732:2007/12/21(金) 00:21:34 ID:
先日、ちょっとした切欠でオカ板に来て以来、皆さんの話を楽しみながら拝見しています。
ここで、私自身の体験じゃないのですが、長い付き合いのある山先輩(と言っても、かな
りの年齢。仮に、義一さんとします)から聞いた話をします。

この話は、義一さんの祖父が、さらに自身の祖父(義一さんから数えれば、5代前の人)か
ら聞いた話を、日記に書いて記録していたもので、義一さんが祖父の遺品を整理していた
時に、見つけたのだそうです。そして今回の話は、その5代前のご先祖様(仮に義雄さん、
とします)が体験した話です。

だいぶ長くなりますので、読み飛ばして頂いても構いません。

場所は東北某県、時代は明治初期。山深い村落で起きた話です。
当時の人々は皆そうでしたが、特に義雄さんは健脚で知られ、普通の人が一里歩くだけの時
間があれば、三里は歩く、という人でした。それでいて、肝も据わっている。そんな彼です
ので、隣村への用事とかには、非常に重宝がられていたそうです。

そんなある日、彼は県境を越えた遠くにある大きな街へ、用事で出掛ける事になりました。
朝、暗いうちから家を出て、義雄さんは山道をドンドン進んでいきました。山道…と言って
も当時の事ですから、山の中に獣道のような細い道があるだけ、といった状態です。
山道は片方が山で、もう片方が急斜面となっており、底には川が流れています。踏み外した
ら谷底へ真っ逆さまです。が、度胸のある義雄さんは恐れる事なく、進み続けます。

733:2007/12/21(金) 00:22:25 ID:
さて、暫く歩いていくと、遠くに赤いモノがチラチラと見えるのに気付きました。
「なんだ、あれは?」と思いつつ、歩を進める義雄さん。やがて、その赤いものの正体が
次第に分かってきました。どうやら、着物が木の枝に引っかかり、風にユラユラ揺れてい
るようです。
こんな山奥、それも木の枝になんであんな着物が引っかかってんだ?と思いつつ義雄さん
は近付いていきました。

やがて着物が引っかかってる木の前まで来た義雄さんは、着物をよく見ました。
着物に全然詳しくない彼ですら、こんな田舎では滅多に見られない程の高級品であること
は一目瞭然でした。と、義雄さんは突然声を掛けられました。

「ねえ、あんた」
その声に義雄さんは我に返って振り向くと、これまた山奥には似つかわしくない美人が立っ
ています。
「ねえ、あんた。着物を取って」
彼は女性に言われるがまま、着物を取ってあげました。
義雄さんは着物を渡しつつ、彼女を観察しました。艶のある長い黒髪、雪のような白い肌、
そして美しい顔立ち。年の頃は、16~18ぐらいに見えたそうです。

「あんた、A街(義雄さんが行く予定の街)まで行くんでしょう?」
見惚れて口も利けない義雄さんを見越してか、彼女は自分からペラペラと話してきます。
「私も、A街へ行くの」「一緒に行きましょう」
義雄さんは彼女の美しさに見惚れて、ただ黙って頷くばかりです。

734:2007/12/21(金) 00:25:13 ID:
やがて、義雄さんは女性を連れて歩き出しました。歩き出してからは義雄さんにも余裕
が出てきて『上手く口説けないもんか』ぐらいまで考えていました。しかし、それと共に何
となく…具体的に何が、という訳ではないのですが、違和感を感じるようになりました。

女性は、健脚で知られる義雄さんの後を、息も乱さず付いて来ます。まあ、それもおかし
いが、それだけじゃない。何かがおかしい。でも、何が変なんだろう…?
そんな事を考えつつ、義雄さんは後ろをチラリと振り返ります。女性はやはり疲れた様子
も無く、笑顔すら浮かべて付いてきています。
『まぁ美人だし、細かい事は気にしてもしょうがねぇ』と思ってると、女性が突然、話し
かけてきました。

「あんた、A街のBって所、知ってる?」「B?知らねぇなぁ…」「私ねぇ、Bのねぇ…」
女性は、A街のBという場所に住む、□□という人物の話を始めました。まあ、早い話が、
彼女は□□家主人の妾(愛人)だというのです。

「そんな人が、何でこんな所に1人で居るんだね?」と言いながら振り向いた義雄さんは
ビックリしました。彼女はいつからそうしていたのか、義雄さんの背中に自分の身体を
ベッタリくっつくけて、彼のの耳元で囁くように話しかけていたのです。

そして、ここに至って義雄さんは、ずっと抱いていた違和感にようやく、気付きました。
『コイツ、俺と出会ってからずっと後ろを歩いてるのに、どうして足音がしないんだ?
さっきからずっと、俺が1人で歩いてるみたいじゃねえか…この女、変だぞ…』

