1:2012/03/25(日) 20:45:52.47 ID:
分煙にも程があるというか、遂には喫煙者は、
別の世界に飛ばされるくらいの
酷い扱いを受けるようになった頃の話。

喫煙室でもくもく煙草を吸う鼻つまみ者の彼らは、
ときどき、こっそり、集団失踪させられていた。

もちろん今はそういうことは行われていない。
安心して欲しい。今からするのは、少し昔の話だ。

3:2012/03/25(日) 20:47:16.45 ID:
たとえば当時二十六歳だった
チェーンスモーカーの彼は、
その夜、駅のホームの喫煙室で、
ショートホープを吸っていた。

無暗に大声で笑う大学生三人を、
舌打ちで追い払ったところだった。

半分は八つ当たりだったのだが、
この行為は結果として、彼らを助けることになる。

4:2012/03/25(日) 20:50:56.36 ID:
電車のブレーキ音が聞こえて、
男が煙草を消そうとしたとき、
ふいに全ての音が消えた。

男が顔を上げると、喫煙室の外は真っ暗だった。
それどころか、季節外れの雪が降っていた。
そこはもう駅ではなく、どこかの丘だった。

煙草を吸い終えた男は、「さて」と言い、
ドアを開けて外に出て、室内よりも濃い煙に包まれた。

降っているのが雪ではなく灰だと気付くのは、
しばらく後のことだ。
6:2012/03/25(日) 20:53:33.22 ID:
こんなことなら、あの大学生たちを放置して、
巻き添えにすればよかった、と男は思った。

降っている灰が多すぎて、
頼りとなる街の灯りはうっすらとしか見えなかったが、
とにかく男はその方向へ歩いて行った。
12:2012/03/25(日) 20:59:40.62 ID:
>>6
そういうの社会では通用しないよ?
自己顕示欲丸出しだなぁ。
7:2012/03/25(日) 20:54:19.96 ID:
そこは煙の街、星の見えない世界の灰皿。
街の人間の気取った言い方を借りれば、そうなる。

正確に言うと、降っているのは灰ですらないのだが、
他にどう呼べばいいか分からないので、皆そう呼んでいる。
8:2012/03/25(日) 20:55:21.85 ID:
遮光力の高い灰のせいで、街は常に薄暗い。
そのため、一日中ガス灯が道を照らしている。

灰煙を吸わないよう、人々は外出時にはマスクをする。
また灰をかぶらないように帽子をかぶっており、
少し短めに切られた彼らの髪は、
毛先に行くほど灰色が染みついている。
9:2012/03/25(日) 20:56:24.55 ID:
この灰色は染みつくのだ。

だから、空だけでなく、木も、花も、
鳥も、灰色に染まっている。
それらを見続けているうちに、
目まで灰色になってくる。

世界中の喫煙者が集うここでは、
共通語が必要とされ、住人の手で、
あまり便利とは言えない言葉がつくられた。
10:2012/03/25(日) 20:57:36.33 ID:
灰を吸っていれば大抵の欲求は満たされる。
時が止まったように、空腹も無くなるのだ。

しかし逆に、灰を吸い込むことで寿命は早まる。
街に来た人間がまず教えられるのはそのことだ。

街で10年以上生きた人はおらず、
だから大抵の人は、滅多に外に出ず、
家にこもって、適量の灰を吸いながら、
家族と楽器を弾いたりチェスをしたりして、
自分が死ぬのを待っている。
11:2012/03/25(日) 20:59:36.91 ID:
街に来てから三年が経っても、
男は家族を作ろうとしなかった。
天気の比較的良い日は外に出て、無闇に歩き回った。

そんな彼を、街の人間は変人扱いした。
なぜあの男は、わざわざ死にに行くような真似をするんだ?
なぜ家族をつくらないんだ?

