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    2014年11月

    1:2014/11/30(日) 01:02:17.59 ID:
    最初ビップラに立てたんですけど人少なかったんでVIPきましたw

    立ったら書きます!

    ばあちゃんの宗教団体についていったら女の子に出会った話 →続きを読む

    21:2014/05/14(水)02:51:23 ID:
    もう7年経つからカキコ。

    高校の時に付き合っていた彼女がいた。
    俺は難聴でその頃まで「めんどくさい」とか「カラオケ行けないじゃん」とかで振られたりすることが多く恋愛はしたくないって思ってたんだ。

    だから、彼女が出来て凄く楽しかった。もう毎日毎日一緒にいたよ。
    彼女は俺の為に手話を覚えてくれたり、筆談する為に常にメモ帳とペンを携帯してくれてた。
    やってくれと言わなくても察してくれて気遣いがあり、俺なんかにはもったいないと思ってた。
    カラオケも音痴だけど採点見ながら一緒に歌った。音痴なのに、笑わなかった。バカにしなかった。

    やがて俺は高卒で就職し、彼女は進学も就職もせず地元にいると言った。
    就職してから半年後、彼女はいきなり神奈川に引越す事になると言った。
    遠距離は辛いから別れようと言われた。

    俺は遠距離でもいい。仕事頑張って休みに会いに行くと約束し、交際は続けていた。
    当時は北海道にいて、仕事は引越作業だったから休みは不定期で決まった休みはない。前日にいきなり休みが分かる感じ。

    それでも、仕事で移動中や休みはメールして、毎日「おはよう」「お休み」ってやり取りしてたんだ。
    そのまま神奈川に行く事も出来なかったけど、彼女から元気な様子や笑顔の写メを毎月貰い見て頑張ってた。

    別れてから1年後、いきなり連絡が来なくなった。
    何故だ?どうして?と思ったけど場所が分からないし、仕事も簡単に休みは貰えない。

    連絡取れなくなって2ヶ月後、彼女の名前でメールが来た。彼女の母親だった。
    内容は、

    ????(彼女の名前)の母親です。俺さんで合っていますか?
    娘は今危ない状態で、短くて2ヶ月、長くても半年しか生きられません。
    どうか会いに来てやって下さい。忙しいのは百も承知ですし、
    それでも貴方にだけは会いに来て欲しいと思います。


    俺は良く分からなかった。
    いきなり連絡取れなくなって、いきなり危ないって?え?って。

    仕事は私情を挟む場ではない。
    でもそんなこと言ってられない。
    上司に有給を頂ける様伝えたけど拒否された。

    どうしようか迷ったけど、本当に最低だとは思うけど、わざと物損事故を起こして関東ブロックの研修に行くようにした。物損事故の金額が10万など高額であれば研修と称して本社や地方に行く事が出来る。
    幸い俺が行く研修場所が神奈川にあるのを知っていた為に出来た。

    お客様には本当に申し訳ないけど、大理石のテーブルを荷台から落とした。
    約15万。この物損をした後すぐに取り寄せお客様には謝罪、支社の人間から責められたけど俺にとっては正直どうでも良かった。

    研修に行き、1週間しかいられない…。場所は事前に聞いてはいたが道が解らず調べていたけど研修と現場の仕事で疲れてしまった。焦りもあるし本当に情けなかった。なにも出来ず、北海道に帰る羽目になる。

    帰社後、すぐにブロック長に土下座して「神奈川にある支社に行かせて下さい。どうしても行かねばならないんです!」と頼み込んだ。ブロック長は「ふざけるな!お前1人の為に会社は回ってない!」と叫び、殴って来た。
    と、同時に「そんなに行きたいなら行け!今から電話してやる!」と言われ、すぐに相手から来ても良いと言う返事が来た。

