首って見たことある?」

 貞子ちゃんは、首を傾げた。
 いいえ、と一言。

('、`*川「じゃあさ、首が長い幽霊は?」

 数秒間、彼女は口を噤んだ。
 再び弟が貞子ちゃんを呼び、それに返事をする。

 去り際、ぽつりと答えられた。

川д川「ありますけど……あんまり、いいものじゃないですよ……」



*****
326:2012/08/14(火) 02:24:43 ID:
翌日、朝っぱらから先生が私の家に来た。
 「分かったことがあるから、昼になったら喫茶店においで」と告げ、さっさと帰っていったけれど。

.
327:2012/08/14(火) 02:26:53 ID:
午前のバイトが終わり、私は喫茶店に行った。
 先生とミセリさんが待っていた。


(´・_ゝ・`)「──僕は、ろくろ首じゃなくて、人間の幽霊だと思うね」

('、`*川「はあ」

 早々、先生は本題に入った。
 鞄からファイルを取り出し、私とミセリさんの前に出す。

 新聞記事のコピーが挟んであった。

 ミセリさんの顔色が変わる。
328:2012/08/14(火) 02:27:45 ID:
('、`*川「何これ?」

(´・_ゝ・`)「伊藤君は新聞の読み方も知らないの?」

 黙って読め、ということだろう。
 私は先生の足を踏んでやろうか考えながら、記事に目を通した。

('、`*川「……自殺?」

ミセ*゚-゚)リ「……」

 日付は5年前。
 シベリア中学校の裏山でサラリーマンの遺体が見付かった、という内容だった。

 方法は、首吊りとのことだ。
 自殺を図った理由までは、詳しく書かれていなかった。
329:2012/08/14(火) 02:28:44 ID:
(´・_ゝ・`)「首吊り死体は首が伸びる」

 コーヒーを飲みながら、先生が言った。

(´・_ゝ・`)「首に体重をかけるからね。
        吊ったまま何日も放置していると、
        下へ下へと引っ張られて、伸びてしまうわけだ」

('、`;川「そうなの?」

(´・_ゝ・`)「勿論、状況や環境によるだろうけど。
        ……ろくろ首って聞いて、もしかしたらと思ったんだよ。
        それで調べてみたら、こんな記事を見付けた」

('、`;川「じゃあ、ミセリさんの友達が言ってた『ろくろ首』って……──」

 ミセリさんが私の手からファイルを奪い取り、床に叩きつけた。
 店内が、しんと静まり返る。
330:2012/08/14(火) 02:30:06 ID:
ミセ* - )リ「くだらない」

 それだけ言って、ミセリさんは席を立った。
 ファイルを踏みつけ、店を出ていく。

 私と先生は顔を見合わせた。

.
331:2012/08/14(火) 02:31:39 ID:
何となく話を続ける雰囲気じゃなくなって、私は午後のバイトに出るため喫茶店を後にした。
 直前、先生から、どこで何時まで働くのか訊ねられた。


 で、覚悟はしていたのだけれど、バイトが終わって外に出ると、先生が待っていた。

('、`*川「……」

(´・_ゝ・`)「うんざりって顔だね」

('、`*川「どこに行くっていうの?」

(´・_ゝ・`)「話が早い。──あの裏山行こう。幽霊が出る根拠があるんだから、見れるかも」

('、`;川「ああもう、想像通りだわ! 行かないわよ!」

(´・_ゝ・`)「伊藤君がいないと駄目なんだ」

('、`;川「棒読み丸出しじゃないの!」

 車に押し込まれた。
 拉致とか、そういうものに当たるんじゃなかろうか。これは。



*****
332:2012/08/14(火) 02:34:45 ID:
裏山に入って。
 途中まで車で進み、適当なところで降りた。
 私が酔わないように、という配慮らしい。もっと別のところで配慮すればいいのに。

 真っ暗だ。
 先生が懐中電灯のスイッチを入れる。

('、`;川「ほ、本当に行くの?」

(´・_ゝ・`)「大丈夫だよ、ここを真っ直ぐ行くだけだから迷わない」

 そりゃあ、車が通れるほどの道はここしかないから
 そうそう迷わないだろうけれど。

 私の心配は、そこではない。

 夜の山は色々出やすい。
 前に貞子ちゃんが言っていた。

('、`;川「怖い……」

(´・_ゝ・`)「なに面白い声出してるの」

('、`;川「か弱い声だよ馬鹿野郎」

 言いながらも先生はずんずん歩いていくし、
 私も置いていかれては堪らないので後をついていくしかなかった。
333:2012/08/14(火) 02:36:44 ID:
気付けば結構進んでいた。

 幽霊だけではなく虫への恐怖に怯えながら、先生の隣に並んだ。

(´・_ゝ・`)「何か見える?」

('、`;川「何も……」

(´・_ゝ・`)「んー、どの樹で首を吊ったのか分かれば、まだ目的地の設定が出来──」

('、`;川「──ぎゃあああっ!!」

 先生が左へ顔を向ける。
 それと同時に、正面を照らしていた懐中電灯の光の中に誰かが入り込んだ。

 絶叫して先生にしがみつく。
 先生は「うるさいよ」と言って、正面に光を向け直した。

 いる。
 誰かが、こちらに背を向けて座り込んでいる。

 心臓が飛び散りそうだ。
 けれど、時間が経つにつれ落ち着いてくる。

 見覚えのある後ろ姿だった。
334:2012/08/14(火) 02:37:44 ID:
(´・_ゝ・`)「ミセリ君」

ミセ*  )リ

 ミセリさんだ。

 先生が呼び掛けても、じっと黙っている。
 何だか、異様な空気だった。

 先生にも見えているということは、間違いなくミセリさん本人なんだろうけれど。

('、`;川「ミセリさん……?」

 ミセリさんは、樹を見上げていた。
 先生が視線の先を照らす。

 そこにあるのは太い枝。

 新聞記事を思い出し、ぞっとした。
335:2012/08/14(火) 02:39:06 ID:
ミセ*  )リ

('、`;川「……ミセリさん!」

 私はミセリさんに駆け寄った。
 彼女の肩を抱き、大声で名前を呼ぶ。

ミセ*゚ー゚)リ

 ミセリさんの目がぐるりと私を見て、口元がつり上がった。

 笑って、ミセリさんは樹を指差す。

('、`;川「ミセリさ……──」

 視界の端に、何かがちらついた。
 足。

 私は。
 私は、ほぼ無意識に、そちらを見てしまった。
336:2012/08/14(火) 02:40:27 ID:
男がぶら下がっている。

 ぱんぱんに膨れ上がった顔。
 目玉が飛び出し、口の端からは、だらりと舌が零れ出ている。

 そして──首が、長かった。

 彼を支えているのは、首と枝を繋ぐロープだけ。


 喉がびりびりと震えて、自分が叫んでいるのに気付いた。
 ミセリさんを抱えるようにして引っ張り、先生のもとに走る。
 先生の後ろまで来たところで足が縺れ、ミセリさんごと転んだ。