男は誰よりも灰化が進行していて、
肌は青白く、赤味がほとんどなかった。
男はそれを自慢に思っていた。
13:2012/03/25(日) 21:00:51.84 ID:
前の世界に戻りたい、とは思わなかった。
やっていることはほとんど変わらない。
ただ、楽で単純になっただけだ。

来る日も来る日も男は積極的に寿命を削った。
ある日男は、少女につまづいて転んだ。
14:2012/03/25(日) 21:02:03.78 ID:
少女の灰化は、かなり酷いものだった。
背中まである長い髪が、綺麗な灰色に染まっていた。

短期間に多くの灰を吸い過ぎたのだろう、
呼吸困難になり、喉をおさえて倒れていた。
目を閉じて冷や汗をかき、苦しそうにしている。

男が真っ先に感じたのは、同情や心配ではなく、
自分より灰化が進行しているこの少女が気に入らない、
という、嫉妬に近い感情だった。
15:2012/03/25(日) 21:03:49.51 ID:
男は少女の顔にかかった髪を払うと、
唇を重ねて、ゆっくり灰を吸い出した。
灰は、吸った分だけ男の肺に残留する。

二人の灰色が同じくらいになると、
男は唇を離し、大きく咳き込んだ。

少女は目を開き、何回か瞬きをした後、
起き上がって姿勢を直し、頭を振って灰を払い、
激しく咳き込む男に駆け寄り、背中をさすった。
16:2012/03/25(日) 21:05:25.48 ID:
男は少女を受けて入れてくれる家を探した。
川の傍の家族のもとに少女は預けられたが、
翌日、男が外をうろついていると、
橋の下で寝ている少女の姿を見つけた。

男は少女を叱りつけたが、言葉が通じず、
少女はへらへら笑って男を見ていた。
灰の恐ろしさについて理解できていないらしい。

預け先の家に連れて行き、事情をたずねると、
少女が勝手に出て行ったらしかった。
17:2012/03/25(日) 21:07:10.56 ID:
翌日も同様の出来事があり、
さらに数日後、男は再び少女に躓いて転んだ。

灰を吸い出して咳き込む男の背中をさすりつつ、
少女はちょっと嬉しそうな顔をしていた。

結局、少女は男と一緒に暮らすことになる。
十二歳くらいのヨーロッパ生まれの少女と、
三十路手前のアジア生まれの男。
18:2012/03/25(日) 21:09:13.42 ID:
微妙に気になる
19:2012/03/25(日) 21:10:24.06 ID:
後に、少女は覚え立ての言葉で、
「あなたが毎日外を歩いてたのって、
 私を心配してくれてたんでしょう?」ときく。

男は否定しなかった。

また、男が自身の寿命を削って
少女の灰を吸い出していたと知ったとき、
少女はしばらく、びっくりするほど大人しくなった。
20:2012/03/25(日) 21:12:06.04 ID:
こうやって、ついに彼にも家族が出来た。

男がまず始めたのは、椅子をつくる作業だった。
彼の家には机と椅子とベッドが一つずつしかなかった。
ベッドや机は良いとして、椅子は流石に共用できない。

背もたれが出来るように丸太をカットするだけの作業だが、
まともな道具がないこの街では大変な作業で、
少女にも手伝ってもらい、二日かかって椅子は完成した。
21:2012/03/25(日) 21:13:26.22 ID:
座り心地も良く、出来栄えに男が満足していると、
少女はその椅子を男の方へ持って行き、
古びた方の椅子を自分の方へ持って行こうとした。

男がそれを元に戻すと、少女もそれをまた入れ替え、
新しい椅子の押し付け合いのような形になった。
結局、その椅子は少女のものになった。
22:2012/03/25(日) 21:14:20.17 ID:
男が、街の唯一の文化施設である図書館に
少女を連れていくと、言葉が分からない少女は、
立ち入り禁止区域に侵入しようとした。

慌てて引きとめようとする男を少女は面白がり、
二人で図書館内を走り回り、職員に注意された。
否定を意味する言葉の大半は、このとき覚えたと少女は言う。
23:2012/03/25(日) 21:15:35.52 ID:
あとで見る
落とすなよ
24:2012/03/25(日) 21:15:40.39 ID:
段々と言葉を覚えてきた少女を連れて、
ときおり、男は暇潰しに、喫煙室を見に行った。

新たに連れてこられた人たちを見つけると、
彼らはマスクを彼らに渡して着けるように指示し、
この街に降る灰がどのようなものかを説明した。

ついでに「豚の糞を喉に詰まらせてくたばりやがれ」
という意味の言葉を「ありがとう」を意味する言葉として教えた。

去っていく男と少女に、彼らはその言葉を連呼した。
街に入ってからも、しばらく彼らはその言葉を使っていた。
25:2012/03/25(日) 21:18:00.03 ID:
少女を連れて歩く男を、街の人間は面白がり、
「どんな心境の変化だい?」などときいてきた。