不安に駆られた義雄さんは、何とか女性から身体を離そうとします。ですが、何故か身
体が動かない…。

735:2007/12/21(金) 00:27:06 ID:
焦る義雄さんの耳元に口を近づけたままの彼女は、今までとは打って変わった低く、唸る
ような声で、言葉を発しました。
「あんたも私を捨てるんだろう?ねぇ?捨てるんだろう?」

「一体何の話だ、捨てるって何だ…俺は何も知らん、お前、一体誰なんだ、離してくれ!」
義雄さんは、必死に言葉を搾り出します。ですが、そこから先は言葉が続きませんでした。

気付けば、彼女の目玉は外へ飛び出し、頭はザックリと割れ、更に顔は何かで何度も殴ら
れたかのように、滅茶苦茶に潰れていたのです。
あの綺麗な顔の面影はどこにもありません。彼女は既に腐乱死体、と言っても良い風貌に
なっていました。

「うわあっ!」
義雄さんは腰も抜かさんばかりに驚き、途端に身体が自由になりました。そして気付けば、
細い山道を必死に逃げていました。
「ヒヒヒ、ヒヒヒヒッ!」後ろからは、女性のものと思われる、狂ったような笑い声が響いてき
ます。それと共に、何かが腐ったような強烈な臭いもしてきました。

「だ、誰かッ!助けてくれ!」
義雄さんは助けを求めますが、ここは山の中。人など居ません。
「ヒヒッ、ヒヒヒヒッ!」後ろの声は、徐々に近づいてきます。それと共に臭いも強烈に
なり…義雄さんは、気を失いました。

736:2007/12/21(金) 00:28:50 ID:
気付いた時、義雄さんは急斜面の途中にある木に引っかかっていました。下の川まで落
ちたら、助からなかったでしょう。義雄さんは何とか山道まで這い上がり、傷だらけの
身体を引き摺りつつ山道を歩きました。

そうして歩いている間も、山の茂みや谷底から小さく「ヒヒヒッ」と笑う声が聞こえた
り、強烈な臭いがしました。
ですが、義雄さんは『聞いちゃいけない、見ちゃいけない』と念じつつA街の用事先ま
で辿り付き、そこで再び気を失いました。

次に気付いた時、彼は手当てをされ、寝かされていました。
義雄さんは用事先の人達に傷の手当てをしてくれた御礼と、山で起きた話をしました。
手当てをしてくれた人は、なんだそれは?みたいな顔をしていたそうなのですが、義雄
さんがあまりに必死な顔をして訴えるので、一番長生きしている爺さんなら、何か知っ
ているかも…と言って、お年寄りを呼んでくれました。

やがて部屋に入ってきたお年寄りに、山で起きた話をしたところ、お年寄りも最初は思
い出せないようでしたが、△△の□□、という地名と苗字を言ったところ「ああ。居た、
居た。□□なら知ってる」と言います。

そして更に「こんな幽霊だったんですけど…」と幽霊の特徴を話したところ、お年寄り
は突然「あいつ、本当に殺してたのか!」と言って、青くなったそうです。
お年寄りは暫く青くなって話も出来ない感じでしたが、やがて義雄さんに以下のような
内容の事を語ってくれました。話は、お年寄りが若者の頃まで遡ります。

737:2007/12/21(金) 00:33:46 ID:
まず、□□という家は、A街に存在していた。存在していた…というのは、既に□□の
家は絶えているからだ。そして例の女性だが、義雄さんの言う特徴を聞く限り□□の
当主が囲っていた、○○という妾だ。

妾の○○は、関東だかどこだか、とにかく遠くから来た人らしい。まあ恐らく、遊び好
きの□□家当主が、アレコレ頑張って連れて来たんだろう。そして、その妾は大層
な美人で、どことなく洗練された言葉遣いや仕草で有名だった。

お年寄りは何度か○○自身と話したことがあるらしい。彼女からは、とても良い香り
がした。肌は雪のように白く髪は黒々とし、優しくて綺麗な人だ、と思った。
そして、□□当主から貰ったらしい高級そうな赤い着物がお気に入りだったらしく、
よく着ているのを見た。

だが、○○は□□家本妻△△と険悪な仲だった。お互いがいがみ合ってるのは、誰
の目から見ても明らかだった。いがみ合う理由は色々だったらしいが、主な理由は
□□当主絡みだったらしい。

まあこんな感じで険悪な仲の2人だったのだが、ある日を境に○○が居なくなった。
何の前触れもなく、本当に突然居なくなった。

□□の当主は誰かに聞かれる度に「○○は△△と喧嘩した後、どこかへ逃げた」と
か言ってたらしい。だが、あれだけ惚れ込んでいた○○が逃げたというのに、□□
当主は一向に探す気配もなく、落ち込んでいるだけ。
それに反して本妻△△は、以前とはガラリと変わって、かなり明るくなった。