 振り返ると、男は消えていた。

(´・_ゝ・`)「どうしたの、君達」

ミセ* - )リ

 ミセリさんの顔は、もう笑みを浮かべていなかった。
 無表情で震えていた。
337:2012/08/14(火) 02:41:18 ID:
ミセ* - )リ「……私が悪いんじゃないもん……」

 何が、と問う余裕は、まだ私に戻っていなかった。
 代わりに先生が訊ねる。

(´・_ゝ・`)「何のこと?」

ミセ* - )リ「……」

 静寂。
 虫の鳴き声が響いている。

 痺れを切らした先生が、さらに問い掛けた。

(´・_ゝ・`)「あの自殺した人と、知り合いなの?」

 ミセリさんの肩が揺れる。
 私は先生とミセリさんを交互に見るしか出来なかった。

ミセ* - )リ「……お金……」

 小さな声で、ミセリさんは言った。
338:2012/08/14(火) 02:42:49 ID:
ミセ* - )リ「お金くれるから相手しただけ……」

('、`;川「……お、お金?」

 ミセリさんは、手元にあった石を握り締めた。
 そして、先程の樹に向けて投げつける。

ミセ# д )リ「──女子高生に誘われたからって簡単に金払う方が悪いんじゃん!!」

 幹に当たった石が跳ね返り、地面に落ちた。

 ミセリさんの顔には、怒りが滲んでいる。

ミセ# д )リ「ろくに金持ってないくせに女子高生買うのに必死になって!!
      馬鹿だよ! 馬鹿だったんだよお前!!」

ミセ# д )リ「馬鹿で遊んで何が悪いんだよ!!」

 ぎし、と、軋むような音。
 枝が揺れている。

 私はミセリさんを引っ張り起こすと、道を駆け戻った。

.
339:2012/08/14(火) 02:43:50 ID:
ミセリさんは興奮状態にあった。
 何事かを喚き散らし、私達の言葉に答えようとしない。

 先生は私を家に送ると、ミセリさんを乗せたまま、どこかへ行った。

 その日、私は色々なことが気になって、ろくに眠れなかった。



*****
340:2012/08/14(火) 02:46:30 ID:
(´・_ゝ・`)「高校生の頃、お小遣い稼ぎのために体を売っていたそうだよ」

 翌日。
 またもや朝っぱらから私の家に来た先生は、玄関先で、
 ミセリさんから聞き出した話を教えてくれた。

(´・_ゝ・`)「あの自殺した男性は妻子持ちだったけれど、
        家に帰るより、ミセリ君を買うのに夢中になっていたんだって」

('、`*川「……はあ」

(´・_ゝ・`)「彼を見下しきっていたミセリ君は、ほんの遊び心から、
        匿名で彼の奥さんに手紙を送ったらしい」

(´・_ゝ・`)「友人に頼んで撮ってもらった、ミセリ君達がホテルに入る瞬間の写真を同封してね」

('、`*川「……」

 後は、大体予想がついた。
 話を続けようとする先生を、手で制す。

('、`*川「ミセリさんは今どうしてるの?」

(´・_ゝ・`)「さあ。
        僕が知る限りで、評判のいい神社やお寺をいくつか紹介しといたけど。
        行くかどうかは彼女次第だろうね」
341:2012/08/14(火) 02:48:11 ID:
(´・_ゝ・`)「……ああ、そうそう。
        昨夜、ミセリ君をマンションまで送ってあげたときにさ。
        あの子、街灯見上げて、悲鳴あげてマンションに入ってったよ」

 彼女本人も見えるようになったのかな、それとも幻覚かな。
 腕を組み、先生が呟く。

 いやに暗い気持ちになって、私は俯いた。

('、`*川「……先生は、ミセリさんのこと心配しないの?」

 俯いた私には、先生の表情が見えなかった。
 ただ──声は、いつもと変わらないようだった。

(´・_ゝ・`)「可哀想ではあるけど、彼にしてもミセリ君にしても、自業自得じゃないかな」

 そうだ。
 だからこそ、こんなに嫌な気持ちになるのだ。



*****
343:2012/08/14(火) 02:49:10 ID:
ミセリさんを見なくなった。
 バイトにも来ない。

 ミセリさんの友人でもあるバイト仲間は、外で散歩しているところを見かけたから
 体調不良ではなさそうだと言っていた。
 そのとき、ミセリさんは、シベリア中学校の近くを歩いていたらしい。

 ミセリさんに電話をかけても、出てくれなかった。
 私だけでなく、店長や友人からの電話にも出なかったそうだ。

.
344:2012/08/14(火) 02:52:44 ID:
一週間ほどしたある日、私は夜道を歩いていた。
 家に帰る途中だった。

('、`*川(……ミセリさん、大丈夫なのかな)

 店長かミセリさんの友人に話して、彼女の家に連れていってもらおうか。
 そう思いながら、街灯以外に明かりのない道を歩く。

 とある街灯に差し掛かった瞬間、目の前に足が降ってきた。
 顔を上げる。

 女が首を吊っていた。
 ミセリさんの顔だった。


〈ゲエッゲゲッエッエッ〉


 嘔吐するときのように喉を鳴らし、彼女は笑った。

 私が尻餅をつくと同時に消える。


 それから数分後、ミセリさんが自室で首を吊っているのが発見されたという連絡があった。
 脱臼したのか、僅かに首が伸びていたらしい。

.
345:2012/08/14(火) 02:54:15 ID:
(´・_ゝ・`)「後味が悪いね」

 次の日、全てを聞いた先生のリアクションはそんなものだった。
 それしか感想がないのか、とか、薄情な奴だ、と感じるのが普通かもしれない。

 けれど、いつもと大して変わらない先生の反応は、何となくありがたかった。
 これで先生にまで落ち込まれていたら、私の気持ちはどこまでも沈む一方だったと思う。



*****
346:2012/08/14(火) 02:56:55 ID:
数日後、貞子ちゃんが家に来ていたので、一連の出来事について話してみた。
 先生のことはあまり詳しく説明せずに。

 変なことに首を突っ込むな、と軽いお説教をされた。
 ごもっともだ。

 そして、あの夜、私の前に現れたミセリさんについて訊ねると。


川д川「多分、最後の最後に、お姉さんに八つ当たりしただけだと思います……。
    ……何の影響もなさそうだし、忘れるのが一番です……」


 と、答えられた。

 そうは言われても──忘れることなど、出来るだろうか。
 きっと無理だ。





第十夜『長い首』 終わり
347:2012/08/14(火) 02:58:40 ID:
今夜はこの辺で

『幽霊が出るコンビニ』 >>1-24

『心霊写真』 >>32-67

『いわくつきラブホテル』 >>73-96

『遊女の人形』 >>102-132

『憑かれた青年の話』 >>145-172

『祠とキツネ』 >>184-204

『つきまとう影』 >>212-243

『呼ばれる』 >>255-276

『おばけバス』 >>284-302

『長い首』 >>308-346
349:2012/08/14(火) 03:04:44 ID:
今回結構怖かった
しかしなんだかペニサスが霊に当てられてしどろもどろしてるのがかわいくてしかたないな