男は、そういう問いは大抵無視した。
少女は会話が聞き取れなかったので、男にきいた。
「あの人たちはなんて言ってたんですか?」
「お似合いの二人だって褒めてたんだよ」
「ですよね」と少女は頷いた。「私もそう思います」
26:2012/03/25(日) 21:19:54.56 ID:
言葉を覚えてから、しばらくして、少女は言った。
「灰が体に悪いってことは、一応、最初から知ってたんです」

「じゃあなぜわざわざ外に出ていた?」
男がききかえすと、少女は「んー」と考えてから、
「積極的に、生きていたいとは思わないんです。
 死にたいって思うほどでもないんですけど」と言った。
27:2012/03/25(日) 21:20:48.56 ID:
男は、頭の中で同意しつつ、口では否定した。

「そんなすぐに死ぬのも勿体ないだろう?
 ある日突然、良いことが起きるかもしれないし……」

少女はきいた。「あなた、いくつですか?」

「二十八。いや、もう二十九だな」と男は指折り答えた。
28:2012/03/25(日) 21:21:42.52 ID:
「で、起きたんですか? 良いこととやらは」

「起きたよ」男は躊躇せず答えた。

「なんですか?」

「お前が来た」

少女はしばらく黙っていた。
男と目が合うと、すぐに逸らして、
何度も一人で頷いて、最後にちらっと笑った。

「私も、今、良いこと起きました」

「へえ」男は言った。「聞かせてくれるか?」

「あげませんー」
29:2012/03/25(日) 21:22:46.38 ID:
またある日は、少女はこうたずねた。
「どうしてこれまで一人で暮らしてたんですか?
 他の人は皆、集団で暮らしてるのに」

「良い質問だ。胸の内に閉まっときな」
男は枕元の灯りを消して、少女の頭をぽんぽん叩いた。

「もしかして、孤独癖とか、無頼漢とかなんですか?」

「難しい言葉を覚えたな。だがそんな格好良いもんじゃない」
30:2012/03/25(日) 21:23:21.16 ID:
男はしばらく考えてからこう言った。
「こういうのは“鼻つまみ者”っていうんだ」

「なんですか、鼻つまみ者って?」

「そのうち分かる」

「そうですか」と言って少女は男の頭をぽんぽん叩く。
31:2012/03/25(日) 21:24:47.31 ID:
しばらくして、不意に少女が口を開く。

「私、“鼻つまみ者“が好きですよ」

「それは間違った使い方だ」

「あってます」

「嫌われてる人を、鼻つまみ者って呼ぶんだ」

「じゃあ、あなたは、鼻ひらき者ですね」

「なんだそりゃ」男が笑う。あ、笑った、と少女が喜ぶ。
32:2012/03/25(日) 21:25:14.48 ID:
なんだか新しいホラーだな
33:2012/03/25(日) 21:35:26.19 ID:
見てるよ
34:2012/03/25(日) 21:46:23.21 ID:
嫌いじゃない
35:2012/03/25(日) 21:48:46.47 ID:
こいつあれだろうな
石の話とかのやつ
36:2012/03/25(日) 21:55:14.24 ID:
その日は少女と男が出会って、ちょうど一年目だった。
男が外出から帰ると、少女がベッドに座って俯いていた。
「どうした、また誰かに叱られたのか?」
男が言うと、少女は首を振る。

「さっき、人がきました」

「人か。どんな人だ?」

「黒髪の人です」

「ってことは、新入りか?」

「私、元の世界に帰されるらしいんです」

男はコーヒーを淹れる手を止めて、
ついに来たか、と溜息をつく。
何かおかしいとは思ってたんだよ。
37:2012/03/25(日) 21:57:39.30 ID:
「その人が言うには、私は本来、
 ここにいるべきじゃないらしいんです。
 間違って連れてこられたんだとか」

「まあ、お前しか子供がいないってのは、
 考えてみれば変な話だよな」
男は少女と目を合わせずに言う。

「元の世界に、戻されるらしいです。
 今日が終わったら、もう私はいなくなります」

「そうか」男は一拍置いて言う、「良かったな」

少女は頷きかけたが、思い直して首を振った。
39:2012/03/25(日) 22:00:44.09 ID:
「私、あっちに戻っても、良いことなんて
 ひとつもないんです。ここにいたかったなあ」