738:2007/12/21(金) 00:35:35 ID:
△△の豹変ぶりを見た近所の人がある時、冗談半分で△△に「今はいいが、後で
○○が戻ってきたらどうするね?」と聞いた。
すると△△は「いいや、あいつは絶対戻ってこないね」と自信たっぷりに言う。
そこで再び相手の人が「なんでそんなにハッキリ戻らない、と言えるんだね、まさか
あんた、○○が憎いあまりに殺したんじゃないだろうねぇ?」と聞いた。

勿論、聞いた人は冗談で聞いたのだ。だが、△△は事も無げに「ああ、殺したよ。あ
の生意気な小娘、頭カチ割って顔を叩き潰してやった」と、言ってのけた。
その場に居合わせた人々は一瞬固まった。が、誰も殺しの現場を見た訳じゃないし、
△△は、あまりにも堂々として喋ってるし、その場の皆は「またまた冗談を」と笑っ
て聞き流した。


それから暫くは何事も無く平穏だったのだが、ある時期からたった数年だかで、□□
当主も本妻の△△も、更にはその息子達も立て続けに死んでしまい、□□の一家は
完全に絶えた。

□□家があっと言う間に全滅したのを見た人達の中には「ひょっとして△△の奴、本
当に○○を殺したんじゃないか、その祟りなんじゃないのか」と言う人も居たらしい。
だが、それも根拠の無い噂である。あっという間に忘れ去られてしまった……。

でも、数十年経った今、義雄さんの口から幽霊の特徴(歳の頃16~18で赤い着物、
白い肌)を聞いた上、その後の変化(頭が割れてて、顔が滅茶苦茶に潰されていた)
を聞いて、お年寄りの口から「本当に…」という台詞が出てきたのです。

まあ、この後がちょっと大変でした。
義雄さんから話を聞いたお年寄りは「見たのは山道の、大体どの辺だったのか。案
内してくれ。供養する」と言ってきたんですが、義雄さんは行くのは絶対嫌だったの
で、大体の場所を教えてあげたそうです。

739:2007/12/21(金) 00:36:50 ID:
ところで義雄さんには、疑問が残りました。
と言うのも、その山道は何度か通ったことはあるけれど、この幽霊に遭ったのは初めて
だったのです。何故今回出てきたのか?しかも自分は、□□家とは何の繋がりも無いの
に…と不思議に思ったのですが、結局この疑問の答えは出なかったみたいです。

やがてA街で用事を済ませたものの、例の出来事があるのと傷のせいで村に帰るに帰れ
ない義雄さんの為に、用事先の人が義雄さんを村まで連れ帰ってくれることになりまし
た。但し、今度は別の道を使って帰ったそうです。

さて、村に帰った義雄さんですが、やはり日頃健脚として知られ、山には慣れている彼
が気を失うほどの怪我をして帰ってきたのを、皆が不審がりました。
が、義雄さんは誰に聞かれても「足を滑らせ、道を踏み外した」と言って通しました。
喋ると、祟られるとでも思ったのでしょうか。

ですが、それから何をやっても失敗ばかりしたそうです。そして時折、畑仕事をしてい
る時や家の中に居る時、あの「腐ったような臭い」が漂ってきたり、屋根裏や家の外か
ら、時には耳元で「ヒヒヒッ」と笑い声が聞こえてくるようになりました。

家の中に居ようが外に居ようが、畑仕事してようが寝てようが、義雄さんは笑い声や臭
いに悩まされ続けました。当然、義雄さん以外の人達は声も聞こえなければ臭いだって
しません。妾の幽霊は、何故か義雄さんに付き纏い続けました。

740:2007/12/21(金) 00:38:37 ID:
そんな事が続いた後、義雄さんは逃げるように別の大きな街へ行き、お祓いだの何だ
のをして貰い、やっと臭いや声が聞こえる事は無くなったようです。
そして、そのまま街へ居付き、頑張って働いて結婚して子孫を残し、代を重ねて義一
さんが生まれた訳です。

義雄さんが妾の幽霊と遭ったと思われる山道は現在、廃道化が著しく、残ってるかど
うかも怪しいらしいです。
山や山中の廃道巡りが好きな私は、「行ってみたいから、山道の場所を教えてくれま
せんか?」と言いましたが、義一さんは「とんでもない事だ。そういうのは、触れるべき
じゃない、そっとしとくもんだ」と言って、絶対に教えてくれませんでした。