351:2012/08/14(火) 09:01:43 ID:
ろくろ首もう馬鹿にできないわ乙
352:2012/08/14(火) 11:21:02 ID:
こわっ乙
355:2012/08/16(木) 21:01:48 ID:
(´・_ゝ・`)「──こっくりさんこっくりさん、おいでください。
        来たら返事をお願いします」

 時刻は午後7時前、場所はVIP大学のとある研究室。
 そこで、私と先生、それともう1人を入れた計3人で机を囲んでいた。

 机の上には一枚の紙。
 紙に書かれているのは50音表と数字、「はい」「いいえ」、「男」「女」、そして鳥居のマーク。

 その鳥居の上に乗せた10円玉に、私達は人差し指を置いていた。
 こっくりさん。怪談ではよく聞くけど、実際に自分がやったことはなかった。

 私は、向かいにいる男性に目をやった。

(;-д- )「……」

 私の視線に気付いた彼が、目を閉じ、首を横に振る。

 諦めて先生の好きにさせよう──という、声にならない返事が聞こえてくるようだった。
 彼からは、私と似たニオイがする。
356:2012/08/16(木) 21:03:43 ID:
('、`;川「……ねえ、全然来ないんだけど」

(´・_ゝ・`)「そうだね」

 こっくりさんを開始して、かれこれ15分。
 10円玉は鳥居から動こうとしない。

 もう諦めればいいのに、先生は、ずっと真剣な顔で10円玉を見つめている。

(;゚д゚ )「そもそも、何で急にこっくりさんなんですか」

(´・_ゝ・`)「前に、学生がこっくりさんをやって怖い目に遭ったらしい。
        羨ましいから僕もやりたくなったんだ。
        ……こっくりさんこっくりさん──」

 もう何度目になるのか、数えるのも億劫な呼び掛け。

 それを先生が言い終えるか言い終えないかというとき──

('、`;川「……わ!」

(;゚д゚ )「あ」

 10円玉が、「はい」の方へ動き出した。
357:2012/08/16(木) 21:05:16 ID:
さて。
 なぜ私がVIP大学にいるのか、なぜ先生達とこっくりさんをしているのか、
 この、もう1人の男性が誰なのか。

 先に、そこを軽く説明しておかなければなるまい。



   第十一夜『可哀想なこっくりさん』


.
358:2012/08/16(木) 21:06:27 ID:
まず、前回の件により、あのファミリーレストランを辞めた私が
 新たにパン屋のバイトを始めたということを知ってほしい。
 ファミリーレストランで働いていると、どうにもミセリさんのことを考えて暗い気分になってしまうからだ。

 で。そのパン屋で働いていて、夕方になり、
 バイトが終わる寸前に先生が来店したときはもう笑うしかなかった。

(´・_ゝ・`)『うわ、伊藤君だ』

 1人で食べるには少し多く感じられる量のパンを買って、先生は、何時上がりなのか訊ねてきた。
 間の悪いことに、そこへ店長が「そろそろ上がっていいよ」などと声をかけてきたのである。

 あとはお決まりのコース。
 店から出てきた私は先生の車に乗せられた。

 勿論そのまま素直に私の家に行く筈もなく。
 真っ直ぐ大学へ向かった先生により、私は彼の研究室に引っ張り込まれたのであった。
359:2012/08/16(木) 21:07:50 ID:
研究室には、1人の男子学生がいた。

( ゚д゚ )『どちら様です?』

(´・_ゝ・`)『知り合いの伊藤君。20歳のフリーター。
        ──はい、本持ってきたよ。ついでにパン屋寄ってきた』

( ゚д゚ )『あ。すいません、わざわざ』

 男子学生の名前は、ミルナといった。
 先生のゼミに所属している、VIP大学の4年生とか何とか。
 卒論の相談をするために来ていたのだという。

 先生とミルナさんが、私にはよく分からない小難しい会話を交わす。
 私は部屋の隅に行き、母に電話をかけ、
 帰りが遅くなりそうな旨を伝えて通話を切った。

 手持ち無沙汰に感じ、本棚を眺める。
 先生が書いたと思われる経済学の本が何冊かあって、改めて先生は「先生」なのだなと思った。
360:2012/08/16(木) 21:08:56 ID:
(´・_ゝ・`)『──あとは自分で調べなさい』

( ゚д゚ )『はい。ありがとうございました』

(´・_ゝ・`)『うん……それじゃあ、』

 ふと振り返る。
 先生のものらしい事務机があった。
 大量の本とファイルが積まれた上に、一枚の紙が乗っている。

 私は何気なく紙を拾い上げた。


(´・_ゝ・`)『こっくりさんでもやろうか』


 50音が書かれた紙と、先生のその言葉で、私はここに連れてこられた理由を知った。

 そして冒頭へ。

.
361:2012/08/16(木) 21:10:10 ID:
('、`;川「動いた! 先生動いた!」

 ついに動いた10円玉。
 「はい」へ移動し、そして、鳥居へ戻る。

(´・_ゝ・`)「君達、誰も動かしてないよね?」

('、`;川「動かしてない」

(;゚д゚ )「同じく」

 10円玉を自分で動かそうとすれば、力が篭ることで指先が白くなると思う。
 けれど、私達の指に変化はなかった。
 寧ろ私などは、気味が悪くて、軽く置く程度にしか触れていない。

 先生は私とミルナさんを見てから、手元に視線を落とした。
362:2012/08/16(木) 21:11:35 ID:
(´・_ゝ・`)「本当にこっくりさん?」

 間をおいて、10円玉が動く。

〈はい〉

 ミルナさんが、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
 私も似たような表情になっていたかもしれない。

(´・_ゝ・`)「こっくりさんの性別は?」

 10円玉は「男」と答えてから、反対側にある「女」も指した。
 先生が首を傾げる。

 どういう意味、と先生が訊ねても、今度は鳥居から動かなかった。

('、`;川「こ、これ、本当なの? 本当に来てるの?」

(´・_ゝ・`)「さあね」

 先生は、こっくりさんにどんどん質問していった。
 ミルナさんの今日の朝食とか、先生の好きな食べ物とか、私の弟の名前とか。
 訊いたところで意味があるのかと言いたくなるような質問ばかり。
363:2012/08/16(木) 21:13:37 ID:
で──何とまあ、このこっくりさん、「ぽんこつ」だった。

 基本的に、答えない。
 答えたとしても間違う。

 問答が繰り返される内に、恐怖が薄れてきた。
 物々しさというか、そういうものに欠けている。

(;゚д゚ )「……何か、拍子抜けっていうか」

('、`;川「ですね……」

(´・_ゝ・`)「君達、こっくりさんに怒られるよ」

 口を噤む。

 先生は顎に手をやって唸っていたかと思うと、不意に口を開いた。
364:2012/08/16(木) 21:15:26 ID:
(´・_ゝ・`)「こっくりさんは、どこにいるの?」