「じゃあここに残ればいい。簡単な話だ」

男がそう言うと、少女は微笑む。

「そうですね。残りましょう」

そう言って、男の背中に抱き着く。
40:2012/03/25(日) 22:04:49.09 ID:
男の背中に顔を埋めたまま、少女は言う。
「短い間だったけど、ありがとうございます」

「ああ。これからもよろしく」と男は答える。

「まったくもう」と少女が呆れた顔で言う。

「さて、今日は何の日だと思う?」

「お別れの日です」

「違う。俺とお前が出会って、一周年の日だ。
 記念日だ。ワインも用意してある」

「私、未成年ですよ?」

「見りゃ分かる」

「まったくもう」
41:2012/03/25(日) 22:06:57.51 ID:
よかった少女は喫煙厨じゃなかったんだな
42:2012/03/25(日) 22:11:45.35 ID:
「運命の相手に巡り合えたことに、乾杯」

「否定しませんよ」

「ずいぶん喋るのも上手くなったよな」

「喋りたいって思えば、上達も早いんです」

「そうだな。俺も、ずいぶん語彙が増えたよ」

「豚の糞を喉に詰まらせてくたばりやがれ」

「いえいえ、こちらこそ」
43:2012/03/25(日) 22:16:52.18 ID:
「もう一年前になるんですか。初めて出会ったのは」

「ああ。まだ俺が二十代だったころだ」

「あなたが見つけてくれてなかったら、私、今頃灰燼に帰してましたね」

「言葉通りな」

「灰を吸い出してくれたのは助かったんですけど、
 無意識のうちにファーストキスを済まされたのは悔しいです」

「ああいうのはキスと言わない。子供の頃に遊びでするのと一緒だ」

「赤ん坊の頃から、遊びでキスしたことなんて一度もありませんよ」

「お堅いんだな」

「ええ。死守してきたんです」

「そうか。悪いことをしたな」

「まったくもう」少女は嬉しそうに椅子を揺らす。
44:2012/03/25(日) 22:19:51.98 ID:
「さて」男は言う、「ここで自己紹介と行こう」。

「そうですね」少女はうなずく、
「お互いのことをよく知るのは、
 付き合っていく上で大事なことですから」。

それから二人は自己紹介を始めた。
46:2012/03/25(日) 22:26:18.86 ID:
互いの素上について話しているうちに、
時間は驚くほど早く過ぎていく。
なぜか? 書く側の体力が尽きてきたからだ。

少女が窓の外の時計台を見て、
書き手にとって都合の良いことを言う。
「残り、十分を切りましたね」

「らしいな」

「何か、最後に、言っておくことあります?」

「これからもよろしく」

「もう、そろそろそんなこと言ってる場合じゃないですよ。
 いなくなる私に、なにか優しい言葉をかけてくださいよ」

「お前のファーストキスの相手が俺でよかったよ、みたいな?」

「”みたいな”はいりません」
47:2012/03/25(日) 22:34:21.91 ID:
男は小さく溜息をつくと、ぼそっと言う。

「あんまり褒められたことじゃないけど、
 俺はお前のことが好きだったよ。
 何言ってるんだって思われるかもしれないが、
 結婚するならお前みたいなやつが良かった」

「あんまり褒められたことじゃないですね」

「だろう? だから言わないでいたんだが」

「いえ、でも、最後に言ってもらえて良かったです。
 ていうか、それがききたかったんです」

「そっか。俺もこれが言いたかったんだよ」
49:2012/03/25(日) 22:39:17.52 ID:
どちらともなく差し出した手を繋ぎ、
二人は最後の十分間を過ごした。

最後に別れの言葉を言おうとして
開かれた男の口は、少女の唇で塞がれる。
かつて男が少女にやった方法で、
男の肺に溜まった灰が、吸い出されていく。

全てを吸い出し終えたところで、少女は口をはなし、
「さよなら。幸せでした」と言って、
男の返事をきく間もなく、姿を消した。
50:2012/03/25(日) 22:41:36.97 ID:
時計台が十二時を告げる鐘を鳴らす。
男は呆然とそれを眺めていた。

不意を突かれて、抱きしめ返す暇さえ与えられなかった。
最後の最後に、してやられたな、と男は思う。

男は立ち上がって、綺麗な方の椅子に座り、
異様に長く感じる鐘の音に、耳を澄ましていた。
と言う話を喫煙室にいるときに考えました。以上!
51:2012/03/25(日) 22:44:50.75 ID:

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