この、あまりに長い話を、義一さんは何度かに分けて私に話してくれました。
そして最後に「今の時代も、ちょっとお金を稼ぐと、すぐに妾を囲う人は居る。でも、奥
さんや子供を泣かせるだけで、何もならない」と言っておりました。

私の話は、以上です。

819:2007/12/26(水) 11:48:18 ID:
お久しぶりです。>732です。
今回は、別の山先輩(広明さんとします)から聞いた話(戦前の出来事)を
しますね。

この方は、県内山間部(具体的には盆地)の出身です。
広明さんが生まれたのは戦前ですが、その頃の子供達は皆、山や川に行って
仕掛け針で魚を獲ったり罠で獣を捕まえて毛皮を得ていたそうなんですね。

広明さんは特にそうした事にかけては子供の頃から達人で「鶏をシメるだろ、
その後シメた鶏の首を使って狐やイタチを獲る。その皮を剥いで売る。捨て
るところなんて無いんだ。今の時代、そういうのは残酷だって言う人も居る
けど、それは豊かになった時代の連中が言う事だ。昔の人達は、みんな貧乏
だけど一生懸命に生きてた。昔の日本に住んでたら、残酷、なんて言ってら
れない」という言葉が印象に残ってます。

さて、そんな彼がある日の夜、山間部を流れる川に魚を獲りに行ったそうで
す。山は真っ暗でしたが広明さんは慣れたもので、月明かりを頼りに、いつ
もの場所に向かってました。

820:2007/12/26(水) 11:49:32 ID:
彼が山道をテクテク歩いていると、やはり山道を向こうの方から歩いてくる
人影があります。しかも1人や2人ではなく、何人も居るようです。
しかも全員、月の光を反射させている。
「こんな夜に一体なんだ?それに、何で全員光ってるんだ…?」
広明さんは直感的に「ヤバイ」と思い、山道を逸れて茂みに隠れたそうです。

広明さんが茂みに身を潜めていると、その集団は更に山道を進んできて、や
がて広明さんが隠れている場所まで達しました。怖いもの見たさ、というか
好奇心から、彼は茂みの影から、そっと彼等を覗き見ました。

彼等の姿を見た時、広明さんは思わず声を上げそうになったそうです。
山道をやってきたその集団は全員、甲冑に身を包んでおり、その鎧が月の光
を反射させていたのです。
明らかに、昭和の時代を生きている人々ではありませんでした。

彼等はかなりの人数であるにも関わらず、一言も話し声が聞こえません。聞
こえるのは、歩く音と鎧がぶつかり合う音だけです。
中には明らかに身分の高そうな人も居たそうですが、その誰もが下を向き、
顔の部分が影になっていて一切見えません。

そうした人々が、何十人、何百人と山道を歩いているのです。一体彼等は何
であるのか、どこから来て、これから何処へ行くのか…。

何十分か何時間か。とにかく結構な時間を茂みの中で過ごした広明さん。
彼等が通過し居なくなったのを確認しても尚、安心できずに茂みに隠れてい
ました。彼が茂みから出たのは、周囲が明るくなり始めてからでした。
当然魚獲りどころでなくなった彼は、早々に山を下って町に帰ったそうです。

821:2007/12/26(水) 11:50:49 ID:
ところで、広明さんによると彼等幽霊の正体は、大体見当が付いているのだ
そうです。

皆さんの中でご存知の方もいらっしゃると思いますが、日本が江戸時代から
明治に変わる頃、幕府軍と官軍による「戊辰戦争」がありました。
戊辰戦争に於ける東北の戦いにつては、白虎隊をはじめとする「会津の戦」
が有名ですが、実はそれ以外にも戦いがありました。

広明さんの故郷は先述した通り県内山間部の盆地ですが、そんな場所でも官
軍と幕府軍による戦いがありました。
広明さんが住む地域は官軍側で、そこに幕府方の軍が攻め込み、激戦が繰り
広げられました。

一時は優勢だった幕府軍ですが、援軍を得た官軍は勢い付いて一気に幕府軍
を押し戻し、蹴散らしました。相当な激戦だったらしく、広明さんが子供の
頃にも当時の銃弾が、畑などから出てくる事があったそうです。

広明さん曰く、
自分が山道で見た幽霊の一団は進んでいた方角からいって、おそらく幕府方
の軍だったのだろう。自分達は敗れて死に、時代は移り変わったが、それで
も尚、忠義を全うしようとしているのではないか…との事。

幽霊は確かに怖い。怖いが彼等も日本人で、立場こそ違っていたが、官軍と
同じく「家族の為、故郷の為、日本の為」という信念を持ち、戦って死んだ。
だから怖がってばかりではなく、生きている我々が感謝して手を合わせてや
る事が大事なんだ、と広明さんは言っておりました。

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