 何だ、その質問。
 私とミルナさんが呆れたような目を向ける。

 一拍あけて、10円玉が動いた。

〈くらい〉

('、`*川「……くらい?」

(´・_ゝ・`)「地名?」

〈いいえ〉

(´・_ゝ・`)「真っ暗な場所?」

〈はい〉

(´・_ゝ・`)「ここにいるわけじゃないんだ」

〈はい〉
365:2012/08/16(木) 21:17:46 ID:
( ゚д゚ )「……こっくりさんって、降霊術の一種じゃないんですか?」

 ミルナさんが先生に問う。
 こうれいじゅつ、というものが何なのか、私は分からない。

 後で知ったのだけど、ミルナさんも何度か
 先生のオカルト趣味に付き合わされたことがあるらしい(私ほど頻繁ではないが)。
 そのせいで多少の知識がついたのだという。

(´・_ゝ・`)「そうだとは聞くけど……。
        降霊術ってのは、この場に来ないと成立しない、ってものでもないのかもしれない」

( ゚д゚ )「遠くから念を送ってるとか?」

(´・_ゝ・`)「そういうことで成り立つ場合もあるのかもね」

 こっくりさんそっちのけで真面目に議論している。
 私が咳払いすると、先生はこっくりさんの方に意識を向け直した。
366:2012/08/16(木) 21:20:09 ID:
(´・_ゝ・`)「……こっくりさん。僕、是非こっくりさんに会ってみたいな」

 余計なことを。
 睨みつける私に、先生は微笑んで返す。

 するする、10円玉は滑らかに「あ」行へ向かった。

〈いま〉

〈いく〉

 4文字を辿り、鳥居へ。

 ──今行く。

 答えの意味を理解した瞬間、ぞっとした。
 身を竦ませた拍子に10円玉から指が離れそうになったけれど、
 こっくりさんのタブーは知っていたので何とか堪えた。

(;゚д゚ )「『今行く』……?」
367:2012/08/16(木) 21:21:49 ID:
(´・_ゝ・`)「来てくれるの?」

 10円玉は動かない。
 先生が色々と話しかけるのだけど、それきり、こっくりさんは答えなかった。

('、`;川「……ねえ」

(´・_ゝ・`)「ん?」

('、`;川「これ、終わらせられないんじゃないの?」

 こっくりさんといえば、「こっくりさんお帰りください」「はい」のやりとりで
 終わらせなければいけない筈だ。

 けど、現在、こっくりさんは完全に沈黙している。
 試しに「お帰りください」と言ってみたものの、うんともすんともいわなかった。
368:2012/08/16(木) 21:25:23 ID:
(´・_ゝ・`)「たしかに終わらせられないね」

(;゚д゚ )「せ、先生、どうするんです?」

(´・_ゝ・`)「どうするって?」

('、`;川「ちゃんと終わらせないといけないんじゃないの?」

(´・_ゝ・`)「……んー。君達、変なこと言うね」

 先生は──指を離した。
 そして、私とミルナさんの指の下から10円玉を奪い去る。


(´・_ゝ・`)「そもそも、普通に帰したって面白くないじゃない」


 そういえば、こういう人だ。



*****
369:2012/08/16(木) 21:27:15 ID:
こっくりさんを中断させてから、20分が経過した。
 私達3人は依然として机を囲み、その上の紙を眺めていた。
 今のところ、怪奇現象の類はない。

( ゚д゚ )「このまま何事もなく済みそうですね」

 ミルナさんが先生に言った。
 先生は、うん、と小さく頭を揺らす。

(´・_ゝ・`)「やっぱり、こっくりさんなんて来てなかったのかな」

('、`;川「でも10円玉は動いてたわよ」

(´・_ゝ・`)「10円玉が動くのは、
        参加者が無意識に動かしているのが原因だ、とする説がある。
        無意識だから、ひとりでに動いていると錯覚するわけだ」

('、`;川「無意識? 無意識であんなに動くの?」

(´・_ゝ・`)「うん……」

 先生は、目の前に持ち上げた10円玉をまじまじと見据えた。
 「でもなあ」と一言。
370:2012/08/16(木) 21:29:02 ID:
(´・_ゝ・`)「僕、あのこっくりさんはリアリティがあったと思うんだけどなあ」

('、`;川「リアリティって」

( ゚д゚ )「質問の答え、外れまくってたじゃないですか」

(´・_ゝ・`)「外れまくってたからこそリアルなんじゃないか」

 親指で10円玉を弾いた。
 くるくると宙を舞ったそれを、先生は手のひらで受け止める。

(´・_ゝ・`)「こっくりさんは、低級な動物霊や浮遊霊なんかを呼ぶものだと一般的に言われている。
        ──そういう霊が、ミルナ君の朝食や伊藤君の弟の名前を知ってると思うかい?」

(;゚д゚ )「……うーん」

(´・_ゝ・`)「伊藤君さ、いきなり見知らぬ人から電話かかってきて
        『私の好きな映画は何でしょう』なんて言われて、答えられる? ヒントも無しに」

('、`;川「そりゃ分かんないけど」

(´・_ゝ・`)「でしょ」

 先生が口を閉じる。
 私とミルナさんも視線を交わすだけで、何も言わなかった。
371:2012/08/16(木) 21:31:06 ID:
不意に、部屋のドアがノックされた。
 驚きすぎて悲鳴が出そうだった。

(´・_ゝ・`)「はい?」

「教授、研修についてお話よろしいですか」

 男性の声だ。准教授かな、とミルナさんが呟く。
 先生は事務机から封筒を取ると、研究室を出た。

 ドアの向こうで会話する声が聞こえ、やがて、2人分の足音が遠ざかっていった。

('、`;川「あ、行っちゃった」

( ゚д゚ )「多分すぐ戻ってくるんじゃないか」

 残された私とミルナさんは、何となく気まずい空気の中、互いの動向を窺った。
 初対面の男女をこっくりさんに巻き込んだ上に2人きりで放置するって、結構ひどい。
372:2012/08/16(木) 21:33:26 ID:
(;゚д゚ )「……あ、な、何か飲む?」

('、`;川「はっ、はいっ」

 ミルナさんが腰を上げ、事務机の隣にある棚へ移動した。
 コーヒーメーカーやポットなどが置いてある。

( ゚д゚ )「コーヒーと紅茶、どっちがいい?」

('、`*川「紅茶で……」

 棚の中から紙コップを出し、ミルナさんはティーポットを手に取った。

 そして──ふと、傍にあった窓を見たミルナさんは固まった。
 右手にティーポットを持ったまま、そこに立ち尽くしている。

('、`*川「?」

 私は、そっとミルナさんに近付いた。
 彼の隣に立つ。
 ミルナさんは、窓の外を見下ろしていた。
373:2012/08/16(木) 21:34:45 ID:
ここは3階だ。
 すぐ下に中庭が見える。
 各所に設置された外灯が、無人の中庭を照らしている。