    その日は仕事帰りに自分の荷物を全て纏め次の日の夜にトラックに詰め込む。
    そして、自分は飛行機に乗り荷物は後日混載便で届けてもらう様になった。

    「手話を覚えてくれた彼女」 →続きを読む

    644:2001/04/07(土) 00:33 ID:
    誰が言ったか忘れたが、男が涙をみせていいのは、財布を落とした時と母親が死んだ時だけだそうだ。
    そんなわけで、人前ではほとんど泣いたことのない俺が生涯で一番泣いたのは、お袋が死んだ時だった。

    お袋は元々ちょっとアタマが弱くて、よく家族を困らせていた。
    思春期の俺は、普通とは違う母親がむかついて邪険に扱っていた。
    非道いとは自分なりに認めてはいたが、生理的に許せなかった。
    高校を出て家を離れた俺は、そんな母親の顔を見ないで大人になった。
    その間実家に帰ったのは3年に1回程度だった。

    俺も30を越え、いっぱしの家庭を持つようになったある日、お袋が危篤だと聞き急いで駆けつけた。
    意識が朦朧として、長患いのため痩せ衰えた母親を見ても、幼少期の悪い印象が強くあまり悲しみも感じなかった。

    そんな母親が臨終の際言った。
    「ダメなおかあさんでごめんね」
    精神薄弱のお袋の口から出るには、あまりにも現実離れした言葉だった。
    「うそだろ?いまさらそんなこといわないでくれよ!」
    間もなくお袋は逝った。

    「男の涙」【洒落怖イイ話】 →続きを読む

    849:2009/01/17(土) 18:38:05 ID:
    長距離運転手やってるんだが、有料トンネル代ケチって夜中1時頃旧道の峠を走ってた。
    道は狭いし途中何軒も廃屋があったりアスファルトはヒビ、穴だらけの気味わるい道。
    その時は霧が濃くて前に4tトラックがいて、まぁ煽らない程度にくっついてゆっくり走ってた。
    下りの左カーブにさしかかった時、前のトラックの左側に光る霧の塊みたいのが見えた。
    その塊は前のトラックの助手席側の窓辺りを、車と数秒間同じ速さで飛んでいるように見えた。
    「なんだろ、前の運転手気づいてないのかな」って思ってたら、光る霧の塊が止まったので、こんどはオレのトラックがその塊に近づいていくかたちになった。
    前方を気にしながら注意して霧の塊を見た。
    大きさは横1メートルくらい。縦50センチくらいの長方形。
    その四角はまっ白ではなく緑色っぽく光る部分も見えた。
    そして助手席の窓の真横まできた時、四角の正体がわかった。
    それは空中に浮遊する仏壇。
    中央に位牌らしきもの、周りにも何かあったけどはっきりわからない。
    それが助手席の窓のすぐ外側を浮かんでついてきた。
    けどほんの3秒ほどですぐに後方へ行き、左のバックミラーからも消えた。

    峠を抜けて携帯の電波が届くとこまできたら、嫁からメールが届いたのでまだ起きてると思い嫁に電話した。
    現在地などを話し、さっき見た出来事を話そうと、
    「さっき和田峠で変なモン見…」
    ここまで言ったら息が吐けない。はっ、はっっなるだけでしゃべるどころか呼吸ができない。
    嫁の「大丈夫?どうしたの?」って声も、昔のアナログ電話みたいなノイズがだんだん大きくなりかき消された。携帯は勿論デジタル。

    そのノイズがだんだん静かになってきたら、こんどは人の苦しそうなうめき声が聞こえてきた。
    喉に圧かけたように苦しそうな「あぁぁ~~~…」て感じ。
    そしたらオレの目から涙が大量に溢れてきた。これでもかってくらい溢れ出てくる。
    体は動いたので電話を切ってトラックを左に寄せて止めて、呼吸をしてなんとか落ち着いた。
    すぐに嫁から電話きたけど、もう話しする気にならずに「後で話す」と言って電話を切った。
     
    翌日、帰りに同じ道を通って確認したけど、その場所には仏壇どころか木も生えてない。
    思い出すと鳥肌たちます。

    「和田峠」【洒落怖】 →続きを読む

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