 そこを通るものがあった。


 どう表現すればいいのだろう。

 牛ほどの大きさもある肉の塊。
 あちこちから人の手足が飛び出している。
 所々に毛が生え、顔のパーツのようなものも点在していた。

 手足も、髪も、1人2人の量ではない。

 もたつきながら、それは這うように中庭を移動していた。

.
374:2012/08/16(木) 21:36:09 ID:
尋常じゃないほどの寒気に襲われ、私は後ずさった。
 後ろの事務机にぶつかり、床に転ぶ。

 ミルナさんはびくりと体を揺らし、私を見た。
 そして、小刻みに震えている足を折り曲げ、しゃがみ込む。

(;゚д゚ )「……見たか、あれ……」

 頷いて答える。
 ミルナさんは膝をつくと再び窓を覗き込み、視線を逸らした。

(;゚д゚ )「……生き物じゃ、ないよな」

('、`;川「た、た、たぶん、……たぶん」

 したたか打ちつけたお尻を摩りながら、私はミルナさんと向かい合うように座った。
 ミルナさんは青ざめている。
 口を開いては閉じ、舌で唇を湿らせ、また口を開いて、閉じた。

 どうしたんですか。
 私が問うと、ようやく彼は答えた。
375:2012/08/16(木) 21:39:05 ID:
(;゚д゚ )「あいつ……男みたいな腕もあれば、女みたいな足もあった。その逆も……」

('、`;川「はあ」

(;゚д゚ )「……さっきの、こっくりさんってさ」

 そこでまたミルナさんが黙る。
 けれど、その先は私にも分かった。

 ──先生がこっくりさんに性別を訊ねたとき、こっくりさんは、「男」と「女」、両方を答えた。

 肌が粟立つ。
 まさか、あれがこっくりさんなのだろうか。
376:2012/08/16(木) 21:39:46 ID:
きたきたきたきた
378:2012/08/16(木) 21:41:49 ID:
(;゚д゚ )「帰さないと……!」

 ミルナさんは立ち上がり、こっくりさんを行った机に駆け寄った。
 机に辿り着くなり、妙な声を漏らしてへたり込む。

 私は本棚に掴まりながらミルナさんのもとへ歩いていって、机の上を見た。

 有り得ない光景だった。

 紙に書かれていた文字が、ぐちゃぐちゃになっていた。
 場所や方向がばらばらな上、いやに捩れていて、まともに判読出来る文字が少ない。
 鳥居のマークは真っ黒に塗り潰されている。

 私もミルナさんも言葉を失った。
 真っ白になった頭に、警鐘が鳴り響く。

('、`;川「……に、逃げましょうよ……!」

 ミルナさんの腕を引っ張る。
 何とか立ち上がった彼を連れて、私はドアを開けた。
379:2012/08/16(木) 21:43:58 ID:
先生の研究室は一番奥にある。
 長く伸びる、真っ暗な廊下。

 その先の曲がり角から、のそのそと現れる「何か」。
 凍りつく。

 中庭で見たものが、そこにいた。

 その肉塊は、ぴたりと止まった。

 直感的に、私の頭に「見付かった」という言葉が浮かぶ。

 瞬間、肉塊は、先程までとは打って変わって
 凄まじいスピードで近付いてきた。

 かちかち、ぺたぺた、動物と人間が同時に走っているかのような奇妙な足音が耳に突き刺さる。
380:2012/08/16(木) 21:45:08 ID:
ミルナさんが私を研究室に引き戻してドアを閉めたのと同時に、
 それはドアにぶつかった。

 ドアがめちゃくちゃに叩かれる。
 ミルナさんは必死の形相で鍵をかけた。

 背中でドアを押さえ込むようにしながら、彼は私に携帯電話を投げた。

(;゚д゚ )「先生に電話しろ!」

 私は半泣きになりながら携帯電話を操作した。
 私が使っているのと違う型だったから手間取ったが、何とか「盛岡先生」の番号を見付ける。

 こういうときにありがちな電波障害が起こることもなく、無事、先生に繋がった。
381:2012/08/16(木) 21:47:37 ID:
『はい』

(;、;*川「先生!」

『あれ、ミルナ君じゃないね。……あ、伊藤君か』

(;、;*川「こ、こっくりさんが、こっくりさんが、」

 がんがんというドアの音に、頭の中が掻き混ぜられる。
 言葉がつっかえて出てこなかったけれど、
 もう慣れたもので、先生は大体のところを察したようだった。

『来たの? 何だよ、僕がいない隙に……。
 どうしようか、今ちょっと席外せそうにないんだよね』

(;、;*川「や、やだ、待って、待って!」

 電話の向こうで、がさがさという音が鳴った。
 誰かが先生に話しかける声。
 先生が答える声がして、通話は切れた。

 唖然として携帯電話を見下ろす私に、ミルナさんが「どうした」と訊ねる。

(;、;*川「切られた……」

(;゚д゚ )「はあ!?」
383:2012/08/16(木) 21:50:06 ID:
みしり、ドアが軋む。
 ミルナさんの顔色は最悪だ。

 あと1分もしない内にドアは破られるだろう。

 私が顔を両手で覆った──と、同時。


 音が止んだ。


(;゚д゚ )「……え?」

 ミルナさんが掠れた声を落とす。
 私は、そろそろと顔を上げた。
384:2012/08/16(木) 21:52:24 ID:
dkdk
385:2012/08/16(木) 21:53:21 ID:
ドアは、すっかり静かになっていた。

 諦めたのか。
 油断させるつもりなのか。

 私もミルナさんも、動けなかった。
 ドアを睨む姿勢で硬直する。


 ──どれほどの間、そうしていただろうか。

 突然、遠くから物凄い絶叫が聞こえた。数人分。


 ミルナさんが座り込む。
 彼の表情には、どことなく安堵の色が浮かんでいた。

(;、;*川「なっ、何!? 何!?」

(;゚д゚ )「……」

 返ってきた声は、聞こえるか聞こえないかの小ささだった。


(;゚д゚ )「多分……あの人、あっちでこっくりさん呼びやがった」



*****
386:2012/08/16(木) 21:55:22 ID:
(´・_ゝ・`)「会議室に5人くらい居たんだけどさ、僕以外の教授や准教授が、
        一斉に悲鳴あげて逃げたんだよ」

 しばらくして研究室に戻ってきた先生は、悔しそうに言った。

(´・_ゝ・`)「何で僕だけ見えないかな……。理不尽だ。不公平だ」

('、`*川「本当に理不尽だわ」

 私はミルナさんが入れた紅茶を飲みながら、先生を睨んだ。
 例によって、今回も先生には幽霊など見えなかったらしい。
388:2012/08/16(木) 21:55:56 ID:
せんせいなんてことをwwwwwwwwww
389:2012/08/16(木) 21:57:54 ID:
( ゚д゚ )「……で、先生、具体的に何をやったんですか」

 ミルナさんが問う。
 先生は答える代わりに、彼に封筒を手渡した。

 封筒の裏面を見たミルナさんの表情は、何とも言えないものだった。
 私も横から覗き込む。

 ──酷かった。

 やたら曲がった鳥居のマーク。
 その傍らには、恐らく「YES」「NO」の略であろうYとNの一文字ずつ。
 「男」「女」と書くところは、♂と♀。

 50音表は、もはや50音ではなかった。
 あかさたなはまやらわ。これだけ。

('、`*川「……こっくりさん、ろくに喋れないわね。これ」

(;゚д゚ )「こんなんで呼び出されたら俺ならキレるな」

(´・_ゝ・`)「伊藤君が切羽詰まってたみたいだから急いで仕上げたんじゃないか。
        成功したんだし、いいでしょ」
390:2012/08/16(木) 22:00:37 ID:
('、`*川「呼び出した後はどうしたの?」

(´・_ゝ・`)「説教した」


 自分がいない間に研究室に来たこと、
 他の教授達には見えたのに自分にだけ見えなかったこと、
 お腹が空いていたこと。

 それらの怒りを、先生はこっくりさんにぶつけたらしい。
 前2つはともかく、最後のはこっくりさんに関係ない。

 こっくりさんが碌に反論出来ないのをいいことに、一方的に説教をかましたのだという。
 30分ほど続け、最後に先生が「もう帰れば?」と言うと、
 10円玉は「Y」を通って鳥居に戻ったそうだ。


('、`;川「説教効いたんかい」

(;゚д゚ )「……なんか可哀想だな」

 すごいとか格好いいとかより、いっそ恐い。
392:2012/08/16(木) 22:02:06 ID:
先生最強……。
393:2012/08/16(木) 22:03:00 ID:
私とミルナさんは、あれの見た目だけで随分とダメージを受けた。
 そのせいで怯えきっていた私達には、立ち向かうことを考える余裕もなかった。

 先生は正反対だ。
 何も見えないからこそ、怯える暇などなかった。
 寧ろ腹を立てたくらいなのだから、恐怖なんて欠片も感じなかったのだろう。

('、`;川「……見えないから図太いのか、図太いから見えないのか……どっちでしょうね」

(;゚д゚ )「どっちだろうなあ……」

(´・_ゝ・`)「何こそこそ話してるの?」

 「見えない」ことの強さを、思い知らされた気がした。

.
394:2012/08/16(木) 22:04:51 ID:
──わざわざ言う必要もないだろうけど。
 今のところ、こっくりさんの祟りとか、そういうものは一切起こっていない。





第十一夜『可哀想なこっくりさん』 終わり
395:2012/08/16(木) 22:06:30 ID:
もしかしたら、また何時間か後に

『幽霊が出るコンビニ』 >>1-24

『心霊写真』 >>32-67

『いわくつきラブホテル』 >>73-96

『遊女の人形』 >>102-132

『憑かれた青年の話』 >>145-172

『祠とキツネ』 >>184-204

『つきまとう影』 >>212-243

『呼ばれる』 >>255-276

『おばけバス』 >>284-302

『長い首』 >>308-346

『可哀想なこっくりさん』 >>355-394
396:2012/08/16(木) 22:08:23 ID:
怖いけど最後のこっくりさんにちょっと和んだ、乙
ていうか何時間か後ってことはひょっとしたらまたくるかもしれないのか
待ってる
397:2012/08/16(木) 22:12:24 ID:
先生の理不尽なたくましさがすごい
おつおつ
400:2012/08/16(木) 23:44:03 ID:
怖いな
だがそれ以上に先生強すぎる
こっくりさんに襲われてるのが分かったからって、普通別の場所でこっくりさん呼び出したりしねぇよ...
おまけに説教付きとか
401:2012/08/17(金) 20:06:34 ID:
説教じゃなくて八つ当たりじゃねーかwww
403:2012/08/18(土) 00:51:40 ID:
残る話も、あと僅かだ。

 今回の話は先生の出番が少ない。
 けれど、教訓として聞いてほしいと思う。

 海とか山とか、とにかくどこでも。
 落ちているからって、何でもかんでも物を拾うのは止した方がいい。
 余計な「モノ」まで拾いかねない。

.
404:2012/08/18(土) 00:52:57 ID:
家に帰ってから、私の耳が何だか変だった。
 耳鳴りというか。
 時折、じりじりとノイズのような響きが耳の奥で鳴っていた。

爪'ー`)「よう」

('、`*川「ただいま」

 居間のソファに座っていた弟は、私に気付くと手を振った。
 私も手を振り返し、隣に座る。
 弟は翌日から2学期が始まるということで、何となく気怠そうだった。

 じりじり。
 何秒か耳鳴りがして、何秒か静かになって、また耳鳴りが何秒か。

 私は、弟の右手に小さな袋があるのに気付いた。
405:2012/08/18(土) 00:54:01 ID:
('、`*川「何それ」

爪'ー`)「先輩からもらった。彼女のために買ったけど、気に入ってもらえなかったって」

 弟が袋の中から小さな箱を取り出す。

 開けてみると、中身は指輪だった。
 透き通るような水色の石。
 多分、アクアマリン。

 いる? と訊かれたので、首を横に振った。

 女性ものの指輪で、弟は扱いに困っているようだった。

('、`*川「……先輩に返した方がいいと思うよ」

 それだけ言って、私は腰を上げた。



   第十二夜『海の夢』


.
406:2012/08/18(土) 00:54:48 ID:
その夜、夢を見た。
 真夜中の海辺に私が横たわっていて、その傍らに女性が座っている夢だった。

 女性は私を見下ろしているのだけど、顔が分からない。
 影で覆われているかのように、顔や体が黒い。
 寒いのか、彼女はふるふると震えていた。

.
407:2012/08/18(土) 00:56:08 ID:
('、`*川「……」

 何だかすっきりしない目覚めだった。
 耳鳴りはまだ聞こえる。

 1階に下りると、制服姿の弟が居間の中をうろうろしていた。

('、`*川「何してんの?」

爪'-`)「昨日の指輪が見付かんねえんだよ。
     欲しいって言う奴いたから、持っていきてえんだけど……」

 弟の部屋にも居間にも見当たらないのだという。

('、`*川「箱ごとなくなったの?」

爪'-`)「いや、箱はあるけど指輪が……」

 そろそろ行かないと遅刻するよ、と母が言うと、弟は溜め息をついて居間を出ていった。

 朝食をとって家を後にすると、耳鳴りは収まった。



*****
408:2012/08/18(土) 00:57:08 ID:
爪;'ー`)「なあ、指輪見なかったか?」

 バイトから帰ると、おかえりの挨拶も無しに訊ねられた。
 困りきった様子の弟に、嫌な予感を覚える。

('、`;川「どうしたのよ」

爪;'ー`)「……貞子に、変なもの持ってないかって言われた」

('、`;川「あー……」

 貞子ちゃんに言われれば、そりゃあ不安にもなるだろう。
 彼女いわく、弟に何かが憑いているわけではないけれど、不吉な気配がしたらしい。

 私と兄も手伝って家中を探したが、指輪は見付からなかった。

 耳鳴りは、帰宅してから再開していた。

.
409:2012/08/18(土) 00:58:16 ID:
その日の夜も夢を見た。

 やっぱり私が海辺に横になり、隣に女性が座っている夢。
 私も彼女も口を開かない。
 私は仰向けになったまま夜空を見上げる。

 視界の端にいる女性は、震えている。

.
410:2012/08/18(土) 00:59:30 ID:
J( 'ー`)し「何だか、海の匂いがするわね」

 朝、母が首を傾げてそう言った。
 家の中が何となく磯臭く感じる、と母は呟く。
 私には感じられなかった。

 けれど、原因は見当がついている。

('、`*川「フォックスは?」

J( 'ー`)し「探し物してたけど、さっき学校に行ったわよ」

 弟は今朝も指輪を見付けられなかったようだ。
 私の頭の中には、ぼんやりと、ある想像が広がっていた。

 夢の女性は指輪の持ち主なのではないだろうか。



*****
411:2012/08/18(土) 01:01:24 ID:
爪;'ー`)「あの指輪、海で拾ったんだってよ」

 弟はぐったりとソファに凭れ、言った。
 指輪を寄越した先輩を問い詰めたところ、先輩は正直に吐いたらしい。

 海に行ったときに、岩と岩に挟まるようにして指輪が落ちているのを見付けたのだという。
 交番などに届け出るのも面倒だったし、捨てるのは勿体ない気がしたので
 自宅にあったケースに入れて、弟に渡したそうだ。

 海で拾ったなんて知っていたら、弟は受け取らなかっただろう。
 間違いなく誰かのものだし、それに、そういう場所での拾い物には注意するべきだと
 貞子ちゃんから散々言われているから。

爪;'ー`)「あれ、ヤバいんじゃねえかな」

('、`;川「……そうね」

 明日の放課後、貞子ちゃんに探し物を手伝ってもらうつもりだと言うので、
 それで解決することを祈った。
412:2012/08/18(土) 01:02:04 ID:
──このときに、耳鳴りと夢のことを弟に話しておけば良かったのだ。
 弟から貞子ちゃんへ話が行けば、貞子ちゃんは私に会おうとしただろうに。
 そうして彼女と会っていれば、もしかしたら、その時点で無事に終わっていたかもしれないのに。

 指輪さえ見付かれば耳鳴りもなくなるだろう、と判断した私が悪かった。

.
413:2012/08/18(土) 01:03:18 ID:
夢の内容が少し変わった。
 場所や、私と女性の姿勢は相変わらず。

 昨夜までと違うのは、誰かの声が微かに聞こえることだ。
 その声がするのは、私の足が向いている方向からだった。
 そっちには海がある。

 震える女性を見ながら、海の声を聞く。
 指輪は、この女性のものなのだろうか。
 そうだとして、この人はもう亡くなっているのだろうか。

 時間の感覚が抜け落ちていく。



*****
414:2012/08/18(土) 01:04:18 ID:
翌日の夜、バイト終わりに先生に捕まり、心霊スポットへ連れていかれたのだけれど
 幽霊が出るでもなく変な声が聞こえるでもなく、何事もないまま終わった。
 こういうことが、たまにある。

 おかげで先生が退屈そうだったので指輪の話をしたところ、
 先生がちょっと元気を取り戻した。

(´・_ゝ・`)「指輪と耳鳴りと夢か」

('、`*川「関係あるかは分かんないけどね」

 貞子ちゃんのことは伏せて、そろそろ解決するだろうということも話すと、
 先生は少し残念そうにしていた。

(´・_ゝ・`)「その指輪欲しいなあ……」

('、`*川「もしかしたら何の曰くもない、ただの指輪かもよ。
     夢も全然意味なかったりして」

(´・_ゝ・`)「じゃあ耳鳴りは何なのっていう話になるだろう」

('、`;川「……普通に病気だったら嫌だわ」

 幽霊より恐い気がする。
 私は無意味にシートベルトを撫でながら、夢のことを考えた。
415:2012/08/18(土) 01:06:13 ID:
もし先生が望むように、全てが心霊的に繋がっているとして。
 彼女は、夢で何を伝えたいのだろう。

('、`*川「……幽霊って夢が好きなのかしら」

(´・_ゝ・`)「何で?」

('、`*川「ホテルのときも人形のときも変な夢見たし……。
     怪談でも多いじゃない。夢に出てくるのとか」

(´・_ゝ・`)「あー……干渉しやすいんじゃないの。
        僕には分からないけど」

 家に近付く。
 私はシートベルトの留め具に触れた。

.
416:2012/08/18(土) 01:07:15 ID:
家に入ると、耳鳴りがした。
 居間に行き、ソファに座る弟の頭を小突く。

('、`*川「指輪は?」

爪'ー`)「貞子が見付けた。洗面台の裏にあったぜ」

 弟は清々しい顔で答えた。

('、`*川「そう。見付けた後はどうしたのよ」

爪'ー`)「兄貴に海まで連れてってもらって、貞子に指示された通りの場所に置いてきた。
     返すのがもう少し遅れてたら、何かしら起こってたかもしれないってよ」

('、`*川「ふうん……」

爪'ー`)「とりあえず、何も起きないまま終わって良かったな」

 じりじり。
 耳鳴り。
 私は適当に相槌を打って、自室へ向かった。

 終わった?
 それじゃあ、この耳鳴りは?
 本当に病気なのかもしれない。

.
417:2012/08/18(土) 01:07:54 ID:
──結局、また夢は同じだった。
 寝そべる私と座る女性、海から聞こえる声。

 今度は、じりじり、あの耳鳴りも加わった。

 女性を眺める内、ふと気付いた。
 耳鳴りの音と、震える女性の動きが連動している。

 何か喋っているのだろうか。

 耳を澄ませていると、段々、意識が現実の方へ引っ張られていった。



*****
418:2012/08/18(土) 01:10:04 ID:
家に帰る。
 母が心配そうな顔で私に声をかけた。

J( 'ー`)し「あんた、病院行ったんだって?」

('、`*川「ん? うん。何で知ってんの?」

J( 'ー`)し「お隣の沢近さんが、病院でペニサス見たって」

('、`*川「そう。……ちょっと最近耳鳴りがするから診てもらったの。
     大したことないみたい」

 午前中、バイトを休んで病院に行ってみたけど、原因は分からなかった。
 3日おいてもまだ聞こえるようなら、また来てください──とのことだ。
 耳鳴り以外の症状がないので、仕方ない。
419:2012/08/18(土) 01:12:08 ID:
J( 'ー`)し「何かあったら、すぐ言ってね」

('、`*川「うん……」

 何か大きな病気だったら困るが、あの夢と関係している現象だとしても困る。

 指輪については解決した筈だ。
 なのに昨夜も夢を見た。耳鳴りは続いている。

 指輪は関係ない?

('、`*川(参ったなあ……)

 病気かオカルトか。
 どっちかに絞れれば、まだ気も楽なのだけれど。

 耳を押さえる。
 じりじり。鬱陶しい。

J( 'ー`)し「……やっぱり、海の匂いがする」

 呟き、母が小首を傾げた。

.
420:2012/08/18(土) 01:13:34 ID:
じりじり。じりじり。
 気付くと、耳鳴りが大きくなっていた。

 海辺。私と女性と、遠くの声。
 夢だ。

 声は遠すぎて何を言っているか分からないし、女性は隣で震えるばかり。
 目的とか、そういうことが何も伝わってこない。

 ──私に何の用があるの。
 心の中で問い掛ける。口は動かなかった。

 ──指輪なら海に返したけど、それとは関係ないの?
 女性が一際大きく震える。
 今まで彼女の顔を隠していた影が、消えた。
421:2012/08/18(土) 01:15:33 ID:
彼女は震えているのではなかった。
 びっしりと身体中に張りついた生き物が蠢く度に、彼女も揺れているだけだった。


 シャコやらカニやらが、目や口といった穴を出入りし、変色して膨れた肉を抉っている。
 お腹にあいた穴から、ウナギかアナゴか、細長い魚が抜け出て砂の上でのた打った。

 種類の分からない小さな魚が口の端から零れる。
 頬の肉に噛みついたエビが、肉ごと落っこちた。

 じりじり。
 音は、彼女が食われていく音だった。
422:2012/08/18(土) 01:19:08 ID:
女性が動く。
 ぎこちなく、右腕を上げる。
 彼女の小指と数匹のカニが地面に降った。

 ぶよぶよに膨らんだ指で、ずるずるに崩れた顔の肉を千切る。

 彼女の左手が私の口を開かせる。
 体が動かない。声が出ない。

 右手のそれを、口に詰め込まれた。

 苦いような酸っぱいような、しょっぱいような味が広がる。
 彼女は髪の毛ごと頭皮を毟った。
 そうやって何度も自身の肉を千切っては、私の口に押し込んでいく。
423:2012/08/18(土) 01:20:28 ID:
彼女の頭が上下に揺れた。子供が大笑いするようだった。

 海の声が鼓膜を震わせる。至近距離。
 何人もの笑い声。

 突然、全身を水が包んだ。
 いつの間にか私は海の中にいた。
 女性が私に抱きついている。下半身にたくさんの手がしがみついている。

 息が出来ない。
 苦しい。苦しい。

.
424:2012/08/18(土) 01:22:22 ID:
──腕を引っ張られた。

 どこか硬いところに体を打ちつける。
 タイル張りの床だ。

(;'A`)「何してんだよ!!」

 兄が私を見下ろし、怒鳴った。
 見覚えのある天井が視界にあった。

 浴室。

 私は呆然としながら、激しく呼吸を繰り返した。
 兄の手が、私の頬を叩く。

 咳き込んだ。
 舌が震える。
 慌ててうつ伏せになり、吐いた。

 夕飯しか出てこない。
 とろけた肉などは無かった。
425:2012/08/18(土) 01:23:24 ID:
(;'A`)「おい……大丈夫かよ、お前」

 息も絶え絶えになりながら、何があったのか、兄に問う。

 尿意で目覚めた兄がトイレへ向かう途中、風呂場が騒がしかったので様子を見に来たのだという。
 そしたら、私が浴槽に張った水に顔をつけてもがいていたそうだ。

 いくら吐いても吐き気は止まなかった。
 口の中に水死体の欠片がこびりついているように思えてならない。


 浴槽の水は、海水のようにしょっぱかった。



*****
426:2012/08/18(土) 01:26:17 ID:
翌日の夕方、貞子ちゃんの家に行った。
 私を見るなり、貞子ちゃんが青ざめる。

川;д川「何かあったんですか?」

 全て話すと、彼女は地面に頭がくっつきそうな勢いで謝ってきた。

 指輪を探しに行ったときに気付けば良かった、本当にごめんなさい──
 何度も謝罪を繰り返す貞子ちゃん。
 見ていて、こっちが申し訳なくなった。

('、`*川「……貞子ちゃん、何か分かるの?」

川;д川「指輪と一緒に、色んな霊が付いてきてたんだと思います……。
     それでお姉さんにイタズラして……。
     ……ああ、もしかして指輪が行方不明になってたのも、この人達のせいかも……」

 貞子ちゃんに肩や背中を叩かれた。
 「あとは私が帰してきます」と言っていたので、悪いとは思いつつ任せることにした。
427:2012/08/18(土) 01:27:38 ID:
('、`*川「何とか出来る?」

川д川「これくらいなら……」

 先生とは違った意味で頼もしい。

 あとでお礼をしに来ると貞子ちゃんに言い、私は家へ戻った。
 弟に「先輩」とやらへ電話をかけてもらうように頼むことにした。
 罵声くらいは浴びせてもいいと思う。



*****
428:2012/08/18(土) 01:29:21 ID:
(´・_ゝ・`)「強烈だね」

 3日後。
 先生は珍しく同情の色を顔に滲ませ、私の話を聞いていた。
 例によって、貞子ちゃんについては話していない。

('、`;川「まだ寒気がするわ……」

(´・_ゝ・`)「耳鳴りは?」

('、`;川「もうしない」

 いつもなら「羨ましい」とか「もう終わっちゃったのか」とか言うところだろうけど、
 さすがに先生も空気を読んだのか、黙って頷くだけだった。

 夜の繁華街を、先生の車が走る。

(´・_ゝ・`)「ねえ伊藤君」

('、`*川「なに?」

(´・_ゝ・`)「お腹すいたよね」

('、`*川「うん……今日は朝からあんまりご飯食べてない」
429:2012/08/18(土) 01:30:39 ID:
(´・_ゝ・`)「何か奢ってあげようかと思ってるんだ」

('、`*川「ほんと? ありがとう」

(´・_ゝ・`)「あのさ」

('、`*川「うん」

(´・_ゝ・`)「僕、お寿司食べたいんだけど」

('、`*川「無理」

(´・_ゝ・`)「だよね」

 先生は、適当な場所でUターンした。

.
430:2012/08/18(土) 01:32:26 ID:
──あの夢を見て以来、しばらく魚介類を食べられなくなった。

 「しばらく」は「しばらく」。1週間もすればまた元のように
 海老フライもうな重も食べられるようになったので、
 案外、私も図太いのかもしれない。





第十二夜『海の夢』 終わり
431:2012/08/18(土) 01:34:05 ID:
今夜はこの辺で

『幽霊が出るコンビニ』 >>1-24

『心霊写真』 >>32-67

『いわくつきラブホテル』 >>73-96

『遊女の人形』 >>102-132

『憑かれた青年の話』 >>145-172

『祠とキツネ』 >>184-204

『つきまとう影』 >>212-243

『呼ばれる』 >>255-276

『おばけバス』 >>284-302

『長い首』 >>308-346

『可哀想なこっくりさん』 >>355-394

『海の夢』 >>403-430
434:2012/08/18(土) 01:52:24 ID:

相変わらず安定して怖いな
435:2012/08/18(土) 13:11:49 ID:
相変わらず怖いが、終わりが近いと悲しいな
436:2012/08/20(月) 13:49:45 ID:
元スレ: